第185話 竜、親子の成り行きを見る
「戻ってきたか。あの赤ん坊は元気が過ぎるな」
「料理が冷めてしまいます。早く席に着きなさいな。皆さんも」
「……父上、母上。その前に話があります」
「なに? ……お、そ、その者は……!?」
「まさか……!」
「そう、私の妻であるシエラと息子だ」
道端からすぐに移動し、ディラン達は城の庭である会食場まで帰ってきた。
椅子に座っていたウォルモーダと王妃が苦言を口にする。しかしシエラと共に前へ出たオルドライデを見て目を見開いて驚いていた。
「み、見つかったのか……!」
「そんな……」
「だーう」
「……」
二人を見て呟く中、シエラは目を伏せ赤ちゃんはリヒトの方が気になるのか足元に向けて声を出していた。
「預かりますよ♪」
「すみません、ありがとうございます」
「あー♪」
「だー♪」
「「「わふ♪」」」
「「「ぴよー♪」」」
あまり赤ちゃんにはよろしくない空気だと感じ、トワイトは赤ちゃんをシエラから預かることにした。
リヒトは早速ペット達と共にトワイトの下へ集まっていく。
『可愛いわねー』
「だーう」
「敷物が欲しいわね、あなたカバンに入っていないかしら?」
「これでよいか」
おしめを変える時、外だった場合に備えて持っていた敷物を取り出す。通常のお出かけ予定でもこういった道具は欠かさないのである。
「あー♪」
「だーう!」
「お座りはできるみたい。あら、ダルが背もたれになってくれるの?」
「わほぉん……」
移動して疲れたのかダルはびろんと伸びた状態で寝ころび、リヒトたちに背を向けた。お座りをしたリヒトと赤ちゃんはダルの背中に手を当ててふかふかを堪能する。
「ぴよー」
「だーう♪」
「わん!」
ポケットからひよこ達も飛び出して赤ちゃんを取り囲む。ルミナスやヤクトも守るように傍で寝そべっていた。
初めての光景なのか赤ちゃんは大喜びでレイタを掴む。
「あー」
「だー? だう」
リヒトはトコトを手にして、そっと持つんだという感じで見せていた。赤ちゃんは理解したのか優しく撫でていた。
「とりあえずこれで遊ばせておきましょうか♪」
『私とトーニャで見ているね!』
「そうね」
トワイトがこれで安心だと頷き、リーナが可愛い可愛いと近くで観察を始める。
トーニャも見てくれているならとディラン達はオルドライデ達の会話へ戻ることにした。
「今までどこに居たのだ?」
「そうです。私たちがどれほど困ったか」
「それは……」
「シエラは言わなくていい。どこに、なんて父上が聞く権利はないだろう? 自分たちで追い出しておいて、いざ、私の息子を利用しようと思ったら探すというのが気に入らない」
ウォルモーダが呆れたような目つきでシエラに質問をなげかけた。王妃も首を振って告げる。シエラがなにかを言おうとした瞬間、オルドライデが止めて両親を睨みながら言葉を吐く。
「お前が貴族主義を緩和しようとしているからな」
「やはりそこか……以前は、おじい様の代はこうは無かったはずだ。それはいくつかの温和な伯爵や侯爵から話を聞いている。父上に代わってから圧政に近い仕打ちをするようになったな?」
「お前が知る必要はない。ただ、黙って私の後を継げばいい。平民は労働力。貴族の役に立つためだけに存在しているのだ」
「馬鹿な……! なら貴族は……私たちはただふんぞり返っているだけでいいと言うのか? 労い、お金がないなら税を下げるなどのことはできるはずだ」
「……」
「領主によっては困惑している者もいる。王の命令なら税は取り立てないといけないからな。だが、それを喜んで民を虐げている貴族もまた存在しているんだ」
オルドライデはあちこちを回って今の状況がどうなのか訪ねていた。
自身の父親が国王になって約四十年ほどだが、祖父の代から比べて驚くほど変化していた。
現状、税収は民が豊かだろうが冷え込んでいようが一定を徴収している。また、平民が多い冒険者を減らし各領主付きの騎士たちが討伐任務を担うようにした。
冒険者は報酬が減り、騎士たちの給料が上がる。冒険者は稼ぐが使いもする。それが稼げなくなったのだから実質、金回りが悪くなる仕組みとなってしまっていた。
「……平民は平民らしく。我々とは違うのだ」
「そうよオルドライデ。お父さんはあなたのためを思って――」
「私のためだ? そう思うならどうしてシエラを追い出した!」
「それがお前のためだからだ。平民の妻など持つものではない……!!」
「……っ!?」
そこでウォルモーダが激昂した。
オルドライデはそこで珍しく驚愕した。態度は悪いが自分や母親に向かってこのように大声を出すことは無かったからだ。
「二度は言わん。お前の息子を使おうとしたことは謝ろう。しかし、その娘を城に入れるわけにはいかん」
「まだそんなことを……! なら私が出ていく。それなら文句はないな」
「オルドライデ!」
「跡継ぎはお前だ。出すわけにはいかん」
「……!」
ウォルモーダが指を鳴らすとその場にいた国王派の騎士たちがオルドライデ達を囲む。それを見てオルドライデは眉間にしわを寄せてさらに父を睨みつけた。
「そうまでしてシエラと息子を排除したいか……!」
「お前のためだ。大人しく言うことを聞け」
それでも言うことは変わらず、ウォルモーダは冷ややかにそう答えるのみだった。
「……ふむ、頑固というには徹底している気がするのう」
「そうなのか?」
「確かに息子がおかしな道へ行こうとするならあれでもいいと思う。それこそ城を出る覚悟まで持っておるのじゃ、妥協点は必ずある」
「確かに……難しいですが、貴族でも平民へ上げるというのもできなくはないですし」
ディランが腕組みをしてやり取りについて違和感を覚えていた。
オルドライデは欲しいし、シエラを排除したいというのは解るがそこまで悪いことだろうかという疑問があるからだ。
ヴァールが自分の国なら貴族に格上げをするくらいは考えてもいいと口にする。
「……ヴァール殿、平民は平民。それを行うことはこの国ではまかり通らないのだよ」
「わからずやもここまで来たか……!」
「……!? ダメですオルドライデ様!」
「止めるなシエラ!」
「私のせいで陛下に刃を向けるなどいけません!」
「む、むう……」
「……」
腰の剣に手をかけたオルドライデを見て、シエラが慌ててその手を押さえて叫ぶ。
振りほどこうとしたがシエラが鬼気迫る勢い見せてオルドライデはひとまず納める。
「……私が姿を消したのは陛下と王妃様のせいではないの……私が望んだことだったの……」
「なに……!? ど、どういうことだ」
「申し訳ありません……陛下にもご迷惑をおかけしました……」
「平民の娘よ、それは――」
「いえ、お話しなければいけません。親子で罵り合い、殺してしまいそうな状況は、ダメ、です」
「なんだ……どういうことなのだ……」
苦々しい顔をするウォルモーダに青い顔をしながらも覚悟を決めたシエラの顔。
そしてその様子をオルドライデは困惑しながら見る。
そこでシエラは深呼吸をした後、オルドライデの顔を見ながら語り始めた。




