第122話 竜、大活躍をする
「た、倒した……のですか?」
「うむ。可哀想なことをしたわい。しかし、生かしておいても人間とこやつ双方にいいことは無いから良かったのかもしれん。遺体は他の魔物が食うと同じようなことになるから燃やすぞい」
ポカンとしている人間達と魔物達。
バーリオが倒したのかと問うと、ディランはドラゴンの姿で腕組みをして残念そうに言う。
だが、ああなってしまってはどうしようもないと続けて遺体は燃やすと宣言した。
「皆、下がっておれ」
「承知! 全員後退!」
ディランが下がれと言うと、バーリオが騎士達に、ディランの後ろへ交代するように指示を出した。魔物達はドラゴンに委縮しているのか動く様子が無い。
冒険者二人も移動したのを確認すると、ディランは大きく息を吸い込んだ。
そして口をパカッと開けた瞬間、火炎が魔石食いのラーテルキングへ吐き出された。
「「「……!?」」」
「あ、熱っ!? この距離でも……!?」
「わほぉん」
「うぉふ」
魔物達は恐れおののき、人間達は距離を取っているにも関わらず熱気を感じて驚いていた。ダルとヤクトはお座りをして様子を見守る。
あっという間に遺体が燃え尽きるとディランは息を吐いてから魔物達へ視線を向ける。
「では、やるか? まずはワシが相手になるぞい。オオオォォォォォォォ……!!」
「「「……!!」」」
そう告げ、ディランはドラゴンらしい咆哮をあげた瞬間、魔物達は全身の毛を逆立てたり汗を流したり、ギチギチを牙を鳴らしていた。
そして――
「うむ」
「わほぉん♪」
「うぉふ♪」
――その場に居た魔物達は一斉に山へと戻って行った。
混乱していた頭がスッキリしたせいかもしれないが、ディランの咆哮は魔物や動物の『本能』を刺激した可能性が高い。
「これでええじゃろ」
「そうですね。ありがとうございます」
ぞろぞろと戻っていく魔物達を見ていると、バーリオがお礼を口にした。
しかし、不意に背後から声がかかる。
「ド、ドラゴン……!? 何故こんなところに……!?」
「な、なんと……!?」
「い、居たのか、本当に……」
そこに現れたのは完全に武装したヴァールとモルゲンロート、そしてコレルと騎士達だった。援軍が追い付いた形だ。
ヴァールとコレルは目を見開いて驚き、モルゲンロートはこの人数の者達に見られてしまったことに酷く混乱していた。
「おお、モルゲンロート殿にヴァール殿か。ちょうど今、元凶を断ったところじゃ」
「お、終わった……?」
「わ、私の名前を知っている、のか?」
「うむ。ワシはディランじゃ。そしてその炭になってしまったのが元凶のラーテルキングじゃな」
「これが……?」
後から来た事情を知らない騎士達はドラゴンを見て困惑し、消し炭になって原型をとどめていないラーテルキングを見てさらにどよめきが起こる。
「ディラン殿!? やはりあなたには謎があったのですね」
「その話は後だ。他に被害が出ていないか確認をせねば」
「東と南側はトワイトとトーニャがそれぞれ向かっておるから、ワシは別のところへ行こう」
「お二人も!? ……あ!」
ディランが動こうとした瞬間、空気をつんざくような『音』が聞こえて来た。
耳を塞いでいる中、ディランが腕組みをして南側を見る。
「婆さんか。ドラゴンの姿になるのはこの国へ来て以来か」
◆ ◇ ◆
――ラーテルキングを消し炭にしたころのトワイトは。
「あー!」
「わん!」
「こけー!?」
「「「ぴよー!」」」
「大丈夫よ♪ 殺すのは可哀想だし、吹き飛ばしたら諦めるかしら? <ブリーズ>」
リヒトを背中に背負い、紐で落ちないよう固定して戦いに臨んでいた。護衛はルミナスとジェニファーだが、心もとないということはない。
トワイトがサッと手をかざすと、突風が吹き荒れて魔物達が吹き飛んでいく。
「お、おお……誰かは分からないが助かった……!」
「あら? 町の方ですか?」
トワイトは麓近くの町で待機していた。
すると魔物の襲撃をかぎつけた町の人間達が武器を持って戦いに出てきていた。
「ええ。監視塔の者が山に異変があると言っていまして迎撃を、と。それにしても物凄い魔法ですな……」
「あー♪」
「赤ちゃんを背負って戦っているのか……」
トワイトが褒められたことに気づいてリヒトが喜ぶ。これで戦っているのかと冒険者達は驚いていた。
「き、来た……! まだ諦めていないのか」
「やるぞ……!」
町の人間や冒険者達は迫りくる魔物達へ武器を向け口々に鼓舞していた。
その間も魔法を放って突き放していたが、トワイトは首を傾げて呟く。
「うーん、でもこれだと町に被害が出そうね……リヒト、しっかり掴まっていてね」
「あーい!」
「ルミナスとジェニファーは私が変化したら背中に乗ってリヒトを守って欲しいわ」
「わん!」
「こけ!」
それぞれに声をかけた後、トワイトの目が一瞬、魔力で輝いた。
すると徐々に体が大きくなっていく。
「う、おおおお!?」
「なんだ!? ご婦人!?」
「これは……ど、ドラゴン!?」
「あ、ごめんなさい! 少し離れていてくださいね」
「ど、どういう……い、いや、離れるぞ!」
みるみるうちにエメラルドグリーンの表皮をした巨大なドラゴンへと変貌したトワイトが、冒険者達へ声をかけた。
慌ててその場を離れていく彼等を見届けた後、トワイトは再び正面を向く。
「大丈夫、リヒト?」
「あーう♪」
「わん!」
「こけ」
前傾姿勢なので落ちることは無いが、ルミナスがリヒトをしっかりフォローしていた。
「さて、それじゃ早く終わらせましょうか」
「あう!」
「「グッガァァァ!?」」
トワイトがそう言った瞬間、羽を羽ばたかせた。
すると魔法とは比べ物にならない突風が巻き起こり、魔物達が一斉に山の方へ文字通り舞い上がって落ちて行った。
「グゴァァァ!」
「はいはい、あなた達も山へおかえり」
「「グゲ!?」」
「嘘だろ!? あの巨体であのスピードなのかよ……!?」
「あーい♪」
風圧で飛ばなかった魔物はトワイト自らがその大きな手を広げて魔物達をまとめて掴むと、そのまま山へと放り投げた。
リヒトは高速移動をしてもびっくりするどころか大喜びだ。遊んでもらっていると思っているのかもしれない。
「はいはいはいっと」
「「「オオオオオ!?」」」
「すげえ……羽で吹き飛んでいく数、おかしいだろ……」
冒険者達はポカーンと口を開けて見守っていた。抜けて町まで来る魔物は一体もおらず、トワイトは瞬きをしている間にあっちこっちへ移動する。
嵐竜と呼ばれる程の実力を余すことなく発揮していた。
「グルルル……」
「はい、お帰り!」
「おお……山に帰っていく……」
「ありがとうございます……!!」
「どういたしまして♪ 魔物達大人しくなったところを見るとこれで安心ね。トーニャちゃんはどうかしら?」
「あーう」
トワイトはドラゴン姿のまま町の人達からお礼をもらい、トーニャの向かった方に視線を移していた。
◆ ◇ ◆
「ったく、なによこれ! 本当にスタンピードじゃない!?」
トーニャも村の近くまで走って行き、魔物を蹴散らしながら悪態をついていた。
比較的麓に近かった東側は魔物がすぐに下りており、草原に散っていたのだ。
無駄な殺戮はしない彼女達は、カタナの背で魔物を打ち付けて気絶させるか追い返す手段を取っていた。
「うわあ!?」
「村の人間!? <パライズニードル>」
そこで、村の入口付近で商人らしき人間が襲われそうになっているのを見て、トーニャは麻痺を誘発する魔法を撃ちこんだ。魔物はすぐに動きを止め、追いついたトーニャが投げ飛ばす。
「あ、ありがとう!」
「村に入って……って、閉じているから入れないのか。仕方ない――」
「え?」
トーニャがカタナを納めてから魔力を集中する。そして両親同様、ドラゴンの姿へと変貌していく。
「はい、中にいてね!」
「ぶるふーん!?」
「うおおお!?」
トーニャが馬と商人を摘まんで村の中へ入れる。そこで足元に魔物が群がってくるのが分かる。
「グオォァァァァ!」
「効かないっての! すぉー……はぁぁぁぁ」
「「「グ……グォァァ……」」」
トーニャがブレスを吐き出すと、足元がおぼつかなくなった。
「軽度だけど麻痺ブレスよ。あの冒険者は麻痺直しの道具か魔法を持っていたから効かなかったけど」
そう呟いた後、尻尾と羽でバシバシ叩いて山へ戻していく。
「あ、そうだ。折角だしあれも使おうかしら。<インサイトメント>」
トーニャが魔法を呟くと、その瞬間、魔物達の視線が一斉に彼女の方へ視線を移す。いわゆる挑発するタイプの魔法だ。
「それ、こっちよ!」
「「「グオォォォン!」」」
トーニャが低空飛行で山へ向かうと、魔物達は彼女を追っていく。効果範囲はかなり広いため、少し旋回すれば効果はばつぐんだった。
「状態異常が得意なあたしがこんなところで役に立つなんてね」
トーニャは飛び回りながら魔物を拾っては山に捨てるという行動を繰り返していた。
「これくらいかしら?」
「「「キュウウ……」」」
そしてトーニャの方も魔物達を黙らせることに成功。後はと、王都へ目を向けていると、近くで知った声が聞こえて来た。
「おう!? ド、ドラゴン……!?」
「ピンク色……もしかしてトーニャ!?」
「あ、レイカ達じゃない!」
それは依頼で移動をしていたガルフ達だった。レイカがすぐにトーニャと分かり声をかけると、トーニャが明るい調子で返す。
だが、ヒューシは眼鏡の位置を直しながらポツリと呟く。
「……正体を、見せたのか……」
「ちょっとまずいことになっていてさ。魔物、会わなかった?」
「なんか凄い数のが山を移動していたからあわてて下りてきたの。危なかったってことか……」
「無事でよかったわ。とりあえずパパとママのところへ行くから一緒にいかない?」
「そうすっか。なんか大変みたいだし依頼はまた今度だな」
トーニャの提案にガルフが神妙な顔で乗り、一行はディランの下へ。
そのころ、ディランはというと――




