第87話 竜、相手の言い分を聞いてみる
「こやつが犯人じゃ」
「うわあ……」
「ディランさんが拳骨を落としたのですか? うん、微妙に同情するよ……」
「わほぉん」
「わん」
「うぉふ」
「あ、ダメよ前足で叩いたら。ていうか屋台のところで会った人なんだけど……」
コレルに拳骨を落とし、気絶した彼を連れて広場へ合流するとそのまま城へと引き返した。
主犯を捕らえたことに喜ぶ一同だったが、コレルの頭に大きなタンコブがあるのを見てユリとヒューシが察して冷や汗をかいていた。
アッシュウルフ達は祭りを引き返すことになった犯人に怒り、前足で顔やお腹をべしべしと叩いていた。
ドラゴンの一撃は過去にダイアンがトワイトに一撃をもらい、ギリアムもディランに食らっている。その一人、ギリアムが口を開く。
「くっくっく、マジで痛いからなあの拳骨。しかし、犯人はこいつだけか? 他にそれらしいのは?」
「おらんかったな。それらしい影も無かった。この水晶が発動する鍵で、これが証拠になるじゃろう」
「ふうん……なんでまたこいつはこんなことをしたんだろうな」
謁見の間で寝転がされているコレルを指でつつきながらギリアムが言う。
「うーん、ロクニクス王国の件も……ってあれ? この人、コレルじゃないか?」
「知り合いか?」
「ええ、四年ほど前まで通っていた学院の生徒ですよ」
そこでヴァールが白目を剥いたコレルを見て知り合いだと気づいた。ディランが尋ねると、歩いている時に話していたのと同じ内容を告げる。
「ってことはロクニクス王国の貴族か……いいところに通ってたのにこんなことをするのね」
「カーラさん、さっきも言ったとおりコレルはあまりいい言動が無かったんです。具体的には旧貴族の思想を引きずっている面があった」
「あー、なるほどなあ」
「わかるんですか?」
「あーう?」
「う……うう……」
ヴァールの説明にギリアムが頭を掻きながら理解を示した。トワイトとリヒトが首を傾げて尋ねる。そこでコレルがハッとして目を覚ました。
「こ、ここは……? そうだ、私は謎のジジイに殴られて……」
「目が覚めたか」
「でたぁぁぁぁぁ!?」
「うるさいわい。リヒトがびっくりするじゃろ」
「ふぐ!?」
「あい!」
コレルは早速叫んでディランに頬を引っ張られていた。リヒトは手をぶんぶんと振っていた。
とりあえず黙ったところでギリアムがしゃがんで目線を合わせて言う。
「よう、ヴァール王子の知り合いらしいなお前。ウチの国でなにをしようとしていたんだ? ああん?」
「ガラが悪いわよお父さん」
「いいんだよ」
「いつものお父さんだよお姉ちゃん」
「お前そんな風に見てたのかギルファ……」
ギルファが無邪気にギリアムの評価を下し、父はショックを受けていた。
するとコレルが鼻を鳴らして口を開く。
「そこに居るヴァールに痛い目を見せるつもりだったのだ。ついでにこの腑抜けた国にもな」
「私に痛い目を? なにかしただろうか」
「腑抜けたとは聞き捨てならねえなあ」
コレルの言葉にヴァールが首を傾げ、ギリアムの目が細められた。そこでユリが腰に手を当てて口を尖らせた。
「話し方が丁寧だったからいい人そうだと思ったのに、変なことを企んでいたんですね!」
「う……き、君はさっきの。違う! 私は貴族の義務をだな!」
「なんだよ、聞かせてみろよ」
ギリアムが迫力のある顔でニヤリと笑い詰める。少し引きながらコレルは自論を展開する。
「平民に寄りそう王族など舐められてしまう! そうなれば我々貴族も舐められるだろう。だから騒ぎを起こして管理するべきだという認識を作ってやろうとしたのだ。もし騒ぎを収束できないなら無能な王族という話もできるしな」
「なるほど。確かにギリアム様もモルゲンロート様も平民に寄り添うし、僕達のようなものにも優しい。それが気に食わない、と」
「そうだ! その恰好、冒険者だな? お前達は使われる側だ。ヴァールや国王と一緒に居るが、本来同じところに居れる身分じゃない!」
するとディランとトワイトは目を瞑って誰にともなく呟く。
「うーむ、ワシにはさっぱりわからん」
「そうですねえ……身分はそんなに大事かしら」
「当たり前だ……! 貴族を敬うのが平民だ! 貴族に守られている自覚がない!」
「いや、でもお主は人為的に騒ぎを起こそうとしたのじゃろ? 悪いのはお主じゃろう」
「うー」
「ぴよっ」
ディランが呆れた様子でもっともなことを口にする。その気持ちにこうするようにリヒトも声を上げた。
「うんうん、ディランさんの言う通りだよね。別に私は貴族の人が嫌いってわけじゃないけど、よく分からないことで騒ぎを起こされたらたまらないわよ」
「そうだね。旧思想だとそういうこともあったかもしれないけど、今はそういう時代じゃないし」
「これだから平民は分かっていない……ヴァール、お前もだ。あの時、私のものにしようとした女にそう吹き込んだな? おかげで近づいて来なくなったのだ」
「ちなみになんていったんです?」
ユリが訝し気な顔で尋ねると、コレルは『私と付き合えばいい暮らしができる。君の所より自分の方が位が上だから』というようなことを言ったらしい。
それを聞いてからその場にいた全員が脱力した顔になった。
「確かにそんな感じだったと思う。その女性が困っていたから私が注意したんだ。元々、過激な発言が多くて困っていたんだ。そういえばその時の子、雰囲気はユリさんに似ているよ」
「なるほど、ヴァール様に恋路を邪魔されて痛い目を見せようと……ダサっ」
「こういう男は付き合ったら駄目な奴ね。貴族でお金も持っていても性格が最悪じゃない」
「ぐっ……! 平民が生意気な……私達貴族が平民を管理しているんだっ」
ユリにダサいと言われ、カーラもこんな男はダメだと言い、コレルは激昂していた。そんな中、黙っていたギリアムとヴァールが真面目な顔で口を開く
「それは違うぜ」
「ですね」
「なんだと……!」
「世間知らずのお坊ちゃんって感じだよなお前。俺達王族は確かに平民を守るし、義務だと思っている。だけど、その平民のおかげで飯を食えるんだぜ? 冒険者が狩りをして食料と危機管理をして、食材を加工する。お互い必要なんだよ」
「父も私も同じ考えだよコレル君。お互い、できることとできないことがある。それを支え合うのが道だと思うよ」
「管理すればいい。言うことを利かせるだけの力があるなら……!!」
二人の言葉を聞いても態度を変えないコレルにディランがため息を吐いてからコレルの頭をわしづかみにする。
「力を持つ者が言うことを利かせる。なるほど、分からんでもない」
「ジジイ……!」
「ならワシが今からお前の頭を潰す。死にたくなければギリアム殿とヴァール殿の言うことを聞くのじゃ」
「……!?」
「ディランさん!?」
殺気を含んだ声にその場に居た全員が戦慄する。頭を掴まれているコレルは脂汗が噴き出し、顔が真っ青になった。
「私は貴族だぞ! お前のようなジジイが殺していいような人間では――」
「じゃが、ワシにはそうできる力がある。ギリアム殿とモルゲンロート殿とも友人じゃと思っておる。もしここでお主が死んでも、まあなんとかしてくれるじゃろう」
「……!」
目を細めて視線を合わせて先ほどコレルが口にしていたことを実行しようとする。
力があるというのは、腕力でもあり、王族と友人という力関係な理屈はその通りなのでコレルはすぐに理解する。
「お、おい、ヴァール! こんな横暴が許されるのか!?」
「でも、君の望みはそういうことだ。自分で言っていたことだよ」
「う、ぐ……」
「まったくだ。全部お前が間違っているとは思わねえが、この状況は望んだものだぜ」
「あ、ああ……」
ぐっと頭に力が入れられコレルは反射的にディランの腕を掴む。もちろんびくともしない。少しずつ痛みが増していく。
「う、嘘だろ……!? こんなことで死ぬのか私は」
「ギルファとリヒト君には見せない方がいいかもね」
「そうね」
冷静にカーラとユリがそう言うと、絶望の色が濃くなってきた。
いよいよかという時にリヒトが声を上げた。
「あーう」
「わほぉん」
「うぉふ」
「わん」
「む」
「え……?」
そこでアッシュウルフ達が前足をディランの手に置いて止めて来た。半べそをかいていたコレルが呆けた声を出した。
そしてディラン力が緩むと、その場に倒れ込んだ。
「ふん、そうじゃな。ワシが手を下すこともないか。後は任せるぞい」
「あ、うう……」
もちろんディランは演技で、他の者もそれは分かっていた。自分の言っている意味を分からせるためにやったことなのだ。
「とりあえず処遇を考えるか。実害は少なかったが、お前は結局、俺かヴァールを殺したかったのか?」
「……そんなことをすれば私も危ない。喧嘩に巻き込まれて平民を管理すべきだと思ってくれれば良いと考えていた」
「どうでしょうかね」
「なんだと……?」
コレルが冷や汗をかきながら目的を口にするがヒューシは眼鏡の位置を直しながら口を開く。
「あの魔石や魔法がどこまで効果があるか分かりませんが、人を狂わせるんですよね? 途中で魔法が切れるのかもしれませんが、それが町中に広がっていた場合、どこでなにが起こるかわかりません」
ヒューシは『人間の感情は制御できない。魔法にかかっていない人間でも殴られれば殴り返すし、酷くなれば相手を殺すかもしれない』と告げる。
少人数なら止められるが、あなたはそれを止める手段があったのかと咎められた。
「ぐぬう……」
「無かったようですね。先ほどディランさんが手を止めたようなことが起きないんですよ?」
「……」
ヒューシは冷静に努めて語った。平民のくせにと罵倒が来るかと思ったが、ディランに頭を握られた今、その言葉の意味を分かっている様子だった。
「ここで話してても仕方ねえ。ヴァールとカーラ、ディラン殿とヒューシにユリ、バーリオは俺と一緒に来てくれ。残りは祭りに戻ってくれ」
「私とリヒトも残りますよ?」
「トワイトさんは子供たちを頼むぜ。夜になれば花火も上がるはずだ。ギルファと遊んでやってくれ」
「わかりました♪ それじゃ行きましょうか」
「うん!」
「わほぉん」
「こけー」
「しかしとんでもない理由だったなあ……うーん」
ギリアムがコレルの処遇を決めるといい、二手に分れることを提案した。
これで事件が解決するかと思われる中、ヴァールは難しい顔で項垂れるコレルを見るのだった。