第45話 竜、すれ違う?
ガルフ達とザミールはトーニャを連れて城へ向かっていた。
彼女の目的はなんなのか?
ドラゴンを探す理由を聞く必要があると考えているためだ。
一介の冒険者と商人が抱える問題にしては大きいが、知っている者として見過ごせないのである。
「どこから来たの?」
「ずっと東の方よ。とはいってもあちこち旅をしているからどこって特定はしにくいかな」
「若いよね。私達と同じくらい?」
「えっと、ご……二十歳よ! え、えへへ……」
「?」
ガルフやヒューシ、ザミールは女の子達より前を歩きながら会話を聞いていた。
同性なら警戒心も少ないだろうという見込みだ。
「レイカさんとユリさんが居て良かったよ。私だけだと説得するのが難しかったかもしれない」
「まあ、いきなり着いてこいは難しいよな。ザミールさん、いくつだっけ? 彼女は?」
「私は二十六だよ。ははは、こういう商売をしていると中々そういうのは無いね」
「俺達の七つ上かあ」
ガルフはザミールのことを聞いて思ったよりも年上だと口にする。見た目が若いので二十二か三くらいだと考えていたからだ。
「まあ、私のことはともかく……彼女、どう思う?」
「……ドラゴンを見た、ということなので恐らくディランさんとトワイトさんのことだと思います。別の国から追って来たと考えれば、時間的に分からなくはない」
「要するにガルフ君と同じである、と」
ザミールの言葉にヒューシが頷く。
旅人と本人が口にしているため、見つけて追いかけて会いたいというタイプなのかもしれないと考えていた。
朝の冒険者が集まっているギルドに装備なしで入ってくる、朝からステーキを食べるといった行動でトーニャは『少し変わっている』ということが分かる。
ガルフのようにアホな理由ではないかという話だった。
「俺がアホ!?」
「まあ……」
「ドラゴンを見に行こうなんて言わないからな? さっきの年配冒険者も言っていたろ『手に負えない』って」
「た、確かにそうだけどよ……」
メガネをくいっと上げながらヒューシがハッキリとガルフへ告げ、ザミールが頬をかきながら愛想笑いを浮かべていた。
「ま、まあ、ひとまず陛下と話し合いだね」
「というか装備もなにも無いのによく旅をしているなあ。魔法使いでそういう人は居るらしいけど」
「ロッドすらない、カバンひとつ。商人でも武器は持つんだけどね」
ザミールが後ろで楽しそうに話すトーニャへチラリと視線を移す。
顔は可愛い系で、年齢は恐らく間違っていないなど小声で推測を話しながら城へと足を運んだ。
「おや、ザミールさんにガルフ君? 今日は登城の予定がありましたっけ?」
「ちょっと緊急で陛下と謁見をしたいんです。予定はどうでしょうか?」
「本日は特に予定が無かったと思うので大丈夫だと思いますよ。陛下はあなた方を気に入っておられるようですから」
「はは……」
門を通り、受付に確認をするとそんな答えが返って来た。
モルゲンロートと彼等の関係はドラゴンという繋がりだが、それを知る者は他に居ないためである。
商人のザミールはいい品を持ってくることで認識されており、ガルフ達は狩りをしに行ったときに知り合った冒険者ということになっている。
ヒューシが頬を掻いていると、トーニャがひょこっと顔を出して口を開いた。
「あなた達、お城の人間と知り合いなの? 凄いわね!」
「うわ!? ……急に出てこないでくれ」
「なによう、感じ悪いわねえ」
「ウチの兄貴なんだけど、不愛想でしょー? そんなだからモテないんだよ」
いきなり出てきたトーニャにヒューシがびっくりして顔を顰めていた。
そのことをユリに窘められ、ため息を吐かれた。
「うるさいな!?」
「あはは! あたしにもお兄ちゃんが居るけど、こんなものだよね」
「あ、お兄さん居るんだ?」
「お互い、もう家を出てるからどこに居るかわからないけどさ。で、久しぶりにパパとママのところへ行ったんだけど引っ越しちゃってて、今探しているの」
「ふーん、大変ねえ」
「準備が出来ましたよ、どうぞ! あら、新人さんですか?」
「色々あって、ちょっと……」
ザミールが苦笑しながら受付の女性に返し、謁見の間へと向かう。
「ふう……」
「だ、大丈夫か俺?」
「大丈夫よ」
いつもの謁見の間だが、ここに来るのは緊張するなと一行は居住まいを正す。
大きな扉が開けられると、見慣れた赤い絨毯を進み、真ん中程で足をついた。
「え? なになに?」
「トーニャちゃん、陛下の御前だから膝をついて」
「あ、そういう感じ?」
「ええー……」
能天気に語るトーニャに、レイカが慌てて膝をつかせた。こういう場であれば貴族相手でも敬うものなのでこの態度は驚愕の一言だった。
モルゲンロートは首を傾げつつ、他の人間を下がらせてから口を開く。
「皆、久しぶりだな。元気そうでなによりだ」
「ご機嫌麗しく陛下。お気遣いありがとうございます」
「ご、ご機嫌麗しく……」
「はっはっは、良い良い。お主達は数少ない理解者だからな。それで、今日はどうした? 見ない顔が居るようだが?」
新しい仲間かとモルゲンロートが尋ねると、ザミールが顔を上げてからトーニャを前にして口を開く。
「彼女がこの国にドラゴンが来るのを見た、と言ってギルドの冒険者に声をかけているのを聞きました」
「……!」
「えっと、トーニャと言います! まさか人間の王様がパ……ドラゴンを探してくれるんですか?」
トーニャは顔を上げると綻ばせてモルゲンロートにそう言う。
パパと言いかけたが、この人間達が完全に味方であることがわからないため様子見をすることにした。
「君はドラゴンに会いたいのか。しかしどうして危険なことを……? 冒険者で腕試しとかそういうことだろうか?」
「うーん、なんて言ったらいいかしら……。あ、そうだ! ドラゴンはパパとママの仇なの……そのドラゴンを追って……あたしは旅をしているの」
「なんだって……!?」
トーニャが不意に暗い顔を見せてからとんでもないことを口にした。
自分がそうだと言って戦いになるのは避けたい。しかし、目的はと聞かれてただ見たいと言うなら調査はしてくれないと考えたためだ。
それを聞いてモルゲンロートやガルフ達が驚愕の声を上げる。
「そ、それで君はドラゴンを追っていると……」
「うん。金色のドラゴンなんだけど、知らないですか?」
「……!?」
さらにトーニャが続けて特徴を語り、モルゲンロートの顔色が変わる。
それはディランの変身した姿そのものだったからだ。
「なるほど……それは辛い話をさせてしまった。分かった、その件は私が預かろう。ドラゴン調査をしてみる。だが、この国に居ないかもしれないのでそれだけは留意してくれ」
「はい! ありがとうございます王様!」
「う、うーん……」
あくまでも自分のペースを変えないトーニャにレイカが唸る。大丈夫かと思っているところでモルゲンロートが続ける。
「そこにいるガルフ達に逐一伝達をする。宿の一室を使えるようにしておくから、待っていてくれ」
「え!? お、俺達もですか!?」
「ガルフ、陛下の前だぞ」
「あっと、わ、私達もですか!?」
「うむ。これも何かの縁。報酬はきちんと払うから、彼女の面倒を見てやってくれ」
モルゲンロートはガルフ達にウインクをして『頼む』と示唆していた。
女性がいるパーティでさらに二人も居るというのはあまり無い。それに同じドラゴンに関わった者達として適任と言うわけだ。
「わ、分かりました」
「とりあえず話は分かった。もう少し話を聞きたいが、ザミールとガルフ、それとヒューシで今後のことを話したい。トーニャさんは長旅疲れたろう、女性陣はお茶でもして待っていてくれ」
「承知しました」
モルゲンロートはひとまず対策を考えると言い、レイカとユリと一緒に、一旦トーニャを下げることにした。
メイドを呼び、客室へ移動させると残った男だけで話が始まった。
「……どう思う?」
「嘘では無さそうですが……少し引っ掛かりますね」
ヒューシがモルゲンロートの言葉にそう反応する。
仇であるという話はドラゴンを追うことに繋がるが、何かを隠していそうな雰囲気があると告げる。
「ヒューシの見解に私も同意です。しばらくガルフ君達と生活をさせて、その辺りを探ってもらうのはどうでしょう?」
「まあ、レイカとユリは仲が良さそうだからいいと思うけど……金色のドラゴン……ディランのおっちゃんが人を殺すとは思えねえんだけどなあ」
「ガルフ、それはみんな思っていることだ。金色のドラゴンは他にも居る可能性だってある」
「そ、そうだな……」
モルゲンロートがガルフにハッキリと告げた。
もし、そうだったとしてもなにか事情があるに違いないと言う。
「あえてディランさんに合わせるのもアリだと思います」
「そうだな……少しだけ様子見をしてから、彼女の人柄が問題なければディラン殿に話をしてみよう」
その言葉に一同は頷く。
ディランがそのドラゴンで無かったとしても吹聴されるのは困る。そのため時間を設けることにしたのだった。
そのころ、一家は――
「ぴよっぴよぴよっ♪」
「ぴよー」
「ぴよぴー」
「くあ……」
だらんと寝そべっているダルの硬いひげを、ひよこたちがくちばしでびよんびよんさせて遊んでいた。
奏でているみたいに音が出て、それが楽しいのか三羽でひげを叩いていた。
ダルは別に気にした風もなくあくびをする。
「きゃっきゃ♪」
「上手いわねーリヒト♪」
リヒトはその様子を見て手を叩いて喜んでいた。するとそこでジェニファーを膝に置いて薪をくべていたディランがくしゃみをした。
「ぶえっくしょい!?」
「こけー!?」
「あら、珍しいですね」
「おお、いかん……火が消えてしまったわい。誰か噂をしておるのか?」
大きなくしゃみにジェニファーが飛び上がって驚き、ディランがそんなことを言う。基本的に風邪というものを引かない彼がくしゃみをするのは珍しいのである。
まだ、自分の娘が近くに居るということを知らない――