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第196話 竜、口は出すが手は出さない

「ふん!」

「ひぃ……!? オ、オルドライデ様!?」


 ディランの背から窓を割ってオルドライデが室内へ侵入し、ダルボがしりもちをついて驚愕の表情を浮かべる。

 オルドライデがダルボを一瞥すると、部屋の中央付近に座って居たブライネルが立ち上がり、ワインを床にまき散らしながら声を上げる。


「貴様……オルドライデか……!」

「久しぶりというほど面識はないが、久しぶりだな伯父よ」

「なにしに――」


 そう言いかけた瞬間、トワイトに抱えられて部屋に入って来たシエラとユリウスを見て口をつぐむ。

 彼女がここに居るということは、失敗したということに他ならないからだ。


「これまであなたが糸を操っていた件は明るみになった。これまでだな」

「……ふん、そんな証拠がどこにある?」

「俺たちが証人になるぜ」

「……!」


 オルドライデが剣の切っ先を向けて睨むと、ブライネルは部屋の隅に後ずさりをする。

 焦る様子を見せずに言い返すブライネル。しかしその時、空いた窓から騎士とならず者達が入って来た。


「貴様らは……!」

「ほう、この者達を知っているのか? 私の妻と偽装した息子を誘拐しようとしていたそうだ。そして依頼主はブライネル侯爵……あなただ」

「……」

「もちろん、ワシも見ておったしこやつらと戦ったぞい」

「ドラゴン……貴様が赤ん坊の護衛をしていたということか。まさか人間に関わるとはな……」


 ブライネルは窓から覗かせるディランの瞳を見て目を細めた。赤ん坊を守るために強者であるドラゴンが動くはずはない、自分の手を引かせるための方便だと考えていたのだ。

 しかし現実はドラゴンが協力し、追い詰められた形になった。

 この歳まで暗躍し、証拠を掴まれたことなどなかったのにと眉間にしわを寄せる。


「……」

「騎士団……」

「あ、お、終わりだ……く、くそ……」


 完全装備の騎士がオルドライデの横に並び立つ。ダルボはしりもちをついたまま鼻水を流しながら終わったと口にする。


「しかし、こちらとて兵を持っていないわけではないぞ?」

「そのようだが、ドラゴン相手に勝てると思っているのか?」

「勝つ必要があるか? であえ者ども!!」

「なに……?」


 不敵に笑うブライネルが口笛を吹いて叫ぶ。元々ガラスが割れる音がして駆けつけていたのか、すぐに部屋へ武装した者達が現れた。


「……」

「騎士と戦うつもりか? 死にたくなければその男を引き渡してもらおう」

「……」

「動きませんねえ」


 駆けつけた黒装束の者達は無言でオルドライデ達を見据える。死んでも構わないという感じだった。


「……こやつらはお主の言うところの平民ではないのか?」

「ディランさん?」

「なに? ふん、そうだな」

「平民が嫌いではなかったのかのう」


 そこで不意にディランが尋ねる。するとブライネルは笑いながら答えた。


「嫌いというのは違うな。弁えよ、ということだ。平民は貴族を敬い、働く。それが世の中の仕組みというもの。故にその娘がオルドライデの妻になるなどあってはならん」

「しかしユリウスは使おうとしていたようじゃがな」

「この際は仕方あるまい。半分は王族の血が入っている。赤子が成長し貴族を娶り子を産む……そうすれば少しずつ平民の血は薄くなるだろう?」

『なんてこと言うのよ……! ユリウス君はそうしたがらないかもしれないじゃない!』


 ブライネルが笑みを浮かべながら自身の考えを語る。誰の人生も貴族……王族という血のためには手段は選ばないと。


「やはりおばあ様を殺したのは……」

「そうだ私だ。まったく馬鹿な弟を持つと苦労する。王族を汚すとは」

「そういう精神だから王位を外されたのだろうに……」

「王位などどうにでもなる。そのための血縁だ。弟を、ウォルモーダを始末すれば自動的に手に入ったからな」


 悪びれもなく弟の妻を殺したと白状した。

 肉親だというのに、恐ろしいことを口にするブライネルに、オルドライデの顔が歪んでいく。


「おかしな男じゃ。貴族と血にこだわるあまりおかしくなってしまったのかのう」

「なんだと? 私のなにがおかしいというのか……!」

「そりゃあそうじゃろ。なんせ『貴族』なんてものは人間が作り出した階級にすぎん。誰かが言い出した、だからそうなった。それだけのことじゃ」

「ええ。私たちは長く人間を見てきましたけど、それこそ頭のいい平民が他の方に賞賛されて貴族というものになったのを見たりしていますし」

「うわあ、説得力あるぜ……」


 憤るオルドライデとは裏腹に、ドラゴン・ディランとトワイトは呆れた調子で口を開く。元を辿ればみな平民であったろうと。


「くだらん! 今と昔では違うのだぞ!」

「ふ、ふふ……」

「オルドライデ様?」

「……」


 それを聞いて激昂するブライネル。そこでオルドライデが頷きながら笑い出し、シエラが声をかけた。近くに居た騎士もオルドライデへ顔を向けた。

 するとオルドライデはディラン、トワイト、騎士たちにガルフ。最後にシエラとトワイトに視線を向けてからブライネルを見る。


「そうだ、確かにディラン殿の言う通り。我らとて、いつこの地位を手に入れたか大昔のことは解らない。元をただせばブライネル侯爵、あなたも平民だということさ」

「馬鹿なことを私は王族の……!」

「分からないか『伯祖父おおおじ』さん? あなたの言う通り、今と昔では違うということだ。時代は変わる。平民が貴族に、貴族が平民になったところで我々の立場が悪くなるわけでもない!」

「ぐぬ……生意気な……! 王は絶対である! やれ!」


 顔を赤くしたブライネルはいよいよ私兵をけしかけてきた。なだれ込んできた数十人と騎士がぶつかり合う。


「シエラさんは私とこっちへ。ユリウス君にこんなところは見せられないしね。リーナちゃんも一緒に」

『うん!』

「すみません! オルドライデ様ご無事で!」


 トワイトが再びシエラを抱えてディランの背に戻り、彼女がオルドライデを鼓舞する。振り向かず頷いた彼は黒装束の男を切り伏せた。


「わほぉん……!」

「わんわん!」

「うぉーふ!」

「ぴよー!!」

「こけー!」


 ダル達は窓の前に陣取りトワイトが抱っこするリヒトのところへは行かせないようにしていた。ディランの背に乗ったままのジェニファー達は声援だけ送っていた。


「どけ! ブライネル、貴様だけはここで片づける!」

「チィ!」


 オルドライデが黒装束の男を払いながら肉薄する。それに対しブライネルは剣を抜いて部屋から出ようと移動した。


「父を守れ!!」

「そうだ! 私のために働け!」

「まったく、醜いわい」

「ディランのおっちゃんは助けないのか?」


 こちらに来たら戦闘をするつもりのガルフが窓の外に見えるディランへ問う。

 

「ワシの出る幕ではないからのう。こういう争いはそれこそ幾度となくあった」

「ドラゴンもか」

「無論じゃ。お互いの主張は解るが。じゃが話し合いで解決できんから力で。勿体ないことじゃ」

「……そうだな」

「本当に、そう思います。血筋、生まれ、迷信……そんなものにどこまで価値があるというのか」


 ディランの言葉にガルフとザミールも苦い顔をしていた。

 そんな中、騎士と黒装束の男たちの戦いは混迷を極めていた。驚いたことに私兵でありながらも騎士とそん色ない強さを持っていたからだ。


「やるな……!」

「父の下へは行かせん」

「父だと!? あの男はお前たちを利用しているだけだ!」

「それでも、あの地獄から助けてくれたのは父だ」

「なにを……」

「私が生き残ってさえいればなんとでもなる。あとはウォルモーダ達を……むう……!」


 オルドライデはブライネルへ追いすがろうとしたが、黒装束の男達が立ちはだかる。

 いや、声の調子からまだ少年か青年に成りたてかとオルドライデは感じていた。

 少年で利用されているとなれば罪は薄い。オルドライデが一瞬躊躇した瞬間、ブライネルが距離を取った。


「よくやった! 後は――」

「……!」

「こいつ、いつの間に!? つぁ……!?」


 だが、扉の近くまで来たその時、騎士の一人がオルドライデの脇を抜けて、鋭い勢いで小剣を突き出した。

 その一撃は逃げ切れると油断していたブライネルの左胸を捉えた。

 ブライネルも無理をしながら手にした剣を横に振るう。剣はフルフェイスの兜へヒットした。

 兜が飛んでいき、素顔が露わになるとブライネルは床に転がりながら目を見開く。


「貴様……!? なぜ貴様が、ここに……」

「……」

「ち、父上!?」


 そこにはブライネルを冷ややかな目で見る、国王ウォルモーダの姿があった。

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