第174話 竜、知らない人間と話をする
「む、ちょうどいいタイミングじゃったかもしれんのう」
「あー♪」
「わん!」
「今日はなにも配達していないのかしら」
ディラン達は散歩のような調子で歩いていき、王都が見えるところまで来ていた。ちょうどそのころ遠くに豆粒のような影を空に確認していた。
目がいい夫婦はそれがデランザであるのが分かった。
そのまま王都へは行かず、デランザが降り立とうとしている地点へと向かっていく。少し早足になると抱えているダル達も大きく揺れた。
「すぴー……」
「ダルはその恰好で寝るのが凄いわね」
「あーう」
ここまでの道のりで抱えられていたダルは寝入って鼻から泡を出していた。
大きく揺れても起きる気配がないが、これはディランが抱えていて安心しているからである。
そのままサッと移動すると、ちょうど地上に足をつけるところだった。
「あーい!」
「あ! リヒト君!」
「リヒト様! それに竜神様達も!」
【久しぶリだ】
「わん!」
デランザが着陸すると、背中に乗っていたフレイヤとエメリがひょこっと顔を出して挨拶をする。
整備されつつあるこの場所は、足場が石の板を敷き詰めたようになっていたので、ディランはアッシュウルフ達を降ろしてあげた。
「ほれ、お疲れさん」
「うぉふ♪」
「わん♪」
「こけー」
地面に足をつけたヤクトとルミナスは体を震わせてからディランの周りをまわっていた。ちょうどかがんだ時にジェニファーもカバンから飛び出して大きく羽を広げていた。
「あー♪」
【たてがミを触りたいのカ?】
「いいかしら?」
【もちロン】
トワイトが近づくとリヒトはデランザのたてがみを撫で始めた。ご
わっとした毛だが、いつもブラッシングをしっかりしているアッシュウルフ達とは違う手触りが面白いようだ。
そんな中、フレイヤがディランへと話しかけた。
「今日はどうしたんですか? 遊びに来た、とか」
「うむ。たまにはこやつの様子も見ようかと思ってな」
「きちんと言うことを聞いてくれる、ウィズエルフにとって頼もしい相棒になりましたよ、竜神様」
【そ、そんなコトはないゾ!】
「あ、照れてる。言葉も結構覚えるのが早いのよねー」
照れるデランザへフレイヤとエメリが近づき顎やたてがみをわしゃわしゃと撫でまわしていた。
デランザは迷惑そうに眉間にしわを寄せるが、特に暴れたりしない。
リヒトは首を伸ばして来たヤギの顎髭を撫でる。
「こんにちは、ディラン殿」
「む、ルーブじゃったかな? こんにちは」
妻と息子、フレイヤとエメリがデランザで遊んでいるのを眺めていると、騎士団長のルーブが話しかけてきた。ディランが握手をしながら挨拶を交わす。
「デランザはいい仕事をしてくれてますよ。木材の売れ行きは今のところ芳しくありませんが、エメリさんが山の素材……貴重な薬草などを持ってきてくれるんです。一部で喜ばれていますね」
「なるほどのう。やっぱりネクターリンの木は高いか」
「使い道次第だと思いますけどね。ゼクウさんが家具職人さんへいくつか木を渡して作ってもらった揺り椅子はご年配の貴族が気に入って買っていきましたし」
通常の五倍の値がつくためどうしても平民はこれを買うのは難しい。
梯子など、耐久が必要な道具をそこそこの値段で売った方がいいのではないかと検討しているそうであると語った。
「まあ、ワシはいいかもしれんと思って持って来ただけじゃし、ダメなら山に持ち帰ってウィズエルフの家にでもすればええわい」
「はは、確かに。モノはいいので……ん? なんだ?」
「すみません、事務所の内装についてお話を」
そこへデランザが降り立つこの場に色々と建設している技師が声をかけてきた。
「わかった。すみません、まだまだここはきちんとした施設になるには時間がかかりそうです。フレイヤ達は木材屋へ行くと思いますがごゆっくりなさってください」
「ありがとう、そうさせてもらうわい」
そう言ってルーブは建設中の建屋へと向かっていく。ひとまずデランザと遊んだあと、屋敷へ行くかとディランは顎に手を当てて考える。
するとそこへなにやら騒がしい一団がやってきた。
「ほ、本当にキマイラだぞ……!」
「でかい!?」
「なんか首に下げているぞ?」
「ふむ、なんじゃ?」
数十人の人間達が冷や汗をかきながら次々に言葉を発していた。ディランは今さら知らんものが居るのかと首を傾げていた。
「現れたらその場が火の海になるような魔物が……あんな女の子に撫でられているとは……」
【分かっテくれるか……!】
「し、喋った……!?」
「あれ? あなた達は……?」
聞こえていたらしいデランザが声を上げ、フレイヤが一団に気づき近づいていく。
そこでドルコント王国の使者がハッとして口を開く。
「い、いえ、キマイラが飛んでくるのが見えたもので。町の方に聞いたところ大人しい魔物だと言われて見に来た次第です」
「あ、ドルコント王国の方でしたか!」
「そうですな」
馬車についている国章を見てフレイヤがポンと手を打った。来賓があることは朝礼で聞いていたため謁見が終わったのだと理解する。
「ドルコント国か。そういえばロイヤード国のお祭りの時、王子と出会ったのう」
「え、そうなのですか?」
「トラブルになりそうだったところでヴァール殿が諫めてくれたのじゃよ」
「ロイヤード国の祭り……」
使者はそのことを聞いて確かにあったなと思い返す。
オルドライデは自身が信用した者しか連れて行かなかったのでここにいるメンツは行かなかったがイベント自体は知っていた。
「左様でしたか」
「そういえば、ここへはどういった目的だったのですか? あ、いえ、内緒であれば言わなくて結構ですけど!」
フレイヤが使者へ告げる。
一瞬、彼はどうするか考えたがトワイトの抱っこしているリヒトに気づき目を細めた。
「……実はドラゴンの夫婦が子供を拾ったという情報を聞きまして」
「む」
「あれ、ディランさん達のこと……?」
「その子がもしかすると先ほど話に上がった我が国の王子の子かもしれないのです」
「なんじゃと……?」
「「「う……!?」」」
話をした瞬間、使者たち周囲の温度が一気に下がったような感覚に陥り寒気が背筋に走った。
何故ならディランの目つきが鋭く、殺気に近い気配を放っていたからだ。
「リヒトをどうする気じゃ」
「い、一度ドルコント国へお連れし、陛下に確認をしていただきたく思っております。もしやあそこに居る子がそうでしたか? そして貴方はドラゴン……?」
「左様。しかし、捨てた子を返せとはまた横暴じゃ。ワシらは納得できんがのう」
「そういう理由でしたか。それで陛下に赤ちゃんを探してもらおうと?」
「そうです、ロクニクス王国の騎士様」
「フレイヤ、荷を降ろすのを手伝ってくれないか?」
「あ、はーい! すみません、ちょっと向こうへ行ってきます。トワイトさん達を呼びましょうか」
「頼む」
フレイヤが理由を尋ねたところハッキリと目的を告げて来た。深く聞こうとしたところでエメリに呼ばれ、トワイトと交代するとこの場を去る。
それを確認した使者は話を続ける。
「憤りは分かります。ですが、捨てられていたのは深い理由がありまして……実は子を捨てたのは母親の独断で、王子は与り知らぬのです」
「なに?」
「そこでお願いなのですが、このままドルコント国へ来ていただくことはできませんか? その子を陛下に会わせて欲しいのです」
「ふむ……」
「どうしたのあなた?」
「あうー?」
「む、来たか。実はな――」
合流したトワイトとリヒトへディランが先ほどの話を説明する。
そして――




