第88話 竜、人間同士のやり取りを見守る
「というわけでこいつの処遇を決めることにするが、国を混乱に陥れようとした罪でさらし首でいいか?」
「う……か、構わない! 覚悟の上だ! しかし覚えているがいい、私のような思想を持った人間は多い。第二、第三の私が……ぐはっ!?」
「ほれ、権力者様の拳骨だ嬉しいか?」
「ぐぬう……」
城の地下にある牢へとコレルを連れて来た。
ギリアムが早速処刑すると脅したところ、コレルは身震いをしながらも声を張り上げた。それに拳骨を食らわし、話を続ける。
「で、本当に仲間が居ないのか?」
「多分……友人もあまり居た感じがありませんし」
「うるさいぞヴァール!!」
「ナチュラルに効くわね……」
「まあディランさんですしね」
ギリアムの言葉にヴァールが代わりに答え、もちろん激昂するコレル。
カーラとユリが苦笑していると、ディランが口を開く。
「殺すのかのう?」
「ストレートですなあ」
バーリオが肩を竦めているが、それも止む無しではという感じではある。
ギリアムはその言葉を聞いて鼻を鳴らす。
「それをどうするかってところだな。反省している様子も無いし、ひとまずぶち込んでから考えるのが一番いいかなと」
「でも、被害は無かったし極刑までは可哀想じゃない?」
「そうだな……」
カーラの言うことも考慮すべきか。
ギリアムが顎に手を当てながらとりあえず牢に入れてから意見を募るかと考えていた。
その時、少しなにかを考えていたヴァールが手を上げる。
「あの、提案なんですけど彼を私に任せてもらえませんか? もちろん引き渡しの為に書類を作りますし、お金も支払います」
「ん? どういうことだ?」
「ヴァールさん?」
その提案にギリアムとカーラが目を丸くして驚く。要するにお金を払ってコレルを引き取ると言うのだ。
「ヴァール様、ここで彼を引き取るメリットが無い気がします。クリニヒト王国でも暗躍していたみたいですが、彼に仲間が居ない以上、ギリアム様にお任せするのが良いのではと。……あ、出過ぎたことを言い申し訳ありません」
「ああ、いいよ。ヒューシ君。彼は私の同級生だから少しお目こぼしをね」
「でも、逃がすとまた似たようなことをするんじゃ……?」
ヒューシが謝罪を口にしながら進言をすると、ヴァールは手を振りながら問題ないと言う。ついでにユリは牢に入れて期間がきて解放したとしても反省していなかったら意味がないのではと零す。
しかし、ヴァールはフッと笑いながら口を開いた。
「ああ、彼には私の専属執事になってもらおうかと思っているんだ」
「は?」
「ヴァール様、なにを……!?」
その提案が理解しがたいもので、ギリアムは変な声を上げてバーリオは珍しく焦っていた。
「ヴァール、貴様どういうつもりだ……!」
「ふむ」
「どういうことですか?」
もちろん当の本人であるコレルも困惑しながら激昂するという難しい感情を披露し、ディランは小さく頷いていた。
カーラが首を傾げて尋ねるとヴァールはまあまあと手をかざして説明を続ける。
「コレルがおかしなことをしたのは間違いありません。彼がいくら正義をかざしていたとしても人に迷惑をかける割合の方が高いので罰は必要でしょう」
「ああ」
「しかし、彼がここまで一人でやったのであれば能力は高いと思うのです。このディランさんが集めて来た魔石に生物の精神に作用する魔法を込めるというのは例がなく、割と天才寄りの頭を持っているんですよね」
「言われてみれば確かに……」
ヴァールは考えていたことをスラスラと口にし、その場にいた者達は内容を理解するのにそれほど時間を取られなかった。
「馬鹿な……! 私はお前に痛い目を見せようと思っていたのだぞ、そんな奴を側近にすると言うのか!?」
「そういうこと。理解が早くて助かるよ! メリットは今言った通りだし、あくまでも彼は殺すためにけしかけようとしたした訳じゃない。だからウチで監視するんだ」
「私が大人しく従うとでも――」
コレルがその条件を飲まずに断ればいいと言いかける。しかし、ヴァールは笑顔のまま彼と目線を合わせてにっこりと笑う。
「いや、従ってもらうよ? あまり行使することは無いけど、『王命扱い』にする。で、君は私が嫌いみたいだし、その嫌いな相手と過ごすのはまあまあ嫌がらせになるだろう? 近くで嫌いな相手に監視され、私達のやっていることを間近で見てもらうことにしよう」
「お、言うなあヴァール。おもしれえ!」
「き、貴様……!」
「うわあ、ヴァールさんって顔に似合わずえげつないことするのね」
「まあ、父上を見て育っているからね」
ヴァールは『断れない』条件を口にし、ギリアムが面白いと手を叩いて笑う。
コレルの思想通りであれば王族の決定には逆らえない。死ぬなと言えば自死も不可能なのだ。
そのためわざわざ『監視をする』と告げた。
「というわけでギリアム様、バーリオ、移送する手続きをお願いします。身柄の代金はどうしましょうか?」
「いや、この魔石をこっちでもらえりゃそいつは連れて行って構わないぜ。ちょっといざこざはあったが一応、大した被害は出なかったからな。まあ出ていたら引き渡しなんざしねえけどよ?」
「……」
ギリアムがそこで初めて笑みを消してコレルを睨む。
「たまたまディランさんが居たから良かったけど、そうじゃなかったらなにか起きていてもおかしくなかったものね」
「まあ、そやつの言う通り痛い目を見せる程度で済んだ可能性は高いがの。しかし、精神を操作する魔法は危険度が高いからイレギュラーはありうる」
「そうなのですね?」
ユリとディランの会話にバーリオが疑問を投げかけた。
するとディランは頷き、どういうことなのか話し始める。
「精神を蝕む魔法、というのは過去から存在しておる。思ってもみないことをやらせることなどは可能じゃ。それこそ、相手を服従させるといった使い方もできる」
「そっか、あくまでも今回は怒りを増幅して喧嘩を増やしたけどやろうと思えば変えられるんだ?」
「うむ。用途によってな。じゃが、魔法が効きすぎて自我が崩壊したり、相手を殺してしまいその結果に絶望して自害を図ったりなど最悪なケースが多かった。特に国の王が欲する魔法でな。しかし例外なく、人を操ろうとした国は亡びるか内乱で王がすげ変わったのう」
「そりゃ……ありそうな話だな、確かに……」
顎髭を撫でながら淡々と知っていることを語るディラン。王であるギリアムは魔法の有用性を理解した上であり得るだろうなと口にする。
「ワシらには喜びや怒り、憎しみなど感情がある。それが生き物というものじゃ。それをな、別の人間が他人の感情を操ろうとするというのは烏滸がましいとワシは思うわい」
「……ジジイ、貴様何者だ……? 私の魔法が効かないのは偶然では無かったというのか」
ディランの話を聞いて睨みながらコレルは訝しむ。そういえばコンフュージョナーが効かなかったなとも呟く。
「まあ、ディランさんは貴族とかそういうレベルの人じゃないからね。コレルさんだっけ? あなたも嘘だったかもしれないけど私には笑顔を向けてくれたじゃないですか。そういう感情も操られたら……私は嫌かな。誰が合っているってわけじゃないけど、みんなが嫌がることはしたくないけどね」
「……」
ユリも腰に手を当てて自論を言う。
コレルにも考えはあったのかもしれないが、それが本当に正しいことなのかと。
彼は黙ってユリから視線を外した。
「ま、とりあえず処遇は決まった。ひとまず牢で過ごしてもらい、後で帰るときに移送だ。書類を作るから二人は一緒に来てくれ」
「わかりました。バーリオ、行こう」
「ええ」
「カーラはディラン殿達を祭りに戻してくれ。すまなかったな」
「構わんぞい。しかし、あの魔法を習得しているとは、確かに頭は良さそうじゃ」
「僕は初耳でしたよ」
ギリアムは手を叩いて話は終わりだと締めた。牢に居れたコレルは置いておき、移送の手続きをするため移動する。
ディランとユリ、ヒューシはカーラが連れて戻るように言われたが、そこでヴァールが口を開く。
「あ、ヒューシ君は一緒に来て欲しいかな。悪いけどいいかい?」
「え? ぼ……私ですか? 構いませんが……」
「ありがとう」
「頑張ってね、おにいちゃん♪」
「くっ……こういう時ばかり。みんなによろしく頼む」
先に歩いて行くギリアムにヒューシがついていき、ユリが楽しそうに手を振る。
カーラも笑いながら行きましょうと歩き出す。
「……ジジイ、あんたは本当に何者なんだ……あいつらは気づいていないがこの魔法は――」
最後にディランが移動しようとしたところで、コレルが鉄格子ごしに話しかけてきた。今も魔法が通じなかったことが分からず、どうして魔石を探り当てたのか。
「ワシはただのジジイじゃ。お主はもう大丈夫そうじゃな。目を見ればわかる」
「知った風なことを……だが、あんたに殴られてから少しあんたが言ったことが理解できた、気がする」
「別にお主のような人間は珍しくないとワシは思うよ。じゃが、ひとつ視線を変えればもしかするとお主の理想が近くにあるかもしれんぞい。ヴァール殿も心配しておるのかもしれんのう」
「なにを――」
「ふむ、あれは花火の音か。急がねばリヒトと一緒に見れなかったと婆さんに怒られるわい。ではな」
「あ、待てジジイ! ……なんなんだ……」
ディランはさっさと地下牢を出ていき、コレルは一人残された。
自分の手を見つめながら、ディランの言葉の意味を考えるのだった――