第54話 竜、珍しく怒る
「なるほどのう。まあ、ワシらドラゴンは長い時を生きておる。素材が欲しくて戦いを挑んで来た者も数多い。だが、そういう者は……こうだ」
「!?」
ディランが建物を構築していた資材の一つである鉄塊を手にし、ぐっと握る。
すると鉄塊は粘土のようにぐにゃりと潰された。それをギリアムに放り投げる。
「硬い……」
「力を入れているようには見えなかったが……」
「それで、お主にも娘が居ると言っていたな。国王とも。ならワシが城まで行ってお主の娘を殺すと言ったらどうする?」
「……」
「ディラン殿……」
モルゲンロートが呟くと、ディランはギリアムが言っていることはそういうことなのだと返す。
それで得られるものが城の財宝か国そのものかになるが、ギリアムの言う【ドラゴンの素材】を得るということと同じだと。
「その通りだ。ふん、俺の負けだ、悪かったよ。ちょっと言ってみただけじゃないか」
「おい、ギリアムいいかげ――」
言っている通りだと肩を竦めて嘲笑するギリアム。モルゲンロートが眉を吊り上げて窘めようとしたが、その前にギリアムの顔が目の前から消えた。
「バカ者! そんな態度が許されると思っておるのか! お前は他の子供を殺すと言ったのだ。ここで殺されても文句は言えぬのだぞ!」
その直後、ディランが今まで見たことがない大声を出し、目を見開いてギリアムに拳骨を食らわしていた。
近くの鳥が空へ飛んでいき、動物や魔物の気配が遠くなっていく。
「うおおおお……!?」
「な、なんて圧だ……!?」
「やっぱちょっと怒ってるわね。それでも本気じゃないけど。あたしのために怒ってくれているわよママ」
「お父さんはお母さんのよ?」
「あたしのでもあるわよ!」
「そんなこと言ってる場合か!? 国のトップを殴ったんだぞ!?」
ガルフがトワイトとトーニャの会話にツッコミを入れていた。ロムガート国の騎士達も興奮状態で武器を構え、ディランとモルゲンロートを囲む。
「陛下」
「良い」
バーリオ達も即座に動く。しかし、モルゲンロートは動じることなく口を開く。
「武器を下げよ! この国は私、モルゲンロート・クリニヒトの管轄だ。無礼を働いたのはお前達の国王が先であろう」
「う……」
「それは……」
やはり普段は怒らないモルゲンロートが激高し、騎士達が怯む。さすがにギリアムがやらかしたことは誰の目にも明らかだからだ。
「う、ぐう……」
「すまないディラン殿。私に免じて許してやってはくれないだろうか? なぜかいつもにも増して軽口を叩いているのだが、本来、こんな挑発するような奴ではないのだ」
「ふむ。ワシは命まで獲る気はない。人としてやらねばならんことをしてくれればええわい」
地面に蹲って呻いているギリアムに視線を移してからそう告げると、不意に顔を上げてからディランの目を見る。
「いってぇ……今のは効いた……」
「パパが本気を出したら首が無くなるから感謝してね」
「……だろうな。で、人として、か。確かにその通りだ」
ギリアムはフッと笑い、吹っ切れた顔で立ち上がるとディランの前に立つ。
「一国の王が場を乱してしまい申し訳ない。ギリアム・ロムガートはあなた方に謝罪する。本当に済まなかった」
「へ、陛下が……!」
「頭を下げた! 我々も!」
ギリアムはきちんと姿勢を正してからディラン達に頭を下げて謝罪をした。騎士達は国王だけにさせてはならんと彼に並び膝をついて頭を下げていた。
「うむ」
「ギリアムがあっさりと……ディラン殿、どういった魔法を……」
「拳骨しただけじゃ」
「いや、効いたよ。こう、なんていうんだ? 色々と吹っ切れた感じだ」
「ギリアム、拳骨を受けて考えでも変わったか?」
さっきまでのニヤニヤ笑いではなく、少し爽やかになったような気がするとモルゲンロートが口にし眉を顰めていた。
「別に変わっていないぞ? さて、迷惑をかけた。俺達は立ち去るとしよう。行くぞ!」
「「「ハッ……!」」」
「待つのじゃ」
ギリアムはそう言って片手を上げて踵を返す。騎士達もそれに従い整列をしていた。しかしそこでディランが止めた。
「……なにかな? 旦那たちにこれ以上醜態を晒すのは勘弁なんだが。モルゲンロートにもな」
「ひとまず謝罪したのだからそれはそれじゃ。幸い、今回は誰も死んでおらんしケガもしておらん。折角ここまで来たのじゃ、茶でも飲んでいくといい」
「は?」
「ディラン殿!?」
ディランが茶を勧めると、ギリアムが間の抜けた顔になり、モルゲンロートが驚愕した。そこでトワイトが手を叩いてから話し出した。
「はいはい、お茶ですね! 仲直りしましたし、いいと思います。トーニャちゃんもいいかしら?」
「別にあたしはいいわよ? 別に実際狙われたわけでもないし。ねー?」
「あーう♪」
「いいんだ……ドラゴンって大らかなのか大雑把なのか……」
「わほぉん……」
「あんたはマイペースだねえダル」
一家は気にした風もなく問題ないと言い、レイカが呆れていた。こうなることが分かっていたようにダルがあくびをして、ユリが呆れていた。
「この山の主はディラン殿だ、私は構わない。……が、次に失礼なことをしたら私が追い出すからな?」
「分かってるって。反省しているよ、この通り」
「ふん、いつもの調子に戻ったか」
モルゲンロートが口を尖らせて言うと、肩を竦めてチャラけた様子で返事をした。
「また王族と席を囲むのか……」
「これもなにかの縁だろう、諦めろ」
「いいじゃない。冒険者って貴族とは縁遠いんでしょ? ここで名前を憶えて貰えればなんかあるかもしれないし」
「元はと言えばお前のせいだろうが……!」
ギリアムとモルゲンロートがじゃれ合っているのを見てヒューシが眼鏡の位置を直しながら呟く。するとバーリオが彼の肩に手を置いて苦笑する。
そこへ追い打ちをかけるようにトーニャがドヤ顔をしていた。
「それじゃ騎士さんも多いことだし、外でテーブルを囲みましょうか」
「ワシがさっと作るわい」
トワイトがお茶を入れに行き、その間はディランがテーブルを作ることになった。
◆ ◇ ◆
「ん? ガルフ達は居ないのか」
「ああ、なんか見慣れない子を連れて出て行ったぞ」
「そうか。砥石が欲しいと言っていたから貸してやろうと思ったんだがな。あいつはまたあの山へ行っている気がするな」
「なんだよダイアン、最近ガルフ達を気にするじゃないか」
ギルドで装備のチェックをしていたダイアン達のメンバーがそんな話をしていた。
仲間の一人が笑いながらガルフ達を気にするダイアンへ尋ねる。
山でひと悶着あった後、恨み言や短気を起こすことが無くなっていて、メンバーとしては動きやすくなった。
急に人が変わったようで落ち着かないが、悪いことではないと尋ねてみる。
「ま、同じ冒険者だからな。協力してなんぼだろ?」
「そりゃあな」
真っ当なことだと仲間が笑い、装備を整えてギルドを出る。そこでダイアンが人にぶつかった。
「おっと、すまない」
「いえ、お気になさらず」
「ありがとう」
ローブを目深に被っている男にぶつかったが、すぐに謝罪をした。相手もそれほど気にしてはいないようで口元に笑みを浮かべながらすれ違う。
「素直に礼を言えるようになったのかあ」
「うるさい……!」
そんな話をしながら遠ざかっていくダイアン達を、先ほどぶつかった男が振り返ってみていた。
「おや、そういえば彼は。……ふうん、邪気が晴れている――」
そう呟いてから歩き出す。
「まあ、サンプルはいくらでもあるし問題ないか。そういやあの王様はどうなったろう」
ふふっと笑い、男は人ごみの中へと消えていく――
◆ ◇ ◆
「ふんぬううう!?」
「う、ごかないだと!?」
「嘘だろ……こっちは十人がかりでやってんのに」
「フッフッフ、ドラゴンを舐めてはいかんぞ」
「パパさすが♪」
「あーい♪」
ディラン達は結局お茶会からお泊りへと変更し、秘蔵の酒も用意して宴会となった。
ドラゴンであるという話をし、腕相撲で勝てたら姿を見せると言う勝負をする。しかし、騎士達が数十人がかりで押してもまったく歯が立たい。
無責任にトーニャが賞賛し、リヒトが喜んでいた。
「ドラゴンが居たら安泰だろうなー」
「バカを言え、 国民が困る。ディラン殿は強いがお前みたいに興味本位でくる奴が増えるに決まっている」
「まあ、そらそうか! トワイトさん美人だしな!」
「そうじゃない……!!」
別の席では国王同士が周りの目を気にせず話をしていた。ギリアムも王都での席とは違い、かなり素を出しているような状況だった。
「ぷは、こいつは美味いな!」
「うふふ、夫はお酒が好きなんですよ。最近はリヒトが居るからあまり飲まないんですけど」
「そうだったのか。いや、我々ばかり悪い」
「まあ、今度なにか土産を寄越すよ。東の方の酒だし、こいつは高価だ」
「『オロチマイ』という名前だったかしら」
「へえ、なにで作っているんだろうな」
ギリアムはグラスに入った水のような透明の酒を見ながらそう言う。そこでディランがパワーアームを終えてトワイトの下へ来る。
「米で作っておる。どうじゃ、飲んでおるか?」
「ああ、ありがたくいただいているよディラン殿。フフ、あんたに拳骨を貰って死んだ親父を思い出したよ。妻も早くに亡くしちまってな、羨ましいよ」
「最近、態度が悪かったのはなにかあったのか?」
「いや……特にはないぞ? だけどまあ、確かに態度は悪かったかもしれん」
「今は態度がでかいだけで悪くは無いな」
「勘弁してくれって。ディラン殿も飲もうぜ!」
「うむ」
「おつまみを作ってきますね」
モルゲンロートは訝し気にしながらも答えは出ないので酒を飲むことにした。
「ぴよー!」
「なんであたしの頭に乗ってくるのよ!」
「あーい♪」
「髪が長いから登りやすいのよ。私とユリはそうでもないし」
「すまねえヤクト……枕になってくれ……」
「うぉふ……」
ひよこ達がトーニャに構い、それを見たリヒトが嬉しそうに笑う。ガルフは飲み過ぎたのかヤクトを枕にして寝転がった。
「ルミナス、肉だ」
「わん!」
ヒューシはというと、大人しくお座りをしているルミナスの背中を撫でてやり、食事を与えていた。
「よく懐いているなあ。アッシュウルフって結構狂暴なのに」
「こけ」
「いや、ニワトリが一緒に居ること自体もうおかしいしな……」
ジェニファーが主張するが騎士達は苦笑するばかりであった。
ひとまずトーニャは両親に会うことができ、ギリアムは思いっきり怒られた。
残るは彼が今後どうするか、だけになる。
「それで、このことは口外しないと誓えるんだろうな?」
「もちろんだ。ドラゴンに攻撃されちゃたまらないってのがよく分かったしな。まあ鱗の一枚でもあればいいと思ったんだが残念だ」
「鱗か。トーニャ、お主の鱗を一枚出してやるのじゃ」
ディランがそう言ってトーニャに声をかけた。