第182話 竜、親子喧嘩を見る
「あー」
「あ、可愛いお子さんですね! 王子様の子供かもと言われていたとか」
「そうなんですよ。でも首の痣で違うとのことでした」
「うーん、どこにいらっしゃるのか……」
声をかけてきたメイドに連れられ、一家は廊下を歩いていた。
メイドは掴まり立ち歩きをするリヒトを見て顔を綻ばせるが、オルドライデの件も知っているようで困った顔をする。
「そういえばこやつらと一緒で大丈夫かのう?」
「ええ、もちろんです! 会食はお庭でするので」
「なるほど」
明るいメイドがそう告げ、一階の庭へ通じる通路から外へと出た。
庭園まで行くと、テーブルセットがいくつか並んでおりそこにはヴァールやバーリオが居た。
「ディラン殿、こちらです」
「部屋から出ていく気配があったが、先に来ておったか」
「我々から順に呼んでいるようですね。オルドライデ王子が指示をしているようです」
「どうやら国王夫妻も来られるようだ」
バーリオがディラン達に気づき、騎士たちに囲まれているヴァールのところまで行く。ヴァールとコレルが状況を伝えると、オルドライデが手を上げて近づいてきた。
「そういえばまだ自己紹介をしていませんでしたね。私はドルコント国、王子オルドライデです」
「ディランじゃ。アークドラゴンをやっておる」
「トワイトです。ストームドラゴンですよ♪」
「ドラゴン……飛んできたのを見た者がいたと聞いています」
ディランとトワイトはドラゴンであることを伝えながら握手に応じる。隣には案内してくれた官僚が笑顔で立っていた。
「あーい!」
「「「わふ!」」」
「「「ぴよー」」」
「こけー!」
「やあ、リヒト君だったか。やっと泣かないでくれるようになってくれたか。ペット達も元気だな」
「あい」
そこで足元に居たリヒトがカバンからでんでん太鼓を取り出してポコポコと鳴らす。それを見てオルドライデは複雑な表情を見せつつ、リヒトの頭を撫でた。
「ウチの子もこれくらいのはずなのだ……癒されると同時に、少し寂しい気分になるな」
「王子……」
「手がかりなどは無いのですか?」
トワイトがそう尋ねると、オルドライデは首を振る。
しかし悲壮感は消えており、生気のある顔つきになった彼は言う。
「この子が拾われたように、二人も必ず生きているはずです。諦めず、最後まであがいてみますよ」
「あい! あーう」
「リヒトも頑張ってって言っているのかもしれないわね」
「はは、ありがたい。ドラゴンに拾われた運の良さにあやかりたいものだ」
そんな話をしていると、今度はトーニャやガルフ、リーナ達がやってくる。
リーナは早速リヒトやダル達に突撃していた。
「ではまた。後は頼むぞ」
「はい」
オルドライデは鋭い視線を国王夫妻の席に向けた後、その場を離れていく。
『外なら少しは動けるねー』
「あーい♪」
「ぴよー♪」
「わん♪」
リヒトはリーナと手をつないで立ち、喜んで太鼓を鳴らす。それを見ながらトーニャが両親に声をかけた。
「パパ、ママお疲れ様~」
「うむ。お主も追いかけてきて大変じゃったのう」
「まあ、俺たちは別にいいけどな。いつも世話になってるし、みんな無事で良かったって感じだぜ」
「私たちもついでに来させてもらったな。王子と共になにかお礼をしよう」
「ま、ウチの弟のためだからいいですよ♪」
ガルフはいつもディラン達に世話になっているからと言って笑い、バーリオは仕方ないとはいえ一緒に乗せてもらったことを言及していた。
トーニャは特に気にしていないと返す。
「国の人間が関わると大ごとになりそうじゃったが、リヒトが違って良かったわい。本当の親であったら説教ものじゃが」
「はは……ディランさんにドラゴン姿で怒られるのは怖いですね」
「うふふ、そこは事情次第ですよ」
ディランが口を尖らせてそういうと、ザミールが冷や汗をかきながら肩を竦めていた。そこで案内役の官僚の男がほほ笑みながら口を開いた。
「王族もきちんと締めるところは締めればみなさんのように仲良くてもいいと思いますね」
「私の国は役割としてできることをするように教えています。例えば作物生産を平民の方ができる。では貴族の役割は? ふんぞり返るだけでなにもしないのは違うのでは。そういうことを考えていますね」
「良いお考えです。オルドライデ王子もそういった考えから政策を変えようとしてますし、妻となる女性も貴族からではなく平民でも良いと思っていたくらいです」
「じゃが、両親が邪魔をする、か」
「……」
そこで場にどよめきがあり、視線を向けると先ほど相対したウォルモーダ達が姿を見せていた。
「父上」
「……オルドライデか。クリニヒト王国の王子が見えられたと聞いている」
「ええ。あちらに。今から会食ですが、参加されますか? 平民の冒険者もいますが?」
オルドライデは両親に声をかけていなかった。
あとで詰めればいいと考えていたが、まさかここへ現れるとはと少し苛立ちを顔に出す。平民と一緒など……そういうと思ったが意外なことを口にする。
「構わん。テーブルはどうせ別だろう?」
「別に参加なさらなくてもいいのですよ?」
「……ふん。来賓がいて国王が居なければ体裁が悪い。それとも、もう国王になったつもりか」
「そういうわけではない。しかし、その椅子はそのうちもらい受けるつもりでいるけどな」
だが、売り言葉に買い言葉をお互いだし、緊迫した雰囲気が場を包む。ああいえばこう返すとった感じに。
「親子喧嘩か。ワシはそういうのが無かったからうらやましい気もするわい」
「兄ちゃん、真面目だものねえ」
「トーニャちゃんも素直で可愛いじゃない」
「ちょ、やめてよママ……!?」
「ドラゴン喧嘩は周りが迷惑しそうだよな」
オルドライデとウォルモーダが言い争いを始めると、ディランはそういうのが無かったと何故かしみじみと口にする。
「だいたい父上は強引すぎる! あなたの代になってから権力主義……横暴になったのだこの国は!」
「オルドライデ、止めなさい!」
「いや、母上もその策を良しとしている。今日は客人がいるとはいえ、言わせてもらう。だいたい他所の子供をどうする気だった! 私の子なら牽制に使ったとでも言うのか!」
「お前のためだからだ。平民との子など後々体裁が悪いだけだろうが」
「なにが体裁だ、いつもそうだな。爺さんが生きていたころは――」
「あーう!」
「わほぉん」
「「うわ!?」」
「あらあら」
一触即発。
誰もがはらはらして見守っている中、ダルの背に乗ったリヒトが二人の足元へ行き、太鼓をたたきながらなにやら声を上げていた。
急に足元へ来ていたので思わずオルドライデとウォルモーダはびっくりする。
「どうしたのリヒト?」
「あー」
「ん? 私になにかあるのかい……?」
「オルドライデがどうしたのかしら? あなたの息子ではないのでしょう?」
「ええ、それは間違いない、母上」
トワイトが駆けつけるとリヒトはオルドライデのマントを掴んで引っ張っていた。
王妃も不思議そうにリヒト見ていたが、ハッとして声をあげた。
「そ、そうよ。二人とも。赤ん坊の前で喧嘩などみっともないですよ。平民もいるといいましたね? 止めましょう」
「むう……」
「確かに、そうですが……」
「あーう!」
「わほぉん」
「わん!」
「うぉふ!」
「あ、どこへ行くの!」
オルドライデが呟いた瞬間、リヒトはマントを大きく引いた後、ダルの背中をポンポンと叩いた。
そしてペット達が駆け出し、城の外へと走っていった。
『わたしが飛んで追うね!』
「「「うお、飛んだ!?」」」
素早くリーナが空を舞いリヒトを追いかける。本気で走っているアッシュウルフはかなり速いため、見失わないよう空からである。
その場に居た人間達がぎょっとした。
「ええ、お願いねリーナちゃん。でも、どうしたのかしら。リヒトが私たちから離れるのは初めてね」
「とにかく追いかけるぞい」
「我々も追いましょう!」
「もちろんだぜザミールさん! トーニャ、行くぞ!」
「あったりまえ!」
ディランが本気を出せばすぐに摑まえることができる。
しかし、リヒトとペット達が今までにないことをしているため、なにかあるのかと夫婦は様子を見ることにし、追いかけるのだった。




