第64話 竜、家を物色する
「歩きで申し訳ない」
「構わんよ。これくらい大したことはない」
「こけー」
城を出て城下町へと向かうディラン達。
馬車は使わずに出て来たため徒歩にて移動することになった。
そんな状況をバーリオは謝罪する。
「馬車だと家から家への確認移動が大変ですもんえ。でもハリヤーも置いて来たけど良かったんですか?」
「厩舎は余裕があるから問題ない。そういえば家を買うなら馬を置ける庭なんかも欲しいところだな」
「やっぱり宿でいいんじゃないですかね? 厩舎もあるし、家を空けることも少なくはないので」
ヒューシが宿の利便性をバーリオに説くと、彼は肩を竦めて笑いながら返す。
「まあ、冒険者の生活環境に合った方がいいと思うのはそうだ。しかし、別の視点で考えた場合、トーニャ嬢の身バレを防ぐなら不特定多数の居る宿よりパーティメンバーだけが住む家だと思う。ディラン殿もそれを考慮していたのだろう」
「推測されておったか」
「あー」
酒を飲んで尻尾を出した件を鑑みてディランは家を借りる、もしくは買うことを思いついたのだ。
実際、お手洗いやお風呂が共同だったりするとどこでボロが出るか分からない。
ユリはなるほどと感嘆の声を上げていた。
「ま、そういうわけで陛下のためにもしっかりした家を探そう」
「わかりました! 折角だしお風呂もあるかチェックしようかな?」
「一人部屋は嬉しいよね。でもガルフとレイカは同じ部屋でもいいんじゃない?」
「物件次第ね」
「僕は本を買って置けるのが助かる」
理由を聞いて少し家を買ってもらうことに抵抗がなくなったレイカやユリがどういった家がいいか話し合いを始める。
なんだかんだと自室というのは魅力的だったようだ。
「庭付きは外せないとして……」
「あんまり広いと掃除が大変……」
「土地があればワシが作ってもいいんじゃがのう」
「ああ、確かにあの宿風の建物は良かったですな。しかし、それだと職人がへそを曲げますよ。ああ、ここです」
ディランは土地があれば自分でやってもいいと口を開くが、バーリオは大工がやる気を無くすから控えてくれと苦笑する。
そこで不動産を経営するお店へ到着した。バーリオが扉を開けてから中へと入る。
「いらっしゃいー」
「よう、相変わらず暇そうだな、ベーン」
「あん? 家を借りるやつなんて早々いねえ……ってバーリオじゃないか! 久しぶりだな。ったく、余計なお世話なんだよ!」
バーリオがくっくと笑いながら店主に話しかけると、やや不機嫌そうに彼を見た。すると目を丸くして驚いた後、ニヤリと笑いながら悪態をつく。
「どうしたんだ? お前がこの店に来るとは。引っ越すのか?」
「いや、今日は冒険者の家を買うために来た」
「冒険者の……? 金がありゃなんでもいいが、そっちのやつらか」
「ああ」
「こんちは!」
店主のベーンが訝しんでいるとガルフが片手を上げながら挨拶をする。
続けて家に住むメンバーが並んだ。
「まだ若いな。金はあるのか?」
「まあ、とある筋からの依頼だ。五人と馬一頭が住める家を探したい」
「とある……はあ、だいたい分かった。儲かるなら他に言うことはない。資料を出してやるから、好きな家を選べ」
「ありゃ、なんも聞かないの?」
「バーリオの頼みってだけで厄介なんだよ。かと言って断るほどのもんじゃないがね」
「付き合いが長い友人がいると助かるな」
バーリオの友人というベーンがふんと鼻を鳴らして、いくつかの簿冊をカウンターに広げた。
「これが部屋数の多い資料が載ったやつだ。冒険者ならだいたい安宿でいいだろうに、贅沢だなあ」
「色々と事情があってな。さて、まずは好きな物件を選んでみろ」
「ワシも見てみようかのう。今後の参考にするのじゃ」
「あ、間取りって書いてあるんだ」
早速、簿冊を開いて資料を閲覧するガルフ達。内容は設備と手書きによるだいたいの間取りが書かれていた。
四部屋や五部屋で構成された家屋を見て、レイカとユリは目を輝かせた。
「こっちはお風呂が無い……」
「ちょっとギルドからは遠いか。門には近いんだけどなあ」
「これはどう?」
「庭がないからハリヤーが――」
しかし、意外と条件に合う物件が無く、誰かの意見は取り下げないといけないという状況が多かった。他には金額的なものもある。
「三人くらいまでなら条件に合うんだけどなあ」
「まあ、多くなると主張が増える。そういうものだろう。僕は任せてもいい」
「眼鏡の坊主は分かってんな。そう、こういうのは譲り合いってな。がははは!」
ガルフはあちらが立てばこちらが立たず、というのを繰り返していることに口を尖らせていた。ヒューシはそんなものだと窘め、ベーンが大家族は難しいんだと笑っていた。
「確かに……でもお風呂は欲しい……ん?」
「どうしたのレイカ?」
お風呂は折角だしどうしても欲しいと、目を皿にしてじっと見ていたレイカがふと、日焼けした資料が後ろの方にあることに気付いた。
それを取り出すと一同が目を見張って声を上げた。
「広っ!?」
「え、お風呂にキッチンが凄くない……? で、これで白金貨一枚と金貨五十枚、なの?」
「豪邸じゃないか……でも安いな」
「これがいいんじゃない? 誰かが遊びに来ても泊まれるわよ!」
「凄いわ……!」
その屋敷は豪邸といって差し支えなく、全てにおいて今まで見て来た家を凌駕していた。
冒険者には不相応な感じがあるものの、金額を考えればここにするべきだと誰もが思う。
だが――
「あー、そういや外してなかったな……。その物件は止めておいた方がいいぜ」
「え、どうして? もう誰か住んでいるとか……?」
レイカが心底がっかりしたという顔でベーンへ尋ねた。すると彼は首を振ってから困ったように言う。
「その家、かなり昔に貴族が使っていた屋敷なんだよ。娘が病弱でお前達より少し下くらいの歳で亡くなったらしい。で、貴族は思い出の家を売り払ってどこかへ引っ越しちまったってわけだ」
「それが? 空き家なんでしょ」
トーニャが首を傾げて聞くと、バーリオがその疑問に答えた。
「ふむ、ワルゲイア伯爵のことだな。話だけは聞いたことがある。私がまだ騎士として働いていたころだから……二十年以上前だな。そしてその屋敷には娘のゴーストが出る、と」
「ゴースト!?」
「ああ。俺がこの仕事を始めてちょっとしてからの事件だったんだ。あれはまだ草木が緑に――」
「すげえな、ゴーストちょっと見てみたいぜ。行ったらでるのか?」
「俺の昔話を聞けよ!? ……まあ、姿は見たことがないけど、管理のため踏み入った時は変な気配があった」
バーリオとベーンは当時のことを知っていると話していた。そしてガルフはディランの時と同じく興味を持って会えるかどうかを聞く。
さらにディランが少し考えてから口を開いた。
「つまりそのゴーストを追い払えば安く屋敷が手に入るということじゃな?」
「そ、そうだが……今までもそういう連中は居た。だが、姿が見えないのに笑い声が聴こえたりして気味悪がって無理だったんだぜ?」
「まあなんとかなるじゃろ。バーリオ殿、白金貨一枚と金貨五十枚はいけるかのう? ワシも持っておるから足りん分は出すが」
「こけ」
ディランは特に問題ないといった様子で首を鳴らす。お金は足りなければ追加で出すと言い、ジェニファーがカバンから顔を出していた。
「さすがディランのおっちゃん! 行こうぜ!」
「うむ」
「そ、そうね。ゴーストが居なくなればあの豪邸が手に入ると思えば……」
ガルフとレイカは別々のベクトルでやる気を出していた。そこへトーニャがヒューシに話しかける。
「ヒューシは興味なさそうだね?」
「ゴーストなんていると思えないからな」
「あたしも長いこと生きているけど、見たことないんだよねー」
「ったく、バーリオ。お前が連れて来た理由がよくわかるぜ。おもしれえ連中だ。それじゃ、案内するぜ!」
ベーンはくっくと笑いながら怯みもせずに屋敷を手に入れようとするディラン達をゴーストハウスへと案内するのだった。




