第50話 竜、連行される
「ふむ……まさかトーニャ自身がドラゴンだったとは……」
「ご、ごめんなさい……隠すつもりはあったから」
「まあ、隠すよね……」
宴が終わり、ギリアム達ロムガートの人間が部屋に戻った後でモルゲンロートはバーリオの報告を聞いた。
宴の最中に聞いていたら動揺していただろうと考えると、バーリオの判断は的確だったと褒めていた。
そして、今、モルゲンロートはガルフ達の居る部屋に来訪し、冷や汗をかきながら、目を覚ましたトーニャに話を聞いているところである。
ベッドの上に正座をさせられている彼女は開口一番、謝罪を口にしたが、それはお酒で暴れたことについてだった。
ドラゴンであることを隠していたことは元々そのつもりなので悪びれた様子はなかった。
「まあ、いきなりドラゴンですと言われても困るからそれは構わない。となるとギリアムが見たピンクのドラゴンは君か」
「多分そうですね。あたしは東の方から来たし、そっちにそのロムガート国があるならそうかも? 王都近くで人化してここに来たんだけど、夜中だったからあまり見ている人間は居ないかもしれないわね」
モルゲンロートがギリアムの言ったドラゴンかと尋ねると、彼女は指を唇に当ててほぼ間違いないと口にした。
「ピンクのドラゴンは噂になっていないもんな」
「なら君の目的はなんなのだ?」
ガルフとヒューシがそれぞれ質問を投げかけると、トーニャは愛想笑いを浮かべて後ろ頭を掻きながら話し出した。
「いやあ、ドラゴンを探しているのは本当なの。だけど仇じゃなくてパパとママそのものを探しているわ」
「そうなんだ。あー、だからそこまで焦ってないんだ」
「そうそう。居たらラッキーかなくらいだったの。美味しい食事とお酒がラッキーだったわ! ……痛っ!?」
「もっと反省しなさい」
さっきの食事は良かったと目を細めたところ、レイカに拳骨を食らっていた。
そこでバーリオがため息を吐いてからモルゲンロートへ進言する。
「ギリアム様に知られると面倒になりますな。ひとまず彼等はギリアム様が帰られるまでここで隔離すべきかと」
「そうだな」
「病原体みたいになってる……でもまあ仕方ないわ。私達も一緒に居てあげるから」
「ユリー、ありがとうー」
正座したままベッドの横に立っているユリの下へ移動し腰に抱き着いていた。まだ少し酔っているなと苦笑しながら頭を撫でていた。
「角がある……」
「まあ、ドラゴンだし? ふあ……また眠くなっちゃった……ぐう……」
ユリが頭を触ると角が少し出ていることに気づき、撫でているとそれが気持ち良かったのかまた眠りについた。
「まったく……ギリアム様が帰った後はどうしますか? トーニャの処遇なんですけど」
「ひとまずディラン殿のところへ連れて行こう。なにか知っているかもしれないしな。私も行くから一緒に頼む」
「もちろんです」
寝入ったトーニャを見てヒューシが呆れた声を出す。
そんな彼に、ドラゴンならディランのところへ行くのが最善だろうとモルゲンロートが告げて、ガルフ達が承諾する。
「ギリアムが明日には帰国する。その次の日にしよう」
「承知いたしました」
「それまではここに居てくれ。好きに過ごしてもらって構わない。……だが、トーニャだけは気を付けてな」
モルゲンロートはそう言って釘を刺すとバーリオと共に部屋を出ていった。
ガルフ達はそれを見送ってから自分達も寝るかと就寝する。
そして部屋を出て行ったモルゲンロートはバーリオと会話をしていた。
「またドラゴンとはな」
「一体なにが起こっているのでしょうか?」
「わからん。こうもドラゴンがやってくるとは……いいのか悪いのか……」
「陛下には胃の痛い話ですからな……まあ、話しが出来るのと凶暴でないのが幸いだ。明日はギリアムを見送ってディラン殿のところか久しぶりだからいい口実にはなったが――」
また米を食べさせてもらえるだろうかなどと思い描きながら今日のところは就寝をした。
色々な思惑が出来てしまったが、翌日モルゲンロートは、ギリアムを見送る。
「ではな」
「ああ、ドラゴンが居なかったのは残念だったが宴は良かった。ありがとうよ」
「こちらとしては兵を狩り出されなくて助かったところだ。とはいえ、たまにはこうして国王同士の会談も悪くないな」
「はは、確かに」
お互い握手をして笑い合う。
資源の状況、貿易、最近のトレンドなどの情報交換をしたのだが、それ自体は有意義なものだった。
「そういえばあのヴァールが自慢していた絨毯、ものすごく良かったな。あれ、買ってから一つ送ってくれよ。ウチからもいいのを送るから。娘にプレゼントするもんが」
「……考えておこう」
ドラゴン素材も使われているので適当に誤魔化しておいた。それらしいのでも大丈夫かと思案する。
「じゃあ、邪魔したな。今度はこっちにも来てくれ」
「その内にな」
ギリアムは馬車に乗ってそのまま颯爽と城を出て行った。小さくなっていく馬車を見送りホッと安堵する。
「行きましたな。案外、食い下がることが無かったのは幸いでした」
「ああ。ギリアムもそう簡単に見つかるとは思っていなかっただろう。たまには羽目を外したいというやつかな」
「陛下がディラン殿のところへ行くみたいに、ですか」
「まあな。城から出るにはなにかしら意味を持たせなければならないのが王族の辛いところだよ。さて、今日はゆっくりして明日出発だ」
踵を返して城の中へ入っていき、ガルフ達に話をしに向かった。
平和が戻ったと思っているモルゲンロート。
だが、ギリアムは王都を出たところで草原へ入っていく。
「どうしますか?」
「できればモルゲンロートが出発するのを見て後をつけたい」
「どこかへ行くでしょうか? 戻った方がいい気もしますが……」
「あいつが行かなくても、あの冒険者達は出るんじゃないか? そっちでも構わないさ。とりあえず二日ほど待ってなにも無ければ帰るから安心してくれ」
流石に国王に野営をさせたくはないと騎士達はやんわりと言うが、期限付きだから付き合ってくれとギリアムは頼んでいた。
「ドラゴンを知っているなら相当なものですが……自慢しませんかね」
そこで騎士の一人がそう口にすると、ギリアムは目を瞑って答えた。
「まあ、モルゲンロートだからな。むしろ隠すだろ。コフタの国王あたりなら自慢げに話すだろうし、奴隷と戦わせるみたいなショーでもやるだろうけど」
「はは……あの方は……そうですね」
両方の性格について『そうですね』と答えた騎士に満足して笑みを浮かべたギリアムは身を隠しつつ門が見える場所がないか模索する。
少し高台になっている丘の上に林があったのでそこでキャンプをすることにした。
「遠眼鏡を持ってくれば良かったな」
「南から来た商人から買ったアレですか。確かに、こういう時に意味がありそうですね」
「交代で見張りを頼む。テントで休んでいるから適当に過ごしてくれ」
「「「ハッ」」」
二十名からなる騎士達なので魔物に対しての恐れはない。今の興味はモルゲンロートの『ドラゴン』発言のみだった。
◆ ◇ ◆
翌日。
「準備はいいな」
「はい。こちらは大丈夫です」
モルゲンロートとガルフ達はディランとトワイトのところへ行くため馬車を用意していた。
ガルフがバーリオへ返事をしていると、荷台にいるトーニャがレイカに話しかける。
「どこ行くの? 王様と一緒にご飯……?」
「違うわよ。ちょっとトーニャに会って欲しい人がいるの」
「ふうん? ま、どうせパパとママはすぐ見つからないからいつでもいいし」
角と尻尾をきちんと隠したトーニャはにっこりと微笑む。
仇は言い過ぎだったが、モルゲンロートやガルフもまだ伝えていないことがあるので、お互い様というところだった。
「……動いたか。行くぞ」
一行が王都を出たところで遠くから見ていたギリアム達がそれを確認する。
そしてディラン達は――
「こけー」
「ぴよっ!」
「虫を食べてくれるのは構わないがそれだけで腹いっぱいになったら飼料が食えないぞ」
「ぴよぴ」
「ぴっ!」
「わほぉん……」
いつもどおりだった。
モルゲンロート達が到着するまで後、数時間――