第137話 竜、連れて行く
「おー、ドラゴンだ」
「あれはディランさんだっけ?」
城へ降下してくるディランを見て、騎士や兵士たちがそんな声を上げていた。
念のため剣を抜いているが、特に問題ないだろうと慌てている様子はない。
そんな彼等はさておき、ディランは打ち合わせでドラゴン状態で着地してよいとされている。グラウンドのような訓練所へと降りた。
「ディラン殿!」
「おお、バーリオ殿か。すまぬな、舌の根の乾かぬ内にこの姿で来てしまったわい」
そこへバーリオが駆けつけてくれた。彼は大きく手を振りながら問題ないと口にする。
「それで大丈夫ですぞ!」
「む、耳が遠くなってしまったかの」
遠くてよく聞こえないとディランは頭を下げてバーリオに近づける。
騎士達がどよめくが、指南役であるバーリオはたじろぎもせずに話しかけた。
「ここなら問題ありません。陛下にご用……それも早急なことと見受けられますが」
「うむ。その通りじゃ。む、もう来たか」
「遠目から見えておりましたしね」
バーリオが苦笑しながら振り返ると、モルゲンロートとローザが走ってくるのが見えた。
ディランのところまで到着すると、モルゲンロートが話しだす。
「ようこそディラン殿。歓迎します。というかガルフ君たちもいるのか? それと……?」
「こやつはワシの息子じゃ。ハバラ、挨拶を」
「初めまして、ハバラと申します」
「息子……ということは……」
モルゲンロートが困惑しながらハバラに注目する。ディランは背中に居るハバラに挨拶をするように言うと降りてから頭を下げた。
「うむ。もちろんドラゴンじゃ」
「初めましてローザですわ! まあ! では一家お揃いに?」
ローザが目を輝かせてハバラを見ていた。ディランは大きな頭で頷くと、モルゲンロートが話を続ける。
「まさか解禁した直後に息子さんが来るとは……それで、慎重なディラン殿がこの姿で来たのは理由があってのことか? 息子さんもここに住むとか?」
「いや――」
ディランは手短に現状を伝えた。
ネクラーリンを採りに行くため、とある山へ行かなければならないこと。急いでいるため空を飛んでいくことを。
「じゃからちょっと飛んでくることを伝えに来た」
「なるほど……ちなみに場所は?」
「ここから遠い北西にある大きな山じゃ。名前は知らん。麓に町はあるが、人間が行けないような場所じゃ」
「ほほう」
モルゲンロートが興味深げに顎に手を当てる。そこでローザが口を開いた。
「わたくしも連れて行っていただけないでしょうか?」
「は!? なにを言っているのだお前!?」
「ドラゴンに乗って少しの旅行……楽しそうです♪」
「いや、王妃様彼等は遊びに行くわけではありませんので……」
「そうだぞローザ。彼の妻を治すために行くのだ」
ワクワクしているローザにバーリオとモルゲンロートがそれぞれ苦言を呈した。
そう言われてローザはハッとし、しょんぼりする。
「そうですわね、申し訳ありません……」
「い、いえ。実さえ食べられればすぐに治るようなので」
「まあ、機会があればそういうのもアリかもしれんが。モルゲンロート殿次第じゃが」
「そうですな。では、こちらは承知しました。お気をつけて。ガルフ君達もな」
「ありがとうございます!」
「ではまた会おう」
ハバラやガルフ達はまたディランの背中に乗り、音もなく上空へと舞い上がっていく。
「……なんというかあの姿だと尊大だな」
「人の姿だと普通のおじさんという感じですからな」
「いいですわねえ」
小さくなっていくモルゲンロート達はそれぞれそんなことを呟いていた。
そしてディランは雲の上まで一気に上昇した。
「いい人そうだったね父さん」
「うむ。世話になっておるわい。一国の王というのはどっしり構えて理解を示し、物事の判断を自分でするのが肝要じゃわい」
「陛下は俺達みたいな冒険者にも優しいからなあ。たまに心配になるぜ」
ハバラはモルゲンロートを見て信用できる人のようだと判断していた。ディランもそうであることを返し、ガルフは人が良すぎて心配だと口にする。
そこでヒューシが眼鏡の位置を直しながら話しだす。
「信頼してくれているということだ。それで雲の上まで来ましたが、良かったんですか?」
「場所は知っているからいいんじゃないの?」
『うんうん』
ヒューシは地上が見えないが大丈夫だろうかと言う。しかし、先の会話で場所は知っているようだからとレイカが返す。
「昔のことじゃから何となくしか覚えておらんのじゃ。ただ、雲の上よりも山頂は高く、キリマール山よりもさらに高い。じゃからそれらしい山を散策する方向で頼む」
「わかったよ父さん」
「まあ、おっちゃんの速度ならすぐだろうしちゃっちゃと見つけて帰ろうぜ」
「そうじゃな」
ディランは頷いた後、速度を上げた。
◆ ◇ ◆
「すー……」
「すぴー……」
「寝ちゃった。リヒト君も遊び疲れちゃったかな」
「ハバラに会うまでは元気だったけど、リコットちゃんと一緒にはしゃいだからかもしれないわね」
一方その頃、自宅ではリヒトとリコットが並んで寝てしまっていた。
途中まで太鼓の音に喜び、ひよこ達に目を輝かせていたのだが泣いていたこともありリコットが寝てしまった。
それに釣られるかのようにリヒトもその場にコテンと寝転がってしまったのだ。
「リヒトはベッドに連れて行こうかしら……あらあら」
「あら」
「こけー」
トワイトはベッドに二人はもみくちゃになりそうだとリヒトを抱っこしようとする。しかし、リコットがリヒトの袖をしっかりと掴んでおり、離そうとしない。
下手に動かすとまた目を覚まして泣いてしまうかもしれない。
「うふふ、このままにしておきましょうか。あら、リヒトはでんでん太鼓を手放さないわね」
「お気に入りなんですねえ」
「わほぉん」
そっとしておきましょうかとトワイトはリヒトから手を離して寝かせる。ダルが二人にタオルケットのようなものをかけるのを見届けると、トワイトとユリ、ペット達が静かに離れる。
「ソレイユさんも今は安定しているわね」
「原因、なんですかね? 産後の肥立ちにしては衰弱しているような……」
「エルフの熱病……」
「え?」
トワイトはソレイユのベッドを見つめながらポツリと呟く。ユリが聞き返すと少し困った顔で口を開く。
「そういう病がエルフにはあるの。風邪よりも少しきつい症状なのだけど、体力が落ちている時に運が悪いと亡くなる可能性が怖いのよ」
「……! だ、大丈夫かな……早く戻ってきてよ……」
「ハバラの血を飲ませているみたいだから亡くなることは無いと思うけど、ディランの言う通り体力が落ちている時に飲ませると劇薬になるから実は早く欲しいわ」
そう言うトワイトの顔は真剣だった。




