第99話 竜、人間に崇められる
「さあさ、お待たせしましたね。今日はたくさん作りましたからどんどん食べてくださいね♪」
「あー♪」
「ぴよー」
しばらくお母さんを見なかったリヒトが抱っこされると、ご満悦でぎゅっと首に抱き着いていた。
ひよこ達もポケットへ戻り、いざ会食が始まる。
「これはザミールも食べた肉じゃがじゃな。今日は牛の肉じゃな」
「ええ。ブルホーンのお肉があったからこっちにしたの。豚さんは別の料理に使いましたからね」
ディランが器を確認して肉じゃがであることを告げる。一同はなるほどこれがと、頷きながらコック達の持ってきたご飯を手にする。
「ショウユを使った料理か……じゃがいも、ニンジン、玉ねぎ……そしてブルホーンの薄切り肉」
「肩肉をまるでバターを切るようにスッと包丁をいれるトワイト様は見事でした」
「味の評価じゃないんだ……」
モルゲンロートは話に聞いていたが、実物は初めだ。食材に何を使っているか確認をしていると、コックが晴れ晴れとした顔で包丁さばきを褒めていた。
その言葉にレイカが苦笑する。
「どうぞ冷めないうちに」
「いただきますわね♪ ……これは!」
トワイトに促されてローザが肉を口へ運ぶ。少し咀嚼した後、目を見開いて驚いていた。
「絶妙なしょっぱさの中に甘さが感じられますわ……! お肉も脂と赤身のバランスが良く、その脂がスープに溶け込むことでまた別の味を生み出していると感じます……!」
「うむ。このしょっぱさがショウユだな。素材のみを舐めた時は辛しょっぱいという感じだったが、これはどうして後を引く……!」
「東の国のお酒が無いので、代用品を使いました。なので少し味が違うのですけどお口に合って良かったです♪ お豆も入れると美味しいのですけれど」
「東のお酒だと……! ううむ、ザミールに頼むものが増えたようだ」
「お豆も気になりますわ」
「ゴハンに合う……」
じゃがいもはホクホクでほろりと崩れる食感がいいとローザが絶賛していた。
そしてコメが進むとモルゲンロートは笑顔だ。
「これ、ヒュージタスクのお肉?」
「スープに野菜がごろごろ入っているぞ」
「それは豚汁よ。お味噌汁もあるから好きな方を飲むといいわ」
「あ、こっちはダイコンが入っているわね。ディランさんの畑?」
「うむ」
別のところではユリとヒューシがスープに首を傾げていた。
トワイトが豚汁だと説明しつつ、通常の味噌汁も用意しているので好きな方をと口にする。
「俺はトンジル好きだな、これとコメだけでも良くねえ?」
『お野菜、苦手でしたけどこれならいっぱい食べられる!』
「待ってくれみんな。トンジルもいいけど、この料理も注目して欲しい」
ガルフとリーナは豚汁を気に入ったようで、がつがつとご飯をかき込んでいた。
するとそこでヴァールが皿に取り分けて貰っていたステーキよりも薄いお肉を指して言う。
「なんだ? 茶色……のお肉?」
「あ、それはなんとなく作った料理です。豚ロース味噌というものです。お味噌ににんにくやお酒、ハチミツを混ぜたつけ汁にお肉を浸して馴染んだところで焼いたものです。苦手な方もいると思うのでもうひとつ別の料理を作っていますよ」
「豚ロース味噌……食べてみますね」
「私もいただこう」
モルゲンロートとヴァールの親子が一切れずつ口にする。そこで二人はカッと目を見開いてご飯を口にした。
「……なんと! これはすごい。見た目は焦げが見えるがその実、焦げがいい風味を出しているのだ!」
「炭ではなく、あくまでも焦げ……苦くないし、これがミソというやつですね……?」
「はい♪」
「あー」
「ごめんね、リヒトはミルクよ」
「うー」
まさかの味に親子はあっという間に二切れをご飯を失った。
「むう……ご飯を頼む」
「はっ。このオコメもトワイト様がしっかり時間を計測しておりました。我々が炊いたものより数段きれいです」
「確かに……!」
「やば、これ美味すぎるんだけど!?」
「僕は少し苦手かもしれない」
「わたくしもですわ」
もちろんトワイトが言ったとおり苦手な者もおり、ヒューシとローザはそこまで興味をそそられなかったようだ。
「ならこちらのそぼろ上のものはいかがですか王妃? 甘辛くしてありますよ」
「色々ありますのね。……これですわー!」
「こっちは好きですトワイトさん!」
「俺、なに食っても美味いんだけど……」
『ディランおじさんはいつもお母さんの料理を食べられていいなあ』
「ワシの妻じゃもの。肉みそはちょっと小腹が空いた時にええぞ」
肉みそはローザが気に入ったようで、やはりご飯が消えていく。
「ごくり……」
「ん? コレル、君も食べるかい?」
「……! い、いや、平民の作った料理は……」
そこでコレルが喉を鳴らしていた。
ヴァールが声をかけると、そっぽを向いて否定する。しかし、 ヴァールは豚ロース味噌を持って彼のところへ行く。
「君が見ていたのはこれかな?」
「ち、違う……」
「まあまあ、食べてみてよ。一口でいいからさ。命令だ」
「くっ……」
命令と言われれば食べるしかないと胸中で言い訳をしつつ一口食べるコレル。
「う、美味い……」
「そうだろう? では食事に戻るよ」
「なっ!? 私の分はこれだけ――」
「そうだよ。いやあ、素直に食べたいと言っていればね。考えたんだけど」
「おのれ……」
パッと明るい顔になったコレルだが、一切れ食べさせた後、そこで終わりだと告げる。コレルが信じられないといった顔で呻く。
「厳しいなヴァールよ」
「彼は意固地ですからね。『本当は良いと思っていても自分は認めない』という考えの意味の無さを知ってもらいたいと思いまして」
『で、でも、一口は可哀想かも』
「ん? そうかい? なら、リーナさんだったかな。君が届けてくれるかな」
『あ、うん!』
ヴァールは微笑みながらリーナに頼み、彼女はお皿にキレイに盛り付けていく。
そこでトワイトが別のお皿を用意してリーナのところへ行く。
「立ったままご飯は食べにくいと思うし、これをあげて」
『これは?』
「味噌焼きおにぎりよ♪」
「……!」
そこでローザが椅子をガタンと揺らして反応する。おにぎりが好きな彼女には聞き捨てならない事態だ。
リーナはおにぎりを受け取り、コレルの下へ。
「なんだ……平民の――」
『ふふん、わたしは貴族よ! もう死んじゃったけど、元々貴族だったんだから! なんだか平民が嫌い? みたいだけど、ガルフお兄ちゃん達は優しいし、人によるんじゃない?』
「死……? どういうことだ?」
「ああ、リーナはゴーストだったんだ。今は精霊になったけど」
「は……?」
『というわけで貴族のわたしからは貰えるでしょ?』
「あ、ああ……い、いただこう……」
コレルが思考を整理する前に笑顔のリーナに手渡され、なんとなく受け取った。
席に戻るのを見届けてから味噌焼きおにぎりを口にする。
「……美味い。風味がなんともいえんな」
「ありがとうね♪」
「ふ、ふん……美味いと言っただけだろう。礼などいらん。だが、これは素晴らしい食べ物だと言っておこう」
トワイトが笑顔でお礼を言うと、コレルはそっぽを向いてから食べ始めた。
その様子に肩を竦めていると、一人のコックが食堂へやってきた。
「トワイト様、アレはそろそろ大丈夫かと……」
「あ、できましたか? ちょっとキッチンへ行ってきますね」
「リヒトはワシが預かるぞい」
「はい」
「あーい♪」
「わふ」
トワイトがキッチンへ向かう。
ペット達はディランの下へと集まって来た。自宅とは違うので、さすがにペット達は後になる。ここに居るだけでも特例なのだ。
「いやあ、どれも美味しい。ショウユとミソは可能性を秘めていますな」
「まあ、トワイトは納得いっておらんじゃろうけどな」
「そうなのですか? 肉みそ、こんなに美味しいのに……」
「酒も東のものが欲しいし、みりんもない。豚汁もこんにゃくや油揚げといった具材をもっと入れたかったじゃろうなと」
「……酒はいいとして。みりん……こんにゃくとはなんだろうな……」
「ザミールを派遣しなければ」
「もう行っているんじゃなかったですか……?」
次々と知らない食材の名前を口にし、モルゲンロート達を困惑させるディラン。
そこでトワイトが食事を運ぶカートと共に戻って来た。




