第177話 竜、警告を促す
「断る」
「な……!?」
ディランは渡すという話に即答した。
一瞬、ウォルモーダは言葉を詰まらせ、場が騒然とする。
「まあ、そうですよね」
「あーう?」
「貴様ら……! 陛下の頼みを断るというのか!」
「頼み? ワシからすると命令だと感じたがのう」
「どっちでも構わん。その子を渡せと言っている!」
「力づくでいいのではありませんか?」
頬をかきながら肩をすくめるディランへ激昂するウォルモーダ。
王妃も焚きつけるように言葉を放つと、トワイトが目を細めて口を開く。
「私たちの言い分を聞かずに、ですか?」
「必要ないでしょう?」
「ありますよ。王子様の子でなければこのまま帰らせてもらうだけですし。私たちから奪おうとするなら申し訳ありませんが相応の対応をさせていただきます」
「相応だと? 生意気なこという……どうすると――」
ウォルモーダが忌々しいといった調子でどうすると口にした瞬間、トワイトの姿が搔き消えた。次に現れた際、取り囲もうとした騎士が二人、兜を取られていた。
そしてトワイトはウォルモーダと王妃の前に立ち、兜を転がす。
「え!?」
「なんだ……!?」
「み、見えなかった……」
「これでも手加減していますよ。さあ、リヒトを見てもらいましょう。王子でなくとも、判断がつくということでよろしいですね?」
「くっ……」
「ドラゴンにならずともこの部屋にいる人間を全員倒すくらいわけはないぞい。リヒトが王子の息子であるなら、王子が帰ってくるまで待たせてもらう。話を聞きたいからのう」
国王夫妻の前へ立ってリヒトの顔を見せるトワイト。王妃は顔をゆがませてから口を開く。
「おとなしく渡せば――」
「それができないからこうして確認をしてもらおうとしているんじゃありませんか♪」
「あい!」
「あら、泣かないのねこの子は」
「可愛いでしょう? どうですか?」
「え、ええっと……」
トワイトが王妃の前にリヒトを見せると、困惑しながらも顔をまじまじと見ていた。孫ならわかるはずだと迫るがしどろもどろに視線を泳がせた。
「あーう?」
「……確かに可愛いですわね」
「ならわかるはずですけどもねえ」
「どういうことだ?」
「なにが言いたいかまだわからんか?」
「なに……?」
ディランが答え合わせをするかのように続ける。
その内容とは『リヒトが王子の息子であるかどうかを証明する手段があるのかどうか?』である。
いくら王子の両親とはいえ、状態的には生まれてすぐの状態で捨てられていたのだから顔がわかるのか?
繰り返すが王子が居なくて判別できるのか?
そして――
「この子が捨てられていた時には忌み子であるから仕方なく、というお手紙がついておりました。それを知っているからこそ国王夫妻がこの子を欲しがる理由が特にわからないのです」
「ぬ、ぬう……」
手紙に書いていたのであれば確かに思い当たることはあるとウォルモーダは呻く。
平民の娘との子だからと追い出したのは間違いないからである。
そして奪ってしまえば『本物』であるかどうかは二の次だったのと、拾った赤子など厄介払いをすぐにすると考えていたのが災いしていたのだ。
「それで、この子は『そう』なのでしょうか?」
「あーう」
「そ、それは……」
トワイトが笑顔で尋ねると王妃が口ごもる。ディランは小さくうなずいた後、ため息を吐く。
「わからんか。じゃろうなあ、訳ありであることは間違いない。それはリヒトがいい服を着ていたのと手紙で分かっていた。それなのにどうして会いたいと言ったのか? それが気になっておった」
「どうしますか? 王子様が戻るまで待っても私たちは構いません。もしここで暴れるというなら、それも辞さない覚悟ですよ?」
「殺しはせんが、この部屋が吹き飛ぶくらいは覚悟をしてもらうぞい」
「おのれ……魔物風情がこの私に偉そうな口を……!」
「そうか、口でも言ってもわからんなら――」
瞬間、ディランは目をカッと輝かせた後、口から魔力の光を放った。
その光は玉座の横を掠めた後、背後の壁を貫き、大穴を開けた。
「……っ」
「こ、これは……」
「そこの男はワシの背に乗ってきた。だからドラゴンという者がどういう存在かわかりそうなものじゃがな」
「ここで変身しないだけ良いとお考え下さい。さて、それでは私たちは町の外でキャンプをしながら王子を待ちます。なので、帰ってきたら声をかけてください」
「うぉふ!」
ディランとトワイトはこれ以上の交渉は意味がないと判断してその場を離れて扉へ向かう。
「え、謁見中失礼します! そ、外にまたドラゴンが……!」
「む? ドラゴンじゃと?」
「ど、どういうことだ……!?」
ウォルモーダは光弾の反動で玉座からずり落ちていた。彼は慌てて立ち上がると開いた壁のところへ向かう。
すると遠目にピンク色のドラゴンが飛んでいるのが見えた。町の外へ降りようとしているようだ。
「む、トーニャか」
「き、貴様の知り合いか……!」
「娘じゃ……ふむ、ヴァール王子が乗っているのう。追いかけてきたのか」
「ヴァール……クリニヒト王国の王子か……! く……けしかけてくるつもりか……!」
「そんなことはないじゃろう。そもそも、謁見はしたのじゃろう? どういう話をしたのか知らんがな」
壁の穴のところまで来たディランがそういうと、ウォルモーダはクリニヒト王国の襲撃かと言う。
しかし、ダルボを含めてリヒトをここへ連れてくることまでは想定内だったはずだろうと返していた。
ドラゴンが保護していると聞いていたにも関わらず、横柄な態度で利用しようとしていた報いであるとも。
「さて、王子の帰還はまたせてもらうぞい。リヒトが本当でもそうでなくても、説教のひとつはせんと気が済まんからな」
「本当ですよ! どうして奥さんが子供を捨てるようなことをしたのか聞かないと」
「あう」
「わほぉん」
「ウォルモーダ殿、ワシらは行くがなにか話があるなら聞くぞ」
「……さっさと消えろ! 目障りだ!」
「そうか。もう一つ忠告しておくが、この件はワシらとお主らの件だ。モルゲンロート殿や他の人間に危害が及ぶようなことがあればワシはお主を許さん」
「……っ」
ディランが手にかけていた壁を紙のようにぐしゃりと潰すと、その場にいた者たちは動揺の声を上げた。
「手を上げるのは自分たちに来ればいい。他の人間を巻き込むな。リヒトの件は確証を持ってから来い。実力行使などしたくはないが、無礼には無礼。相応の礼を与えると思え。いくぞ」
「「「わふ」」」
「では、みなさん。ごきげんよう」
端的にそのような話を口にした後、ディランはアッシュウルフ達を抱えるとトワイトと共に壁に空いた穴から飛び降りた。
「あ……!?」
先に降りたディランが変身し、その背にトワイトが着地するとそのままトーニャの下へと飛び去って行った。呆然と見送る騎士や国王夫妻。
しばらく見ていたが、地上に降りたあたりでウォルモーダが拳を握る。
「おのれ……! この私を馬鹿にしおってからに! なにが無礼には無礼だ、人間でもない者が偉そうに……」
「ど、どうされますか……このままではオルドライデ王子に知られてしまいますが……」
ドラゴンは目立つ上にあそこで待つというのであればいずれ耳に入る。
そうなればオルドライデにつけいる隙を与えることになるため、ダルボは焦っていた。
「……あの赤子を手に入れればドラゴンも手出しはできまい。本物かどうかどうでもいい……赤子を盾にすればドラゴンを操ることもできるかもしれん」
「しかし、あの力は脅威です。我ら騎士団が全員でかかってもあの男に勝てるかどうか……」
「考えろ! 私は王で貴様らは貴族だろうが! どんな手を使ってでも……」
「あ、あなた? そこまではしなくてもよろしいのでは? わたくしたちにとっては憎い娘の子ですが、違った場合……しかもけがをさせてしまえばドラゴンの怒りはとてつもないものになるかと……」
「うるさい……! コケにされたままでいられるか! 会議だ! 行くぞ」
「あなた……! 赤ちゃんは可愛い……それはオルドライデを生んだわたくしも知っていたはずなのに――」
聞く耳を持たずウォルモーダが外へ出ていくのを見て。王妃はそう呟くのが精いっぱいであった――




