第72話 竜、人とぶつかる
「あー、ホントにごめんなさい!」
「構わんよ。新しい家というのは気分が上がるからのう」
ガルフを手伝っているディランに、ホールにやってきたユリが手を合わせて平謝りをする。
ディランは自分も山暮らしを始めてからは楽しいと口にして口元に笑みを浮かべていた。
『わたしはみんなと一緒だったから楽しくてつい……』
「リーナはいいのよ……」
リーナも申し訳なさそうにしているが、経緯が経緯だけにレイカはホロリとしながら頭を撫でていた。
「ごめん、ヒューシ!」
「まあ、楽をさせてもらったからいいよ。それで目当ての物は買えたのか?」
「うん!」
トーニャはヒューシに謝っていた。
特に気にしていないヒューシはちゃんと買うものは買ったのかと質問を投げかけた。
すると、下着や服、布団一式に毛布、食器といった必需品ばかりをこぞって買って来たという。
「あたしもここに住むし、服とかも一着だけ買ったわ」
「なんじゃ、お金を持っておるのか?」
「王都に入る前に稼いでいたの! いやあ、まさかここに住むことになるとはねえ」
「近い方が私達も助かるし、ガルフさん達も助けられるからいいと思うわ」
「あーい♪」
「ママ。あ、リヒトも起きたのね!」
すると庭で遊んでいたトワイト達が帰って来た。
足元にはジェニファーとひよこ達もとてとてと着いてきていた。
「こけー」
「ぴよー」
『あ、ひよこ! 可愛い~♪』
「ぴよ?」
「ぴよ~♪」
ジェニファー達を見つけるとリーナが駆け寄って撫でていた。知らない顔だが、みんなと一緒にいるので大人しくしていた。
「あーう♪」
「おはようー♪」
「もう、買うものとかはないか? トーニャも」
「うん! これで後はレイカ達と暮らしていくわ」
「色々とありがとうございました。屋敷を手に入れられたのはディランさん達のおかげです」
ディランがトーニャやガルフ達にもう買い物はいいのかと尋ねる。
トーニャは満面の笑みを浮かべ、ヒューシは屋敷そのものが手に入ったことについてお礼を述べた。
「ホント、ヒューシの言う通りだよな。陛下と気軽に話せているし、こっちに住んでも良さそうな気がするけど」
「ワシは人間が多いところは怖くてかなわん。そういうのはトーニャに任せるわい」
「パパ……!」
「はいはい、今日だけですからね?」
「トワイトさん怖いよ……ほら、リヒト君も呆れていますよ」
トーニャがディランに抱き着くと、トワイトが不穏な笑顔になっていた。
「あー」
「うふふ、リヒトは優しいわね」
姉にそんな顔をしてはダメといった感じでトワイトの頬に手を当てていた。
ディランはそんな光景を目にしながら、トーニャの頭を撫でて口を開く。
「ではワシらは帰るとしよう。なにかあったらウチに来るのじゃぞ」
「うん! ありがとうディランさん! トーニャと頑張って依頼をこなすよ!」
『あ、帰っちゃうんだ……』
「こけー」
「ぴよっ!」
ペット達を愛でていたリーナが、夫婦たちが帰ると聞いて寂し気な顔になっていた。ジェニファー達は『また来る』的な感じで羽根をパタパタさせていた。
「まあ、トーニャもおるしたまに様子を見に来るわい。野菜とか持ってくれば助かるじゃろ」
「めちゃくちゃ助かります……! 今日、かなりお金を使ったので……」
レイカが冷や汗を掻きながら頭を下げて受け入れていた。宿代の心配は無くなった代わりにしばらく食費を切り詰める必要が出て来たからだ。
「今日のところはディランさん達に食材を買ってもらったから、明日から依頼を頑張るしかないな」
「え!? 買ってくれたの?」
「ええ。みんなにもお肉をね♪」
「「「うおおお!」」」
『ひゃあ!?』
トワイトがウインクをすると歓喜の声が上がった。
リーナはゴーストになって食事を摂っていないためその喜びがあまり分からないかったようである。
「では行くかトワイト。あやつらも待っておるしのう」
「ええ。リヒト、お姉ちゃん達にバイバイしようね」
「うー? あーい!」
「うう、リヒト君またね……」
「またすぐ会えるって」
リヒトがトワイトの真似をしてバイバイをすると、レイカが手を振っていた。
ガルフはまた会えると苦笑しながらリヒトと握手をする。
「あ、町の入り口まで送っていくよ!」
「ん? 大丈夫じゃぞ? 地図は頭に出来ておるし」
「そうじゃないわよパパ。お見送りよ」
「おお」
トーニャにそう言われて、なるほどと手を打っていた。そのまま屋敷に鍵をかけて全員が出るとハリヤーが近くに寄って来た。
「またのう」
「さっきは遊んでくれてありがとうね」
「あーい♪」
「こけー!」
「「「ぴよー」」」
一家が挨拶をするとハリヤーは『またどうぞ』といった感じで鼻を鳴らし、リヒトに鼻の頭を撫でられていた。
ジェニファー達も挨拶をし、ハリヤーはガルフが引いていくことにした。
「はあ……一日は早いわね……」
「もっと早く帰る予定じゃったが、楽しかったわい」
「そう言ってもらえると良かったです! あ、陛下に挨拶をしなくていいですか?」
「どこかに行っていたから大丈夫だと思うわ。ローザさんによろしく伝えてもらうよう言っておいたの」
ユリが残念そうに言うが、ディラン達は楽しかったと返し、嬉しそうに笑う。モルゲンロート達は大丈夫か確認したところ、トワイトが問題ないと口にした。
「なら大丈夫か……というか陛下はそれくらいで怒ったりしないな……」
「確かに」
「次はザミールさんも居るといいね」
『知らない人だけど、みんなのお友達ならいい人な気がするわ』
ヒューシやガルフ、レイカとリーナもそれぞれ話をしながら歩いて行く。
リーナはこれから色々な人に会うことが楽しいようである。
すると――
「おい、道を開けろってんだ」
「あ? こっちが先に歩いていたろうが。わからねえのか?」
「なんだと……?」
「む、また喧嘩か」
――道の通りでなにやら言い争いをしている男達に出くわした。
ディランがそういえばさっきもあったなと視線を向ける。
「なんだろうな? 最近、怒りっぽいヤツが多い気がするぜ」
「あ、自警団が来たわ」
そのまま歩いていると、自警団が現れて喧嘩をしている二人を止めていた。
「多いのかしら? お野菜を食べればいいのに」
「じゃのう」
「おっと……」
それじゃ治らないのではと思いつつ、ユリたちが苦笑していると前から歩いてきた男にディランがぶつかった。男は尻もちをついて呻く。
「む、すまん」
「あ、いえ。よそ見をしていた私が悪いので、すみません」
「こっちは無事じゃ。ケガはないか?」
紫の髪をした優男風の人間がペコペコしながらディランに謝っていた。
「大丈夫です」
「ほれ、立てるか?」
「はは、ディランのおっちゃんにぶつかったらそうなるよな」
「あ、どうも。おや、なんだか大所帯ですねえ」
紫髪の男はディランに手を借りて目を細めて一行を見る。そこでヒューシが眼鏡の位置を直しながら口を開く。
「まあ、僕達はパーティを組んでいるからな。そのご夫婦は彼女の両親なんだ」
「そうそう」
「なるほど。おっと、急いでいたんでした。ではまた」
「ぼーっとしてはいけませんよー」
「あー」
紫髪の男は感心するように声を出した後、ハッとして歩き出す。トワイトが注意をするとペコペコしながら立ち去って行った。
「悪いことをしたのう」
「なあに、よそ見していたのはお互い様だって」
「うー」
ディランの言葉にガルフが背中を叩きながら擁護し、リヒトも拳を振り上げていた。そのまま城下町の門まで到着してディラン達は向き直る。
「またね」
「こけ!」
「ぴよ」
「あい!」
「あ! そうだ!」
レイカが手を振るとジェニファー達が挨拶を返した。そこでユリが思い出したようにポケットに手を入れる。
「これ! ひよこ達がわかるようにするための飾り!」
「あ、そういえば言ってたわね」
「ぴよー?」
「これをこうしてっと……」
「ぴー♪」
ユリはダル達と同じように首にリボンをかけてやる。トコトにピンク、レイタに緑、ソオンにはオレンジのリボンだ。
「あ、トコトはあたしとお揃いね」
「ぴよ♪」
「これはわかりやすいな。お前がレイタだったか」
「ぴ!?」
『いいじゃない♪ 可愛い~』
「ぴよぴよー」
ひよこ達はそれぞれ手のひらに乗り、お尻を振りながら感謝を伝えていた。
そしていよいよ門を出る。
「ダル達にもよろしくねー!」
「ええ、伝えておくわ」
「あーい」
「ではトーニャ、気を付けて過ごすのじゃぞ。迷惑をかけんようにな」
「わかってるって!」
そう言ってディランとトワイト、リヒトは城下町を後にした。
「え!?」
そんなディランはおもちゃやら食料が入った大きな箱をを担いでいたので門番を驚かせていたりする。
「楽しかったのう」
「ええ。みなさんいい人ばかりで。ローザさんとはまたお話したいですね」
「うむ。それにしても急に静かになると寂しくなるわい」
二人は寂しくなった帰り道をゆっくりと歩いて行くのだった。
◆ ◇ ◆
「……さっきの連中、どういうんだ?」
ディラン達が町を出たころ、先程ぶつかった紫髪の男がヘラヘラした顔から解せぬといった表情になっていた。
「確かに私は魔法をあの連中にかけたはずだが……誰も怒りを呼び起こさなかった……」
ふと足を止めて紫髪の男は道を振り返る。
そこにはもうディラン達の姿はないが、ポツリと呟く。
「完全なものにするためには彼等にも効くことを証明しなければいけない、か? いや、その前にロイヤード国に行ってみるか――」