第141話 竜、近くに来る
「うむう、ハバラめどこへ行きおったのやら」
ディラン達が原因を突き止めていたそのころ、クリニヒト王国付近を人間姿のロクローが歩いていた。
彼は翼を持っているが地上の方が移動速度が速いため、里を出る時以外、空は飛んでいないのである。
「やあ、旅の人。クリニヒト王国へご用かな?」
いよいよモルゲンロートが治めるクリニヒト王国の国境に到着した。ほがらかな兵士に声をかけられるとロクローが風呂敷をを担ぎ直してから口を開く。
「国に、というわけではないのだが……わしはドラゴンを探している」
「……!?」
ロクローが目的を口にすると、兵士たちの表情に驚愕が混じった。それに気づくことなく彼は話を進める。
「ハバラという青いドラゴンなのじゃが知らんか?」
「青い……いえ……」
困惑しながら同僚たちを目を見合わせる兵士。実際に見たことがないので仕方がない。
だが――
「ならディランという名前のドラゴンは知っているかな? 金色でめちゃくちゃでかいヤツじゃ」
「……!?」
「ディラン殿の名を……あ、あなたは一体?」
「わしはあやつの友人じゃな。その様子、知っておるようじゃな?」
ロクローがパッと表情を明るくして尋ねると、兵士は小さく頷いてから彼を通す。
「通っていいのじゃな? して、ヤツはどこに?」
「うーむ、教えたいのはやまやまですが、あなたがディラン殿の友人かどうかは確証が持てません」
「なんじゃと! ヤツとわしの友情を疑う気か!」
「そういうわけではありません。ただ、ドラゴンを狙う者も多いので」
「ふむ」
クリニヒト王国の出口へと連れて行かれながら兵士にそう諭されていた。
確かに、とロクローも納得のいく答えで少し感心する。
「(確かにロクでもない奴が居て里を隔離したからわからんでもない。しかしここまで来て帰るのもアホらしいな)」
胸中でそう呟いてから国境を抜ける。兵士はその間、世間話などをして案内をしてくれていた。
「まあ、ディラン殿は居るが教えられないな」
「ふむ、変身でもすれば理解してもらえるか」
「いや、まあ、できるならアリ――」
「む、待て!」
兵士がなにかを言おうとしたところでロクローがぴくりと耳を動かして空を見上げた。そしてゆっくりと目を細める。
「……! あれはディラン! よしよし、見つけたぞ! すまんな若いの。あいつを追いかけるわい!」
「ええー……?」
「み、見えるか?」
「いや……あ!?」
ロクローは軽い足取りで街道へと躍り出た後、みるみるうちにドラゴンの姿に変化した後、地面へと潜って行った。
しかし、地面は何事もなかったかのように元通りだった。
「……俺、疲れてるのかな……」
「いや、それだったら俺もだろ……」
そして兵士たちは今見た光景がなんだったのかと目を丸くしていた。
◆ ◇ ◆
そんなことは露知らず。
ディラン達はネクターリンの木を植え替えてから水を与えると、木に変化があった。瞬間、木の幹がぶるぶると震え、枝がざわめき始めた。
「なんだ……?」
『なんか頑張っているっぽいけど、なんだろう』
「まさか復活するのか?」
一同が見守っている中、背後から声がかかる。
「あなたー」
「あーい♪」
「きゃー♪」
「おお、婆さんにリヒト。それにリコットもか」
「「「ぴよー」」」
それはハバラに呼ばれて出て来たトワイトだった。両腕に目を覚ましたらしいリヒトとリコットを抱えており、二人とも元気にディランを見上げていた。
ひよこ達はリヒトとリコットの頭の上に乗っており、ぴよぴよしている。
「わほぉん」
「わんわん!」
「うぉふ!」
「おかえりなさいパパ、みんな!」
「どうだった? って、なんか木が増えてる」
もちろん、トーニャやユリ、アッシュウルフ達も出てきてディランの足元でじゃれ始める。
「これ、ヤクト。ワシの足は遊び場ではないぞい」
「抱き着いているから喜んでいるんじゃないかしら? それよりもこの木はどうしたんです?」
「それが、ネクターリンの木が全滅していて……一本確認のため抜いたのをここに植え替えるとどうなるかとディランさんが」
「まあ、それは可哀想に……あ、フラウさんの爪を肥料にしたらどうかしら?」
「フラウさん?」
「あーう?」
「きゃーう?」
ヒューシの説明でトワイトは悲痛な表情を見せた。しかし、その後にフラウの爪を肥料にすることを提案する。
「フラウさんってリーフドラゴンの? ああ、いいかもしれないわね」
「知っているんだ、トーニャ?」
「ご近所さんだったからね! あのドラゴンさんが育てる花は凄くキレイだったしよく覚えているわ」
「へえ、ちょっと気になるわね」
草花といえばこの人、という感じでトーニャが微笑む。レイカがお花がキレイなのは気になると口にする。
ディランはドラゴンで、トワイトは赤ちゃん二人を抱っこしているため、そのままトーニャへ倉庫のどこにあるかを伝えて行ってもらった。
「ドラゴンの爪……」
「ザミールさんにブレイズドラゴンの爪をプレゼントした以来じゃのう」
「マジで? すげえの持ってるな……」
「それじゃ削るわね」
「お、ドラゴンの腕」
「あー♪」
トーニャが腕だけドラゴンに変化させて、爪を爪で削るという作業に入った。
抜け落ちてしまった爪は強度が落ちるということで、トーニャとは相殺はされないのだと語っていた。リヒトがその光景を見て嬉しそうに笑う。
「これくらいでいいかしら?」
「きめ細かい粉になったわね。これを土に?」
ユリがトーニャの削った爪の粉を見て凄く細かいと口にする。土に混ぜるのかと尋ねたところ、トーニャがそれを持って木のところへ行く。
「そうそう。もう一回、土を掘り起こして……っと」
「後は水じゃな」
「任せてください」
トーニャが粉を土に入れ込み、またヒューシの魔法で水を与える。すると、大きな変化があった。
『あ! 木の枝を見て!』
「お……!」
「まさか……!?」
そこでネクターリンの木が大きく震えて枝が揺れる。どうなるのか固唾をのんで見守っていると、一つの枝に大きな実をつけた。
「む! ネクターリンじゃ。くれるのかのう?」
『……うん、一つだけどあげるって』
「おお……」
リーナが木に手を当ててそうだと言う。そこへハバラが近づくと実は勝手に落ち、彼の手に収まった。
「奥さんに持って行ってあげて」
「きゃーい♪」
「リコット……ああ、すぐにでも!」
「良かったねえ」
「わほぉん」
「あーい!」
トワイトに言われてハバラは宿へと向かって行った。ダルを抱っこしたユリが微笑んでいた。
ひとまずソレイユは大丈夫かと安堵したところでネクターリンの木にまた変化が起きた。
「ああ……」
「ありゃ、ボロボロになっちまったぜ……!?」
「力を使い果たしたのじゃろう」
木がどんどんボロボロになり、その場で崩れていく。風化していくような形で後には木片だけが残された。
「まだ使えるから机にでもするかのう。ありがとうな」
「残念ねえ……」
ディランが使えそうな木材を手に取ってどけていると、そこでリーナが大きな声をあげた。
『あ! 見て見て! これ!』
「ん? お、芽があるな!」
「フラウさんの爪、効果があったみたいね!」
木片をどけるとその下に芽がふいていた。それを見てディランがドラゴンの身体で腕組みをしてから言う。
「ふむ。もしかしたらあのまま復活していたかもしれんのう。じゃがこやつは実が欲しいワシらのために無理をしたのかもしれん」
「はー……凄いわね……ディランさん達と居ると思いもよらないことばかりだわ……」
「はは、いいじゃねえか。面白いしよ!」
「フッそうだな。今回ばかりはガルフの意見に賛成だ。僕はこいつの成長記録をつけてみたいな」
「若い芽だし、元気そうね♪ きっとこの子達が大きくなるころにはまた木になるわよ」
「あーう?」
「あい?」
トワイトが微笑みながらそう口にし、その場に居た全員はそうだといいなと思うのだった。




