第171話 竜、いつもの生活に戻る
「いい米が獲れたわい」
「あーい♪」
エメリとデランザが王都に参上してから五日ほどが過ぎた。
念のため確認をと、ディラン達も遠巻きに彼等の動向を見守っていた。ドラゴンが見ていないところで万が一、デランザが暴れでもしたら大変だからである。
しかし二日ほど見守っていたところ特に問題を起こしそうな感じはなく、食事ができればいいといったような調子だった。
エメリが町へ入っている間は外で寝ているか騎士たちとおしゃべりをしている光景が目に入っていた。
問題ないと判断したディラン達はようやくいつもの生活に戻ったのだ。
「リヒトはお外も好きになったわね。つかまり立ちもすぐ終わりそう」
「うぉふ……」
「あーう?」
トワイトがつかまり立ちを終えて自分で歩きそうだと告げると、いつもその役目をもらっているヤクトが残念そうに鳴いた。
「わほぉん」
「わふ」
アッシュウルフ達はお兄ちゃんやお姉ちゃんとしてまだまだ頼ってほしいのかダルとルミナスもリヒトに近づき額を擦り付けていた。
「あー♪」
「わほぉん……!?」
リヒトはそんなお兄ちゃん達へ伸びる笛をぴーっと吹いて驚かせていた。まだ自分たちに向けられた時は慣れないようである。
「ほら、ダルがびっくりしているから駄目よ」
「あい!」
トワイトに窘められてリヒトは片手をあげて返事をした。ダメだということは解ったのかもしれない。
笛をトワイトへ渡していると、畑にいるジェニファー達の声が聞こえてくる。
「こけー」
「ぴよー♪」
「あーい♪」
「うぉふ!」
楽しそうなジェニファーとひよこ達のところへ行こうと、リヒトはヤクトの毛を引っ張りながら歩こうとする。ヤクトはそれに呼応してゆっくりと歩き出した。
ちなみに胸のポケットにはリコットのぬいぐるみが入っているためひよこ達は放し飼い状態だったりする。
「うふふ、元気なのは嬉しいわね」
リヒトはひよこ達を呼び寄せてはダル達の頭に乗せ、ひよこ達はそこからジャンプして地上へと降り立つ。
それが楽しいのかリヒトはその場でぴょんぴょんと飛び跳ねながら遊ぶ。
「おや、今日は外で遊んでおるのか」
「おうちで遊ぶ道具も飽きてしまったみたいなの。ジェニファー達もお外にいるし、ヤクトを使って外に出てきたんですよ」
「でんでん太鼓は相変わらず好きみたいじゃが、積み木はもう飽きたのか」
「積むとひよこ達が体当たりして壊すからかもしれませんね」
室内の遊具はそれほど多くないため、リヒトは飽きたのかもしれないと言う。ボールもあるのだが、転がすとルミナスとヤクトが取り合いをするためハイハイしかできなくなるリヒトは追いつけないのだ。
「外で遊ぶ遊具も作るかのう」
「あ、ロクローさんも来たことだし、お砂場とかどうですか? この前、スイーツを食べた帰りに人間のお子さんが町の広場で山を作ったりしているのを見たんです」
「砂場……砂で遊ぶのか? まあ、いいかもしれん。ロクローなら硬い土を柔らかいサラサラの砂にできるじゃろうし」
「スコップは私の爪で作りましょうか。削るのはお願いしていいですか?」
「無論じゃ」
ひとまず形から入るべく、トワイトがドラゴンに変身して爪の先を折った。
「あーい!」
「そういえば私の姿は久しぶりね」
鮮やかなエメラルドグリーンであるトワイトに変身したところでリヒトが気づき、ヤクトと一緒にとてとてと歩いてきた。興奮気味に太鼓を鳴らしている。
しかし爪の先を折ると、すぐに人型へ戻ってしまった。
「あー……」
「残念そうね。あっちでも良かったの? ドラゴンだとこれができないわよー♪」
「あーう♪」
残念そうにするリヒトにトワイトが抱っこをして頬ずりとキスをしてあげた。
ドラゴンでは絶対にできないことを目いっぱいするとリヒトはぎゅっとトワイトに抱き着いた。
「あーう!」
「ん? なんじゃ?」
そしてディランへ向き直り声を出す。呼ばれたかとリヒトへ近づくとあごひげを柔らかく撫でた。
「ワシの髭が好きじゃのう……」
「そういえばデランザ君のヤギ髭も撫でていたわね。羊さんの毛も刈られる前は触りたそうにしていたわ。手触りのいい毛が好きなのかもしれないわね」
「まあダル達も撫でられておるし、そうかもしれん。それじゃあスコップを作るとしようか。終わったらロクローのところへ行くか」
「そうしましょうか」
「あーい」
「「「わふ」」」
「「「ぴよ!」」」
「こけ」
そんな調子で一日が始まるドラゴン一家であった。
◆ ◇ ◆
「――というわけで、ロクニクス王国にいるドラゴンが赤ん坊を拾った話がありました」
「ふむ……オルドライデの子かもしれん、というわけか」
「はい。商談のためロクニクス王都へ行った商人が耳にしたと言っていました」
「この件はオルドライデに?」
「申し上げておりません」
――ドルコント国
謁見の場で宰相と思わしき人物が、王子の息子についての情報を口にした。
ロクニクス王都へ出向いていた商人が捨て子の噂を聞きつけ、それを報告したようである。
陰気な顔をした王は、頬杖をついてから眉をしかめて息子は知っているのかと尋ねた。すると宰相はにやりと笑みを浮かべて告げていないと答える。
「結構。まったくあの子は……平民の娘と結婚すると言い出した時には腰が抜けましたわ」
「……母親は?」
「どうにもロクニクスに住みついたドラゴンの夫婦が拾ったようで、元気に暮らしているらしいということまでわかっております」
「ふん、山に捨てて逃げたか。国境から放り出してやったから流れ着いたのかもしれん」
「愚かな娘ですこと。それにしてもドラゴンに拾われているとは、王子の血を引いているだけあって運のいい……」
王妃は目を細めてにやりと笑い、国王も冷ややかな目をしながら頷いていた。
「どうなさいますか?」
「……」
宰相はこの情報をどう扱うかと視線を向けた。
目を伏せて少し考えた後、国王は片目だけを開いてから口を開く。
「始末をつけねばなるまい。母親がいなくなったとはいえ、オルドライデの血を引いている。それが悪い者に目をつけられた場合、脅迫の材料にされる可能性が高い。気取られぬよう、その子を確保するのだ」
「ハッ。しかし、ドラゴンが素直に渡すでしょうか……? 戦いになれば流石に被害が。それにロクニクス王国はドラゴンを刺激しないようにお触れを出しているとか」
「ふん、自分の子でなく、我等の孫と分かれば手放すだろう。他人の子を育てるなどするまい」
「そうですな。なにかいい案が無いか考えましょう」
宰相はそう言ってから下がる。踵を返したところで国王が声をかけた。
「待て。オルドライデには知られないようにしろ。その事情を知った商人は囲うか始末しろ」
「御意に。……しかし、なぜ追放する際に始末しておかなかったのですかな?」
「その時、それをしていたら怒り狂ったオルドライデに我々が攻撃される可能性があったからだな。生きていることを示唆しておけばこちらより、捜索に注力するだろう」
「確かに。失礼いたしました――」
話の内容を聞いてから謁見の間を出るため歩いていき、外に出た。
残されたのは国王と王妃のみ。
他の騎士や臣下はこの重要な話に参加させなかった。息子のオルドライデにどこから漏れるかわからないからだ。
「……ふん」
「ようやく尻尾を出したわねあなた」
「ああ。オルドライデに知られる前に手に入れねば。あいつは今、我等を失脚させようと動いている。息子を連れてくれば……」
「そうですわね。フフフ……




