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スコールとマリア:波間に消えた約束

作者: おいらもぐ

この物語は、かつてベーリング海に生息していた巨大な海洋生物、ステラーカイギュウのつがい、スコールとマリアの愛と犠牲を描いています。彼らの平穏な暮らしは人間による狩猟によって脅かされ、二匹の運命が試されます。



北の冷たい海に広がる、無限とも思える氷の世界。その中で、スコールとマリアはただ一つ、静かな命を紡いでいた。彼らは、数千年を生きてきた古の海牛、ステラーカイギュウだった。大きな体を持ち、何度も命の危機を迎えながらも生き抜いてきた二匹。その絆は、何にも変えられないものだった。


彼らの暮らす海は、氷に覆われ、時折現れる小さな陽の光だけが海を照らす。寒冷域に適応した体は、海の中での生活に完全に馴染み、あらゆる障害を乗り越える力を持っていた。スコールの巨大な体は厚い脂肪に包まれ、彼の前足は強く水中を蹴るために進化していた。彼が優雅に海面を漂う姿には、まるで無敵の存在のような気配すら漂う。


一方、マリアはその優しさと強さでスコールを支える存在だった。彼女の目は深い海のように静かで、彼のそばで感じる海の匂いと波の音に包まれているとき、どこか心が安らぐような気がしていた。彼女は群れの中でも常にスコールと共にあり、その存在が周囲の仲間たちにも深い安心感を与えていた。


だが、彼らの幸せな日々は、遠くの水平線を越えてやって来る人間たちの船によって、静かに崩れ去ろうとしていた。海に漂う冷たい風の中で、スコールとマリアの心は、まだ訪れぬ運命を感じ取っていた。


「あなたとなら、冷たい氷に閉ざされた海も怖くない。」


マリアは静かに呟いた。その言葉が、やがて大きな約束となり、二匹の絆を永遠に繋ぎとめることになるとは、まだ誰も知らない。


--------


北のベーリング海の冷たい波間に、スコールとマリアというステラ海牛の夫婦が静かに暮らしていました。スコールは大きな体にいくつもの傷を持っていて、その傷はマリアを守るために戦った証でした。マリアはそんなスコールを見つめ、心の中で思います。「あなたのそばにいると、私も強くなれる気がするの」


彼らの住む海は豊かで穏やかで、二匹にとってかけがえのない「家」でした。魚たちが群れをなし、海草が青々と茂る浅瀬で彼らは寄り添いながら泳ぎ、長い年月を共に過ごしてきました。スコールはいつもマリアに語りかけてくれました。「ここは安全だ。お前がここにいる限り、俺は何も恐れない」と。マリアもまた、彼がいればどんな荒波でも怖くはありませんでした。


ある日、彼らが出会った頃のことを思い出しました。あのとき、まだ若かったマリアは波に流され、危うく大きな岩にぶつかりそうになりました。そこへ突然現れたスコールが、自分の体を盾にして守ってくれたのです。彼の背にそっと身を寄せた瞬間のぬくもりが、マリアの心に深く刻まれていました。


「スコール、あなたがいなければ私は生きていけなかったわ」と言うと、スコールはいつも照れたように笑い、「お前は俺が守る。それが俺の役目だ」と力強く答えてくれました。それが、二匹の間に交わされた、いつまでも共に生きるという暗黙の約束でした。


---


しかし、その平穏な日々に暗い影が差し込んだのは、冷たい風が吹きすさぶある日のことでした。水平線の向こうに人間の船が見えたのです。スコールはその影にすぐ気付き、険しい表情で海を見つめました。「あれは人間だ……マリア、すぐにここから離れよう。」


スコールの声には、これまで聞いたことのない緊張が滲んでいました。マリアもすぐにその影が危険なものだと悟りました。以前、スコールから人間に捕らえられていく仲間たちの話を聞いたことがあったのです。思わず体が震え、胸が締めつけられるような恐怖がこみ上げてきます。

そうしてる間に2人を発見し、彼らを捕らえようとゆっくりと近づいてくる人間の船。


「スコール、一緒に逃げましょう!二匹なら、きっと逃げ切れるわ!」


けれど、スコールはマリアを見つめ、悲しげに首を振りました。「お前だけでも助かってくれ、俺がやつらを引きつける。マリア、どうかお前だけでも生き延びてくれ」


「嫌よ、あなたを一人にできない!」涙が溢れ出し、必死に訴えましたが、スコールの眼差しは変わりませんでした。彼の瞳に、これが永遠の別れであることが映し出されているのを感じ、マリアは言葉を失いました。


「どうか、生き延びてくれ。俺がそばにいると思って、強く生きてくれ」と彼は微笑み、マリアに最後の優しい眼差しを向けました。


そう言うと、スコールはゆっくりと背中を向け、船に向かって泳ぎ出しました。マリアの叫びも、彼を引き留めることはできませんでした。遠ざかっていく彼の背中が、波の向こうで小さくなっていくのを、ただ見つめることしかできませんでした。


---


スコールが遠くで船に立ち向かう姿が見え、マリアの心は引き裂かれるように痛みました。銛がスコールの体に突き刺さり、血が海に広がるのが見えた瞬間、マリアは自分の中から何かが崩れ落ちるのを感じました。彼が痛みに耐えながらも、こちらを見つめ、最後に微笑んだのです。その微笑みが、彼の最期の愛のメッセージであることをマリアは悟りました。


「スコール…あなたと過ごした時間は、何よりも大切だったわ…」


彼の姿が波間に消えていくのを見届け、マリアは涙のような泡を静かに流しました。


---


その後、スコールのいなくなった世界で、マリアはひとりで生き続けましたが、彼のいない海はもはや「家」ではありませんでした。波の音を聞くたびに彼の声が聞こえるようで、空を見上げるたびに彼の温かい眼差しを思い出します。「スコール、あなたの強さが私の支えだったのね…」独り言を繰り返しながら、彼との思い出を抱えて彷徨い続けました。


そして最後に、彼との約束の場所である浅瀬にたどり着き、そっと身を横たえました。彼のぬくもりが、波に溶け込むようにして自分を包み込んでいるようでした。彼が守ってくれたこの場所で、静かに目を閉じ、スコールとの日々を思い返しながら、マリアは安らかな眠りにつきました。


---


冷たい北風が吹くたびに、海の中で彼らの物語は語り継がれています。スコールとマリアが最後に見た光景、感じた温もり、そして互いを想う永遠の愛は、海の深い静寂の中で静かに息づいているのです。

スコールとマリアの物語は、絶滅したステラーカイギュウの静かな哀歌です。彼らの愛と絆、そして自然との繋がりは、現代の私たちに生命の儚さと守るべきものの尊さを教えてくれます。

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