第218話 竜、疑念のため残る
「おお……ドラゴン……」
「あー♪」
「わん♪」
「うぉふ」
「わほぉん」
そんな言葉が地上から聞こえてきて、リヒトは下を覗き込んで手を振っていた。
アッシュウルフ達は落ちないように寄り添っていた。
「楽しかったねー!」
「きゅーん♪」
ディランの背中の上ではギルファとギンタが座って満足そうにしていた。
お土産として袋にどんぐりをいっぱい詰めてきたのでギンタはそれを持ってホクホク顔だ。
楽しかったと口にするギルファの横に座っているカーラも微笑みながら口を開く。
「そうね、お散歩でイノシシの子供とか見れたし。お父さんを置いてきて良かったわ」
「うふふ、ギリアムさんは親子で散歩したかったかもしれないですけどね」
「最初にあたしを置いていったのはお父さんですからいいんです! で、ブルグさんはウチに居てもらってもいいんだけどあそこでいいの?」
トワイトがギリアムも連れてくれば良かったのにと口にするが、カーラは口を尖らせて知らないと返していた。
それはそれとしてブルグの住処はあの町でいいのかと話を変えた。
「ええ。我々も肉を食べます。肉を獲るなら自然区域から離れた森に狩りへ行けるあの町がありがたいですね」
「なるほどね」
「ギリアム陛下が一時期おかしかった時も大雑把であんまり気にしない町だから過ごしやすいと思いますよ」
「それ、大丈夫なの……?」
エッタが笑いながらおかしなことを口にし、カーラが訝しんでいた。ギリアムがおかしかったのは間違いないのでそこには言及しなかった。
そんな調子でロイヤード王都に戻ると、早速ギリアムに話をしに城を走った。
「父上ー」
「お、ギルファか。早かったな、どうだった?」
「楽しかったよ! ほら、こんなにどんぐりを拾ってきたんだ」
「おう、いいじゃねえか。で、エッタの町は良さそうだったのか?」
「ええ。ブルグさんは絶賛していて、是非って」
「そうか。町に住めるように手続きをしてやってくれ」
「かしこまりました」
ギリアムはフッと笑って手続きを進めるようにと大臣へ声をかけていた。
その様子を見ていたブルグが頭を掻きながらギリアムへ話しかけた。
「その、ありがたいのですがいいのでしょうか。このような旅のブラッドリーベアを町に置くなど」
「あー、まあ木彫りのクマとディラン殿の縁だ。ラッキーだったと思うくらいでいいんじゃねえか?」
「すまんのう」
「まあギルファもその子熊を気に入っているし、いいだろ」
「ギンタだよ父上!」
ギリアムが笑いながら親指でギルファを指すと、ギルファは名前を口にしていた。
肩を竦めてから再度ブルグへ話す。
「まあそういうことだ。そこは気にしなくていいぜ……気になることもあるしな」
「気になること?」
「あー?」
「こけー?」
すっと神妙な顔になったギリアムにトワイトが聞き返す。リヒトとジェニファーが真似をして首を傾げていた。
「ブルグを襲って来たヤツだよ。いつ出てくるかわからねえだろ? とりあえずロクロー爺さんが戻ってくるまでは熊親子にはここに居てもらうつもりだぜ」
「確かにのう。ワシが残ってもええぞ」
「まあ、そこまでの相手じゃなければなんとかなると思うけどな」
それこそドラゴンでもない限りとギリアムは笑う。
とりあえずロクローもそれほど遅くはならないだろうから問題なと考えたようだ。
「ではワシらは帰るがええか? とはいえモルゲンロート殿とドラゴンの顔合わせがあるから二、三日したらまた来るが」
「それくらいなら泊っていくか? こっちは全然構わないぞ」
「そうじゃのう」
ギリアムは居てくれるならそれはそれで助かると言い、ディランはチラリとリヒトの方を見る。
「あーう!」
「きゅーん……」
「リヒト君、ハニワは怖がるからしまっておいて」
「あい」
「ギンタと仲良くなったようじゃし、少し遊ばせていくか」
「そうしましょうか♪」
「わかった。部屋を用意するぜ」
ディランはギンタを驚かせているリヒトがペット達以外と遊べる環境は悪くないと判断してお世話になることに決めた。
「リヒト、今日はお泊りよ」
「うー?」
「じゃあリヒト君達ともう少し遊べるね! ヤクトもよろしく!」
「うぉふ!」
「あーい♪」
「きゅ? きゅーん♪」
それに喜んでいたのギルファだった。お気に入りのヤクトの首を撫でて顔を綻ばせていた。
リヒトも理解して太鼓を振りまわすと、ギンタはそれを気に入ったようで手を叩いてはしゃいでいた。
「可愛いわねー。お姉ちゃんも混ぜなさい!」
「外に行ってもいいぞ」
「子供は知り合いにあまり多くないからこういう時に遊ばせておきたいわい」
「リコットちゃんも久しく来ていないですしね。カバンにぬいぐるみは入れているけど、やっぱり目の前にいないから赤ちゃんは興味から外れちゃいますもの」
「リコットと遊ばせるのは一番ええのじゃがな」
カーラがリヒト達に突撃してまたはしゃぎ声が増した。応接間は一気に賑やかになる中、ディランはリヒトのためにも子供同士の関わりは出来るだけ与えたいと話していた。
リコットのぬいぐるみは寝るときに持っているものの、こういった場所では出さないので、でんでん太鼓や笛、ハニワより優先度が低かったりする。
「ではゆっくり日向ぼっこでもするか」
「わほぉん♪」
ディランがそう言うと、遠巻きにリヒト達を見ていたダルが尻尾を立てて鳴くのだった。
◆ ◇ ◆
――ロイヤード国から離れた平原に一人の男が立っていた。
「……アークドラゴン、ディランか。里を出た後、どこへ行ったかと思えばこんなところに居たとは。なるほど、あのクマはディラン所縁の者か」
そう呟いて遥か遠くに見えるロイヤード王都を見据えていた。男はすぐに踵を返して歩き出す。
「里の様子はどうかな――」
その瞬間、男はドラゴンの姿に変化した。
一瞬で空へ舞い上がり、赤黒い翼をもったドラゴンは気配も残さずその場から消えた――