第70話 竜、買い物へ行く
ひと騒動あったが予定通りショッピングへ行くことになったディラン達。
馬車を引いた上に大人数で屋敷から出ると、近所の人がびっくりした顔をしていた。
「ちょっと、あなた達! この屋敷から出て来たけど、大丈夫だったの? ゴーストが出るって噂があったけど……」
『あ……』
「ああ、えっとこの子――」
「それは間違った情報じゃな。そういうのは居なかったぞい」
身なりの良い女性がそう言って尋ねて来た。レイカがリーナの説明をしようとしたが、ディランがそれを遮ってゴーストは居なかったと返した。
女性の口ぶりから察するに、ベーンもわざわざ『ゴーストが出る屋敷』とは触れ回っていないので『噂』程度であれば誤魔化せると判断したのだ。
「……! そうそう、今日から俺達のパーティが住むからよろしく!」
「パーティメンバー全員だからうるさいかもしれないけど、よろしくお願いします!」
そこで意図に気付いたガルフとトーニャが女性に挨拶をした。女性は一瞬面食らったが、すぐに微笑み返してくれた。
「まあ、そうなのね! 長い間空き家だったからそういう話が……でも、若い人たちが住んでくれるなら安心だわ。引き止めてごめんなさいね」
「いえ、大丈夫ですよ♪ 娘がパーティにいるのでよろしくお願いします」
「あーい♪」
「ええー、リヒトが返事をするの?」
「可愛い赤ちゃんね。お姉さんをよろしくってところかしら? ふふ、それでは」
女性は手を上げるリヒトに手を振ってその場を立ち去っていく。
ガルフ達は一息ついてからまた歩き出した。
「馬鹿正直に言う必要はねえってことだな」
「そうじゃ。もうリーナはゴーストではないから噂も噂となった。ということにしておけば良かろう」
「まあ、リーナはそれ以上のなにかになったんだけどね……」
『へへー』
「さすがあなたね」
「あー♪」
そんな感じで商店のある方へと進んでいく。そこでふとユリが思い出したように口を開いた。
「そういえばトコト達は?」
「リヒトのポケットに入っているわ。ほら」
「あーい♪」
「あ、まだ寝てるんだ。ジェニファーは?」
「カバンの中で寝ておる」
「こー……」
ペット達の声がしなかったので不思議だったようだ。ひよこ達はリヒトが起きてもそのままで、ジェニファーに至ってはカバンから出ることなく寝てしまったらしい。
『わ、可愛い~』
「起きてたらもっと可愛いんだけどね。帰る頃には起きるんじゃないかしら」
「あい」
リーナが抱っこされているリヒトのポケットを覗き込んで目を細める。するとリヒトがポケットを撫でてやっていた。寝かせておこうというのだろう。
「起きるとぴよぴよするからな……」
「可愛いからいいじゃない」
『ユリお姉ちゃんには弱いんだね、ヒューシ』
「妹なんだけどな」
複雑な顔をするヒューシにユリが背中を叩き、リーナが笑う。
いつものやりとりをしていると、やがて目的の場所についた。
「ふむ、ガルフ達はガルフ達で買い物があるじゃろうし、二手に分かれるか」
「え? いや、別に大丈夫だぜ。布団とかそういうのだろうし後でも」
「いや、僕達の方が荷物は多くなると思う。宿にも荷物を置いているからそれを取りに行かなければ」
「あ、そっか。んー、だけどディランのおっちゃん達を慣れない王都で歩かせるのもなあ……」
ガルフは御者台で腕組みをしてうなりを上げた。
迷わないか心配なのと、もうなにもないと思うが、ディランかトワイトがなにかをする可能性がまだ残っているというのも理由にある。
「なら僕がディランさん達についていこう。ガルフはそっちを頼む」
「あ、男が俺一人はきついだろ!?」
「いいじゃないか。ダイアンあたりに羨ましがられておけば」
「ならユリかレイカを、トーニャも子供なんだからいいんじゃないか?」
「ダメよ。あたしはこれからこの町に住むし、リーナの面倒は女の子で見た方がいいでしょ? 男は一人でも居た方が変なのに声をかけられにくいし。それにこの人数だとお店も困るんじゃない?」
ガルフは食い下がるが確かにトーニャの言う通り、どっちか男が居た方がいいだろうと言葉を引っ込めた。
それに買い物も女子同士で見た方が盛り上がるとも考えた。
「しゃーねえ、付き合うとするか。お前、なんか買っておくものはあるか?」
「布団だけあればいいぞ。後は宿の荷物を頼む」
「分かった! そんじゃ、俺達は先に宿へ行ってくるぜ。また後でな!」
「うむ。では雑貨がある店に頼むわい」
ということでディランとトワイトをヒューシが案内する形になった。まずは雑貨の店がいいと口にしてそちらを目指すことにした。
「こんにちは」
「はい、いらっしゃい。ああ、あんたかい」
雑貨の店に入ると少し太った店の主人が出迎えてくれた。顔見知りのようで、軽く手を上げて挨拶をしてきた。
「今日はなんだ? っと、見慣れない方ですな」
「この二人は僕達がお世話になっている人なんです。王都に来たのは初めてなので案内をしているんですよ」
「よろしく頼むわい」
「こんにちは」
「あーい!」
ヒューシの説明が入った後、ディラン達が挨拶をした。すると雑貨店の主人は何度か頷きながら口を開く。
「なるほど、お客さんってわけかい。ウチは見ての通りしがない雑貨屋だ。冒険の入用ならザミールんとこの方がいいぜ」
「ザミールか。そういえば最近見ていないな」
「知っていたか。まあ、最近ヒューシ達のパーティとは仲がいいみたいだからなあ」
「……色々ありましたから」
ヒューシは眼鏡の位置を直しながらフッと笑い、主人が圧倒されていた。
「そ、そうか? まあ、ゆっくり見て行ってくれよお二人さん」
「あーい♪」
「坊主もいたか! 悪いな!」
主人に合わせてリヒトが手を振ると元気な坊主だと目を細めていた。
そこで早速夫婦は商品を見ていく。
「この子におもちゃが欲しいのだけどありますか?」
「ええ。こういうのは如何です?」
トワイトが尋ねると店の主人は手を叩いてからベビー用品のある場所へとあんないしてくれた。
「これは振ると音が出るガラガラって道具だ。こうやって使うんだよ」
「あー!」
主人が筒に木の玉を入れたガラガラを振ると小気味よい音が響き、リヒトが口をぽかんと開けていた。珍しいものなので気になっているようだ。
「振ってみるかい?」
「あう? ……うー?」
「あんまり楽しくないみたいですね?」
主人がリヒトにガラガラを手渡すと、なんとなく振る。しかし、それほど楽しそうにしていなかったとヒューシが語った。
「じゃあ次はこれだ。木のお馬さんなんてどうだ?」
「あい?」
今度はゆらゆらと揺れる木馬を出してきた。トワイトがリヒトを乗せてみると、上手いこと持ち手を掴んで揺れていた。
「あ、上手♪」
「あーい♪」
「これは気にいったようじゃな。ふむ、ダル達に乗る練習になるかもしれん」
「あー、乗せたがりそうですね」
ヒューシがダル達を思い浮かべるとリヒトが乗るのではなくリヒトを乗せようと躍起になるだろうなと言う。
「あい! あーう」
「ん? どうしたの? カバン?」
するとリヒトがディランの下げているカバンの指して声を上げる。何事かと思っていると、ひょこっとジェニファーが顔を出した。
「こけー……?」
「あーい♪」
「ジェニファーがどうかしたのかしら?」
「とりあえず出してみるか」
ディランがジェニファーを外に出すと、あくびをしながらリヒトの下へ歩いて行った。
そこでリヒトは木馬からジェニファーに乗り換えようとした。
「こけ!?」
「まあ、ダメよリヒト。ジェニファーには乗れないわ」
「うー?」
「こけー」
「あー……」
慌ててトワイトが抱きかかえて持ち上げる。首を傾げるが、あわやジェニファーが潰れるところだった。
すまなさそうに声を出すジェニファーの背中を残念そうに撫でるリヒト。
「そうそう。ひよこ達と同じように抱っこしてあげるのよ」
「あーう」
「とりあえず木馬は気にいったみたじゃしもらおうかのう」
「毎度! 他にはこういうのもあるよ。交易で手に入れたんだが――」
次に出て来たのは積み木で、これはそこそこ興味を示していたので買った。
さらにこれもと出て来たのは木で出来た星や動物を吊り下げたおもちゃだった。
「あうー?」
「揺らすと音がなるのじゃな」
「あー♪」
「結構気に入っているかも? この鼻? が長い動物はなにかしら?」
「なんか南の方にしかいない動物らしい。名前は俺も知らないんだが、なんか愛敬があるよな」
見慣れない動物のオブジェにトワイトが興味を示していた。しかし主人も知らないと、肩を竦めていた。
「後は歩く練習にこういうのもある」
「ほう」
最後にと、主人は壁際にあった、ローラーのついている歩行器と二段で階段状なっている道具を前に出してきた。
歩行器に関しては珍しいもので、捉まり立ちの練習ができるものだ。階段状の道具は使っている内に歩くことを覚える道具だとのこと。
「面白いものを作るのう。こっちを貰おう」
「ありがたや!」
「こういう道具はまだ関係ないからスルーしていたけど、覚えておいていいかもしれないな。ガルフとレイカはすぐに結婚しそうだし」
「リヒトが使わなくなったらおさがりじゃな」
さらにアッシュウルフ達に革製のボールを手に入れ、ジェニファーが手で転がして遊ぶ馬車のおもちゃに興味を持っていたのでそれを買った。
「こけー♪」
「あー♪」
「良かったわね♪」
なにやらジェニファーとリヒトは嬉しそうだった。そんな様子に微笑みながら主人はディランへ言う。
「では包みます……って、馬車かなにかで?」
「いや、歩きじゃ。なにか大きな箱にでも入れてくれれば持って行くぞい」
「ええー……」
「ディランさんなら大丈夫だからそうしてくれると。ウチには馬車もあるし」
「まあ、こっちはいいけど……本当に大丈夫か?」
「私も手伝いますから!」
「赤ちゃんがいるのに……」
トワイトが財布からお金を取り出して支払いながらそういうと、主人は肩を竦めて受け取るのだった。
「次は食材かのう」
「リヒトの服を作る素材も欲しいわ。ヒューシ君、わかるかしら?」
「ええ、こっちです」
「気をつけてな」
主人は結構買ってくれたことにお礼を言いながら夫妻とヒューシを見送ってくれた。