第149話 竜、困惑するし、させる
「ああああああああああああん!!」
「ど、どうしたのかしら……」
「そういえばウィズエルフ達のところへ行く時に、リヒト君から離れたリコットが泣いていたけど……」
泣き止まないのでハバラは再び地上に降りて我が子をあやす。少しだけ声は小さくなったものの、泣き止む気配がない。
「同じ赤ちゃん同士、なにか通じるものがあるのかしら? ほら、リコットちゃん。リヒトですよー」
「あーう」
「あああああん! ……きゃーい♪」
「泣き止んだわ……」
トワイトに抱っこされて指を咥えているリヒトがリコットの頭を撫でると、即座に機嫌を直して笑っていた。
ソレイユが冷や汗をかきながらリヒトに手を伸ばすリコットを撫でる。
「こりゃあ、やばいことになったんじゃねえか? リヒトから離れたら泣くって感じになってそうだぜ」
「ガルフの言う通りかも?」
「そうだろうか……? よし、ソレイユ乗ってくれ」
「ええ」
ガルフとレイカの言葉にハバラは疑心暗鬼で首を傾げる。そのまま空へあがろうとすると――
「ああああああん!」
「やっぱり駄目ね」
――泣いてしまうようだった。
「うー」
「あーい?」
「随分と懐かれちゃったわね」
結局、ソレイユとトワイトはそれぞれ赤ちゃんを抱っこして傍に居ることで解決した。
「まあ、寝ている時に帰るとかしかないじゃろうな」
「じゃのう。ひとまず一緒に行ったらどうじゃ?」
「そうしましょう。ハバラ、いい?」
「仕方ない……」
「ふふ、もっと構ってあげないといけないわね」
「きゃーう」
娘がリヒトにご執心なのが不服であると口を尖らせていた。ソレイユはその様子を見て苦笑しながらハバラにリコットを近づけていた。
「なら、ひとまず王都へ行くってことね。あっちの人達はあたしのドラゴン姿が見慣れているから連れて行くわ」
「頼むぞトーニャ」
戸締りをしてからトーニャに乗って飛び立つ。すると背中に乗ったガルフが、ふと呟いた。
「こうやって乗り比べてみるとやっぱディランのおっちゃんはとんでもなくデカいって感じるな」
「あーい♪」
「きゃー♪」
「そりゃあ長生きしておるからのう」
ガルフが感心しているとリヒトが喜び、リコットが真似をする。 ひとまず機嫌は治ったかとディランがリヒトとリコットを撫でていた。
「長生きだけじゃなかろうに」
「そういや、ロクローさんっていくつくらいなんですか? やはりディランさんに近い感じで?」
「ん? わしは千九百年くらい生きておるぞ。ディランより少しばかり下じゃな」
「六百年で少しかあ……」
「これもう分からないわね」
「でも対等な立場なんですね」
ロクローが目を細めて不敵に笑う中、ヒューシがロクローの歳を尋ねると、夫婦ほどではないが十分長生きだった。
年寄りという区分だから対等なのかとレイカが尋ねると、トワイトが口を開く。
「うふふ、ドラゴンはあんまり歳は気にしないですからね。どちらかと言えば強さ重視だから若くても対等な態度をする個体は居ますよ」
「へえ、なら里にも強い若いヤツがいるのかな」
「あやつらはダメじゃダメじゃ。年寄りの中でも若いボルカノ相手でも、三人がかりで勝てんからな」
「おお、また違うお年寄りの名前が……」
「なら、ディランのおっちゃんは相当強いのか」
「こいつはドラゴン百体を相手にしても勝てるぞ」
「……!?」
ガルフが頭の後ろに手を組みながらディランは強いんだなと笑うと、ロクローがそんなレベルではないと語る。
「よさんか。昔の話じゃ」
「それは俺達も知らないんだけど……なあ、トーニャ」
「パパが強いのは当たり前じゃない?」
「お前はそういう奴だったよ、そういえば……」
そんな話をしているとあっという間に王都へ到着した。そのままトーニャは城へと向かう。
「こんにちはー!」
「おお、トーニャ殿! こちらに降りてください」
「はーい」
すでに慣れたもので、騎士は訓練場の広い場所へと案内する。
もちろん、モルゲンロートも慣れているためしばらくすると訓練場へやってきた。
「おや、トーニャだけではなくディラン殿も居るのか? それに見慣れない方もいるようだが……?」
「すまぬな、急に押しかけて。少し事情があってな――」
困惑するモルゲンロートに、ディランが説明を始める。
先日こちらへ来た際にハバラの嫁について話をした続きとして、ソレイユを紹介し、無事治療できたことを報告。
ハバラとソレイユがお礼を言ったところで、ロクローについて話していた。
「ア、アースドラゴンとは……」
「変身した方がいいかのう?」
「いえ、それは必要ないでしょう。ディラン殿のご友人なら間違いないでしょうし」
「話が早くて助かるわい。それでどうじゃ? わしともう何人か住まわせて欲しいのじゃが……」
「う、うーん、そうしたいのは山々なのですが、ディラン殿とトワイトさんがようやく認知されてきたところで増えるのはどうなのかという問題がありましてな」
ロクローが気さくに話をするが、さすがのモルゲンロートもすぐに首を縦に振れないと口を開く。
「それもそうだ。俺達もリコットがこのままリヒト君から離れたら泣くということであれば別の山をお借りしようと思ったんですが……」
「ドラゴン四人プラスもう何人か……国がひとつ滅ぶ戦力になってしまいますな」
「うむ。ことは慎重に運ばねばならん」
ハバラも先ほどあった娘の騒動から、そういうプランも考慮したいと言う。しかし、バーリオが冷や汗を掻きながらモルゲンロートへ進言する。
困惑しなくなったが、モルゲンロートは難色を示していた。
「ダメじゃな。悪いがロクローは里へ帰るしかないのう」
「なんじゃと!? ここまで来て帰ったら若い奴等から笑いものにされるわい。例えばどっか別の国とかにツテはないのかのう?」
「別の国……ふむ」
「あー、確かにあそこならまだ分かってくれるかもしれないですね」
ロクローが困ったように尋ねると、モルゲンロートが考え込み、ユリが思い当たるところはあると答えた。
「ひとまず連絡を取ってみよう。申し訳ないが、それまでロクロー殿はディラン殿の家で待機してもらえるだろうか?」
「わかったぞい。それともう一つ話があるのじゃがいいかのう」
「? なんです?」
「ちょっと材木の取引をしたいのじゃが」
そのままディランは続けてネクターリンの木の取引交渉を始めるのだった。




