第173話 竜、王都へ行く準備をする
「お、今日は雨が止んでおるな。良かったのう、都で散歩できるぞい」
「うぉふ!」
「わん!」
「わほぉん……」
昨日の大雨が嘘のように止んでいた。
まだ曇り空ではあるが、移動するには十分だろうとディランはアッシュウルフ達の顎を撫でてやる。ヤクトは喜びのあまりその場でぐるんぐるん回りだす。
「あー♪」
「ぴよー♪」
それを見ていたリヒトがソファの上からレイタと一緒に喜ぶ。するとヤクトがリヒトに近づいていく。
「うぉふ」
「あーう?」
背中に乗れとリヒトの座るソファに横付けするヤクト。一瞬わからなかったが、リヒトはもそもそと動いてヤクトの背に抱き着いた。
「うぉふ!」
「あー♪」
「こけー♪」
「ぴー♪」
そのままタっと駆け出し、遊戯室へと入っていった。それを追ってジェニファー達も駆け出して行った。
「やれやれ、朝から元気じゃ」
「いいじゃありませんか。雨で退屈だったんですし」
「きゃー♪」
「うぉふうぉふ!」
遊戯室を一周してリビング、キッチンへ駆け回る姿を見てディランは口をへの字にするがトワイトはほほ笑みながらいいじゃないかと口にする。
ヤクトは末っ子ということもあり、落ち着きがないことが稀にあるが迷惑になるようなことはしない子であった。
ヤクトと遊んでいる間に夫婦は準備を進めていくことにした。
「じゃーん、どうですか?」
「む? 肩掛けのカバンか? 小さくないかのう」
「これはリヒト用のなんです。胸ポケットにひよこ達が入るとぬいぐるみや笛、太鼓が入らないですから」
「おー、なるほどのう。ヤクト、リヒトを連れて戻ってくるのじゃ」
ディランがパンパンと手を叩くと、ドタタタと足音を鳴らして戻ってきた。
リヒトがヤクトの背からディランを見上げると、抱っこして床におろした。
「あーい?」
「婆さん……お母さんがいいものを作ってくれたぞい」
「うー?」
「こけー?」
ディランがカバンをサッと見せる。
婆さんと言いかけてやめたのは、トワイトが自分のことをお父さんというからで、お母さんと言った方が覚えるであろうと考えたからだ。
「ぴよー」
「ぴよぴー♪」
「これ、おぬしたちが入ってはいかん」
ジェニファーがディランの肩掛けカバンによく入っているのでひよこ達が真似をして入る。ディランは冷静に取り出すと、リヒトの胸ポケットにあるリコットのぬいぐるみとひよこ達を交換した。
「あーい♪」
「それでこれはこっちじゃ。太鼓と笛も入れるぞい」
「あう」
ディランはお気に入りのおもちゃとぬいぐるみ、それとスコップを入れてやった。
そしてヤクトに掴まり立ちをさせてから、トワイトがリヒトにカバンをかけてやる。
「あー! あい♪」
意図が理解できたようでカバンに手を入れて笛を取り出すと、また中へしまっていた。ディランに手を伸ばしてジェニファーを入れるカバンとお揃いだと笑う。
「気に入ったようじゃのう」
「うふふ、良かったわ♪ 最近たくさんもらって持ち運べないからあるといいかしらと思って作っておいたの。ちょうど私の皮もあったからなめしてカバンにしたの」
「なるほど、母さんの皮なら頑丈じゃな。ではそろそろ出かけるとしようか」
「うぉふ!」
「わん!」
そうしてディラン達は支度を終えて外へ出る。
「よいしょ」
「わほぉん?」
「わん?」
「うぉふ?」
玄関でディランがルミナスを背負い、両脇にダルとヤクトを抱えて立ち上がる。
困惑するアッシュウルフ達だが、まだぬかるんでいるため足が汚れるのを防ぐためだ。町についたら石の通りなのでそこで散歩させる予定にした。
「泥の足でリヒトと遊ばれたらかなわんからのう」
「うぉふ」
「あー」
「リヒトはお母さんと一緒にね」
「あーい♪」
抱っこされているダル達を見てリヒトが声をあげる。おそらくあっちがいいといった感じだろう。
しかしそこはトワイトがしっかり抱きしめてあげていた。
特に急ぐ用事もないため変身せずにてくてくと歩いていくことに。
「晴れ間は見えんか」
「また降りそうですねえ」
「あーう」
空は厚い雲に覆われており、また降ってきそうな天気だった。
変身して雲の上まで行こうかとも考えたが、降ってきたらでいいかとそのまま進むのだった。
「トーニャの屋敷に行ってみるか」
「あ、いいですね。最近リヒトは会ってないし」
そんな話をしながら程なくして王都へ――
◆ ◇ ◆
「え? 赤ちゃんを連れたドラゴン? 確かあの山に住んでいるはずだぜ。あんた、旅の者かい? 用がないのに会いに行くなって陛下からお触れが出ているぜ」
「そうか、ありがとう」
ドルコント国の使者は目立たない服に着替えて町へ繰り出すと、いくつかの班に分かれて聞き込みを行っていた。
お触れがあったのでディラン達がどこに住んでいるのかはほぼ全員が知っていたため苦労は無かった。
逆に知らないことで別の地域から来た者であることが知られてしまうという状態だ。
「……平民が」
「自国ではないので仕方ないですよ。それにしてもドラゴンは夫婦みたいですな。それだけでかなり脅威なのですが……」
「まったくだ。赤ん坊もそうだが由々しき事態だぞこれは。ドルコント国は戦争なぞする気はないが、攻め入られたらひとたまりもない」
「ひとまず合流してからキリマール山とやらに行きましょう。これは個人的な意見ですが、赤ん坊を引き取った後、育ての親としてドルコント国へ迎えて住んでもらうというのはいかがでしょうか」
「ほう、賢いな。その案、覚えておこう」
騎士の一人がそんな話をし、使者が感心して眉を上げた。同じ状況を作ればいいため、相手が手放さないと言ったとしても同じように山に住んでもらえればいいのだ。
「始末しようとすればドラゴンは止めてくる。しかし、必要なのは赤ん坊の命ではなく、オルドライデ王子の抑止だ。先にドラゴンを説得しておけばこちらの側へ引き入れられるか」
「ですな。おや、戻ってきたようですな」
広場で話をしていると別の班が戻ってきた。これであとは山へ向かえるかとため息を吐く。
しかし、仲間の様子がおかしいことに気づいた。
「お、おい、この国おかしいぞ!」
「なんだ、騒々しい。平民のように騒ぐものではない」
「いや、あれを見てくださいよ」
「なんだ? 空……?」
「……!?」
「あれは……キマイラじゃないのか……!?」
戻ってきた男が指した先には丁度エメリを運んできたデランザの姿があった。魔物としてはかなりの大きさを誇るのでよく目立つ。
「おー、今日も来たな」
「そこの男! あのキマイラはなんだ? どうして騎士や冒険者は出てこないのだ!? 町の住人もまったく慌てた様子がない!」
そこでぼんやりといつもの光景だといわんばかりの男に使者が尋ねた。すると『ああ、別の地域から来たのか』と笑いながら答える。
「ありゃあキヴェノムマイラのデランザというやつでな。なんでもドラゴンのディランさんと戦って負けた後、言うことを聞くようになったそうだ。偉そうなしゃべり方をするがいいやつだよ」
「いいやつって……」
「というか喋るの、か……?」
「……確認しておこう。ドラゴン以外に戦力を保有しているなら報告対象だ……」
使者はそう呟いて行動を促すと、お供の者たちは頷いて同意した。
そして彼らはデランザのもとへと向かう。




