第80話 竜、ロイヤード国に入る
「これはこれはヴァール王子! ロイヤード国へようこそ!」
「はは、ありがとうございます」
数日の移動を経てロイヤード国の王都へ到着した。
外門で門番がロクニクス王国の馬車を確認した後、宰相などのお偉いさんを呼びに行き今に至る。
「こっちも盛況じゃのう」
「お祭りが始まるって感じがするわね♪」
「あー♪」
「まだ準備に時間がかかっており恐縮ですがね。申し遅れました、わたくし宰相のクリストです。ギリアム陛下からお噂は聞いております。以後、お見知りおきを」
馬車から降りて、歩きながら城を目指すディランとトワイトにロイヤード国の宰相が挨拶をしてきた。
準備中の街中ではそれほど馬車を速く進ませられないので歩きで十分なのである。
その宰相、クリストへディラン達は自己紹介を返した。
「ワシはディランじゃ。妻のトワイトに息子のリヒトという」
「よろしくお願いします」
「あい!」
「ぴよー」
「よろしくお願いします。元気なお子さんですね」
「おかげさまで♪」
クリストがリヒトに笑いかけるとトワイトが微笑みながら言う。続けてディランが口を開く。
「こやつらも招待してくれて助かったわい。留守番をさせるには期間が長くなりそうじゃったからのう」
「陛下が存じ上げていましたからできたことです。魔物でも大人しいみたいなのではぐれたりしなければ問題ありません」
「トーニャ達が来ないのを先に知っていれば屋敷に預けても良かったかもしれんが」
「あ、それはアリだったかも」
ジェニファーやトコト達はともかく、アッシュウルフ達は拒否されてもおかしくなかったとディランが言う。
そこで同じく馬車から降りていたユリが、確かにガルフ達が残っているなら、モルゲンロートに頼んで屋敷へ預けても良かったと口にする。
「うぉふ!」
「え? どうしたのヤクト?」
しかし、ユリの言葉にヤクトが前足を上げて一声鳴いた。彼女が訝しんでいるとトワイトが小さく頷きながら言う。
「うふふ、それは嫌だって言っているみたいね」
「あーい」
「まあリヒトも居ないと寂しいだろうし、良かったよな」
「わん♪」
結果的に来ることができたのでヒューシがルミナスを撫でながら笑う。
ユリも尻尾を立てて前を歩くダルに追いついてから頭を撫でてやる。
「私もダル達と一緒なのは嬉しいから良かったわ。ねえ?」
「わほぉん?」
しかしダルは首を傾げて『なんのこと?』といった調子で鳴く。ユリは口を尖らせてからわしゃわしゃと首を撫で始めた。
「なによ、もっと喜びなさいよ!」
「わ、わほぉん……」
「ははは、仲がよろしいですな」
クリストがその光景を見て笑う。
ヒューシはその様子に違和感を覚えてクリストへ尋ねた。
「そういえば結構簡単にアッシュウルフ達を受け入れたんですね」
「ん? ああ、テイマーは珍しいですが居ないわけではありませんからね。それに陛下が問題ないと言えばだいたい合っているので気にしませんでしたね」
「へえ、ギリアム陛下って信用あるんだ。酔っぱらってトーニャを追いかけて来た時はそう思えなかったんですけど」
「……」
ユリが唇に指を置いて当時のことを回想していると、クリストが渋い顔をした。
少し間を置いてから彼は続ける。
「……話は聞いています。陛下は豪快でデリカシーは無いですが、人に嫌がらせをするような方ではないのです」
「めちゃ酷いこと言ってる」
「しかし、とある時期から様子がおかしくなり、ドラゴンを追いかけた時のように強引な行動が多くなっていました」
「スルーしたな……」
「税金を上げるというようなことは無いのですが、常にイライラしていてわたくしや臣下などに無茶振りをしていたり、直接殴られたりといったことがしばしばありましたね、フフフ」
個人的な恨みがあるなとヒューシとユリが苦笑していると、ディランが話し出した。
「今は大丈夫なのかのう?」
「ええ。モルゲンロート様のところから戻った後は以前の通りになりました。だからこそ、こういったお祭りができたとも言えます」
「それは良かったわ。あの時は少し怖い感じもありましたものね」
「うー」
「うぉふ」
「わん」
あの時、嫌な雰囲気を感じて吠えていたヤクトとルミナスもそうだと言わんばかりに鳴く。
そこでヒューシが眼鏡の位置を直しながら小声で言う。
「……ということは市勢で起こっている民の暴力事件となにか関係があった可能性がありますね」
「ご存知でしたか。その調査は進めている最中です」
「実は私達もあそこにいるバーリオ様と一緒に話を聞いて欲しいと言われてきているんです。ロクニクス王国もそういった事件が最近あったので……」
「ふむ、興味深い話です。それと――」
尚も話が続くかと思われたが、その時、通りから歓声が上がる。
「ロクニクス王国の王子様よ!」
「手を振ってくれているわ!」
「イケメンだなあ」
それはヴァールに対するものであった。
来訪することは事前に知らされていたので、ひと目見ようと集まってきたのだ。
「……この話は後にしましょう。まずは陛下のところへ」
「そうですね」
クリストが周囲を気にして話を中断すると、ヒューシが頷いて肯定した。
「注目されておるのう」
「王子様と一緒ですものね」
「あーい」
「あら! あの子可愛い」
ディランがトワイトにくっついてきょろきょろしている中、自分に挨拶をされていると思ったリヒトが手を上げて応えた。すると女性から可愛いとの声があがる。
「あの狼って魔物?」
「そうだな……大丈夫、なのか?」
「首にバンダナを巻いているの似合うわねー」
「うぉふ……!」
「わん♪」
そこでアッシュウルフ達も注目される。
ヤクトはその声を聞いて尻尾をくるりと上げてしゃんと歩き出す。ルミナスもそんなヤクトに引っ張られてキレイに並んで歩いていた。
「かっこいいなあ」
「ふふん、ダル達は私がコーディネートしたからね! って、ダルは相変わらずかあ」
「わほぉん?」
自慢のアッシュウルフ達に鼻が高くなるユリ。
しかし、ダルだけは特にそういった声は気にせずリヒトを抱っこしているトワイトの足元とユリの足元を移動しながら首を傾げていた。
「あの大きな人がお父さんっぽい? 身体つきが凄いけど、若い頃はイケメンだった感あるね」
「お母さんっぽい人も美人……」
「あーう♪」
「これ、注目されるからリヒトはいいのじゃ」
さらに愛想を振りまくリヒトにディランが渋い顔で注意すると、ポケットからひよこ達が顔を出した。
「ぴよー!」
「ぴよぴー!」
「ぴ!」
「なんじゃいお主ら!?」
そしてディランに抗議の声を上げてぴーぴーと鳴く。それを見ていた町の人が目を細めて話す。
「えー、ひよこ飼っているの? 可愛い~」
「動物がいっぱいいる家いいよな。俺も犬を飼いたかったんだけど反対されてさー」
「来賓みたいだし、貴族かな?」
「魔物を飼うとかだしそうだろうぜ」
さらにディラン達はなぜか貴族と間違われていた。実際、ヴァールと一緒に来たのはそう思われる可能性が高い。
さらに魔物を連れているのはテイマーだが、何匹も連れていることは道楽の貴族くらいなものだという認識があるからだ。
「まったく……注目されてもいいことはないのじゃがのう」
「まあまあ、いいじゃありませんか」
「僕達は名が売れたら仕事が増えるのでありがたいですけどね」
「ねー。まあ、珍しいから最初だけだよディランさん」
「むう」
「人それぞれというやつですな。この坂を上がれば――」
「いま、俺を睨んだなてめえ」
「いいがかりだろ」
注目されているのも今の内だとユリが言い、クリストが城へ案内しようとしたところで怒鳴り声が聞こえて来た。
「ふう……誰か、止めてきてください。わたくしはこのまま連れていきますので」
「はっ!」
「喧嘩か。多いと言うのは本当のようじゃな」
「ええ……なにか手がかりでもあればいいのですが。こちらへ」
「ふむ」
「あらあら」
ディランの言葉に頷きながらクリストが先を急ぐのだった。
◆ ◇ ◆
「……祭りとはな」
「好都合ってやつなんじゃないか?」
活気にあふれている町中をコレルとウェリスがそんな話をしながら歩いて行く。
「そうだな。本番といこ――」
「どうした?」
小声で計画が捗るといった話をしようとしたところで、コレルは歓声の上がる方を見て目を見開く。
「……ヴァール、なぜここに」
「知り合いか? ……いや、あの徽章、ロクニクス王国のものだな」
「王子だ。私と同じ学院に通っていたことがある」
「へえ、お前って貴族だったのか?」
「……」
ウェリスがコレルへ尋ねると、それには返さず踵を返してその場を立ち去るのだった――