第117話 竜、ひたすらに遊ぶ
「わー!」
「あー♪」
「うぉふ!」
「ぴよー!」
トーニャが到着してから話のすり合わせを行った。
基本的にはこちらから冒険者に関わることはなく、なにかあればお城から使者が来て話をしてくれるということだ。
それがいつになるのか分からないというのがもどかしいところだが、気長に待つといういつもの流れとなった。
そんな調子で今後が決定し、今はトーニャがリヒトを肩車して庭を走っていた。
「ひゅーひゅー!」
「あーい♪」
「わんわん♪」
「ぴー♪」
ディランやトワイトは派手な動きをしないので、リヒトは手を叩いて喜び、ヤクトとルミナスは足の速いトーニャを追いかけるのに夢中である。
ひよこ達はアッシュウルフ達の頭に乗ってご満悦だったりする。
「元気なのはいいけど、こけないでねトーニャちゃん」
「大丈夫だってママ!」
「うー♪」
「こけー」
「うおふ!」
そのままリヒトを連れて山を下っていく。
ヤクトはリヒトが乗る例のコンパクトな馬車を引いてガラガラとけたたましい音を立てて後を追っていた。
あっという間に小さくなるトーニャを見て、トワイトは頬に手を当てて口を開く。
「張り切っているわねえ」
「まあ弟か妹が欲しかったと言っておったから嬉しいのかもしれんのう」
「まさか人間の子を拾うとは思いませんでしたけどね♪ リヒトはいい子で可愛いわ」
「うむ。トーニャも赤子を世話する練習になるかもしれんのう」
夫婦は坂の下を見ながらそんな話をする。
トーニャが出来た時点で子供はもう作れないと感じていたため、弟か妹が欲しいと泣かれた時は大変だったと苦笑する。
「すぐお腹が空きそうねえ。どこまで行ったかしら?」
「山を出るなとは言っておるが……一応、追うか」
「そうですね」
「こけっ!」
「わほぉん……」
もう見えなくなった二人とペット達を追うため、玄関の鍵をかけた後、ディランとトワイトはしっかり返事をするジェニファーと、だらりと四肢を投げうってなすがままのダルを抱え、駆け足でトーニャの後を追うのだった。
一方、そのトーニャはすでに山のふもとまで降りていた。
「とうちゃーく!」
「あーい♪」
「いた、いたた。リヒト、頭を叩いちゃダメよ」
「うー?」
リヒトは肩の上でバタバタと暴れ、トーニャの頭をバシバシ叩いていた。
肩車から降ろして抱っこをすると、彼女の頬に顔をくっつけた。
「あー♪」
「んー♪ ……というかママの甘やかしっぷりが分かるわね……あたしもそうだったからわかるわ」
「わん!」
「うぉふ!」
「あ、追いついて来た。あんた達も速いわね!」
そこで少し遅れてルミナスとヤクトが到着した。
すちゃっとお座りをするのを見て、トーニャは笑顔で二頭の頭をわしゃわしゃと撫でまわす。するとそこでリヒトが二頭に手を伸ばす。
「あーい」
「ん? どうしたの?」
「あい」
トーニャが腰をかがめるとルミナスとヤクトの顔が近くなる。そこでリヒトが背中に向かって手を振っていた。
「乗るの? 馬車のおもちゃは後ろだけど……」
「わふ」
トーニャは首を傾げながらリヒトをヤクトの背中にまたがらせる。ルミナスより若干体格が小さいので万が一落ちても大丈夫という配慮だ。
「あーう」
しかしリヒトは予想に反してヤクトの背中に身体を預け、そのままゆっくり地面に足をつけた。
ヤクトの毛をしっかり握って捉まり立ちをする。
「あーう♪」
「凄いじゃない! 掴んでいるとはいえ、もう立てるのね! ……って、ダメよ!? リヒトは裸足だわ!?」
にっこりと笑ってトーニャに立っている姿を見せるリヒトだが、いつも抱っこしているので靴を履いていない。完全な裸足であることに気付き、慌てて抱え上げた。
「うー?」
「ごめんねー。足に怪我でもしたらママに怒られちゃうからさ」
「あう」
リヒトは折角自分で立ったのにと不満げにトーニャの顔に手を当てて声を漏らす。
彼女は困った顔でリヒトをぎゅっと抱きしめてあげる。
「きゃー♪」
「よしよし、機嫌が治ったわね。そういえばこの辺に村があるんだっけ?」
「うぉふ」
「わん」
「え? ちょっと行きたい?」
「ぴよ?」
ルミナスが村の方角を前足で指していつもの木彫りに挨拶をしたいと提案していた。
山から下りると両親に怒られそうだなとトーニャが考えていると、後ろからディランの声が聞こえてくる。
「おーい、待たんか」
「あ、パパ、ママ! とりあえず戻ろうと思ったんだけどルミナスとヤクトが村に行きたいって」
「ああ、木彫りの狼じゃな。まあ村くらいはええんじゃないか?」
「そうですね。その冒険者に出くわしても別に困ることはないですし」
両親はそこの村くらいは問題ないだろうと判断した。もし例のドラゴン探しの冒険者が来ても素知らぬ顔で過ごせばいいためだ。
ちなみにいつも行く西の村の人間は一家がドラゴンであることを知っているが、誰もその正体を口にすることは無い。
「わほぉん……」
「ダルも運動したら?」
「あーう」
トワイトが脇に抱えているダルがしょんぼりした状態で鳴く。それをトーニャとリヒトに窘められていた。
するとダルはトワイトの手から離れ、あくびをしながら村へと歩き出した。
「あう」
「うぉふ」
「あ、今度はそっちに乗るの?」
ダルを追うためリヒトはヤクトの引く馬車のおもちゃに乗りたがった。トーニャが乗せるとヤクトはゆっくりと歩き出す。
「あー♪」
「あら、いいわねえリヒト♪」
屋根付きの個室タイプで周囲はオープンの荷台である。
リヒトは後から歩いてくるディラン達に振り向き手を振って笑っていた。
そのままてくてくと村まで歩いていくと、久しぶりに村の門にやってきた。
「んあ? おー、ディランさんにトワイトさん! リヒト君とペットはともかく……初めて見る人だねえ」
「こんにちは! 娘のトーニャです。パパとママがお世話になっています」
「娘……!? リヒト君以外に子どもさんが居たんだなあ……ってことはアレになれるのかい?」
「うむ」
門番がびっくりした顔で恐る恐るドラゴンになれるか尋ねると、ディランはあっさり肯定した。
それを聞いて門番は肩を竦めて言う。
「ま、そうだよなあ……とりあえず中に入るかい? 久しぶりだし」
「そうじゃな。ミルクと野菜を売ってもらうか」
「なにかもって来れば良かったわね」
「あたしは初めてだから行ってみたいかも」
「はは、歓迎だよ! ディランさん達もよく来てくれるからな」
ひとまず立ち話もなんだしと言い中へ促してくれた。その横ではいつもの木彫り狼に遠吠えをする三頭の姿が。
「「「わおーん」」」
「これ、パパが彫ったやつじゃない……? あ、リヒトダメだったら」
トーニャが遠吠えをする三頭に近づいて彫った人物を当てていた。その時、荷台からリヒトが降りようとしていたので慌てて抱っこした。
「わかるか。流石に娘じゃのう」
「あーう!」
「そりゃ熊に見える狼なんてパパ以外には作れないもの」
「……」
「それもそうね♪」
「こけー」
娘の言葉にディランは不満げな顔をし、無言で村の中へと入っていく。トワイトはからかいながらディランの背中に手を当てて追いかけて行った。
ディランの足元ではディランの手から離れたジェニファーが羽をつかって彼の足をポンポンと叩く。
「あーい」
「わほぉん」
「わん」
「うぉふ」
そしてリヒトの一言でアッシュウルフ達も村の中へ。
ディラン達の方は一日、こんな調子で平和に過ごせていた。
いっぽうそのころ、冒険者のウェリスとバルドは――




