第207話 竜、息子並みの謎を残す
「例えば人間と子供を作るとハーフになるから子供は悩む……」
「集落に居れば大丈夫なんじゃない? ウィズエルフさん達、柔軟そうだし」
「ここへ来れるのだから勉強はさせたいだろう?」
「うわ、エメリって教育ママになりそう……」
「リヒトもあちこち行って何かしら覚えているからいいと思うわよ」
いつしか話は子供ができたら? というものに変わっていた。エメリも冷静さを取り戻したのか口調が戻る。
レイカの話から派生したが、そもそもどういう人間と結婚したいのか、子供にどう接するかといったものである。
意外なことにエメリは集落内ではそういう人はいないらしく、王都に来るようになったのなら確かに人間の伴侶というのもアリかと考えた。
フレイヤ達が唆したといえばその通りだが、選択肢は多くてもいいんじゃないかという理由だ。
「そういえばトワイトさんってディランさんとどうやって知り合ったの? 私たちが追っていた娘さんのトーニャは一人で居たし、里があるってのも意外だったんだけど」
「ドラゴンの恋愛、気になるー!」
「わん!」
「ぴ、ぴよー……」
シスがジェニファーを膝にのせて羽を撫でながらトワイトへディランとの出会いと尋ねた。
ユリもブラッシングをしつつ賛成し、ルミナスが吠えた。ちなみにトコトはもう寝そうだ。
「ウィズエルフだと町に行くことは無いから集落の人とよね。同種族だと狭い範囲……」
「まあ、そうなるな」
「里で出会ったとか?」
「あらあら」
興味津々でフレイヤやエメリがトワイトへ注目する。最後にレイカが聞くと、頬に手を当ててから口を開く。
「そうねえ。実は――」
「実は……?」
「よく覚えていないの♪」
「ありゃ」
トワイトが舌を出してそういうと、その場にいた全員がずっこけた。しかし、すぐに話を続ける。
「というのは冗談で、出会ったときのことはよく覚えているわ。今のトーニャよりも若かったかしら? 三百歳くらいの時ね」
「三百……」
「スケールが違いすぎる……」
「その時は荒れていて、近づいてくる者を攻撃し続けていたの。それを止めたのがディランなのよ」
「荒れていた……トワイトさんが?!」
困った顔でほほ笑むトワイトにユリが目を見開いて驚いていた。
リヒトに接する態度はもちろん、人間である自分たちにも優しくしてくれる彼女にそんな過去があるとはと口にする。
「ええ。実はその辺りの自分の記憶が無いの。誰かもわからず、どこから来たのかも、名前すら知らない。気づいたときには深い山の中で倒れていたわ」
「記憶が無かった……」
レイカが冷や汗をかいてポツリとつぶやくと、トワイトは小さく頷く。ドラゴンの姿で記憶もなくフラフラとさ迷っていたのだと語った。
「もう二千年くらい前だけど、なぜあんなことになったのか未だに思い出せないのよ」
「それはお辛い……そ、それで竜神様と出会った時、どうしたんですか? 一目ぼれとか?」
「え? ううん、他の魔物さん達と同様に、攻撃を仕掛けたわよ?」
「えっ!?」
「私はドラゴンの姿のままだったけど、ディランは人間の姿をしていたの。脅かしてやるか、抵抗するなら食い殺すのもやぶさかではなかったわね」
「おー……」
いつも通りの口調でバイオレンスな話が飛び出し、シスも冷や汗を流す。
ドラゴンがその気になれば人間があっさりやられるのは先日の戦いで実証済みであるからだ。
「それでそれで! ディランさんはどうしたの!?」
「私が暴れたのだけど、ディランは人間の姿で軽くいなしてきたわ。正直、まったく歯が立たなかったの」
「人間の姿で……」
「怖かったわ。大木をも切り倒し、見えない風の一撃を繰り出すストームドラゴンの攻撃を見切り、迫ってくるんだもの。で、近づかれた」
「ごくり……」
「そしたらね、あの人が言ったの『こんなところで暴れていたらいつか狩られてしまう。俺と一緒に行こう』って」
「おお……!」
「竜神様も『俺』って言うんですね……!」
「そこ!?」
その時、色々といざこざがあったものの、トワイトはディランについていくことにした。どうせ勝てないのだから好きにすればいいと言い放ったそうである。
意外だと一同が口にすると、トワイトは恥ずかしそうに頬に手を当てて言う。
「ずっと一緒に居てくれたの。まったく何者かわからない私とね。ディランは私みたいなドラゴンを探して集めると人の姿になる方法を教えてくれたわ。そして里を作った」
「優しいディランさんらしいなあ。それで結婚したの?」
「そうね。私からそうして欲しいとお願いしたわ。他にも声をかけてくる男性は居たけどディランより素敵なドラゴンは居なかったわ♪」
いつしか荒れていた心は静まっていたという。里に居れば安全だし、自分とは暮らさなくていいと言っていたディランだったが、結局トワイトが離れず二百年程一緒に過ごしてトワイトが惚れていたということらしい。
「それで子供が出来たんだ。ハバラさんとトーニャね」
「ええ♪」
「すごくいい話なんですけど、トワイトさんの記憶が無いのはなんでですかね」
「わん」
レイカが二人の子供の名前を言うと、嬉しそうに頷いた。どちらにせよ長い年月がかかっているなと感嘆する。
そこでフレイヤがジャガイモを薄く切って揚げたものを食べながら首をかしげる。
「結局、全然手がかりもないからどうしてかはさっぱりわからないの。でも二千年も経っているから今さら思い出してもねえ。リヒトを大きくするのは楽しいし、みんなも居て幸せよ」
「あはは、それもそうですねー! 今が大事ですもんね!」
「でもそっか、トワイトさんも大変な時期があったんですね……捨てられていたリヒト君がお二人のところへ来たのは神様がお二人なら大丈夫だと思って預けたのかもしれません」
「うふふ、そうかしら? リヒトは可愛いからなんでもいいわ♪」
過去のことを引きずってもいいことは無いかもしれない。
トワイトはそう締めて自身のことを話し終えた。レイカは自分のお腹を触りながらリヒトは神様が見かねてあそこに捨てられるように仕組んだのではと笑う。
「女の子が生まれたらリヒト君の彼女になるかしら?」
そこでフレイヤがレイカを見てそんなことを言う。するとユリが顎に手を当てて消した。
「うーん、ガルフが言うにはドルコント国のオルドライデ様が二人目が女の子だったら会わせたいとか言ってたらしいわ」
「リコットちゃんも居るし、リヒトが誰を選ぶか楽しみねえ」
「まだ産まれていないからリコットちゃんがリードしているかあ」
「わん」
「でも面白い話だった! ありがとうトワイトさん! ディランさん、やっぱりかっこいいよね」
「ええ♪」
◆ ◇ ◆
「ふぇっくしょい!」
「わほぉん……」
「おや、風邪ですか?」
「ドラゴンは風邪を引かんのじゃ。誰かがワシの話をしておるのかもしれんのう。さっきはお主もしておったろう」
「あはは、確かに」
そこで買い物を終えたディランさんが通りでくしゃみをしていた。ザミールも先ほどくしゃみをしていたりする。
「ひっぷし!」
「あら、リヒト君もかい?」
「あーう」
「ふむ、鼻を拭いてやるぞい。そろそろ帰るかのう」
「あい♪」
そこでリヒトもくしゃみをし、ディランがポケットからハンカチを取り出して、チーンと鼻をかませた。
そろそろ帰るかとディランがリヒトを抱っこしたところで見知った顔に遭遇する。
「あれ? パパ?」
「む、トーニャか」
「ご無沙汰しております」
『こんにちはー!』
「お、ディランのおっちゃんか!」
それは依頼に出ていたガルフ達だった。