6 女の子って大変1
夕食後そろそろ失礼しようとしたカオルだったのだが、リルの絶対に離さないというしがみつきにその儚い意思が折られ、一日だけこの家に厄介になることとなった。
「それではカオルさん、こちらの部屋を使ってください。」
カオルは客間にでも案内されるのだろうかと思っていたのだが、案内された先はどこか生活感のあるそれだった。
埃も溜まっていないことから掃除も行き届いている。
どうやら誰かの部屋らしい。
誰の部屋なのかと尋ねようとすると、リゼットの口が開いた。
「…両親の寝室だったんです。」
言葉には懐かしさを感じた。
そこからは両親…もしくは片親を失ったことに対する悲しさは感じなかった。
感じたのは、寂しさ。
リルが少し遊んだだけで…家に誰かが来て遊んでくれただけであれほど喜んだことからもなんとなく感じてはいたが、年上とはいえ、リゼットも同じらしい。
「今は誰も使っていないんです。だからいつまでも使ってくださいね。ここに居てくれたら、リルも喜びますから…そ、それに…わた、私も…。」
「なんて言っていいかな…ありがとう。」
リゼットの言葉にカオルが言葉を返すと、リゼットは頬を紅潮させ、慌てたようにお湯の入った桶を手渡すと、部屋を後にした。
「そ、そうでした!これ、早くしないとお湯が冷めちゃいますからね!それではこれで!」
―
リゼットたちも苦労しているのだな、と年のせいか緩みつつある涙腺を引き締めると、目の前の桶に向かい合う。
アイテムボックスからタオルや着替えのパジャマを取り出すと、外套、ドレス、下着の順に脱いでいくカオル。
そして、ふと目の前に姿見があり、思わず苦笑いを浮かべた。
「…やっぱり完全に女の子かな…これは…。」
目の前に映ったのは、下着姿の女の子。
幼女やれ、童女やれといったふうではなく、あとほんの少しで女性という言葉の形容が当てはまるであろう身体つきで、肌にはシミ一つない。
身長は160ないくらいなのだが、手脚は長く、胴はくびれていて、おしりも小ぶりだ。
胸もそれなりにあり、言葉にしたら怒られるかもしれないが、カオルより少し高いリゼットよりも大きいかもしれない。
本当に可愛いらしい女の子である。
中身が46歳独身とはまったく思えない。
カオルは小さく溜息を吐くと、このままこうしていても仕方がないので、下着を脱ぐとお湯に浸したタオルを絞って身体を拭く。
現代ではお風呂があったため、昔、風邪を引いて熱を出して以来だなと懐かしみつつ、肌にタオルをあてがう。
すると、カオルの口から悲鳴にも似た声が漏れた。
「ひゃっ!」
漏れた声に思わず口を押さえる。
「な、なんで…。」
疑問を口にするカオルはふと思い出す。
そういえば、女性は男性より肌が薄いということを聞いた覚えがある。
そのせいか、血管が浮き出たりしやすいとか。
しかし、まさかこれほどとは…。
「……ひゃんっ!!…。」
再び身体を拭くと、我慢してみるも漏れ出る声。
火照り始めて色づいた肌に、浮かび上がってくる涙。
鏡に映るその姿はどこか艶っぽさを孕んでいた。
…これはまずい…なぜかわからないけど絶対に後で後悔する。
唇を噛み締めると、声を押し殺し……。
カオルはなんとか身体を拭き終えると、【クリーン】の魔術を自分と着ていた服に掛けると、パジャマに着替えた。
「…女性って大変なんだ…。」
こんな言葉が漏れたカオルは知らない。
単にカオルの身体が敏感なだけだと。
―
それから少しの間、カーテンと窓を開けて涼んでいると、ガチャリ…とドアの開く音が聞こえた。
入って来たのは、リル。
どうかした?
カオルが口を開こうとした時、腕に抱えられた枕を目にして答えはすぐにわかった。
リルはどこか遠慮がちで、モジモジとしていて、俯いたまま中々口にしない。
答えなどすぐにわかっていたカオルは程よく火照りが静まったので窓にカーテンを閉めると、ベッドに座る。
「おいで、リル。」
リルは顔を上げると、カオルが優しく微笑んでいるのを確認したのだろう。
カオルの胸に飛び込んできた。
「おっと…それじゃあ寝ようか。」
「うん♪」
明かりを消して、リルの頭を撫でていると、いつの間にやらリルから規則正しい寝息が聞こえてきた。
カオルがさて自分もそろそろと眠り始め、微睡んでいると、リルとは反対側にも暖かいような感覚を覚えたような気がした。
―
朝になって目を覚ますと、リルはまだ寝ていて、反対側は布団がややくぼんでいて、微かに暖かかった。