第101話 竜、正体を勘繰られる
「もう食べられませんわ……」
「私もだ……」
晩餐がしばらくしてモルゲンロート夫妻がギブアップの声を上げた。とはいえ、炊いたご飯は殆ど残っておらず、味噌焼きおにぎりもローザを筆頭に全て無くなってしまった。
「明日は身体を動かす依頼をしましょう……美味しすぎて食べすぎちゃった……」
「そうねえ。あたしもママの料理が久しぶりだったから食べすぎたわ。やっぱりまだまだ勝てないわねえ」
レイカとトーニャも食べすぎたとお腹を押さえて息を吐く。トーニャは美味しかったことに加えて、料理に腕が追いついていないと吐露していた。
『トーニャの料理も美味しいよ?』
「ありがとリーナ。でもやっぱりママの方が美味しいわ」
「うふふ、トーニャちゃんの腕がどれくらいなのか今度食べさせてね♪」
「もちろん!」
そんな調子で親子がそんな話をしていると、食後の水を飲んだモルゲンロートが口を開いた。
「トーニャ嬢も東の国の料理が作れるというのは楽しみだな。食材はなんとか手に入れてみるのでその時は親子に頼みたい」
「私は構いませんよ♪」
「あたしもー! ギョウザとかいいかもね」
「なに……?」
もちろんトワイトとトーニャは二つ返事で了承する。しかし、眼鏡を抑えてからヒューシがトーニャの肩に手を置いて首を振る。
「やめてくれトーニャ……これ以上、新しい話を出すな」
「えー? 美味しいのよギョウザ」
「気になるわね、ダル……」
「わほぉん……」
ギョウザなる新しい料理の話を聞いてユリがダルの尻尾を撫でながら呟く。
当のダルは興味無さそうな感じであくびをしていた。
「あーう……」
「ぴよー」
「あら、リヒトがおねむみたい。モルゲンロート様、すみませんそろそろお開きにしていただいてもいいでしょうか?」
そんな中、トワイトが抱っこをしていたリヒトが彼女の首に抱き着きあくびをする。ひよこ達もポケットから出てリヒトの髪をついばんで繕う。
「あ、それはいけませんわ。お部屋を用意していますから寝かせてあげてくださいな」
「ありがとうございます。あなた、いいですか? 私はお片づけを――」
「「「それは我々がやりますのでお子さんについてください!」」」
ローザがもう寝かせるように言い、トワイトがディランにリヒトを預けようとした。だが、片付けは自分達がやるのでゆっくり休んでくださいとコック達が口を揃えていた。
「いいのですか?」
「あー……」
「構いませんよ。お子さんもしっかりお母さんを掴んでいますし」
「そうじゃな。こうなるとリヒトは中々離さんからな」
しっかりとトワイトの襟を掴んでむにゃむにゃしているリヒトを見てコック長が苦笑する。ディランも腕組みをして肯定をしていた。
「片付けは任せてもらっていい。ガルフ達はどうする?」
「俺……いや、私達も明日は依頼があるので、ディランのおっちゃん達が部屋に行くなら帰ります。今日は招待いただきありがとうございました」
モルゲンロートもパーティはお開きだなとガルフ達へこの後どうするかを尋ねていた。
パーティーのリーダーであるガルフは頭を下げながら帰宅すると口にする。レイカ達も頭を下げていた。
「今日は楽しかった。皆、ありがとう」
『楽しかったし美味しかったです! わたし、死んでからずっと一人だったからとても嬉しかったです』
「そういえばゴーストという話だったな。リーナの両……いや、なんでもないまた遊びに来ると良い」
『はい、王様!』
モルゲンロートはなにかを言おうとしたが首を振ってそれを止め、微笑みながらまた来るように伝えた。
「では、ガルフ達は私が送っていきますよ」
「頼むバーリオ」
「あ、ディランさん。ペット達はどうするの?」
「ん? この後はご飯を食べさせてから適当に過ごすつもりじゃ」
「わん」
「うぉふ」
そろそろお腹が空いたと尻尾を立てるアッシュウルフ達。そこでユリが少し考えた後に言う。
「ウチに連れて行ってもいいかなあ? 折角だし、遊びたいんですけど……」
「むう、気持ちは分かる。しかし一応、魔物じゃからのう」
「ふむ。まあ、この子達は大人しいし連れて行ってもいいぞ。私が許可しよう。バーリオも一緒だしな」
「ええのか? ならお主達、ガルフのところへ遊びに行くか?」
モルゲンロートがあっさりと許可をし、ディランは目を丸くして驚いた。
ならばとペット達へ聞いてみたところ、ダルが見上げて来た。
「わほぉん? ……わほぉん」
「わん」
「うぉふ」
「こけー」
「ぴよ」
「ぴよぴー」
「ぴー?」
「なんて言っているのかしら」
「よくわからないが打ち合わせか?」
サッと円を描いてなにやら話す。ダルが前足を上げてヤクトとルミナスを指した後、ディランの方へ向ける。
ひよこ達はトコトとレイタがダルとルミナスの頭に飛び乗っていた。そして、ヤクトとソオン、それとジェニファーがディランの下へ集まり、残りはユリのところへと集まった。
「あら、分かれるの?」
「わほぉん……」
「どうやらリヒト係も必要だと思ったようじゃな。前に目を覚ました時に誰も居ないことに気付いたリヒトが大泣きしたことがある」
「あー。確かにそうか……ごめんねリヒト君」
「あーいー……」
なんとなく『いいよ』という感じで寝ぼけながら答えるリヒトに皆が微笑む。
「そんじゃこいつらは預かるよ」
「ご飯はどうしようかしら?」
「それはこちらで手配しよう。我慢してくれたからな?」
「わほぉん……」
「わ、良かったねみんな」
「それはありがたいわい。冷めた飯しかなかったからのう」
カバンに焼いた肉や飼料を持ってきていたが、モルゲンロートが準備してくれると言うのでディランは礼を返していた。
その後、バーリオに連れられてガルフ達は屋敷へと帰り、ディラン達も部屋へと案内されて休むことに。
「わたくしもお風呂へ行きますね。トワイトさんも一緒に入れたら良かったんですけど」
「はは、赤ちゃんが居ると難しいですね。行ってらっしゃい母上」
「夕食を食べすぎたから少し休んでからの方がいいぞ」
コック達が忙しく片づけをしているところでローザはお風呂へ行くと姿を消す。
それを見送った後、残ったモルゲンロートとヴァール、そしてコレルの三人も食堂を後にする。
「それにしても父上、ディラン殿は何者なのです? 山で暮らしているみたいですが」
「ん? 急にどうした? 住処を追い出されてここへ来た彼等を山の管理者にしたと言っただろう?」
「それは聞きましたが、二人ともなにか違う気がするんですよ。コレルの件も片をつけるのが早かった。勘……というには感覚が鋭いですし、身体能力も高い」
「……」
当事者であるコレルはバツの悪い顔をする。しかし、彼も魔石の件といい計画があっさり止められたことに興味がある。
ディランを指名した理由があるのかをヴァールが問うと、モルゲンロートは焦る様子もなく横に居る息子に視線だけ向けて微笑む。
「ふむ、もしそうだとしたら何かあるのか? 彼等は山の管理者で私の友人だ。ロイヤード国へ一緒に行ったと思うが、なにかを企むような者だったかな?」
「いえ、そういうことではないのですよ父上。彼等はとてもいい人達です。今後も関わることが多そうですし、もし、私や母上が知らないことがあるなら教えてもらいたいなと」
「そうだな……」
そこで後ろを歩くコレルに視線を一瞬だけ移した後、
「今のところは無いかな。いいものを食べさせてくれるのと、異国の知識を持っているいい友人だ」
「そうですか。失礼しました父上」
「別に構わない」
「はい。そういえばギリアム様が言っていたピンクのドラゴンはどうなったか聞いてますか?」
「ん? いや、諦めたはずだろう」
「そうでしたっけ? ドラゴンは興味がありますから一度見てみたい気がしますねえ」
「ははは、お前も男だな。ではお前達もゆっくり休め」
そう言ってモルゲンロートは二人と別れて部屋へと戻って行った。
ヴァールもコレルと歩き出し、そこでコレルが口を開く。
「お前もあの男になにかあると思っているのか?」
「ん? まあ、なにかしらはね。国を転覆するとかそういうのは絶対にないと言い切れるくらいいい人達なのは間違いない。けど、彼等は異質な感じがするから父上はなにか隠しているのかなって思ったのさ」
「まあ、それはあるな……というかなぜあそこでドラゴンの話を出した? まさか――」
「分からないけどね。父上は動揺もしていなかったし、ピンクのドラゴンは一頭だけだからディランさんとトワイトさんには当てはまらない」
「……」
ヴァールはそう言って再び歩き出す。
コレルは笑いながら意外と鋭いことを口にするなと驚いていた。
「(そういえば学院時代、こいつが支持されていたのはこういう飄々とした姿のくせに物事の判断を誤らなかったことだったような気がする)」
コレルはそう考えて敵に回すのは得策ではないなと身震いしていた。
このまま従者として付き従うつもりはないが、こいつは面白いかもしれないとも考えていた。
そんなことがあったことなど露知らず、ディラン達は自宅へと戻って行くのだった――




