第91話 竜、家へ戻る
「またお越しください!」
「ありがとう」
城の外門で兵士が敬礼をし、ヴァールは片手を上げながらにこやかに応えていた。
そこでディランが懐から木彫りを取り出して兵士に渡す。
「こいつをギルファに渡しておいてくれるかのう」
「おや、忘れ物ですか? ご自身でお渡しになられては?」
「また名残惜しくさせそうじゃから頼むわい」
まだ間に合いますよと兵士が尋ねるも、ディランは首を振って返す。笑顔で別れたのだから蒸し返すこともないだろうと。
「確かに受け取りました。……ちなみにこれはなんの木彫りですか?」
「熊じゃ。とある森に居る、人間には獣王とも呼ばれていたデッドリーベアを象ったものじゃな。強く育ってほしいわい」
「ほう……それは強そうなイメージ。ですがこれは可愛らしいですな……」
「そうか?」
魚を咥えて背中に子熊を乗せた木彫りの人形は割とコミカルに仕上がっていた。
目つきは鋭いが全体的に丸っこいのである。
「うぉふ!」
「わん!」
「おう!? なんだい?」
そこでヤクトとルミナスが前足を伸ばして兵士の持つ木彫りに吠えだした。
「ああ、すまん。こやつらなぜかこの木彫りが気に入らないらしくて、作っておる途中、何度か叩きに来ていたわい。村に作ったやつはお気に入りなのに謎じゃ」
「ライバルかなにかと思っているのでしょうか……?」
「ほれ、行くぞ」
「「わふ」」
「こけ」
そこでディランが両脇にヤクトとルミナスを抱えてやる。カバンに居たジェニファーが首を出してやれやれと振っていた。
「そっちのあくびをしているヤツは気になっていないんだな……」
「こいつはマイペースじゃ。ではな」
ダルは眠そうな目をしてあくびをしていて兵士は魔物も色々なヤツがいるもんだと苦笑する。
そのまま城下町へ行き、まだまだお祭りが続く町中をゆっくりと進んでいく。
「帰りも歩きで良いのですか?」
「ええ。それほど疲れないので大丈夫ですよ!」
「あーい」
御者台にいるバーリオが並んで歩くトワイトへ尋ねると、特に問題は無いと返事をした。
「凄いなあ。私も鍛えた方がいいかな?」
「……」
「ヒューシ?」
「お!? あ、ああ、なんだ?」
「だいじょぶ? なんかボーっとしていたけど」
「問題ない。歩くのはいいかもな。今後も結婚するまでは冒険者を続けるだろうし」
「だよねー外に出たらダル達とちょっと歩こうかな」
「わほぉん」
ユリが話しかけると、ヒューシは上の空だった。しかし、話は聞いていたようですぐに切り返していた。
荷台から眼下に見えるダル達と歩こうと口を開いたところでそれは起きた。
「おい、邪魔だぞ」
「おや、こちらは適正な道を進んでいると思いますが」
正面から豪華な馬車がやってきて衝突前に止まる。相手の御者が苛立ちながらバーリオを窘めるが道の真ん中を通っているわけではないためそれについて言及していた。
「口答えする気か……! 小汚い犬とおっさんが居てすれ違えないだろうが! この馬車がドルコント国の物と知っての対応か!」
「なるほどドルコント国……では返すが、こちらはクリニヒト王国である。王子であるヴァール様が乗っているがその対応で良いのですな?」
「なに……?」
相手の御者は馬車についている徽章を見て目を細めた。そこでヴァールが窓から顔を出した。
「やあ、申し訳ない。少し道を広げてしまったかな。今、移動するよ」
「う、むう……いえ……」
身なりのいいヴァールがそう告げると、相手の御者は偉そうな態度を抑えて呻くようにぼそぼそと言う。
するとそこで荷台から一人の男が降りて来た。こちらもヴァールと同じく身なりがよく、歳のことは二十五歳前後といったところだ。
その男がバーリオとヴァールに視線を向けて言う。
「すまない。我が国の者が無礼を」
「いえ、あなたはオルドライデ王子ですね? 私はヴァール・クリニヒト」
見事な金髪をした男にヴァールが正体を尋ねていた。オルドライデと呼ばれた男は少々驚きながら小さく頷いた。
「私をご存知か」
「ええ、五年程前にパーティでお顔を拝見したことがあります。話はしていませんが」
「なるほど……五年前のアレなら確かに父が呼んでいた可能性があるな。改めて迷惑をおかけした」
「お気になさらないでください」
頭を下げるオルドライデにヴァールも頭を下げてから言う。そこでディランも口を開く。
「ワシらが広がっていたのも悪かったわい。すまなかった」
「すみません」
「いや、通行人が優先なのは当然だ。お子さんを抱っこしているなら配慮せねば」
「ありがとうございます。リヒト、お父さんとあなたと同じ見事な髪の毛ね」
「……ふえ」
オルドライデは少し目つきが鋭い顔をしているが今まで出会った王族のように良い人柄だった。
トワイトがお礼を言って、リヒトとディラんのようなキレイな金髪だと話しかける。
だが、リヒトはオルドライデの顔を見て――
「ふえぇぇぇぇ……」
「あらあら、どうしたのリヒト?」
――泣いてしまった。
「珍しいですねリヒト君が人を見て泣くなんて」
「そうじゃのう」
「ぴよー……」
「ぴよ」
「ぴー」
ユリとディランが目を丸くして驚き、ひよこ達が心配そうに顔を覗かせた。
するとオルドライデが自身の頬を撫でながら困惑する。
「……私の顔が怖かっただろうか。よく言われるのだが……」
「ディランさんも割と怖いけど、お父さんだからかな?」
「こら、ユリ!」
「赤ん坊を泣かせるわけにはいかんな。行くぞ、ギリアム王に会わねばならん」
「は、はい……!」
「ではヴァール殿、私はこれで」
オルドライデが颯爽と馬車に乗り、去っていく。ヴァールはそれを見送った後、自分達も行こうと指示を出してそのままロイヤード国王都を後にする。
「かっこいい人だったし、いい人そうだったけどリヒト君からすると怖かったかな?」
「あうー……」
「よしよし、お家に帰りましょうね♪」
「あい……」
「わほぉん」
「わん!」
「うぉふ」
外に出てからユリも馬車から降りてアッシュウルフ達と歩いており、リヒトの髪の毛を撫でながら首を傾げる。
すでに泣き止んでいるがいつもの元気はない。するとアッシュウルフ達は自分の背中にリヒトを乗せろと走り回る。
「あら、人気者ねリヒトは♪ 順番に乗せてもらおうか」
「あい……」
「わほぉん」
「あ、ダルがしゃきっとした」
「ならこいつを使おうかのう」
まずはお兄ちゃんのダルの背からにする。そこでディランが馬の鞍に似たような道具を取り出してダルに装着した。
「これで安定するじゃろう。しっかり掴まっているのじゃぞ?」
「あー♪」
「うふふ、もう機嫌が直ったみたいね」
トワイトがダルの背中にリヒトを乗せると、涙目だが嬉しそうに笑う。背中に手を置いたところでダルがゆっくり歩き出す。
「ふむ、これで落ち着くじゃろ。落ちないように見ておくか」
「そうね」
「私もみますー!」
「あーい♪」
そんな調子で街道をてくてくと進んでいると、不意にコレルが零す。
「……ドルコント国といえば私と同じく貴族至上主義の国王様だったはずだ。オルドライデ様は王子だと思うが、それらしい様子は無かったな」
「そうだね。虐げているわけじゃないけど、逆らいにくい環境というのは聞いたことがある。町の人はどこか暗い感じはしたかな」
「見た感じそういった人には見えなかったですね」
「まあ親がそうだからといって子もそうなるとは限らないことってあるからさ。オルドライデ様はそういう人なのかもしれない」
ヴァールは背後に視線を向けながらそう告げ、コレルは黙り込む。
そして一行は一路、帰還を目指す。
◆ ◇ ◆
「あまり他国で恥をかかせないでくれ」
「ハッ、申し訳ございません……」
「それに父と母の貴族を上に置きすぎるのは嫌いだ。私の前ではしてくれるなよ?」
「しょ、承知しました!」
ディラン達と別れた後、オルドライデは御者を睨みながらそう口にする。貴族が一番だという両親の教えは分からなくもない。
だが、やりすぎてしまえばそれは民を苦しめるだけだと彼は知っているのである。
「……赤ん坊を泣かせてしまったな。私の息子もあれくらいのはず。報告は?」
「残念ながらまだ……シエラ殿の行方も……」
「そうか。まだ名前もつけていなかったのに可哀想なことをした。生きていて欲しいものだが……」
「やはり陛下と王妃様、でしょうか」
オルドライデはリヒトを泣かせてしまったことを思い出し、居なくなってしまった自分の子のことを口にする。
従者が冷や汗をかきながらそういうと、オルドライデは目をつぶって深呼吸をした。
「間違いあるまい。平民との子だからと私が居ぬ間に町から二人を追いやったのだろう。私が甘かったのだ。城でなければ大丈夫だろうと、な」
窓の外に視線を移して泣きそうな顔でそう答えるのだった――




