第75話 竜、各家庭が賑やかになる
「こけこけー」
「ぴよー」
「あー♪」
アッシュウルフ達がボールの取り合いをしている中、馬車型のおもちゃが気に入ったようでリヒトはずっと転がしていた。
ハイハイをしながらリビングをごろごろと動かすと、ジェニファーやひよこ達がついて来るのでそれが楽しいらしい。
「こういうのもあるわよリヒト」
そこでトワイトが音の出るガラガラを取り出して振ると、リヒトは一瞬だけ目を向けた。
「うー……あい!」
「あらあら、そっちの方が好きなのねえ」
リヒトは興味を示さず馬車おもちゃに戻った。
トワイトはそれならそれでいいかと絨毯を編みながら見守ることにした。
「ぴよ? ぴよー!」
「あーう?」
するとそこでソオンがひらめいたとでも言うようにおもちゃの荷台へ飛び乗った。
「ぴよっ!」
「ぴよ♪」
するとレイタとトコトも真似をして飛び乗り、荷台がひよこの詰め合わせになった。
「あい♪」
「こけー♪」
リヒトは笑顔で手を叩き、ジェニファーも喜んでいた。そのままひよこを載せてリビングを駆け回る。
「こけ!」
そこでジェニファーが一声鳴いてからトワイトのところへ向かった。リヒトを見ながら編んでいた彼女が首を傾げて尋ねる。
「どうしたの? 遊んでいたのに」
「こけー、こけ」
するとジェニファーがトワイトが加工している糸や紐を咥えてからおもちゃに視線を移していた。どうやら馬模型の代わりに自分が引っ張ると訴えているようだ。
なるほどとトワイトが理解しリヒトを呼ぶ。
「リヒト、おいで」
「うー?」
「ぴよ?」
ひよこ達を運んで遊んでいたリヒトがトワイトの声に反応して振り返る。
馬車を連れて戻って来たところで、リヒトからおもちゃを預かった。
「あう?」
「ジェニファーが遊びたいみたいだから少し借りるわね」
「う」
少し不満気な声を上げるリヒト。
トワイトが馬の部分を外して紐をエプロンに引っかけて回すと、荷台と結ぶ。
馬車ならぬ鶏車が完成した。
「こけー!」
「ぴよー♪」
「あー!」
ジェニファーがとてとてと歩き出して出発し、移動を開始する。
リヒトが驚いて口を開けていたが、すぐに追いかけ始めた。
「あーい♪」
「こけ」
「ぴよー!」
すると追いかけられていることに野生の本能が働いたジェニファーが速度を上げた。ひよこ達がリヒトに声をかけていたがどんどん遠くなっていく。
「あーう!」
「あらあら」
「こ、こけ!?」
リヒトが速度をあげてジェニファーを追いかけ始めた。しかし、頬を膨らませておいかけてくるリヒトに驚き、さらに速度を上げた。
「あー……」
あっという間にキッチンへ行ってしまった馬車を見てリヒトは立ち止まって悲しそうな顔をした後――
「ああああああん!!」
――泣き出してしまった。
「あらあらあら。珍しいわね」
すぐにトワイトが駆け寄って抱っこする。
人見知りをしない、いつも笑顔でいたリヒトも、おもちゃが取られたのとジェニファーに逃げられたのがショックだったらしい。
「あああああん!」
「よしよし。ジェニファー、おいで!」
「こ、こけー……」
キッチン入口からそっと気まずそうに見ているジェニファーに声をかける。
そこで声を聞きつけたアッシュウルフ達も集まって来た。
「わん」
「うぉふ」
「わほぉん」
「あーう……」
心配した三頭が取り囲んで何事かと頭を擦り付けていると、ジェニファーも帰って来た。
「こけー……」
「ぴよー」
「ぴよぴ」
「ぴー」
申し訳なさそうに鳴くジェニファー達を見て、リヒトは手を伸ばす。ジェニファー達が寄っていくと、リヒトはひよこ達をポケットに入れ、ジェニファーを抱え上げてぎゅっと抱きしめた。
「あー♪」
「やっと掴まえたって感じかしら?」
「うぉふ♪」
「わん!」
泣きながらも笑顔になったリヒトを見てホッとする一同。そこでダルがボールを転がしながら一言鳴いた。
「わほぉん……」
「あい♪」
「ふふ、みんなで遊びましょうね♪」
「リヒトが泣くとは珍しいものを見たわい」
「あら、あなた」
そこでディランが合流する。
頭を掻きながら、珍しいとジェニファーを抱っこしたリヒトに顔を寄せた。
「あーい♪」
「こけー」
「ふむ、今度はリヒトが乗れる荷台を作ってヤクト達に引かせるのもいいかもしれん」
ディランは顎に手を当てて状況を確認し、新しいおもちゃを作れそうだと口にした。
「ワシはちょっと素材を取ってくるからトワイト、ここを頼む」
「わかりました♪ それじゃみんなでそれからボール遊びにしましょうか」
「あーい♪」
ディランは早速外へ出ていき、今度はみんなで遊ぼうと提案していた。
すぐにボールが転がされ、リヒトが叩いたり転がすとみんなでそれを追いかける。
「うーん、確かにお父さんの言う通りここだと狭いわね。テーブルを片付けておきましょうか」
トワイトはリビングのテーブルを片付けて広くしリヒト達を見守るのだった。
お昼を食べた後はみんな疲れてお昼寝タイムとなり、一日楽しく過ごせた。
それからディランは翌日から遊び部屋に着手し、トワイトも大きな絨毯を作成する。
一家は相変わらず平和な日々を過ごすのであった。
◆ ◇ ◆
「うむう……今度は水が多いのではないか……?」
「そ、そうですね……」
一方、米などを土産としてもらったモルゲンロート達はコックと共に悩んでいた。
何故か?
それは貰った米を上手く調理できないからだった。
「陛下、これをくれた方に聞くことはできないのでしょうか? 焼いてもダメ、を入れて煮てもダメ。どういう風にすればいいのか見当もつきません」
「ううむ、もう帰ってしまったのだ……」
コックがいくつか調理法を試していたが上手くいかず、途方に暮れていた。
腕のいい年配のコックでモルゲンロートとの仲も悪くない彼が白旗を上げてそう告げた。
「トワイトさんが言っていた『おにぎり』が食べてみたいですわ……」
近くにはローザも居て、漬物を口に入れてポリポリする。
ちなみに蒸す方法も試したが、結果は先ほどの通り水が多くてべしゃっとなってしまったのだ。
「ふうむ、山から来てもらうのも申し訳ない。こちらから教わりに行くか」
「あ、いいですね。陛下が気に入っておられる方には会ってみたいと思っているんですよ。このツケモノも東の国由来ですし、お話を聞いてみたい」
「それでしたらわたくしも行きたいですわ!」
「いや、山道だしお前は……」
「あなたばかりずるいです!」
モルゲンロートはコックを連れていこうとしたが、それを聞いていたローザが拳を振って抗議の声を上げた。自分もトワイトやリヒトと一緒に遊びたいと考えていたからだ。
「(さすがにローザを連れていくわけには行かないし、どうするか……? む、そういえば――)」
モルゲンロートは少し考えた後、ピンとひらめくものがあった。
そして――
「えっと、なんであたしが呼ばれたんですか……?」
「陛下、その、屋敷に王族の馬車を持ってくるのは……」
――翌日、トーニャとガルフ達が城へ招かれていた。
ヒューシが今朝、王族の馬車が屋敷に着いて周囲がざわついていたことを小さな声で抗議していた。
ご近所さんには何事かとひそひそされていたからである。
『あ、あの、わたし小さい頃にお姫様に憧れていて! す、凄くきれいですね!』
「ふふ、ありがとうリーナちゃんだったかしら?」
『はい!』
「あの、それで王妃様、トーニャになにか……?」
「うむ、それがな……」
褒めちぎるリーナに気を良くしたローザに、レイカが本題に入る。
するとモルゲンロートは神妙な顔になった。
ごくりとガルフが喉を鳴らす。なにかやらかしたか? 屋敷は適正価格だったと思うなどを考えていると、モルゲンロートは口を開く。
「トーニャよ、君はお米を食べられるようにすることはできるか?」
「へ!? お米ですか? もちろん実家ではいつも食べていましたし、ママに教えてもらっているから余裕ですけど」
「本当か……!?」
「うわあ!?」
トーニャがあっさり『出来る』と口にする。するとモルゲンロートの横に立っていた男、コックが声を上げた。
「頼む。陛下に言われて作ってみたのだが、まったくうまくいかないんだよ」
「おお、なるほど……確かに最初だけ難しいかもしれないわね」
「頼めるか?」
「ええ! お屋敷のお金を出してもらったのでお礼の代わりになれば!」
「頼もしいわ♪ トワイトさんの娘さんってわかるわ」
そしてトーニャがキッチンへ行き、コックへ米のことを説明する。
水加減や時間、やってはいけないことなど細かく説明し、それを真面目に貴重な紙にメモしていく。
「蒸すというのはあっていたのか」
「うーん、そうなんだけど、そこまでにちょっと手順がいるの。適当に計ると水加減が難しいのよね。例えばコップ一杯のお米を鍋にを入れたら、同じ量の水を入れるって感じで覚えていると楽かな?」
「なるほど」
「後は蓋をしてかまどにかけたらぶくぶくするまで放置ね。その後、弱火にして少し経ったら火から外して蒸らすのよ」
そんなレクチャーをした後、時間が来たので蓋を開けると、見事にふっくらした白米が炊きあがっていた。トーニャがスプーンで少しとってから口に入れる。
「うん、ちょうどいいわ!」
「これは見事な……ふむ、これは美味い!」
「だいたいのおかずに合うから色々試すといいかも? お米はまだあるのかしら?」
「たくさんある。君の父上がかなり持ってきてくれたからな」
「うふふ、なら色々いいかも。あたしはお肉が好きだけど、焼き魚にもあうのよね。あ、ショウユがないんだっけこっちは」
「ショウユ、それはなにかね――」
そんな感じで城のコメ騒動は収束した。
新しく興味を引くものが出てきたが、ザミールに聞いてみようということになる。
その日はトーニャお手製のおにぎりを食べてご満悦であったとさ。