第121話 竜、咆哮する
「はあああ!」
「おらよ!」
「背後には気をつけろ!」
ディランが参戦し、尚も戦いが続いていた。
バーリオ達少数で食い止める作戦は元々無理があったものだが、ディランが来ることでひとまず現実になっていた。
「ふむ……やはり正気ではないか。《《今の》》ワシが居る程度では帰ってはくれんようじゃ」
「グオォアアア……」
だが、通常であれば自宅のようにディランの気配で魔物が寄ってこないということはなかった。
「くっ……!」
「無理をするでない。この数では対応するのも難しいじゃろう」
「す、すみません」
山から下りて来る魔物を倒す、もしくは追い返すという状況だが多勢に無勢。
戦いに慣れている騎士といえど四方から来る敵の対処はやはり難しい。
人間相手であれば癖があり、人体の可動範囲というのもある程度決まっているからだ。
しかし魔物は四足、二足、植物、昆虫など制限の無い動きをしてくるなど個性も様々なので、臨機応変に対応する力が必要というわけである。
「おい、ジジイ! さっきから魔物をぶっ飛ばしているだけで殺していねえな! しっかりやりやがれ!」
「むやみに殺す必要は無いじゃろう。こやつらは今、正気ではない。もちろん素材などを欲して殺すこともあるがその時ではないのじゃ」
そこでウェリスが拳で吹き飛ばしているだけのディランに苛立ち、魔物を斬り伏せながら怒声を浴びせて来た。
ディランは涼しい顔で目の前のスティールアントの頭をチョップして気絶させると、山の方へ投げる。
「ボケているのか? 魔物が襲ってきたら倒すのみだろう」
「倒すだけでは魔物と変わらんじゃろう。お主は人間では無いのか?」
「なんだと……!」
「わほぉん!」
「うお!?」
ディランは肩を竦めて蔑んできたバルドに皮肉で返す。言われたバルドが激昂するが、そこへバルドを狙っていた魔物をダルが撃退した。
「む、来たのか。危ないから遠くに置いてきたのにのう」
「うぉふ!」
ヤクトも尻尾を振りながら駆けつけて来て一声鳴いた。ダルはバルドのところから戻ってきてディランの横に立つ。
「アッシュウルフ……ジジイの味方をしているのか……?」
「家族じゃからな。まだ来ておるぞ」
「貴様等のせいでこんな事態になっているのだぞ! 口を動かさずに手を動かせ!!」
「チッ……!」
「ふん、言われなくても!」
ディランをジジイ呼ばわりすることにキレた騎士が二人に怒声を浴びせながら魔物を斬る。ウェリス達は舌打ちをしながら迫りくる魔物に対応していく。
騎士も魔物を倒しているが、ウェリス達と違い『仕方なく』という部分が強い。
そこはディランも理解している。
「しかし、これではキリが無いか。戦いながらで悪いが、原因はなんじゃ?」
「つあ! ふう、確かにキリがありませんな。さっきから何人か言っていますが、あの二人のせいなのです」
ディランは魔物を蹴散らしながらバーリオに近づいていく。この原因を取り除かなければ話が終わらないと判断した。
バーリオも意図を察してディランと背中合わせになりこの状況を説明する。
コレルの件はディランも関わっているため、なるほどと頷く。それと同時に山へ目を向けた。
「となると操っているのはその魔石を食った魔物で間違いないか。混乱を呼んで魔物を山から追い出して自分達が君臨するとかじゃろうかのう」
「魔物の意図は分かりかねますが――」
バーリオが汗を拭いながらそう返す。
そこで騎士の一人がデッドハイエナの一団に転ばされていた。
「ぐあ!?」
「おい、しっかりしろ! 援軍はまだか……!」
「わほぉん!」
「「グアイン……!?」」
「おお、助かる……!」
倒れた騎士に襲い掛かろうとしたデッドハイエナにダルとヤクトが攻撃を仕掛けて救出する。
しかし、魔物数は増え続けるため、流石に強者であるディランも騎士達を守りながらすり抜けたり別の方向へ行く魔物を捌くのが難しくなってきた。
「トワイト達はどうしておるか――」
「うわ……!?」
そうディランが呟いた瞬間、騎士の横をグレードオックスが走り抜けた。
「うむ。これ以上は無理か。魔石食いを倒すには、まず目の前の魔物をどうにかせねばなるまい」
「わほぉん……」
「うぉふ……!」
覚悟を決めたディランに、アッシュウルフ達が吠える。自分達がなんとかすると言っているかのように。
だが、ディランは微笑んでから二頭の頭を撫でた後、手のひらを見つめてから魔力を集中する――
「ディラン殿、ひとまず後退を……ディラン、殿……!?」
「な、なんだ?」
「爺さんの姿が――」
バーリオが後退指示を出す。
しかし、そのディランはだんだんと身体が大きくなり、背中に翼が現れる。
魔力が大きくなっていき、魔物達の動きが止まる。ウェリス達も血流しながら目を丸くしてディランを見つめた。
「ふん……!!」
気合を入れた瞬間、ディランの身体は一気に膨れ上がった。まばたきをして次に彼を見た時。そこには金色のドラゴンが立っていた。
「ド、ドラゴン、だと……!?」
「あのジジイが……まさか……!?」
「ディラン殿……!! くっ、みすみす正体を明かさせてしまうとは……!」
ポカンとするウェリス達と魔物達の中でバーリオが苦渋の顔で呻くように言う。
「気にするでない。町や村に魔物が行くよりは良かろう」
「しかし……む!」
ディランがそう口にする。
そこで今、この場に現れた魔物達がバーリオ達へ迫って来た。
「止まれぃ!!」
「「「グガ……!?」」」
集まってくる魔物達に対し、ディランの叫び声が響き渡ると、ビクッと身体を振るわせて、まるで金縛りにあったように動かなくなった。
「この場より立ち去り、山へ戻るがいい。そうでなければワシが相手になるぞ!」
「……」
「わほぉん……」
「うぉふ!」
「ギギギ……」
ディランが諭すように吠えてからそう言うと、魔物達はぞろぞろと山へと戻っていく。ダルとヤクトもそれを手伝うように吠え続けた。
「ふう……これでなんとかなるか……ディラン殿、申し訳ない」
「これで山に居る元凶を倒しにいける。……ん? なんだ?」
バーリオが汗を拭いながらディランの足元でそういい、気にするなと再度返す。
だが、それと同時にウェリスとバルドがディランを囲む。
「ジジイがドラゴンとは驚いた……」
「後で俺と戦ってもらおう」
「貴様等まだそんなことを……うん?」
「「ギシャァァァ!?」」
「グィエア!?」
そこで山の方から魔物の絶命する声が聞こえて来た。全員がそちらへ目を向けると、放物線を描くようにデッドハイエナの死体が飛んできた。
「……!」
「なるほど、そっちから来たか」
「なんですと?」
「……グフルルルル……」
「!」
見れば魔石を食べたラーテルキングが配下の個体と共に近くまで来ていた。
人間のように笑うラーテルキング。
「あいつ……さっきよりでかくなっていないか……?」
「確かに」
「……他の魔物を食って急成長したのじゃろう。魔石の魔力でおかしくなってしまったのかもしれんのう」
現れたラーテルキングは最後に見た時よりも大きくなっていた。ドラゴン・ディランほどではないがかなりの大きさだ。
さらに他個体も口元に血が付着しているので食っていったのかもしれない。
「とはいえラーテルキングだ。俺達でも倒せる。しりぬぐいしろってんなら俺達があいつを倒すだけだぜ!」
「その後は爺さん、あんただ」
「待て!」
バーリオの制止を聞かず、ウェリスとバルドが突っ込んでいく。このまま元凶を仕留めれば少しは交渉ができると考えたからだ。
だが――
「シャァァァァァ!」
「なんだと!?」
「チッ、こいつら! ぐあ!?」
――巨大なラーテルキングはサッと移動して、あっという間に二人の側面に現れた。そこで伸ばした両の爪を容赦なくウェリスとバルドの腹と胸へ。
「ぐ……!? クソ魔物……が……!」
「がはっ……馬鹿なこの鎧が一撃で貫かれただと!?」
「キキィ……!」
そのままトドメを刺すためラーテルキングは身を翻す。しかしその攻撃がされる前に、ラーテルキングは吹き飛んでいた。
「ギガヤァァァ!?」
「魔石食いは個体差があるものの、基本的には強化される。お主らはまあまあやるようじゃが、油断をするとそういうことになるわい」
ディランが一気に詰め寄りラーテルキングを殴りつけていた。そして魔石食らいの魔物について説明をする。
「……!?」
「いつの間に!?」
「あの巨体であのスピード……!?」
驚く騎士達を尻目にディランはウェリスとバルドをつまんでバーリオの方へ投げる。
「後は任せておくのじゃ」
「わ、わかりました!」
バーリオが二人を回収して頷き、ことの成り行きを見ることにした。
ディランは正面を向いてラーテルキングに目をやる。
「……」
吹っ飛んで地面を転がったラーテルキングに油断せず目を向けていたが、配下の個体の様子がおかしいことに気づく。
そこでディランが近づいて行くと――
「ふむ、倒してしまったか」
「え」
「息をしておらん」
――どうやら牽制で放った一撃が致命傷だったようで、ラーテルキングはそのまま召されてしまうのだった――




