第105話 竜、仇討ちを見る
「キシィィ……」
「うぉふ……!」
「わんわん!」
洞穴の入り口で待っていたルミナスとヤクトの前に、大きなイタチ型の魔物が威嚇の声をあげる。
勇猛な二頭だが、自分達よりも一回りは大きいな魔物にどうするべきか考えつつ吠えて威嚇をする。
「キシィァ……」
「うぉふ……!!」
その魔物は口を開けて今日の食事としてアッシュウルフ達を選んだ。成狼なら負けない相手だが、まだ小さい二頭は格好の獲物だった。威嚇に恐れることなく大きな牙を見せつけてくる。
「ふむ、ラーテルキングか。この山にもいたんじゃな」
「爪があんなに大きくなっているわ。もしかしてダル達の両親を倒したのは……」
そこでディランとトワイトが洞穴の奥から帰って来た。
すぐにディランが魔物がラーテルキングという凶悪な魔物であることを確認し、傷跡と牙の形から仇ではないかと推測した。
「わほぉん!」
「こけー……!」
さらにすぐ動いたのはダルで、ヤクトとルミナスの前に立ち、ラーテルキングを睨みつけていた。ジェニファーはとりあえず鳴いた。
「あーう?」
「あれは怖い魔物よ。リヒトも気を付けるのよ」
「あい」
「あなた、ラーテルキングを倒してしまいましょう」
リヒトに危険な生物であることを告げるとなんとなく返事をした。トワイトはリヒトを撫でた後、怒った顔でディランへ告げる。
しかし、ディランは腕組みをしたままアッシュウルフ達に言う。
「こやつは仇か? 手伝うか?」
「あなた、ここは手伝った方が……」
「いや、こればかりはそう簡単にいかん。必要ならワシの後ろへ来い。それでもワシはお前達を臆病者だとは思わん」
「「「……」」」
三頭はラーテルキングを見据えたまま無言だった。ディランは嘘を言っておらず、このまま自分が倒してもいいと考えていた。まだ戦うには相応の身体が出来ていないので怯えても仕方がないとも。
恐らく、ディラン達の居る西側へ居たのは力をつけるためだったのだろう。
そしてディラン達を見ても引き下がらないラーテルキングもまた、自身が強いと自負しているに違いない。
「キシィア……!」
「あうー……!?」
「「「ぴよー!?」」」
「……! わほぉん!」
「うぉふ!」
「わん……!」
ラーテルキングがリヒトに視線を合わせて歯を鳴らした。リヒトとひよこも餌として認識したらしい。
そう感づいた瞬間、ダルがひときわ大きな声で吠え、ヤクトとルミナスが散開する。三頭は戦いを選んだのだ。
「キシャア……!」
「わほん!」
「ヤクトとルミナスから目は離せないけど、正面のダルはもっと無視できないわね……!」
散開した二頭の内、ルミナスに気を取られたラーテルキングに正面からダルが攻撃を仕掛けた。鼻先に噛みつこうとしたがギリギリのところで回避される。
「キシャ――」
「うぉふ!」
「わん……!!」
瞬間、身を捻ったダルを爪で裂こうとラーテルキングが右手を動かす。
しかし、後ろ足をヤクトとルミナスが噛みついて引っ張りダルの毛を少し刈る程度に収まった。
「きゅん!?」
「わほぉん!!」
「キシャアア!!」
後ろ足に力を入れてルミナスを弾き飛ばす。だがその隙にダルが爪を振るう。
ラーテルキングはそこに対抗しようと前足を動かす。だが、ダルの動きはフェイクですぐに横に飛ぶ。
「うぉふ!」
「……!?」
「やったわ、いいわよヤクト!」
そこへ潜り込んで来たヤクトが鼻の頭に噛みついた。驚いたラーテルキングとヤクトがその場に転がる。
そしてダルがすかさず首に噛みついた。前回の狩り同様、いつもの気だるげな感じは微塵もない。
ギリギリと二頭の顎に力が入り嫌な音がしてくる。
「キ……シャァァァ!!」
「わほぉん!?」
「うぉふ……!?」
フィジカルは体の大きなラーテルキングに有があり、上半身を激しく振り、地面を転がって二頭を引きはがした。
決してダメージは小さくないが、重装甲を誇るため動きに支障はない。伊達にキングの名がついているわけではないと示す。
「シャッ……!!」
「きゃん!?」
「あーう! あー!」
転がされたヤクトが爪で引っかかれ悲鳴をあげる。身をよじったので薄皮一枚程度で済んだが血が飛び散った。
リヒトが横に立つディランの肩をぺちぺち叩いて助けて欲しいというようなリアクションを取る。
「……まだじゃ。まだ我慢するのじゃリヒト」
「うー……あい!」
ディランの険しい顔を見てリヒトは察したらしい。またダル達を見守る。
そのころ、さらにヤクトを追撃し、トドメを刺そうとしていたラーテルキングがルミナスの体当たりを背中に食らわし、怯んだところに爪を立てていた。
「わううう……!」
「キシャア……!!」
「わ、わほぉん!!」
爪を立てられてもなお、ヤクトに襲い掛かるラーテルキング。身体が少し小さいのでまずはヤクトから狙ったようだ。
ヤクトはなんとか立ち上がるが、このままでは爪にやられてしまう。
慌てたダルはすぐにヤクトの前に躍り出て、振りかざそうとした爪を自身の前足で払おうとする。
だが、それを見越したラーテルキングは左の爪をダルへ振り回す。
「わほん……!」
「ああ、ダル!」
「あうー!」
「こけー!!」
ダルは大きく弾き飛ばされて背中から血を流す。しかし、弾き飛ばされながらもダルは近くの木を蹴ってラーテルキングへ肉薄する。
「……!?」
まさか戻ってくると思わなかったラーテルキングが怯み、その隙にダルは鼻の頭に噛みついた。
「キシャァァァ!?」
「わほおぉぉぉん……!」
「わんわん!」
「うぉふ!!」
残る二頭も一斉に前足と後ろ足に噛みつきギリギリと力を込める。
消耗が激しくなってきたラーテルキングが振りほどけないならと頭から岩肌に突っ込んで行く。
「わほん……!?」
圧迫されたダルが地面に落ち、開いた右爪で貫こうとする。しかしヤクトがそちらの腕へ噛みつきなおしていた。
「シャァァ……!」
「うぉふ……」
「わん!?」
怒りに身を任せてラーテルキングは暴れまわり二頭を引きはがす。近くに転がったルミナスとヤクトに涎を垂らしながら迫る。
「わほぉん……!」
「キシャ……」
しかしダルがまた目の前に立ちはだかる。
さらに二頭も立ち上がって並び、睨みつけていた。
「……!?」
するとラーテルキングはボロボロになったアッシュウルフ達になにかを感じ取り間合いを離す。身を低くするダル達。
「が、頑張ってね、みんな!」
「「「ぴよー!」」」
次で勝負が決まる。トワイトがそう思ったところで、ラーテルキングは踵を返して逃走を図る。
「ふむ。ケリがついたか」
「あなた?」
「あーう?」
その時、ディランがポツリと呟いた。トワイトとリヒトがディランを見るとすでにそこには居らず、ラーテルキングの前に立っていた。
「お主はあやつらに負けた。仇討ちをするため、ダル達は牙と爪を磨いておった。気迫で負けたのじゃ」
「キシャァァァァ!!」
「お主を逃がすわけにはいかん。ワシは恨みなどないが、家族のためじゃ。それにお主ほどのでかさでは人間にも影響がでる」
ディランが腕組みをしたままそう語り、ラーテルキングは前を塞がれた苛立ちで襲い掛かる。
だが、自慢の爪はディランの拳を受けて一撃で粉々になり、次の瞬間、手刀により首が落ちていた。
「すまんな」
血を振り払い謝罪を口にする。
食べるための狩り以外はあまりしないディランであったが、今回においてはダル達のためにとどめを刺した。
「わほぉん……」
「うぉふ……」
「わふ……」
「みんな頑張ったわね! 今、手当をするわ」
「あーい♪」
「こけー♪」
ラーテルキングが息を引き取り、動かなくなったところでアッシュウルフ達がその場でへたり込む。
トワイトは笑顔で褒め、袖から包帯と薬を取り出して手当を始める。
リヒトはアッシュウルフ達の頭をなで、ジェニファーは毛づくろいをしてあげていた。
「よくやったな。今のお前達であれだけやれれば上等じゃ。ガルフ達でも苦戦するじゃろうしな」
「わほぉん……♪」
「うぉふ♪」
「わん♪」
ディランが片膝をついて三頭を撫でると、それぞれ嬉しそうに鳴くのだった。




