第111話 竜、憤ったりする
「ウェリス、どうするの? もういい加減諦めない? もう三か月近く探して居るんだけど?」
「まあまあ、どうせ暇だしちょっと付き合えよ、シス」
「……俺は強いヤツと戦えるならどっちでもいい。あのドラゴンは中々いい強さだったからな」
「脳筋でなによりねえ、バルドは」
ギルドに居た三人組が宿にチェックインした後、話し合いを設けていた。
その中の一人はコレルと一緒に居た男、ウェリスだった。
シスという女の子がもう探すのが面倒くさいと口にするが、ウェリスは時間はあると返し、バルドは腕組みをしたまま戦いたいと言う。
シスはため息を吐いた後、座っている椅子を傾けてから天井を仰ぐ。
「といってもさ、西のエンシュアルド王国まで行っても情報は無しだったでしょ? そこから戻って来たここに居るわけないじゃん」
「そこは……シスの言うことも一理あるな。ウェリス、アテはあるのか?」
シスに続いてバルドがドラゴン探索のアテがあるのかと尋ねる。ロイヤード国ではそれなりに目撃情報があったが、西へ飛んだという以外の話はこれまでに聞いていない。
モルゲンロートのクリニヒト王国よりさらに西にあるエンシュアルド王国まで足を運んだがそこにはまったく痕跡が無かった。
「まあ、正直アテは無い」
「なら――」
「でもこの国はもしかしたら、と考えている」
「ほう」
シスの言葉を遮りウェリスはこの国に居るのではないかと推測を語る。バルドがポツリと呟くと話が続く。
「西の方まで行って情報を集めたが特に無し。ロイヤード国ではあったにも関わらず、だ。もしかするとこの国のどこかに潜伏しているんじゃねえかと思うわけよ」
「南とか北に行ったとか?」
「どうかな。もし目撃があればどこの国でも討伐の話や行きかう商人が話をばらまくはずだ。となると見つかっていない。ロイヤード国では見られていて西へ飛んで行った。となるとここが怪しいんだよな。もっとも、遠くまで逃げたってんならお手上げだが」
「まあ、わからなくはない話だけど……私は遠くに逃げたと思うわ」
「そこは調査してからだな。ここは山も多いし、行ってみようぜ」
「そうしよう」
「旅の冒険者、やめようかしら……どっかいい男が居ればなあ」
「この魔石で狂わせるか」
東からずっとここまで移動してきたシスが頭を抱えてそんなことを言う。
するとコレルからもらったコンフュージョナーが封じられた魔石を出してニヤリと笑う。
「嫌よ。そんなのは私のプライドに関わるわ! 魔物相手なら別にいいけど、人を操ってまで付き合いたくないっての」
「便利だと思うけどな」
「ったく。町で使っていざこざを起こしたの、忘れてないわよね。なんか知り合いに協力したみたいだけど、私達<ヴァンダールスト>の名が泣くわよ」
シスは口を尖らせて魔石を睨みつけてから言う。彼女は魔法使いなので、有用性と禁忌性について理解しているつもりだ。
「まあまあ。あれで強い魔物と戦えたから俺は満足しているぞ」
「魔物だって無理やり戦わされたくないでしょうに」
「悪いことをしたなとは思うが、全てはドラゴンを倒すためだ。もし倒したら名声がまた上がる」
「……うーん」
くっくと笑うウェリスにシスは不穏なものを感じていた。
三人でパーティを結成してからは依頼をミスしたことがなく、前衛二人の強さと魔法の腕がめっぽう強いシスという組み合わせはバランスがいいのである。
名うてのパーティのため、名乗ればそれなりに尊敬してもらえる。そんな彼等だ。
故に、シスは魔石が胡散臭くて仕方がない。ドラゴンに執着しているが大丈夫なのかと訝しむのだった。
◆ ◇ ◆
「というかドラゴン、居るのかね?」
「見たなんてヤツは知らないけどねえ」
「……あいつらどこかで見たような」
「そうか?」
「ああ、なんだっけな……」
ウェリス達が立ち去った後、ギルドではドラゴンの話でもちきりだった。見たとか見ないとかそういう話である。
酒の肴とするには十分すぎる内容で、腰を落ち着けて酒を注文する者も出始めた。
そんな中、その話を持ち込んだパーティについて思い出そうと考えている者もいる。
「そうだ、確かヴァンダールストってパーティだ、確か」
「お、それじゃあの受付で喋っていたやつがウェリスってやつか。それほど強そうには見えないけどなあ」
「剣士のウェイク、戦士バルド、魔法使いシスの三人だけど、厄介な魔物……例えばフィアマンティスとかも余裕で倒しているそうだ」
「へえ、下手すると首が飛ぶ相手だ」
ウェリス達を知っている者がその凄さについて語っていた。なんとなく立ち去るタイミングを失ったガルフ達はその話に耳を傾けていた。
「……あいつらが、か」
「ま、とりあえず陛下の耳には届くと思うから後は待ちね。トーニャに知らせてしばらく町へ出ないよう言っておきましょうか」
「そうだな。飯の時間もあるし帰るか」
ガルフとレイカ、そしてヒューシがそう呟いて立ち上がると、報酬を受け取ったダイアンがまた声をかけてきた。
「おい、聞いたかガルフ! あの人が噂に名高いウェリスさんだったなんてな!」
「知ってんのか?」
「ああ。俺が目指す強さを持った人だ。また会えるだろうか……!」
「意外とミーハーだったんだ」
ユリが目をぱちくりして興奮気味のダイアンを見てそう言うと、彼は頷いてから手を上げて踵を返す。
「かなりの強さを誇るらしいからな、俺の憧れだ! はっはっは! またな!」
「じゃあな。ドラゴンってのも見てみたいよなあ」
「あ、ああ」
ダイアンの仲間も苦笑しながらドラゴンは見たいと口にして後を追い、ガルフ達だけがその場に残された。
「……あいつがねえ」
「強いのは強いみたいだけど、ドラゴンには勝てないんじゃないかな?」
「ひとまず戻るぞ。飯の時間もあるし、今の話を伝えたい」
「そうね」
ガルフ達は頷いてからギルドを後にする。
屋敷に戻ると、エプロン姿のトーニャとリーナが出迎えてくれた。
「おっかえりー! どうだった今日は?」
「まあまあだ。ヒューシが覚えた魔法を使っていたからな……って、今日はそれどころじゃねえ」
「ん?」
「……ピンクのドラゴンを探している冒険者が現れたわ」
「……!?」
レイカがさっと本題に入ると、トーニャの顔色が変わった。
しかし動揺をしているということは無く、すぐに返事をする。
「どういう《《奴等》》だった?」
「男女の三人組で、少し軽そうな男に体格のいい褐色肌の男、それとその二人に似つかわしくない可愛い女の子が居たわね」
「あー、そいつらだ。あたしを攻撃して来たの」
「奴等って言ったからそうだろうなって思ったよ。どこで会ったんだ?」
特徴を聞いてトーニャは頭を掻きながらため息を吐いていた。ウェリスで間違いないと言う。ヒューシがそういえばとどこで会ったのか聞く。
「えっと、東の方にある国で……あ、竜の里とは違う国よ? ガリアって国だったかな? あたしは別にそこに住んでいるってわけじゃないんだけどそこでドラゴンの姿で寝てたのよ」
「なんでよ!?」
「いやあ、ドラゴンの姿だと魔物に襲われにくいから」
えへへ、とトワイトによく似た笑顔で頭を掻くトーニャ。そりゃ確かにその姿で襲い掛かってくる者は多くないだろうと一同は思った。
「あの時は完全不意打ちでちょっと撫でて逃げて来たのよ。ぎゃふんと言わせてやろうかしら……」
「それは陛下が困るから止めてあげようよ。とりあえずギルドマスターか、バーリオさんからの指示を待とう」
「そうね……パパ達にはどうするかな?」
「とりあえずこれも陛下待ちでいいかも。トーニャは外に出なければいいと思うわ」
何故か戦闘態勢になるトーニャをユリが抑えていた。ディラン達はひとまず巻き込まずにいこうとレイカが口にする。
『みんな気を付けてね?』
「ま、なんとかなるだろ。こっちは陛下が味方だぜ?」
「それもおかしな話だけどな……」
リーナの言葉にガルフが苦笑しながら答え、ヒューシが眼鏡を抑えてから首を振る。基本的に抑えられるところはなんとでもなると。
「それじゃご飯にしましょうか!」
ひとまず報告が終わり、みんなで晩御飯となった。
そして翌日――
「あーう」
「うぉふ」
「ぴよー」
「あらあら、無理したらダメよ? ヤクトが困っちゃうわ」
いつものようにディラン達は自宅で過ごしていた。
掴まり立ちが出来るようになったせいか、リヒトはアッシュウルフ達を掴んでよろよろと歩くことを覚えた。
ディランはジェニファーと畑へ行っている。トワイトが少し水を取りにキッチンへ向かうとヤクトを杖代わりにして追いかけてきたのだ。
「あー♪」
「うぉふ♪」
「まあ、ヤクトがいいならいいのだけど。こけたら痛いのよ」
いいよねと言わんばかりにヤクトに抱き着くリヒトを困った顔で撫でるトワイト。そこで外からディランの声が聞こえて来た。
「む、モルゲンロート殿の使いとな? もしかして例の件か――」
「あら、トーニャちゃんのことかしら?」
「あーう?」
その声を聞いてリヒトと顔を見合わせたトワイトは玄関を開けた。




