第60話 竜、王都に行く
「疲れないの?」
「大丈夫よ! 夫とリヒトを交代で抱っこしているし」
「いや、馬でも結構距離があるんだけど……」
馬の歩行速度に合わせて夫婦が並走し、ガルフ達の連れている馬であるハリヤーの背を撫でたりしていた。
最初はあまり速くならないよう手綱を調整していたが、通常走行でまったく問題ないと途中から早足になった。
「あーい」
「ぴよー」
「立派なたてがみねえ」
トワイトがハリヤーに近づくと、リヒトがたてがみをふさふさし、ひよこ達はついばもうと首を伸ばす。
当のハリヤーはなにも言わないが触られるとくすぐったそうに耳をぴこぴこさせていた。
「あー♪」
「お耳はダメよリヒト」
「うー?」
耳の様子が面白いのかリヒトが手を伸ばす。しかしトワイトがやんわりと自分の耳に手を持って行った。
「そういえば今日は寝ませんね」
「知らないところを歩いているから興奮して寝付けないのかもしれないわね。疲れたら寝ると思うからそれまで遊ばせておきましょう♪」
「あー♪」
「ぴよー♪」
「ふふ、可愛い」
リヒトはひよこ達と遊び始め、レイカが目を細める。そこへヒューシが口を開く。
「折角ですし王都に着いたら商店を回るのもいいかもしれません。赤ちゃん用のおもちゃだったり、抱っこの負担を軽減する用具も売っていると聞いたことがあります」
「今はそういうのがあるのねー。それじゃあモルゲンロートさんのところへ行った後、ショッピングをしましょうか」
「あーい!」
「都に来るのは何百年ぶりかのう」
「スケールがちがうぜ……!?」
そんな調子で歩を進め、昼過ぎに王都へと到着した。
ガルフは馬車を門へ向かわせると、門番が片手を上げて止まるように指示を出してきた。
「よーし、そこで待機だー」
「よっ! 戻って来たぜ」
指示された通りある地点で止まると、ガルフが片手を上げて門番へ挨拶をした。
すると門番はヘルムのバイザーを上げてから苦笑する。
「見慣れた馬だと思ったらガルフだったか。他の連中も無事に戻ってきたようだな」
「まあ、依頼で出てたわけじゃねえからな」
「なるほどな。それでこちらの人達は? 一緒だったみたいだし、知り合いか?」
そこで門番が夫婦に気付き、ガルフ達に尋ねる。
それを聞いたユリが荷台から飛び降りてから二人を紹介し始めた。
「いつもお世話になっているディランさんとトワイトさん! キリマール山の管理者って言った方が通用するかしら?」
「……! おお、あなた方が! あの山を管理するとお触れがありましたが、こんなに若い方だったとは!」
「いや、にせん……もご」
「ウチのパパ、若く見えるでしょー? ママもずっと若いもんね。これが管理者証よ!」
ディランが馬鹿正直に答えようとしたのをトーニャ飛び掛かって口を塞ぐ。
そこで親子だと明かし、若く見えるのだと答えた。
「まあ、トーニャちゃんったら♪」
「あー♪」
「おや、最近ガルフ達と一緒に行動するようになった子じゃないか。両親がそうだったのか」
「旅をしていて故郷から移動したっていうのを追ってたんだけど、ようやく見つけたの」
「へえ、そりゃ大変だったな。それじゃ通っていいぞ」
門番は他の同僚に合図をすると開門が始まった。ヒューシが眉を顰めて呟く。
「身分のチェックはしないんですか?」
「お前達の知り合いだし、管理者というのも解っている。陛下の選んだ人だし、問題はないよ」
「あーい♪」
「お、息子さんかい? 可愛いですねえ」
「ええ♪」
「ごゆっくり!」
リヒトが手を上げて声をあげると、門番の顔がほころんでいた。
別の門番も目を細めて見守り、中へと入れてくれた。
「赤ちゃんは強いわねえ」
「実際、可愛いしねリヒト君。泣かないし」
「だよなあ。子供ってよく泣くもんだと思ったけど、リヒトは強いよな」
ゆっくりと中へ進み、トンネルのような場所を歩いていく。
それなりに厚みのある城壁なので町中がある出口まで距離があった。
通路には松明があるため、薄暗い状況が続く。
「こけー?」
「夜じゃないぞい」
「こ」
周囲が暗くなったことで夜かと首を出して様子を見るジェニファーだったが、違うとわかり、またカバンに潜り込んだ。
程なくして通路を抜けると大きな広場に出た。
「やはり村と違って大きいですね。向こうに見えるのがお城かしら」
「そうそう。謁見できるか確認しにいかないとね。商品はザミールさんのお店がいいと思うから終わったら案内するね」
「ええ」
何度か謁見をしているためガルフ達も慣れたものだった。まずは登城すると道を指差す。
「ぴよー……」
「ぴよぴー……」
「ぴよっ……」
「うー?」
喧騒の中を進んでいく一行。
その途中、ひよこ達がポケットの中へ引っ込み、顔だけ出してか細く鳴いていた。
リヒトが首を傾げていると、ディランが顎に手を当てて口を開く。
「人が多いから驚いておるのう。かくいうワシもこれほどとは思わなかったから困っておる」
「はは、別に取って食いやしねえしディランのおっちゃんのが強いのに」
「強いから良い、というわけではないのじゃよ。トーニャも心得ておくのじゃぞ」
「いつも言っていた『武、寡黙なりて勇とせん』だっけ?」
「それは?」
ディランは強ければいいではない、と口にした後でトーニャが聞きなれない言葉を言う。ヒューシが疑問を投げかけると、ディランが答えた。
「ワシとその刀を持っていた者と考えていた共通認識、というやつじゃな。真の強者は強さをひけらかすことなく、必要な時に必要な力を出すのでいいという意味じゃ」
「はー……カッコいいわね……トワイトさんが惚れるわけだわ」
「なるほど……強さはひけらかすものではない、か」
「無駄に見せる力はトラブルを招くこともある。それを忘れぬことじゃ。む?」
ディランは顎髭を触りながらガルフ達に告げる。そこで、彼は道の途中で気になることを発見した。
「今、お前がぶつかって来たんだろうが!」
「いーや、お前だね! 謝れって」
「んだと……!」
「きゃっ……!?」
道の途中で喧嘩をしている冒険者二人が目に入った。
どうもぶつかったらしく、どっちが先かというような話をしていた。
周囲の状況が見えていないのか、買い物の籠を下げた女性とぶつかりよろけさせた。
「おっと、大丈夫かのう」
「あ……! はい、ありがとうございます」
「てめえ!」
「やるか!」
ディラン達に気づいていない二人は尚も喧嘩を続ける。そこでディランは二人の首を掴んで引き離す。
「うお!?」
「な、んだ……!?」
「これ、他の者が困っておるじゃろう。この女性にぶつかって転ぶところだったんじゃぞ?」
「離せ……って動かねえ……!?」
「マジか、Bランクの俺が……!?」
「まずは謝るべきじゃろう?」
ディランがそう言って目を細めると、ふたりは圧を感じた。ごくりと生唾を飲んでから大きく頷いた。
「も、申し訳ない」
「すみませんでした……」
「あ、いえ、大丈夫ですよ。こちらの方が助けてくれましたし」
「些細なことで喧嘩をしていたら格が下がるぞい」
「あ、はい……」
「うむ。すまんな、手荒な真似をして」
「い、いえ……」
ディランはそう言ってトワイトのところへ戻っていく。
「待たせたわい」
「い、いや、全然大丈夫だけどよ。鎧を着こんだ二人を軽々と持ち上げてたよな……」
「まあそれほど重くないからのう」
「うーん、ディランさんと手合わせした方が強くなれそうな気がしてきたわ……!」
「むう、女の子と戦うのはしたくないのう……」
あっさりと冒険者をいなしているのをガルフが目を丸くして驚き、ユリが実戦形式で鍛えてもらえるのではという。
しかしディランは難しい顔で踵を返して歩き出す。
「うふふ、お父さんは優しいですねリヒト♪」
「あーい♪」
「ええい、行くぞい」
トワイトがリヒトに微笑みかけると手を上げて同意し、ディランは耳を赤くして先を歩き出した。
ガルフ達は強いのになあと苦笑しながら後を追うのだった。