2 薫が起きる
「「かんぱ〜いっ!!」」
カンッという小気味よい音を立てジョッキを打ちつけ、仕事終わりの一杯をゴクゴクと飲み干す三人。
それに対し二人はどこか残念そうにチビチビとそれをくちにしていた。
「「…乾杯…ゴク…はあ…。」」
酒が回れば、どうせこんな様子はすぐに解消されるというのに先ほどのことがあったというのに懲りない男がいた。
「なになに?テンション低いじゃん!佳奈美ちゃんに春香ちゃん、どうしたん?もしかしてだけど俺に惚れちゃってあまり食べませんアピールならぬ飲めませんアピール?いやー困った困った。モテモテですな。グフグフフ♪」
二人は視線を男に送ると、冷めた目で一瞥。
無言…そして、ジョッキに口をつける。
「「…ゴク…。」」
つまらない冗談を言うなという痛烈な表現である。
ヒクヒクと頬を引きつらせ、しかしここで折れるわけにはいかないと仕事でもまったく出さないやる気を出し、さらなるジョークの一つでもと口を開きかけたところで、そんなこと知らずに佳奈美が口を開く。
「…私…部長に嫌われてるのかな…。」
「は?なんで?」
「…だって…部長今日来てくれなかったし!それに私が誘っても毎回来てくれないじゃないっ!きっと姪っ子との約束があるなんて嘘よ!」
フラストレーションが溜まっているのか数口しか口をつけていないのに絡んでくる佳奈美と、うんうんとつられて頷く春香に男が詰め寄られ、どうしたものかと頼るように龍馬に視線を送ると、ハァとわかるように溜息を吐くと助け船を出してきた。
「…別に嘘じゃないと思うぞ。部長、姪の羽美って娘と仲が良くて最近ゲームしてるって言ってたから。」
「なんであんたがそんなこと知ってんのよ、龍馬。」
「…この前たまたま昼飯食べるとこ一緒でゲームの攻略サイト見ていたから、聞いたら教えてくれた。」
「「ゲーム?」」
羽賀薫という人物から縁遠い印象のある言葉に佳奈美と春香が疑問符を浮かべていると、夏花もそれに乗っかってくる。
「あったあった♪私もたまたまご飯一緒になった時にゲーミングPCがどうとか言ってた気がする♪」
「ゲーミングPC…。」
ゲーム特化のパソコン。
そんなものを揃えるということはネトゲというやつだろうか?
ますます部長のイメージからは程遠い。
「ネトゲ…それならネットを通じてだから夜でも遊べるかな?」
春香のその言葉で自分が嫌われているのではなく、本当に姪っ子の羽美という少女と遊んであげているのだと思った佳奈美は一気にジョッキを空にすると注文する。
「ハイボール!」
「はいよ!」
「おっ!ノッてきたね、佳奈美ちゃん!」
「まあね!せっかく明日は休みなんだから飲み明かさないと!」
「はいよ、ハイボール一丁!」
ゴトンと置かれたそれに手を伸ばすと、夏花とジョッキを打ちつけ合った。
その間、春香はネトゲ巧者だったので、あれかなこれかななどと当たりをつけてライバルとの差をつけようとしていたのだが、風向きが変わってきた。
「ぷはっ…だって、私が別に嫌われているわけじゃないってわかったんだもの!ガソリン入れてまたアタックよ、アタック?…。」
ノリにノッてきたと思われた佳奈美の急失速に春香が聞く
「佳奈ちゃん、どうかした?」
「?そういえばだけど、今回のことはわかるんだけど私、結構部長を誘ってるな〜って思って、その時もなのかな?」
「えっ…それは…。」
答えに窮する春香に誰も助け船を出す様子は見せず、そっぽを向いてジョッキを傾けたり、店員を呼んで追加注文なんかをしていた。
う、裏切り者ども…。
春香が恨みの籠もった視線を送るも、やはり誰もなにもしてはくれない。
正直佳奈美の薫に対するアプローチはあからさまで思いが伝わっていない訳が無いと誰もがわかっていた。
薫は傷つけないようにとやんわりと断っているのだと。
今回もそれの絶好の機会だったのだが、飲みの席をお通夜にされることはかなわないと思わず訂正してしまったのだ。
誰も失恋の慰めなんかの役目を買って出たいはずはないのだ。
春香が困っていると、佳奈美は自己解決してジョッキに口をつけた。
「まあいいわね。それにしても部長、子供の相手をしてあげるなんてやっぱり優しい♪これで私との未来も安泰ね♪」
誰と誰とのだ!
ふざけるんじゃないというニュアンスの言葉をやんわりと伝えようと気の弱い春香が言葉を選んでいると予想外の言葉が告げられた。
「は?部長の姪っ子って高校生だぞ。この前写真見せてもらった。すっごい可愛いJKだったからな〜。紹介してもらえないかな?って無理か〜あはははっ!」
「「は?」」
底冷えのした声音だった。
そんな騒動を肴に夏花と龍馬は酒を酌み交わす。
「あははっ♪やれやれ♪」
「…煽るなよ。」
「え〜、だって面白いじゃん♪」
「…店に迷惑でしょ。」
「まあまあ、あはは♪それにしても話題の中心の人は今何しているんだろうね♪」
「…ゲームじゃない?」
―
森の中の小さな泉のすぐ側にとある奇抜な衣装を身に纏った少女が眠っていた。
目鼻立ちが整った身体つきは、女性と少女の雰囲気両方の魅力を感じる美少女。
髪は黒のツインテールとなっていて纏まった先から無造作に広がっていた。
瞳の色は閉じられているゆえにわからないが、まつ毛が長く目もクリクリとして可愛らしいのではないかと期待できる。
赤いフリフリ付きのミニスカドレス。
寝ているにも関わらずなぜか落ちないちょこんと頭の上に乗った小さなとんがり帽子、すぐ側には赤い杖としての役割が果たされそうにない50センチくらいの長さのステッキが転がっていた。
人が通りがかったならば、その愛らしさから見つめていたいと思う者が後を絶たないだろうが、そんなチャンスに恵まれるような者は存在しなかった。
「…うっ…ううう…。」
どうやら目を覚ましたらしい。
起き上がり、目を擦ると草のどこか青臭いにおいが漂ってきた。
「…あれ?」
違和感。
完全に目を開くと、その正体がわかった。
「えっ…えっと…ここどこ?」
ふと出た言葉。
大きな黒い瞳に映った景色はあまりにも予想外のものだった。