第114話 竜、家に居ながら胸騒ぎを覚える
「ふう……飲んだな、久しぶりに」
「まったく、許可されているとはいえこんな時間になるまで飲むやつがあるか」
斥候騎士と報告へ行った騎士はすぐに城へ戻らず、酒場で飲み食いをしていた。
酒場に入ったのは昼を回っていたが、それでもすっかり陽が暮れており、暗い夜道を歩いて行く。
「とりあえず明日から通常業務ってことでいいんだな」
「ああ。陛下とバーリオ様はそのつもりだ」
小声で周囲を確認しながら歩いていた。
人通りも殆ど居ないため、これくらいならいいだろうという判断だ。酒場では他愛ない話ばかりだったが、ここで仕事モードになっていた。
「トーニャちゃんはどうするんだ?」
「明日、キリマール山へ行ってもらう形にするらしい」
「あー、それがいいか。ディランさんの娘さんだもんな」
「彼等が町を出たら――」
そんな話をしている近くでそれを聞いている者達が、居た。
酒場の裏で腕組みをしている男は王子であるヴァール。そして隣はコレルだった。
「……お忍びとはいえ護衛もつけずに町に出るとか……」
「おや、心配してくれるのかい?」
「誰が……! チッ、まあいい。それより、ようやくそれらしいことを口にしたな」
「ああ」
変装をしているのでパッと見はヴァールだと分からない。それに加えて治安はいいのでコレルだけが護衛で十分なのである。
「トーニャさんの名前がここで出てくるのか」
「誰だ?」
「食事会の時にピンクの髪をした女の子が居たのを覚えているかい?」
「ふむ」
コレルは一応、覚えていると答えて顎に手を当てる。そのまま続けてヴァールへ尋ねる。
「山へというのはどういうことだ?」
「彼女の両親……ディランさん達は山に住んでいるからね。後は――」
「誰を尾行していたか、だな」
両親の件はディランに対して恐れがあるため早々に次の話へ持っていく。
ヴァールは頷いてから城へと足を向けた。
「彼等に話を聞くのか?」
「いや、今日は戻る。明日はトーニャさんと共にキリマール山へ行こう」
「同行……いや、後をつけるんだな」
「そういうことさ」
ヴァールはウインクをしながらコレルにそう言いながら歩き出す。
かなりの時間、酒場に居たが得られた情報が少なかったなと胸中で呟く。
「(父上のことだから悪いことをしているわけじゃないと思う。けど、ポっと出の人物に山の管理をさせるなんてことはしないし、コレルじゃないけど平民を城へ簡単に呼ぶことに違和感もある――)」
モルゲンロートが山へ行ってからそういった『秘密的』なことが増えたと考えていた。町の喧嘩事件の解決などもディラン達が関わっている。
当初から不思議だと思っていたが、一家は父や母を騙したりするわけではなく、惜しい料理を振舞ってくれた。
だが『何者だろう』と感じた極めつけはコレルを止めた時のことだ。
「(コレルは間違いなく高い能力を持っている。けど、冒険者でもないディランさんがあれを回収できた上で無力化できたのはやっぱりおかしいんだよね)」
ディラン一家がいい人達であることは間違いないと確信しているが、ヴァールはどうしても正体が気になっていた。
いつも笑顔で流しているが国のために知るべきことは知らなければという使命感が彼を動かしていた。
◆ ◇ ◆
「あーうー」
「わふ」
「ぴよー……!」
「あら、随分と真剣ねリヒト」
「わほぉん……」
一方、その一家はヴァールが自分達の正体を探っていることなど露知らず、遊戯部屋でリヒトがおみやげでもらった積み木で遊んでいた。
おすわりが出来るようになったので、座ったまま一つずつ慎重に載せていく。
その顔を見て絨毯を編んでいたトワイトが微笑んでいた。
近くではルミナスとソオンが固唾を飲んで見守り、ダルがあくびをしていた。
「うぉふ」
「ボール遊びはダメじゃ。リヒトの積み木を崩すかもしれない」
「ぴよー」
別の場所ではヤクトとレイタがボールを転がしてディランのところへ行くが、リヒトの積み木の邪魔になるかもしれないと窘め、レイタががっかりしていた。
トコトはジェニファーと一緒に掴まり立ちをするための台の上に座りうつらうつらしていたりする。
「あい!」
「わん♪」
「ぴよー♪」
リヒトが三角形の木を積んで一声放つ。ルミナスが喜び、レイタはぴょこぴょこと飛び上がっていた。
「上手ねえ♪」
「うむ、見事じゃ」
「あーい♪」
遠目から見ていたディランとトワイトに褒められて手を上げて喜んでいたリヒト。
しかし、その直後に悲劇が起きた。
「わ、わほ……わほっくしょん!」
「あー!?」
「あらあら」
「ぴーよー」
そこであくびをしていたダルが不意にくしゃみをし、その風圧で積み木が一瞬で崩れてしまった。
そばにいたレイタも一緒に吹き飛び床に転がっていく。
「ふえ……」
「残念だったわねえ……」
「お、リヒト大丈夫かのう?」
「ふあああああああああん……!」
いつも笑顔のリヒトだが流石に積んだものが一瞬で壊されたことには我慢が出来なかったようで火が付いたように泣き始めた。
「わふ!?」
「こけっ!?」
そこでルミナスがびっくりし、ジェニファーが声で覚醒する。すぐにルミナスがリヒトの近くへ行って頬を舐めたりして慰めようとする。
「うぉふ」
「ぴよー」
「わほぉん……」
もちろん、不慮の事故とはいえ積み木を崩したダルはヤクトに肉球でお腹を押され、ソオンに髭を引っ張られていた。
「ダルのせいじゃないからやめてやるのじゃ」
「うぉふ」
「ぴ」
ディランがヤクトを抱っこして引き剥がす。そこで解放されたダルがサッと動き、前足を器用に使って積み木を載せ始める。
「わ、わほぉん……」
「うー……」
ひとつ、ふたつとリヒトがやっていたことを見ていたのでダルはなんとかできていた。
「わほぉん」
「あーい♪」
その様子を見てリヒトは満足したのかダルの首に抱き着いた後、片手で積み木を持ってダルに持たせようとする。
「わふ?」
「あーう」
「泣いたカラスがすぐ笑ったわね♪」
「珍しく泣いたのう。うーむ、なにか嫌な予感がするぞい」
「そうですか?」
「リヒトは滅多に泣かんからかの? まあ、昨日の今日でそれはないか」
ディランが腕組みをして気になると言うが、朝報告を受けたばかりで早々事情が変わることも無いかと思いなおす。
しかし、ディランの勘は違う方向で当たっており――




