第110話 竜、人間達と警戒をする
「特に動きは無さそうか」
「はい。しかし、ドラゴンを探している男など居るのでしょうか? というかこの国にはあまり関係ないのでは?」
「うむ」
ディランが東の村へ訪れ、ザミールが王都へ帰ってからひと月近くが経った。
ピンクのドラゴンを探して居る冒険者の存在をモルゲンロートへ報告を受けたモルゲンロートはギルドマスターを呼び、噂程度でも構わないのでそういう話をしているのを聞いたら伝えるようにしていた。
しかし、現状、そういった冒険者は見受けられないとギルドマスターであるザナフが返す。
この国に関係ない、というザナフの問いにとりあえず頷いたが関係は大ありなのでモルゲンロートは胸中で冷や汗を流す。
「ドラゴンを追っているとなれば、そのドラゴンは移動しているということになる。防衛をするため位置を把握しておいた方がいいだろう」
「確かに……では引き続き、職員以下冒険者にも聞いてみますよ」
「すまないが頼む」
そういってザナフが下がると、周囲からため息が漏れた。この謁見は事情を知っている騎士とバーリオのみで行っているからだ。
「関係ないどころかギルドに出入りしていますからな」
「そこよな。酒さえ飲まなければバレることはないのが幸いか。彼等はどうしている?」
「たまに様子を見に行きますが、トーニャ嬢だけは屋敷に居ることが多いようですな」
「それはこちらとしても助かるな」
事情を知るバーリオは騎士の指南役として在中しているが、それ以外の仕事はそれほど多くない。そのため彼は警邏と称して屋敷へ行くことがあるのだ。
「まあ、賢明な判断です。もしかするとディラン殿のところへ居た方が安心かもしれません」
「それはローザが嫌がるから難しい問題だ……」
「ああ……」
モルゲンロートは困った顔でため息を吐く。
トーニャの正体を知らないローザはトーニャを週一で呼んでは料理を作らせていたりする。
トワイトの味を受け継いでいるので、それほどそん色のない料理が食べられるため、彼女が山へ行ってしまうとショックで寝込むかもしれない。
「と、とりあえず様子見といきましょう。このままもうひと月ほどなにも無ければ危惧することは無い、ということで」
「そうしよう。引き続き、ザナフと一緒に頼む」
モルゲンロートがそういうとバーリオは深く頭を下げて善処しますと伝えて謁見の間を後にした。
「(知られても理知的であると説明し、攻撃しないと分かれば民も納得はするだろう。それはいいが、やはりこういったドラゴンを倒すという輩がこの国に集まるというのは避けたい。ディラン殿にとっても我々にとっても――)」
◆ ◇ ◆
「よう、ダイアン。どうだ今日は?」
「ガルフじゃないか。ハニー・ビーの駆除だったが、派手に追い回されたぞ」
「あっはっは! あいつら火の魔法が無いと面倒だよな」
ギルドにて、ガルフが戻って来たダイアンに声をかけていた。声に気付いた彼はハニー・ビーという集団で攻撃をしてくる蜂の魔物討伐を終えたという。
通常の蜂より大きいため、剣を振るよりも魔法の方が早いため魔法の使えないガルフが同じく魔法の使えないダイアンに同乗していた。
「まったくだ。お前達は?」
「俺達もオーガフロッグを倒してきたところだよ。ヒューシが報酬を受け取りに行っててな。待ってるとこだ」
「なるほどな」
ダイアン達のパーティは受付に目をやり、ヒューシがやり取りしているのを見て頷く。そこでユリが手を広げてから言う。
「しっかし、ダイアンはすっかり丸くなったわね。あんなにレイカのことで突っかかって来てたのに」
「い、言うな……」
「まあ、ガルフと別れるとかないし良かったけどね。今のあんたならいい人が見つかるわよ」
「レイカにそう言われると複雑だが……期待したいところだ」
「はははは! ま、こればかりは仕方ねえよ。ガルフと元から付き合ってんだしな。横やりを入れたお前が悪いって」
「ぐぬう……」
レイカに加え、仲間にも背中をバシバシ叩かれながらからかわれるダイアン。しかし悔しそうな表情を浮かべるが以前のように暴れたりはしなかった。
「あの時のダイアンもギリアム陛下と一緒だったんだろうなあ」
「なに? どういうことだ?」
「おっと……いやいや、なんでもねえよ」
「なんでもないって感じの話じゃないだろ。ギリアム陛下といえばロイヤード国の王様だろ? ダイアンと同じって気になるじゃないか」
ガルフがしまったという顔をして誤魔化そうとしたが、ダイアンの仲間が眉を顰めて追及してくる。
「隠していても仕方ないだろう? この町で些細なことから暴力事件に発展することがあっただろう。ロイヤード国も同じような感じだったんだ」
そこへヒューシが戻って来て説明をする。ギリアム陛下と一緒、というのは語弊でギリアム陛下のところも同じ状況だったということを告げる。
「そういうことか。そういやお前達、ロイヤード国の王様が来ていた時、呼ばれてたよな」
「そういうことだ」
「まったく驚かせるぜ。こういうところはガルフだよなあ」
「うるせー!」
はっはっはと笑うダイアンの仲間たちにガルフは頭をぐりぐりとされていた。
ダイアンは少し考えていたが、すぐにフッと笑い踵を返す。
「それじゃ俺達も報酬をもらって帰るか。一緒に飯でも行くか?」
「いや、屋敷に戻ったら飯があるんだ。悪いな」
「そういや豪邸を買ったらしいな」
「正確にはパーティメンバーのトーニャの両親からのプレゼントって感じね」
「そうなのか? そういえばあの子、最近見ないな」
「ま、色々あってな――」
なんとなくゆっくりと世間話をするガルフ達。
元々、ガルフ達とダイアンの仲間とは仲が良かったのでまた話せるようになったとこういう場面は増えている。
トーニャやリーナも加わり、羨ましいなどと冗談を言えるくらいにはなった。
「ふう、王都のギルドは広くていいねえ」
「今までが森の中とかだったもんねえ……」
「とりあえず受付だ」
そんな中、初めて見る冒険者がギルドに入って来た。飄々とした男に、背中にハンマーを背負った、背の低いポニーテールの女の子に鋭い目をした顔に傷のある槍を持った男だ。
「知らない顔だな」
「ああ。だが、手練れだぞ。三人とも」
ガルフとダイアンが声を潜めてその三人を視線で追う。受付カウンターに着くと、職員が口を開く。
「いらっしゃい。今日はめぼしい依頼は残っていないよ」
「ああ、依頼よりも聞きたいことがあってな。……誰かピンクのドラゴンを見たことが無いかい?」
飄々とした男は片目を瞑ってニヤリと笑い、そんなことを口にする。その瞬間、表情には出さないがガルフ達に緊張が走る。
「「「「……!?」」」」
「ドラゴンだって? いや、そんな話は聞いていないな……誰か知っているか?」
「いや、もしそうならもっと騒ぎになるだろ」
職員が尋ねるも冒険者達は肩を竦めて『もっと騒ぎになる』と口をついた。
飄々とした男は小さく頷いた後、片手を上げてから言う。
「確かにそうか。いや、倒したならあるいはと思ったんだよ。邪魔したな」
「失礼しますー」
「……」
三人組は立ち去っていく。
その場に居た者はなんだったんだといった感じで呆然と見送る。
「……さて、そんじゃ俺達は帰るぜ。またな!」
「おお、そうか。またな」
「またねー」
ガルフはさっと席を立つとヒューシ、レイカ、ユリを連れて家路へ。
「出やがったか」
「ま、トーニャには悪いけどしばらく屋敷生活ね。陛下、どうするかしら?」
「なるようになるだろう。気取られないよう、いつも通りに過ごすぞ」
「オッケー」
屋敷に到着する直前に、四人はそう話し合ってから帰宅した。
そのころ、ディランの家では――
「あーい!」
「おお、やるのうリヒト」
「つかまり立ちがしっかり出来るようになったわね!」
――リヒトがつかまり立ちを出来るようになっていた。
「ぴよー♪」
「あーい♪」
トコトが労いをかけると、リヒトがそっちに向かって歩こうと踏み出す。
しかし、歩くことはまだできないためフラフラしてこけそうになった。
「わほぉん」
「あう」
そこへダルがサッと近づきクッションになろうとする。
だが、こけそうになった瞬間、リヒトはふさふさの尻尾が目に入りがっと掴んでしまった。
「わほぉん……」
「あー♪」
「あらあら、ダメよリヒト。尻尾は握られると困るからね?」
「うー?」
ぺたんとダルは床に突っ伏して鳴き、トワイトがやんわり尻尾から手を離させていた。
ディラン達へ通達が行くまであと少し――




