第65話 竜、ゴーストハウスへ行く
「貴族が住んでいたなら屋敷じゃない?」
「でも豪邸って言うじゃん」
「どっちでもいいだろ」
屋敷か豪邸、どっちで呼ぶべきか。
そんなどうでもいい話をしながらゴーストの居る家へと向かう一行。
レイカとガルフをヒューシが止めていると、ベーンが鍵を指で弄びながら口を開く。
「今のところ外傷とか憑かれた、誰かが死んだとかそういうのはない。が、やはり相手がゴーストだと呪われたりもあると聞くぜ。危ないと思ったら撤収だ」
実体がないと言うだけですでに脅威であるとゴーストに注意する。
そこでディランが頷いて答えた。
「うむ。まあ、ワシだけ中に入っても問題ないぞい」
「あたし達が住む家だからなるべくあたし達でケリをつけたいわ」
「それは構わんが、ガルフ達はお前が守るのじゃぞ」
「うん」
「ゴーストは初めてだけど、どうなのかしら。もちろん行きますよ!」
それでもトーニャは自分達のことだから家には入るといい、ユリもやる気で腕を空に突き上げた。
「ま、あの家は売れなくても仕方ないと思っているからほどほどにな」
「それはどういう……?」
「いや、なんでもねえ。もうすぐだ」
ベーンがフッと笑い意味深なことを口にすると、ヒューシが首を傾げていた。
そのまま進み、目的の建物へと到着する。
商店や平民の住む中央から東にある、比較的お金持ちが暮らす区画にそれはあった。
土地が広く、隣との間隔もかなりあるため少し騒いだくらいでは迷惑になることもない場所だ。
「……綺麗な屋敷ね」
「メンテナンスはしているからな。開けるぞ」
レイカの疑問に答えてからベーンは門の扉を開けた。キィ、という金属が擦れる音がする。
「庭、やっぱり広いなあ。あっちに厩舎があるんだっけ?」
「ああ。とりあえず中だな」
「ダルとかを連れてきたら遊べそうだわ」
「あいつは遊ばねえだろ。ヤクトとルミナスなら分かるけど」
ガルフはいつもゴロゴロしているダルは広いところで寝られるのがいいと思うかもしれないがと付け加えていた。
そんな話をしながら歩いて行き、ベーンが玄関の扉に鍵を差し込む。
『……』
「……! 今、あそこの窓に人影が……」
「ん? 誰も居ないぞ」
「ふむ、出て来たか。周囲の空気が変わったのう」
「え……わかるのパパ!?」
「……」
レイカが一階の窓に人が居たと口にし、ガルフはそれを見て誰も居なかったと発言する。ディランはなにかを感じたらしく顎に手を当ててそう言うと、トーニャが驚いていた。
ヒューシは青い顔で周囲に視線を泳がせていた。
「さ、入ってくれ」
「おお……」
「なんだか涼しいを通り越して寒くない……?」
程なくして扉が開き、まずはホールになっている場所へと足を踏み入れた。
灯りがなくても彩光を取り入れている明るい屋敷は、その場にいたガルフやレイカ達の想像通りであった。
しかし、何故か外より寒気を感じるとレイカは言う。
「それでそのゴーストは娘ということで良いのじゃな?」
「そうだ。前に買いたいと言う人間を連れてきた時は視察中に色々と起こったな」
「色々?」
「……まあ、見ていれば分かる。多分な」
ベーンが天井を仰ぎながら呟くと、それまで黙って着いて来たバーリオが話し出す。
「折角だ、手分けして設備なんかを見て行こうじゃないか」
「そうじゃのう」
「……そうですね。ガルフとレイカ、僕とトーニャで行こう。ユリはディランさんかバーリオさんと頼むよ」
「なんでよー!」
「あたしもパパがいいー!」
「トーニャ、なんでもええじゃろ? よろしく頼むぞいユリ」
「はぁい! ディランさんなら逆に安心かしらね♪」
「俺は外で待っているから終わったら声をかけてくれ」
ひとまず3手に分けて調査をしようと、内見をすることにする一行。
ベーンは何度も来ているから外で待つと扉を開け放して庭へと出ていく。
ディラン達は頷いた後、それぞれ見に行きたい場所へと歩いて行く。
『……また来た……わたしの家……許せない』
◆ ◇ ◆
「お風呂よねまずは」
「宿の水浴びは冬、寒いもんなあ……ちょっと火を熾せば入れたディランのおっちゃんちはすげえ良かった」
「だよねー。あ、ここだわみたいね」
ガルフとレイカが風呂場へと向かい、寒い日は水浴びだと辛いといった話をしていた。
「確かこの辺だったわよね」
「おう、一階の奥だな。っと、ここじゃないか?」
「あ、そうね」
すりガラスの扉の前へ来た二人はそこが間取り図で見た場所だったことを思い出して手をかける。
すると、そっと開くとドアの軋む乾いた音が脱衣所と風呂場に響く。
『ふふ……いっぱい来ても同じこと……』
その時、髪で顔の隠れた女の子のゴーストがさっと天上に移動する。口元に笑みを浮かべ、襲い掛かるための準備をする。
「灯りは魔法石に魔力を通すタイプか、レイカどうだ?」
「ちょっとつけさせてもらおうかしら」
『いまだ……!』
そう言ってレイカが脱衣所の中央付近にある台座に載った魔法石に魔力を込める。
するとパッと明るくなり、外と同じような明るさとなる。
「うわっ、眩しい!?」
「いい魔法石ね、これ。……って、あれ!?」
『ああああああ!? 眩しいぃぃぃ……』
灯りを付けた瞬間、ガルフが目をしぱしぱさせているとレイカも目を細めながらいい魔法石を使っていると称賛する。
しかし、その中で知らない女の子が顔を抑えて呻いていた。
「だ、誰だ!?」
『……はっ!? か、帰れ!』
「ゴ、ゴーストだわ! ……あ!?」
『覚えていなさい……!』
女の子はガルフとレイカに見られると、慌てて声を上げた後、スッと脱衣所を出て行った。
「なんだったんだ……?」
「ゴーストだから光に弱いのかしら? と、とりあえず追いましょう!」
◆ ◇ ◆
「ここはキッチンね。ふうん、かまども立派だし魔法石で火を使えるからこっちでお鍋とフライパンを使った料理ができるわ」
「……」
「テーブルも大きいし、貴族って感じの屋敷ね。でも、変に煌びやかじゃないからいい人だったのかも……ヒューシ、どうしたのよ」
トーニャとヒューシは適当に見ようということで歩いているとキッチンへ辿り着いた。
そこで色々と設備がいいことや住んでいた貴族は良い性格の人物だったのかもと告げた。
しかし話しているトーニャにまったく反応をしないヒューシに近づいてから話しかけた。
「いや……確かにいい屋敷だな。それよりディランさんみたいにゴーストの位置が分かったりしないのかい?」
「え? うーん、あたしは出来ないわね。パパが出来てママができないことも多いの。それくらいパパは凄いから」
「そうなのか……」
「なんでそんなことを……? あ、もしかしてヒューシ、ゴーストが怖いんじゃない?」
青い顔のままディランのようにゴーストを感知できないのかと聞いたがトーニャは難しいと答えた。
その答えに満足いっていない顔になったのでトーニャはピンと来てゴーストが怖いのだとからかい始めた。
『ふふ……今度はこっちの二人を驚かそう……あっちの男は特に怖がってくれそう……』
そこへ風呂場から脱出して来たゴーストがキッチンで二人を見つけてほくそ笑む。
ヒューシがゴーストを苦手としているのを聞いたので今度こそ帰らせることができるはずだ、と。
「僕は得体のしれないものが苦手なだけだ。ゴーストは目撃されているとは言うけど、死んだ者がなにか出来るとは思えない」
「そう? リビングデッドなんて珍しくないわよ? ていうか、見たことないから怖いのかもね?」
「……見たことがあるのか」
「もちろん♪ これでも長く生きているもの」
ヒューシがまだ見たことがないから怖いだけで、実際はそれほどでもないと言う。
しかし、ヒューシはそれはドラゴンだからだろうと胸中で難色を示した。
「まあいい、探索を続けよう。どうせなにもおこらな――」
ヒューシがため息を吐いて別の場所へ行こうと告げた瞬間、トーニャの背後に女の子が浮いているのを発見する。
「あ、ああ……で、出た!?」
『……この家はわたしの……出ていけ……さもなくば……』
「あら、後ろに居るの?」
女の子がゆらゆらと揺れながら出ていけと口にする。ヒューシが腰を抜かしてその場に座り込む。トーニャも声が聞こえていて、ヒューシの視線から背後に居るのだと気づく。
ヒューシがその言葉に頷くと、トーニャは少し考える。
『早く……出ていきなさい……呪われて死ぬことに……』
さらに女の子のゴーストは言葉を続ける。そしてトーニャの首に手を伸ばしたところで、トーニャが振り返る。
「ばあ!」
『……!? いやぁぁぁぁぁ!? 化け物ぉぉぉぉぉ!?』
「あ! 待ちなさい!」
振り返ったトーニャの顔を見た女の子は悲鳴を上げてスゥっと天井を抜けてどこかへ行った。
「な、なんだったんだ……」
「追うわよ! ほら行くよ!」
「お、おお……!」
トーニャに抱えられたヒューシが立ち上がり、二回へと足を運ぶ。その時、ヒューシが彼女に問いかけた。
「どんな顔をして驚かせたんだ……?」
「ちょっと一部をドラゴンにしたのよ♪ まだ亡くなってそれほど経っていないから自我があるみたいだったから驚くかなって」
「……」
怖いのはゴーストではなくそれをものともしないドラゴンかとヒューシは一緒に居るトーニャを見て複雑な表情になる。
「なに?」
「いや、頼もしいなと思ってたんだ。……ふう、行こう」
「そうこなくっちゃ♪」




