第145話 竜、考える
【ナゼ、ドラゴンがこんなに……】
「久しぶりじゃのう。一回り大きくなったか? それと喋れるんじゃな」
【あの時ノ……! フフ、驚いたか。アノ時、我は死んダ。しかし、地表にアル魔力を吸い、長い時間をヲかけて目覚めタのだ! コトバは近くにシャベル種族がイタからそれを聞いてオボえタ】
「我々からか……!?」
三人のドラゴンを目の前にして困惑するキマイラにディランが声をかけた。前回は喋っていなかったようで興味深げに言う。
すると過去で一度死んだものの五百年の間ずっと魔力を吸収し、アンデッドとして存在し続けたと語る。言葉もウィズエルフの声を聞いていたから覚えたとのこと。
「あいつ『あの時』って二回言ったぞ」
「シッ、余計なこと言わないのガルフ。まだ言葉を覚えたてかもしれないじゃない」
【……】
しかし、ガルフにツッコミを入れられていた。忌々しいとばかりにガルフを睨むキマイラ。
【人間メ……! 貴様等カラ食い殺してやろうカ!】
「お、吠えた」
もちろんキマイラは激怒し、咆哮をあげた。しかしガルフはあまり気にした様子もなく、さらに。
「あー♪」
「うー♪」
「なんだろ? 赤ちゃん達が喜んでいるんだけど……」
【ぐぬウ、赤子まで馬鹿にする気カ……!】
「リヒト君、ディランさんに手を伸ばしているわ。心当たりあります?」
激高したのにリヒトとリコットは怯えもせず親たちに手を伸ばしていた。
レイカがディランに尋ねると、少し考える。そしてリヒトに見えるように頭を動かすと、ディランが息を吸う。
「ゴガァァァァァ!!」
【……!?】
「うお!?」
「お、おお、竜神様が……!?」
「さすがディランじゃのう」
「父さんの声は大きいですからね」
「あー♪」
息を吸った後、ディランはとてつもない咆哮を上げた。その場に居た人間、ウィズエルフ、キマイラがびっくりして強張った。
しかしリヒトはお父さんの雄姿を見て大喜びだ。
「いやあ、お父さん大好きねえ」
「あーい♪」
【ふ、ふん……我ニは頭が三つあル! グァォァァァ!】
【ブルォォォン!】
【シャァァァ!】
しかしキマイラも負けじと、獅子の頭とヤギの頭、そして尻尾の蛇が咆哮を上げた。
「うー!」
「ええ? 俺も?」
するとユリに抱っこされているリコットがハバラに『やって』と手を振り回す。
渋々ハバラも首を三つにして声を上げた。
「「「グウォァァァ!!」」」
「おお……!?」
「三つ首だ!」
「ど、どうなってるんだ……?」
【……!?】
こっちはこっちで珍しいタイプの三つ首ドラゴンとなり、咆哮を上げる。さしものキマイラも目を丸くして驚いていた。
「ハバラは例が殆どないドラゴンじゃからな。各首からは冷気とか雷を吐けるんじゃっけ?」
「そうですねロクローさん」
「ま、それはともかくこいつをどうする? わしが倒してもええぞ。最近、運動不足じゃ」
「因縁はワシにある。ここは任せろ。キマイラ。それでいいな? 今度は後腐れなく形も残らないようにするわい」
【な、舐めタことを……! 我ハもはやただのキマイラでハない! ヴェノム・キマイラとしテ蘇ったのダ!! オ前達は後だ。まずは我ヲ舐めた人間から始末してヤる! ヴェノブレス!】
「む!」
「あ!」
キマイラがヴェノム・キマイラに進化したと言いながら濃い紫のブレスを吐き出した。ドラゴンにはあまり効果がないことを鑑みた上で、ガルフやリヒト達を攻撃し始めたのだ。
「やめんか!」
【うおオ!?】
ディランが怒って翼を羽ばたかせると、突風が発生しブレスが霧散する。反動でヴェノム・キマイラも吹き飛ばされた。
【な、なんといウ……】
「危険な存在になってしまったものじゃ」
キマイラも翼があるので吹き飛ばされた後、空中で身を翻して態勢を立て直す。
ディランがやれやれとため息を吐きながら上昇していると、突然ヴェノム・キマイラが彼に向って口を開いた。
【うるサイ! くラえ!】
「炎のブレスだ!」
『ディランお父さん!』
「あー、大丈夫だよ」
「あーう!」
ドラゴンを前にして小さく見えるヴェノム・キマイラだが、本来、人間が戦った倍胃の強さは本物である。
口から吐き出された燃え盛る炎は大きく、軽くディランを包み込む。ヒューシやリーナが驚く中、ハバラは苦笑していた。
「まあまあじゃな」
【……!?】
「ディランのおっちゃん、いつもまあまあって言ってるよな。あのつっかかってきた冒険者にも言ってなかったっけ?」
「年寄りの口癖じゃ」
「というかまあまあとか言っているけど、傷一つついていない……」
ガルフの疑問にロクローがふんと鼻を鳴らしていた。
一同が見上げて無傷のディランがまったくの無傷であることに驚く中、彼が動いた。
「ではワシの番じゃな」
ディランはそう呟いて大きく息を吸う。そして次の瞬間、ヴェノム・キマイラとは比べ物にならないほどの炎が吐き出された。
【なっ……!? ウオオおお!】
「張り合う気か! 凄い根性だが無理だろ!」
「どっちの味方なのだ人間!? 竜神様やってしまってください!」
ヴェノム・キマイラはディランの炎に対抗して自身も渾身の炎を吐き出す。
ガルフが拳を握って賞賛し、エメリが横目でガルフを見ながらディランに応援をしていた。
「あーう!」
「きゃーい!」
「あ」
競り合う時間はほんの一瞬だった。
当然だが火が炎に勝る訳はなく、あっという間にヴェノム・キマイラはディランの炎に押し返され、飲まれた。
【ガァァァァ!?】
「お、消し炭にならんかったか。山に影響がでるといかんと思って抑えたが、やるのう」
「いや、いっそ一思いにって感じするぜ……」
「わんわん!」
「わほぉん」
「うぉふ!」
「あ、みんな!」
真っ黒になって落ちて来たヴェノム・キマイラにアッシュウルフ達がダッシュで駆けよっていく。
三頭が肉球でバシバシ叩きはじめた。
【う、うう……い、生きテイる……】
「わんわん!」
【うワ!?】
「うぉふ!」
【くっ……イぬ風情が生意気ナ……】
「わほぉん!」
【うわ、ヤメろ……! ああああアアあああ!?】
アッシュウルフ達より数段大きいヴェノム・キマイラにとどめを刺さん勢いで爪を立てる三頭。
「怒ってるわね。ダルも珍しく活発的だわ」
『多分、リヒト君を攻撃されたからじゃないかな?』
「それはありそうだな」
ユリが良く動くダルを訝しむが、リーナが納得の答えを出していた。
ヒューシも冷静に同意していると、ディランが腕組みをしてヴェノム・キマイラに問う。
「ダル達よ、一旦やめるのじゃ」
「「「わふ」」」
【うう……】
「ヴェノム・キマイラと言ったか。今ので決着はついたとワシは考える。消し炭にするつもりで炎を放ったが、生き残った。それはお主の運じゃ。もし、このまま負けを認め、悪さをやめるならこれで手打ちにするぞい」
「竜神様……!?」
「無駄に殺さないのはディランのおっちゃんらしいぜ」
【……】
ヴェノム・キマイラの前には悠々と見下ろすディラン。
そして足元には牙を剥きだしにして威嚇しているアッシュウルフ達。さらにロクローとハバラへ視線を移す。
そして――




