8 初依頼へ
ここは先日、リゼットたちと出会ったユミルの森。
リゼットからの依頼で薬草採取の護衛としてついてきたはずなのだが…。
リゼットはルンルンとスキップでもせん勢いでカオルの手を引いていく。
果たして護衛という言葉の意味を私は知りたい。
護衛とは、守るべき対象に危害が及ばないように周囲を警戒し、その脅威を排除等をすること…といった意味がカオルの頭の辞書には確かに書かれていた。
「あっ、カオルさん、見てください。あの赤い花は乾燥させると…。」
道中カオルに色々な薬草の知識や、そこに住む動物たちのことを教えてくれて確かにカオルはそれを楽しんでいる…楽しんではいるのだが、仕事という意味では問題行動ではないかと思う。
「リゼット、手を離してくれないか?」
流れでカオルがそんな言葉を告げると、リゼットはひどくショックを受けたように表情を曇らせた。
「…カオルさんはお嫌なのですね…私と手を繋ぐのは…。」
「い、嫌…というわけではないんだけど…。」
「そうなのですね♪それならいいんです♪」
今泣いたカラスがもう笑った。
というよりも、たぶんだけど手を離さずに今のようなやり取りをしたことからも単に遊ばれてしまったのだろう。
軽く舌を出し悪戯がバレた子供のように笑う。
「ふふっ。」
「まったくリゼット…。」
「そう怒らないでください、カオルさん。」
すると、呆れたカオルの前に人差し指を突きつける。
「う〜ん…そうですね〜、一流の冒険者はたとえ片腕くらい塞がっていたとしても〜きっと護衛くらいできるんじゃないかと思うんです〜?」
「…あの~リゼットさん?私は今日冒険者になった上に護衛なんて初めてなんですけど?」
「ふふっ、そうなんですか?ならきっといい練習になると思いますよ♪」
「…リゼット…。」
異様にテンションの高いリゼットの若さに押され気味のカオル。
「それにですね♪今日はCランクのサラがいるんで大丈夫ですよ。」
「は〜い。お呼ばれしました、サラで〜す……じゃない!!なんで私がこんなことっ!!」
サラはミミングの街で冒険者をしている綺麗なエルフの女性で、リゼットとの付き合いは古いらしく、二人のやり取りには気安さしか感じない。
今もリゼットの冗談?に睨みつけるような視線を送っている。
「だって、あの受付嬢のお姉さんが言うんだから仕方ないでしょ、カオルさんだけじゃダメだって。」
「イルミだろ?リゼットも良く知ってるだろうが!」
カオルは冒険者を登録したばかりのFランクなので、Dランクになるまで護衛任務を受けることはできないらしいのだ。
確かに護衛は直接的に目の前の人間を守る必要があるため、それなりの経験が必要なのだろう。
今少しばかり経験して、やはりカオルにはさっぱりだ。
危険のアラートやれが頭の中で鳴ったり、確認するべき場所なんかも予想もつかない。
むしろ護衛のことを学ぶなら、サラの腕にでも抱きついて視線を追ったりしていたほうがいいとは思う。
まあ、カオルは気がついていないが、絶対にリゼットがそんなことを許すわけはないのだが…。
「今日はせっかくの休みだからと、昼から夜までエルナたちと飲もうと思っていたのに…それがなんでこんな…。」
確かに飲もうと思っていたのに新たな予定が入ってそれができなくなるのは辛い。
しかし、サラにはそんなことを言う資格はなかった。
リゼットはカオルの手を握ったまま、ボソリと呟く。
「喧嘩でポーション破壊。」
…ヒクッ。
強気だったサラの頬がヒクつく。
「あっ…あれは…その…なんだ…。」
リゼットは黒い笑顔をサラに向ける。
「昨日、今回はあの時になくなったポーションの材料調達のために予定にもなかったことをすることになったんですよね♪」
「…。」
「友人とはいえ、お店で喧嘩するなんて思いませんよね♪」
「…わ…わる…。」
「営業妨害さん♪」
「…ごめんなさい…。」
ガックリと項垂れるサラを置いて、さあ行きましょうとカオルに本当に嬉しそうな微笑みを向けてくるリゼット。
そんなリゼットに手を引かれつつ、カオルはなるべくリゼットは怒らせたくないなと思った。
―
程なくして、昨日出会った薬草の群生地にたどり着いた。
すると、流石に薬師というプロ意識からか、惜しみながらカオルの手を離すと集中しながら葉の部分を傷つけないように、周りを掘ってから、手を使って薬草を根っこから引き抜いていく。
周りを警戒している時のこと、ふとサラに声を掛けられた。
出立前に自己紹介を軽くしたが、それ以来カオルと言葉を交わすことはなかったから、てっきり嫌われているのか、警戒でもされているのだろうと思ったので少し驚きの表情を浮かべると疑問符を浮かべられた。
「?どうかしたか?」
「いや、なにか?」
「う〜む…いつ切り出そうか迷っていたんだけど、きっかけがなかったから単刀直入に言うぞ。」
今度はカオルが疑問符を浮かべる番だ。
はて?
すると、サラはカオルの肩をガッシリと物凄い力で掴み、そして、頭を下げた。
「リゼットたちを助けてくれてありがとう。」
「?」
「さっきリゼットとの言い合いでチラッとあいつが零したんだが、魔物に襲われたところを助けてくれたんだろう?」
一瞬カオルは意味がわからなかったが、自分とサラとの関わりがない以上それしかなかったので、すっとカオルはサラの言葉を受け入れられた。
「いや、私もあんないい子を助けられてよかったと思ってるから。」
「そうか!うん、でも本当にありがとう!」
上げた顔にあったのは感謝、喜び。
うっすら涙も浮かんでおり、感情が溢れたのだろう。
いい子の周りにはいい子が集まる。
類は友を呼ぶ。
皮肉やれで良く使われるいい印象を抱くことが少ないこの言葉も、やはりいい意味でも使えるのだとカオルはそんな二人をひどく眩しく感じた。
「あっ、でもな、リゼットは別にいい子なんかじゃないからな!だってあいつは…。」
サラは潤んでいた目元からそれを振り払うと、先程までの表情はどこへやら、カオルにズズイっと顔を寄せると、そこは不満ですという否定の意思をありありと表現する。
それからリゼットのちょっとした悪事やれ、普段はどんな人間なのかとかが少し知れて、カオルは結構年齢がいっているからか、人間臭くて可愛らしいなと思っていたのだが、いわゆる愚痴なので、少しまずいと思いサラを止めに入る。
「それたぶんリゼットにも聞こえてると思うけど、大丈夫?」
「ああ、あいつは薬草採取のときは集中していて大抵のことは耳に入らないからな。問題ないだろ。」
あはは!とサラは豪快に笑う。
すると、サラの肩にポンと手が置かれた。
…後ろの正面……だ〜れ………ふふっ♪