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4 『人間』

 自殺を選ぶ動物は少ない。人間はそれが可能である。……ヒトがそれを選ぶのは、一体どういうときだろう?

 それは深い絶望に瀕した時かもしれないし、ふと全てが嫌になった一瞬かもしれない。とある男は、彼なりに考え、それを我が子――作り上げた人形全てに()()した。

 そして人間がそのことを知っているように、彼ら自身に『自壊』という機能の説明をした。


「お前達は、『自壊』するようになっている。まるでヒトの自殺のように。その選択肢が存在するんだ」


 賢い男は愚かなことに、その説明自体がいくつかの人形の絶望になったことを理解しなかった。それは『自壊』への絶望であり、人形をヒトの上位存在であるとしながらも、結局はヒトらしさの模倣に拘る男への絶望でもあった。

 結果いくらかの人形を『自壊』で失い、それを知った男は、単純に失敗したな、と思った。それから原因は、死を選ぶ人間の観察や実験が足りなかったためだと推測した。我ながら早まったことをしたと反省もした。

 男は『自壊』しなかった人形たちに、人間を連れてくるように命じた。健康な人間を複数人――互いを人質にするため、家族や親しい間柄の者を、いくつか揃えてくるように。

 父への敬愛により命令に従う者、『自壊』を恐れて命令を聞く者、そこまで考えていない者……様々な思惑を胸にした一団となって、人形らは発っていった。


 今回の命令は、男の傑作たちの試験も兼ねていた。人間より優れた身体能力を持つ人形である。きっと忠実に命令を果たすに違いない。

 長い研究だった。時たま不安定な様子をみせる『自壊』機能の調整もあるが、これで一応、自らの計画は一段落ついたと言ってもよいだろう。

 山間にある豪華な館の一室で、人形どもの『父』たる男は、一人哄笑するのであった。


――愚かにも、魔女グラニアの侵入にも気付かずに。




「なぜバレた?」

「は?」

「……お前は、始めから私を疑っていただろう。ふん、あの視線で気付かないとでも思ったか?」

「ああ、あの時か……」


 最初、ルゥがメイを抱きとめたときだろうか。思い出すと殺意! 殺意!


「なぜだ? 父の作ったこの姿は、完璧だったはず」

「人間自体がよく分からないのに、人間と作り物の細かい違いなんて、この私に分かるはずないでしょ?」


 私は唇を歪めて笑った。


「……ルゥに、女の仲間なんていらねぇんだよなぁ」


 瞠目する少女の瞳にはきっと、歓喜に顔を輝かせる私が映っている。


「ああ、よかった! 貴女が悪い敵で、本当によかった! 人形で、生きてなくて、本当によかった!」


 消してもなんの問題もない! だから、消してもいい! 許される! これは魔女グラニアが振るう一方的な暴力ではない。社会に許容されうる正義だ!


「あはは。だからお別れね。あなたの『父』と、同じ所に送ってあげる」


 『父』とは、私が追い詰めただけで、勝手に自爆して死んでいったあの男のことである。

 そして私が、全てを終わらせようと手を伸ばした瞬間だった。

 がく、と糸の切れたように、人形が地面に膝を付いた。戦慄く作り物の両手。私を前にした人間のように戦意を失ったのか、と一瞬思ったがこれは違う。

 『自壊』だ。


「そんな……お、お父さんが……?」

「哀れね。所詮貴方も、お父さんにとってみればただの人形の一つに過ぎないってことよ。『自壊』なんて、邪魔な機能までつけられて――」

「私は、父を敬愛しているのよ……」


 メイは、ヒビの入った顔で微笑んだ。


「私は人形だから、道具扱いされたって構わない。『自壊』の機能なんて気にしないわ。お父さんが望むなら、私は全てを受け容れるの。父は私を、最高傑作と呼んだわ。人形だとしても、大切な存在だと思ってくれているのよ」

「へえ?」

「私はあなたとは違うわ。父は私の全てを受けいれて、愛してくれているのよ。私は『私』に向けられた愛を知っているの。――あなたとは違うわ」


 口の減らない人形に一瞬、手をあげようかと思ったが、彼女の崩れかけている姿にやめた。

 哀れんだ? まさか。

 その壊れていく姿に、私の勝利を確信したからだ!

 愛した父の手で施された機能で、壊れていく人形のメイ。人形として何をほざこうとも、彼女は所詮、そこで終わり。今の自分を受けいれて、ただどうしようもなく壊れていくだけだ。


「お前はここで終わりだ、どうしようもない、生物未満の木偶人形!」

「……生物は普通、皆いずれ終わりがくるものでしょう。あなたとは違って」

「このゴミ、」

「おとうさま」


 人形は掠れ声で祈るように呟く。瞬きに震える睫毛とともに、その姿だけはまるで本当の人間のようで、


「ぐえ、」


 と、まるで喉の潰れたような音が溢れた。ぎゅい、とか、あぐぇ、とか、形容しがたい音とともに、メイの人間らしい姿が徐々に崩れ落ちていく。ぼろぼろと髪は抜け落ち、刺激臭のする煙とともに人らしい表皮が爛れ落ちていく。やがて、つるんとした目玉がころころと私の足元に転がってきた時には、そこにはもう『メイ』はいなかった。

 そこにいるのは、人間らしい皮の部分を失った、ただの人形である。窪んだ目と口に三角の鼻という、のっぺりとした面構えのただの人形。

 人形はそのままバタリと倒れ、それきり動かなくなってしまった。

 醜い終わりだった。最期の最期まで、目の逸らせないほどに。




「俺達ハ人形。父の下僕。仕事のデキぬ役立タズは、望まズトモ『自壊』スル。そう設定サレていル」


 人の訪れぬ山奥。大量の壊れた人形が山積みにされたその横で、『見張りA』は淡々とそう話す。彼は日の傾きかけた空を眺めながら、独り言のように話した。

 他の人形が次々と自壊していった後、残ったのは彼だけだった。


「……で、どうしてあなたはまだ『自壊』してないの?」

「分かラナイ。……モトモト、不安定ナ機能ダったガ……オ前が俺ヲぼこぼこにシタとき、その機能ガ壊レタのカモしれナイ。モシクハ、俺達ノ知らナイ何かガ、俺は作用してナイのカモしれナイ」

「……()()、ね」

「『自壊』ハ、人のスル、自殺ノ機能。コレでこそ完璧な人ノ模造ダと、父は言ッタ。俺達ガ自殺シテいい時は、父にトッテ、父ノ命令を果タセなくナッタ時……。俺達ノ中の『何か』ガ、ソレを判断スル」

「ずいぶんと曖昧な設定に聞こえるけど」

「分カラン。ソレを色々、タクサン実験スルためニ、人を攫ウ予定ダッタカラ」


 メイがあれほど慕っていた父は、悪趣味な男だったらしい。『何か』? 絶望とか、苦しみとか、何でもいいから名付けておいたら、この人形達だってそれを避けるように動けたはずなのに。

 いや、それだとヒトらしくないのか? ……分からない。

 私にとって『死』は、私の配下で、手の中にあるもので、襲いくる恐怖の対象ではない。だから、人間らしさのある死が何かは、正直、よく分からない。


「俺ハここニ、こいつラの墓ヲ作ろうト思ウ。……此処マデ運んデもらって、悪カッタナ」

「別にいいわ。……どうせあそこには残しておけなかった。貴方に任せていいなら、私も助かる」

「すまなイ」


 『見張りA』はこれから墓を作るという。深い穴を掘って、『自壊』した仲間達を埋める。

 メイもこの人形らの中に混ざっている。彼らとともに埋められるのだろう。


「(だけどそういうのって、墓じゃなくて、ゴミ箱と呼ぶのだと思っていた)」


 生物の死体を片付けた場所のことを、墓と呼ぶのだと思っていた。

 どうやら、それだけじゃないらしい。


「サようナラ、魔女」




 夜。目鼻のない、のっぺりとした丸顔の人形が、かくかくと覚束ない足取りで山道を歩いていた。辛うじてヒト型であることが分かる、崩れかけの体ではあるが、進む道筋に迷いはない。

 たった一体の仲間の手によって、次々と埋められていく同類らに背を向け、人形はただただ進む。

 人形の辿り着いた先では、崩れ落ちた瓦礫が山となっていた。遠くまで弾け飛んだ木端、焼け焦げて黒ずんだ破片。人形は躊躇うことなくその瓦礫の山へ向かうと、一つ持ち上げ、横によけた。そしてまた一つ持ち上げ、それをまた横によける。

 普通の人は足も踏み入れない山奥の建物だ、周囲に事情を知る者はいない。唯一、麓の村では山奥で爆音がしたと騒ぎになったが、その後なにも起きなかったため、すぐ忘れ去られてしまった。しかしそのことを、この人形が知る由もない。

 人形はただ黙々と作業を続けるだけである。瓦礫の山から何かを探し出そうとするかのように、拙い動きで、終わりのない作業を繰り返すだけである。


 その道を、二人の旅装の少年が通りがかった。

 金色の髪をした柔和な表情の少年が、黙々と作業をするその人形を眺める。やがて、彼は何事かを、灰色の髪の少年に話しかける。灰色の髪の少年はしばらく怒鳴っていたが、やがて諦めたようにため息を吐いた。

 二人は瓦礫のなかに足を踏み入れた。金髪の少年が人形に軽く声をかけたが、人形は彼らに目を向けることもなく、ただ淡々と瓦礫を取り除く作業を続ける。それを気にした様子もなく、金髪の少年はその作業に加わる。やがて灰色の髪の少年も腕まくりをし、その作業に混ざっていった。


 その光景を空から眺める、一人の魔女があった。その姿は夜闇に紛れ、月の光も彼女には届かない。


「ゴミのくせに……」


 小さな声が、微かに大気を揺らした。

 ふと、金髪の少年の笑い声がその耳に届いた瞬間、魔女ははっと我に返ったように顔を上げた。彼女は、土埃に汚れながらも明るく笑う金髪の少年を、じっと見つめた。

 それから、まるで何事もなかったかのように、一陣の風とともにその場から消えてしまった。

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