第153話 竜、機転をきかせる
「――ひとまずギリアム様には書状を送りました」
「ご苦労だった。ふう、これから会議か……皆、どう思っているか胃が痛いな」
「心中お察しします」
ディラン達が村へ行こうとしていたそのころ、モルゲンロートは私室で報告を受けていた。
昨日、ドラゴン一家から話を聞いた後はモルゲンロートなりに考えた施策をまとめていたので会議は本日となった。
「父上、我々も参加してよろしいでしょうか」
「国に関わることだからな。刑を受けているとはいえ、参加させないわけにもいくまい」
「恐れ入ります……」
部屋にはヴァールとコレルも居て、宰相が出て行った後で口を開いた。
まだまだスタンピード未遂に関与した罰は終わっていないため、ヴァールは大丈夫かと尋ねていた。コレルは冷や汗をかきながら頭を下げる。
「仕事はどうだ?」
「きちんとこなしていますよ。今はギルドと連携して犯罪の抑止に働きかけています。そうだねコレル」
「月の終わりに報告書は出しますが、ヴァール様は民と協力して低所得の者に声をかけて仕事を回しています」
「ほう」
始めてまだひと月も経っていない中でそれなりの成果を出しているとコレルが言う。モルゲンロートが反応すると、ヴァールは苦笑しながら返す。
「町へ出ると色々見えてきたことがありまして。意外と性に合っているのかもしれません」
「……モルゲンロート陛下のおっしゃっている意味が少しわかった気がします」
「自分を振り返るのは良いことだ。コレルの言う貴族の在り方も分かる。だが、行き過ぎれば民に不満が生まれて破綻するものだ」
「……」
特に返事はしなかったがモルゲンロートの言いたいことは最近、理解を示していた。
ヴァールがそれを狙って引き入れたかは不明だが、少なくとも前ほど尖った感じは無くなっているとモルゲンロートは感じていた。
「それで今日の議題は? ディラン殿がドラゴンの姿で来訪してきたことと関係が?」
「あれとはまた別でな。その辺りは会議で話そう」
モルゲンロートはそう言い真っすぐ会議部屋へと向かう。二人も無言で後についていき、会議部屋へ。
「お待ちしておりました陛下」
「うむ」
「資料はすでに配布済みでございます」
各騎士団長、宰相、メイド長、執事長など主要な顔ぶれが並ぶのを見て、ヴァールは少し驚きを見せた。
騎士団長や宰相、大臣はともかくメイドや執事、果ては庭師にコック長まで居たら驚きも無理はない。
最後だったモルゲンロート達三人が席に着くと、静まり返った部屋に環境大臣の言葉が響く。
「それではこれより『ドラゴン一家の増員についての施策』を議題にし会議を始めます。議長はわたくし、バースレイが行います。全員、拍手!」
「「……!?」」
バースレイの言葉にヴァールとコレルが顔を見合わせて目を見開く。かなりの想定外だと伺えた。また新しい商品が出来たか料理の話と思っていたからだ。
「拍手はいらんだろう。進めてくれ」
「さすがバーリオ様、お堅い……さて、議題のとおり先日、ディラン様のご子息、それとご友人のドラゴンが来訪しました」
「新しいドラゴン……」
「またか。すげえな、この国……」
「静粛に。ご存知の方は多いかと思いますが、ディラン様一家は竜の里を追われてこの国に来ました。そしてご友人ドラゴンの方もお年を召されていて、今、まさに追放一歩手前らしいのです」
「実際は実力で拒否しているらしいがな。ただ、我を張っても仕方がないと、里を出る所存のようだ。そこでせっかくならディラン殿の居るこの国がいいと言っている」
バースレイに続き、事情を良く知るバーリオが詳細を口にする。役目を取られたバースレイが渋い顔を向けていた。
場は少しざわめきがおこる。ドラゴンが移住してきたいと頼んでくるのは異例もいいところだからだ。
「事前調査では賛成七、反対三でした。集計期間が短いにも関わらず、早い対応でしたね。反対理由は……ほぼ『他国との影響が心配される』とのこと」
「やはりそれだろうな」
賛成派はともかく、反対派の意見は重要だとバースレイは優先して挙げた。モルゲンロートも承知しているようでため息を吐く。
「反対派です。正直、ディラン殿のご友人なら歓迎してもいいのですが、我々と懇意である場合、いらぬ腹を探られるのは……」
「私も同じです」
「概ね、国同士の繋がりを気にしてのことのようですね。私は会ったことありませんが、ドラゴン一家は気の良い方達のようなので人物に対しての不満の声は無しでした」
「まあ、知っている者からすればそうだろうね」
「トーニャの人当たりもいいしな」
基本的に受け入れても問題ない形だが、周囲の目が気になるというのが概ねの意見だった。
ひとえに夫婦とトーニャの人柄によるものだが、やはりドラゴンとなると一歩引いて考えてしまう。
「とりあえずアースドラゴンのロクロー殿についてはギリアムに頼もうと考えている」
「ロイヤード国ですか。確かにギリアム様ならディラン殿を知っているし問題ないですが……」
「そうだバーリオ。知っていることが重要なのだ。ハッキリ言うとドラゴン達が各国に居るという事実を作ってしまえばいいのではとも考えている」
「なんと……!?」
モルゲンロートは資料に手を置いたまま周囲を見渡す。とんでも発言の意図を知りたいと家臣たちは黙って耳を澄ませていた。
「一家という意味でハバラ殿の家族は北の山。もし他のドラゴンが来たら西のエンシュアルド国、北東のテンパール国を頼ってみたい」
「なるほど、友好国に住んでもらうということですか」
「さすがにドラゴン相手だと断りませんかね……?」
バースレイが訝しむ顔をするがモルゲンロートは言う。
「断ればウチで引き取るだけだ。それを聞いてどう思うか、という感じでいきたい」
「ふむ、分かりましたぞ。断ればドラゴンが一か所に集中する。なので気持ち的には置いておこうという気になりやすいということですな」
「そういうことだ」
コック長が手を打ってから言うと、モルゲンロートはフッと笑みを浮かべてから口にする。
「上手くすればおっしゃるように友好国にドラゴンが居るということになりますね。それなら悪くないかと。体裁もいいですし」
賛成派の騎士団長の一人が笑顔で頷き、そんなことを言っていた。少なくともドラゴンを戦いの道具として扱わないというのがあるからだ。
「生態系だけ守ってもらえれば私はなんでもいいですけどね」
「基本的に畑の野菜と肉や魚を獲って食べているから人間と変わらん。問題ない」
「となるとギリアム様の返答次第ですか」
「そうなるな。ただ、各国に住んでもらう場合の決め事を考えねばならない。仮定ではあるが意見を頼む」
「「「ハッ!」」」
ひとまずの指針が決まりその場に居た者達が真剣な表情になる。戦争にはなるまいが、慎重に行く事案だと話を続けるのだった。
◆ ◇ ◆
「あ、おかえりなさい!」
「あー♪」
「リヒト君、おかえり。あら、目と鼻が赤いわ」
ディラン達が家へ戻るとソレイユがダルに乗ったリヒトを見て首を傾げていた。
「羊の毛が刈り取られたのを見て泣いちゃったの。大丈夫なのは分かったからもう笑顔だけど」
「あら、そうなんですね。リヒト君、優しいわ」
「わんわん♪」
「うぉふ♪」
ソレイユが撫でているとルミナスとヤクトが自慢げに鼻を鳴らしていた。
「リコットちゃんは?」
「まだ寝ています。それでお義母様、策というのは?」
「じゃーん! これを使ってリヒトのぬいぐるみを作りますー♪」
「まあ! それはいいかもしれませんね」
トワイトはひとまずぬいぐるみを作り、リコットが寝ている間に家へ連れて帰る。
目が覚めると大泣きをするだろうが、時間が経つとそれも済むと思うので、リヒトぬいぐるみがあればいいだろうというのだ。
「上手くいくといいのう」
「リコットがあんなにリヒト君を好きになるとは思いませんでしたね。ふふ、赤ちゃん同士だから可愛いし、離したくないんですけど」
「それはわかるわ。ウチに住んでもいいんだけど、甘やかすことになりそうだから」
いつも優しいトワイトだが線引きはしっかりしておいた方がいいと頬に手を当てて困ったように言うのだった。
そして、数日。色々なことが動き出す――




