第152話 リヒト、ショックを受ける
「わほぉん」
「お、ディランさん達か」
「こんにちは!」
夫婦は程なくして村へ辿り着くと、早速ダル達は木彫りの前へと行き、遠吠えを始める。
門番に挨拶をすると手早く通してくれた。
「この前、空を飛んでいるのを見たぜ。気持ちよさそうでいいよな」
「そう言ってくれると助かるわい、驚かせては申し訳ないのでな」
「知っている奴らは気にしてねえけどな? ま、旅人とか他国の商人とかは驚くかもだけどな!」
門番は相変わらずのノリで笑いながら言う。そのまま門を閉じてディラン達は村を散策する。
「羊毛じゃったか」
「ええ♪ 確かこっちだったかしら」
トワイトが前を歩き、羊の牧場へと向かっていく。
迷うことなく現地へ到着すると、リヒトが目を輝かせた。
「あーい♪」
「めぇー」
「あら、挨拶を返してくれたわ。いいわねえリヒト」
「あい♪」
リヒトが声をあげると、一頭の羊がこちらへやってきた。
柵の向こうから一声鳴くとトワイトがリヒトに頬擦りしながら良かったわねと口にした。
喜ぶリヒトはふかふかの毛に触りたいのか手を伸ばす。
「おや、ご夫婦でいらっしゃい。遊びに来てくれたのかい?」
「あーい!」
「少しお願いがありまして。あ、その前にリヒトを遊ばせていいですか?」
「もちろんいいですよ」
牧場に入れてもらい、リヒトを先ほどの羊の背に乗せた。
「あーう♪」
「めぇー」
「ははは、ご機嫌だな坊主」
アッシュウルフ達と違い高さがあるためディランが落ちないように支える。
でんでん太鼓を鳴らしながら大喜びである。
「で、お願いってなんだい?」
「羊毛を少しいただきたいのです。ちょっとぬいぐるみを作ろうと思いまして」
「へえ、また新しい商売かな」
「個人的なものじゃな。色のついた布なんかもいるんじゃないかのう」
「あ、そうですねえ」
羊の上で飛び跳ねるリヒトを支えながらディランが言うと、トワイトが手を合わせて顔を綻ばせた。
「布はいくつかあると思うけど、募った方がいいかもな。毛はちょうどそいつのを刈る予定だったから持っていってくれ」
「む、そうか。リヒト、連れていくみたいじゃから降りるぞい」
「うー? あい」
「めぇー」
「また後でな。その間、布を物色いていてくれ。おーい、ちょっと来てくれー」
「あー」
牧場のおじさんに連れられていった羊に手を振って別れるリヒト。
交代で奥さんがこちらへくると、そのまま一家は広場へと案内された。
「好きなのを持っていっていいからね」
「たくさんありますねえ♪ ありがとうございます!」
「うぉふ」
「あーい♪」
女性同士でワイワイし始めたのでディランはリヒトを連れてお金と物々交換用の野菜を広げていた。
そこでアッシュウルフ達が帰ってきてリヒトを囲んだ。
「もうええのか」
「わほぉん」
ダルはディランに応えると日陰になるところに寝そべる。
ルミナスとヤクトもディラン達の近くに横たわっていた。
「今日はひよこ達も留守番じゃから静かじゃのう」
「わふあ……」
ぴよぴよしていないので穏やかだとディランは目を細める。
ただ、少し物足りない気もするなと胸中で考えていた。
「あーう」
「うぉふ」
でんでん太鼓を振ってヤクトがリズムに乗る。そんな休息をしばらく続けていると、お金と野菜を布と交換するため取っ替え引っ替えしていたトワイトが帰って来た。
「みんな、お待たせ」
「おお、戻ったか。楽しそうじゃったのう」
「色のついた糸お見せてもらったりしていましたよ」
「あー……」
「うふふ、お昼寝をしていたのね」
うつらうつらとしていたリヒトだったが、母であるトワイトの声がしたのでうっすらと目を開けて返事をしていた。
「それじゃあ羊毛をもらって帰りましょうか。ロクローさん達も待っていますし」
「よし」
「わほぉん……」
ディランが立ち上がると、ダル達も立ち上がって伸びをする。
そのまま牧場へ足を運ぶと、奥さんが気づいてくれた。
「ああ、トワイトさん。用意できているよ。今呼んでくるね」
「ほら、羊さんが来るぞい」
「あー……♪」
奥さんが旦那を呼びに行き、羊が来るぞとリヒトに言うとまどろみながら声を出した。
そして羊毛の入った袋を持って、先ほどの羊と一緒にやってきた。
「お待たせしました」
「こちらが無理を頼んだのじゃ、すまないのう」
「ほら、リヒトまた背中に乗せてもらうかしら♪」
「めぇー」
「あーい♪」
羊の声が聞こえたのでリヒトが目をぱっちり開けて声のする方に顔を向けた。
するとーー
「あーう!?」
「お、なんじゃ!?」
「「「わふ!?」」」
ーーリヒトが初めてどっきりした大声をあげた。
「めぇー」
そこにはすっかり毛を刈られた羊が呑気に鳴いていた。しかしリヒトはディランの服を引っ張って声を上げる。
「あー! あーう!」
「おお、どうした。羊に乗るのかのう」
「それにしては喜んでいないですね」
羊のところへ連れていきリヒトを羊に乗せる。
「あー……」
するとリヒトはなんとも言えない声を出して羊の背中をペタペタと触っていた。
先程までふわふわだった背中は影も形もない。
「ああああああああん! ふああああああん!」
そして大きく息を吸い込んだ後、リヒトは背中に抱きついて大泣き
を始めた。
「わほぉん!?」
「あらあら」
「ああああ! ああああん!」
「ど、どうしたんだ? いつもこんなに泣く子じゃないですよね」
「リヒト、ほれ抱っこじゃ」
ディランが抱っこをしようとすると、嫌だと身体を振っていた。そこでトワイトがピンと来てリヒトの頭を撫でた。
「リヒトは羊の毛が無くなったから大変な目にあったと思ったのかもしれないわね」
「ふむ」
「あー……」
ディランがなるほどと頷き、牧場の旦那も困った顔で笑っていた。そこでトワイトは袋から羊毛を取り出してリヒトの前に見せた。
「ほら、リヒト。羊さんの毛よ」
「あーう……」
「この子は大丈夫♪ 私やリコットちゃんの為にくれたのよ」
「めぇー」
「あうー……?」
「ほら、大丈夫だって言っているわ」
「あー……あい♪」
トワイトが頭を撫でて微笑むと、リヒトは鼻水を流しながら笑って羊の背中を撫でていた。
そのまま野菜と交換して羊毛を手に村を後にする。
「あーう」
「ん? 歩くのかのう」
「あい」
道中、リヒトが降ろしてくれと示唆するので地面に立たせる。するとリヒトはよたよたとアッシュウルフのところへ行く。
「わほぉん?」
「うぉふ?」
「わん?」
「あーう♪」
そして優しく撫でた後、満足そうに笑った。
「なんじゃ?」
「うふふ、毛が無くならないように撫でたのかもしれないわね♪」
トワイトがそう言ってからリヒトを抱っこし、ほっぺにキスをするのだった。




