第176話 竜、静かに秘める
「……まったく空気の流れを感じない」
「ドラゴンの背とはこういうものなのか……」
「魔法で風をカットしているんですよ。お父さんは速くていいわよね♪」
「あーい♪」
背に乗ったドルコント国の人間はまったく揺れず、空気抵抗を感じないディランの背で戦慄していた。
トワイトはリヒトを膝においてディランが凄いと微笑み、リヒトも手を上げて喜ぶ。
「わほぉん……」
「わふ」
「うぉふ」
そしてアッシュウルフ達はそんなトワイトとリヒトを囲むように寝そべっており、隙を見せない姿勢を保っていた。
「それにしてもリヒトが王子様の子であることは可能性として低くありませんか? それに母親がどうして捨てたのかも不明ですし」
「そのあたりの話は陛下に会ってからにしましょう。我々も詳しいことは知らないため……」
「そうですか?」
「あー」
トワイトはリヒトが王子の子ではないであろうということを口にする。
しかし、使者たちは謁見でお願いしますということで話を打ち切っていた。
使者たちとしてはこの状況を作り上げた時点で役目は終わったのである。後は国王が上手くやるはずだと。
「あの町がそうか?」
「え?」
そんな話をしているとディランが口を開く。
使者たちが恐る恐る下を覗くと、高度を下げており、眼下に城と城下町が見えていた。
「も、もう着いたのか……!?」
「そこまで遠くはないからのう。どこへ降りればいい?」
「で、では町の外へ……」
使者は馬車で五日以上かかる道のりをたった数十分で帰って来たことに驚きを隠せなかった。
そのまま移動中考えていた通り街門の近くへと降りるようディランへ伝えた。
変身を解いたあと、城まで連れて行く形となる。
「ではこちらへ」
「うむ」
使者は先に立ち町へと入っていく。門番がディランのドラゴン姿を見ていたので驚いていたが、騎士達は公言しないようにと伝えて進んでいく。
「そういえば王子様はいらっしゃるんですか?」
「今は別の領地へ視察へ行っています。すぐ戻ってくると思いますよ」
「そうですか。ロイヤード国でお会いした時はリヒトも帽子をかぶっていたから気づかなかったのでしょうか? あの時、この子が大泣きして大変だったの」
「そ、そうなのですか……?」
トワイトは以前会ったことがあるという話をここで出し、一同が困惑していた。
もう一つ話すべきことはあるがそれは謁見の時で良いかとひとまず口を閉じる。
「ふむ、クリニヒト王国ほど活気が無いのう」
「そうでしょうか? まあ、普通だと思いますが」
「……」
ディランの言葉に使者はそう返すも、通りはクリニヒト王国のように笑顔で楽しそうにしている人間が少ない。
そもそも、それほど人通りが多くないのも理由の一つだ。行きかう人は使者や騎士を見て目を細めるとすぐに視線を逸らして離れていく。
諦めとも恨みともとれるような色の目をしているなとディランは無言で感じていた。
「あーい!」
「……! ふふ」
「おい、貴族の子だろ。迂闊に手を振るな」
「あ、そ、そうね……」
リヒトが待ちを歩く男女に手を上げると、女性が微笑んで手を振ろうとしたが、男の方が慌てて下げさせ、手を取って走り去っていった。
「あー……」
「残念ねえ……」
「どうしました? 平民ですか。我々を見て立ち去ったようですな。平民が貴族に話しかけるのは基本あり得ないので」
「ふむ」
いつもなら道行く人でも笑顔で返してくれ、ややもすれば近づいてくれるが、ここではそれが叶わなかった。
使者は呆れた顔で男女を見ており、ディランは腕を組んだまま一言呟く。
道中、そそくさと離れていく町の人達を見ながら王城を目指し、程なくして到着するとホールを警邏していた兵士に声をかける。
「おや、これはダルボ様。もう戻られたのですか……?」
「ああ。陛下と謁見をしたい。騎士達も総動員してな」
「早すぎませんか……?」
「うるさいぞ? 貴様、私の言っていることがわからんのか?」
「い、いえ、承知しました。少々お待ちを」
使者の名前はダルボというらしく、出て行って六日しか経っていないのに帰ってくるのが早いと口にした。しかしダルボは兵士を威圧して早く言う通りにしろと言う。
慌てて移動する兵士の背に鼻を鳴らすのを見て、リヒトが声を出した。
「あーう」
「なんだか穏やかじゃないわねえ」
「すみませんな。兵士などは平民を使っているので、なにか失礼があれば遠慮なくおっしゃってください」
「失礼、か」
「なにか?」
「いや。この分だと国王というのも期待できそうにないのう」
「……なんですと?」
ディランは周囲を見ながらポツリとそう呟く。聞いていたダルボが眉をひそめてディランへ向き直ると、そこで兵士が帰って来た。
「すぐに謁見ができるそうです。こちらへ」
「ふん、ご苦労。では行きましょう」
「そうしよう。すぐに終わるじゃろうが」
「あ、そのペット達は連れて行けません。ここでお待ちいただけますか?」
「わほぉん!?」
「こやつらは家族じゃ。連れていけんと言うならワシらは行かんぞ?」
騎士がダル達に気づいてそう言うと、ディランは彼等も行くのは当然だと主張する。
「貴様……ここはドルコント国だ、こちらの言うことに従ってもらう」
「逆を言えばワシらはこの国の人間ではないのじゃがな? この国は客人にそういう態度を取るのかのう」
「客? その赤ん坊だけ差し出せば良かったものを、仕方なく連れて来ただけだがな」
「あら、お父さんが珍しいわね」
「あい」
「ぴよ」
ディランが珍しく煽るようなことを口にし、ダルボがここにきてようやく本性を現した。トワイトはリヒトの髪を撫でながら様子の違うディランを見て微笑んでいた。
「ダルボ殿、遅くなれば陛下が……」
「チッ……そうだな。汚いいぬっころも連れてこい」
「わん……!」
「うおぉふ!」
「この……!」
「そう吠えるな。ワシが抱えていくわい」
自分達は汚くないと主張するルミナスとヤクトを抱えると、ダルボと騎士達は歩き出す。無言で謁見の間へ到着して中へといざなわれた。
「報告します。オルドライデ王子の子と思わしき赤ちゃんと、育ての親を連れてまいりました」
「ご苦労。ほう、ドラゴンと聞いていたが人の姿をしているのか」
「お初にお目にかかる。ワシはディラン。リヒトの父親をしておる」
「私はトワイト、母親ですわ」
「あーい!」
「その赤ん坊が……まあ、父に似て立派な金髪ですこと」
不遜な態度の国王にディラン達は自己紹介をする。王妃はリヒトを見てにこりとするが、国王であるウォルモーダは目を細めて言う。
「ドラゴンは口の利き方と王に対する態度を知らんとみえるな。膝をつかぬか」
「ワシは呼びつけられてここまで来たわけじゃが? 労いはあっても、そのようなことを言われる筋合いはないぞい」
「貴様……!」
「良い、ダルボよ。まあ、一理あるか。では、赤ん坊を渡してもらおうか」
不穏な空気の中、ウォルモーダは話を進めるかとリヒトを要求してきた。
しかしディラン達は――




