9 お昼ご飯食べたい
枝毛の一本すら見当たらない金で作られた糸のような美しい髪、切れ長の目から覗く青い宝石のような瞳、石膏で作られたかのように整った顔立ちに白い肌、しなやかながらどこか庇護欲すら誘う身体つき…と、ある種の美の結晶と表現、称賛してやまないはずの存在であるエルフという種族。
「クソ、クソクソクソっ!!」
初めて目の当たりにしたとき、カオルは純粋に綺麗だと口説くわけでもないのに声に出しそうだった。
「解け!解け!ほーどーけーっ!!」
今はそんなことをしなくてよかったと本当に思う。
「ご飯!ご飯!ご〜は〜ん〜っ!!」
そんな美の結晶サラは、リゼットがサラが同行することになってからわざわざ取りに帰った、縄でグルグル巻きにされてほっぽり出されていた。
「お腹すいたお腹すいた!お腹すいた〜〜っ!!」
バタバタいや、手足が動かせないからか、ウネウネと身体を動かしこちらへと意思を伝えている。
しかし、リゼットはそんなサラの惨状は目に入っていないかのごとく、カオルに手作りサンドイッチを差し出してくる。
「カオルさん、食が進んでいないようですが、どうかしましたか?」
いや、リゼットがどうかしている…ではなく、目の前で事が起こっているだろう。
原因がサラにあるとはいえ、無理やりに連れてきたというのに、これはあんまりではないだろうか?
カオルはリゼットからいくつかそれを受け取ると、飲み物を持って少し離れたところでイジイジし始めたサラのもとへと向かう。
「ふふふ、たくさん食べて…って、あれ?カオルさん?」
いや、もういじけるどころか、本気で謝り始めていた。
「ううう…ごめんなさい。ごめんなさい、リゼット…。」
もう…こんなことになってようやくか…。
確かに気が強いのは悪いわけじゃないけど、自己弁護はやっぱりやり過ぎだし、さっさと謝れば頑固らしきリゼットも案外すぐに許したと思うんだけど…。
友人だと意地の張り合いになることも多いから仕方がないのかなとカオルは年長者の余裕からか、サラに助け船を出す。
「…サラ。」
「ううう…カオル?」
「はい、ご飯持って来たから、泣くのはやめなって。」
「べ、別にな、泣いてなんか…。」
カオルはサラを起こしてやると、アイテムボックスからハンカチを出し、目元を拭い、土が少しついた顔を丁寧に拭いてやり…終いには垂れた鼻水まで拭い去ってやった。
…美の結晶…。
カオルはハンカチをアイテムボックスにしまい、新たに出した濡れタオルで手を拭う。
「あ、ありがとうな、カオル。それと…ごめん…。」
「謝るなら、私にじゃなくてリゼットにでしょ?まったく…。」
カオルはまず飲み物を口元にあてがう。
ゴクゴク。
「はい、次はサンドイッチでいい?それとももう少し飲む?」
「…サンドイッチが食べたい。」
「はい。」
サンドイッチを目の前に出すと、どこか照れたようにおずおずと口をつけ始めた。
てっきりガブガブというふうに豪快なそれだと思っていたので、少し意外に思っていたのだが、途中からはその予想に即した気持ちの良い食べ方となったので、カオルが作った訳ではないのだが、嬉しい気分だった。
持ってきたそれを全部食べさせると、満腹になったのか、サラは幸せいっぱいの表情となっていたので、お姫様抱っこでサラを木陰で食休みをさせてやろうと運んだ。
それから自分も食事に戻ろうとリゼットのもとへと向かうと、リゼットは頬をパンパンに膨らませて目も合わせてくれなかった。
サンドイッチや飲み物に手を付けても怒られなかったので、口に運ぶたびに、「おいしい。」とか、「良いお嫁さんになるな。」なんかの声をかけているといつの間にか、笑顔になっていて、食事が終わると器用に昼寝に興じているサラの縄を解いてやったりしていた。