第109話 竜、ひとまず様子を伺う
「管理者のディラン様、またなにかあればよろしくお願いいたします」
「うむ。西側の中腹あたりに家があるから声をかけてくれ。帰りに山道を歩きやすくしておくぞい」
「この暗い中を帰るのか……」
宴が終わって陽がすっかり暮れた村の入り口で、一家は帰ると集まっていた。
もちろん夜なので泊まっていくように言われたが、それほど遠く無いからと帰宅することにしたのである。
そしてなにか山で困ったことがあれば、尋ねてくるように言い、帰りは山道を歩きやすくしておくと告げた。
「ちなみに向こう側は馬車も通れるんですよ。あ、私達もディランさんについていきます」
「すげえな、管理者ってそんなこともできるのか……」
「ちと時間がかかるが、本当にウチに来るのか?」
自慢げなザミールに村人たちが少し遠くに見える山に視線を向けて困惑する。そしてそのザミールはディランの家へ泊めて欲しいと口にしていた。
夜で、道をならしながらだと遅くなるとディランが言う。
「構いません。魔物も来ないでしょうし、ゆっくり馬を歩かせますよ」
「ザミール様、大丈夫なんですかね……」
「私とディランさん一家を信じて大丈夫だよ!」
「あーい……」
「「「すぴー……」」」
「あらあら、リヒト無理しないでね」
不安がる商人だったが、色々と知っているザミールなにも問題は無いと笑う。
リヒトがザミールに呼応するが、すでにおねむの時間でむにゃむにゃしていた。
ひよこ達はすでに寝入っている。
「こけー」
「わほぉん」
カバンには遺骨が入っているのでジェニファーは歩きだ。しかし、もう十分歩いたのでダルの背に乗って帰るようである。
「ありがとうディランさん。ギルドに帰ったら管理者と会ったと伝えておくよ」
「まあ、大したことはできんがのう。ではな」
次に会うのはいつになるか分からないラールと握手をしてからディラン達は村を後にする。
しばらく街道を歩きランタンの灯りが揺れる中、三台の馬車と一家はキリマール山へと入っていく。
「魔物の気配が……無いな?」
「山に入って馬達が興奮していない。珍しいな」
「だから言っただろう、信じてくれって」
「旦那は危なそうなところでも商品を求めて行っちゃうから怖いんですよ」
商人達は恐る恐る進んでいたが、灯りもあって目立つのに魔物が来ないことを不思議に感じていた。
ザミールはまた得意気に胸を張る。そこで道をならしているディランの後ろを歩いていたトワイトが話しかけた。
「でも夜遅くなるのは確かですよ。ゆっくり休んで朝、村を出ても良かったんじゃ?」
「ああ、それはおっしゃる通りです。が、ことディランさん達ならこの方が早く帰れるんですよ。キリマール山は横にも大きな山なので迂回するより登って下りた方がまっすぐ行けますからね」
険しい道だが迂回するより十数時間以上は短縮できるとザミールが言う。実際、迂回するとなると結構な距離を移動することになる。
下手をすると一日、町や村で一泊した方がいいくらいだ。
「あの村でディランさんと会ったのは僥倖でしたねえ。泊まられたとしても早く帰れるのは間違いなくですし」
「ワシらは構わないんじゃがな。宿も作ってあるし、三人くらい余裕で泊まれる」
「宿が、あるんですか……?」
「うむ。来客はそれなりにあってな。折角暇もあるしと作ってみたのじゃ」
ディランが歩きながら答え、商人達は山の中で宿……信じられないといった表情で顔を見合わせていた。
「見たら驚くと思うよ」
「うぉふ」
「おお!? まあ、旦那が言うならそうなんでしょうけどね。それにしてもアッシュウルフが随伴してくれるのは心強いなあ」
ダル達はいざという時のために各馬車の馬の近くで、てくてくと歩いていた。
敵意がないと知っているせいか馬も怯えたりせず、足取りがしっかりしている。
「わほぉん」
「わん」
「警戒している、のかな?」
「賢い……」
ラーテルキングを間接的とはいえ討ち取った経験は大きく、三頭は今までより堂々としている気さえする。
ご褒美もディランとトワイトから貰ったためご機嫌であるというのもある。
そんな闇夜をランタンの灯りを頼りに身ををならして進んでいく。
今回は直線で頂上を結ばず、なだらかに蛇行しながら中腹の自宅への道を作っていた。
「土魔法かなにかでしょうか?」
「いや、踏み固めておる。また機会が出来たら西側のようにしっかりとした道を作るつもりじゃ」
「今日はとりあえずというところですね。向こう側と直線で結べる道があるといいのですが」
「ふむ」
ザミールは商人なので移動が楽だといいのにとほろ酔い加減で口にする。ディランがそれを聞いて一言、相槌を打つ。
「そういえばリヒト君の親御さんは探さないのですか?」
「ん? 何故じゃ?」
「探しませんよ? 捨てているのだから必要ないということなのです。もしかしたら事情があったのかもしれませんが、結果的に手放したのだから、本当の両親を見つけて返すことがリヒトの幸せにつながると思えないの」
「ああ……そうですね」
ディランは訝しみ、トワイトは真剣な声色でリヒトのことを考えた発言をしていた。親が探しに来るなら吝かではないがこちらから探すということはしないと二人は言う。
ザミールはおっしゃる通りだと口にして頷いていた。そのまま数時間ほどかけて自宅へ到着すると、宿を見た商人達がため息を吐く。
「結構立派な建物だぞ……」
「いいんですかタダで?」
「ええぞ。ただ、布団なんかはウチの家内が作った物じゃから合わないかもしれんが」
「その時はなんとかしますよ。安心な寝床があるだけでも十分ですし」
「ではおやすみなさい」
トワイトが挨拶をすると、ザミール達は宿に入り、ディランとトワイト、ペット達は家へと戻る。
「わほぉん……」
「こけー……」
「お疲れさんじゃったなダル。ゆっくり休んでくれ」
「うぉふ」
「わん♪」
それぞれリビングの絨毯の上で寝そべり固まると目を瞑っていた。ジェニファーもソファの上で目を閉じる。
「そっと持って行きましょうね」
ひよこ達は巣に戻しに行き、リヒトをベッドに寝かせることでようやく一息がつけた。
「ワシらにとってはそれほどキツイ道ではないが、やはり人間には険しいようじゃのう」
「そうですねえ。真っすぐ行くにも山があるから難しいですしね」
「うむ。アースドラゴンがおれば山にトンネルを作れるのじゃがな」
「ロクローさんですか? でも山に大きな穴はモルゲンロートさんも駄目っていいませんか?」
「しかし、交易がしやすくなれば他の者も楽になるんじゃないかのう。ザミール経由で提案してみるか」
ザミールが大変そうなのでディランが山にトンネルを作るのはいいかもしれないと、出されたお茶を飲みながらトワイトへ言う。
モルゲンロートには頼むとしても、問題があるとトワイトが言う。
「でもあなた、ロクローさんに連絡を取らないと。里にまだ居るといいけど」
「ああ、そうじゃった。ううむ、どうするかのう。あの若造共になにか言われるのは癪じゃしのう」
「うふふ、力づくで言うことを利かせないのがあなたのいいところですね」
「面倒が嫌いなだけじゃわい」
とはいえ、もしアースドラゴンを呼ぶとしてもトーニャを狙う冒険者の件が片付くまで下手に動かない方がいいかと二人はお茶をすするのだった。
翌日、ザミールと商人が世話になったと王都へと帰還し、モルゲンロートへ報告をしてくれることに。
それから特に何事もなく日々が過ぎ、ひと月ほどが経った頃――




