1 姪っ子とネトゲしようと思って
バンッ!
机に叩きつける量の手のひらの音。
勢いよく叩きつけられたその音に誰もが振り向く。
目の前の女性も驚きに目を見開くが、少女には関係ない。
勢いのままに声を張り上げる。
「一番高い依頼を頼む!」
「は、はいっ!」
慌てた受付嬢からそれを受け取ると、魔法少女はその場を後にした。
―
夕焼けの紅が夜の色に変わる頃、オフィスから立ち去らんと荷物をカバンに詰め込んでいると、姦しい声がこちらへと近づいて来た。
「終わった。終わった。メシメシ♪」
「メシもだけど酒もだろ?」
「もちろんだぜ!」
「…飲み過ぎても面倒みんからな。」
「大丈夫大丈夫。今日は佳奈美ちゃんたちも一緒だから。きっと誰か優し〜い人がいるから!」
「私は見ないわよ。」
「私も♪」
「ありゃりゃ。じゃあ龍馬頼んだ!」
「…帰ろうかな。」
「「「ぷっ。あはは♪」」」
…若さ…か…。
懐かしさに眩しさを感じていつの間にか彼らを見ていると、人懐っこい笑みを浮かべた女性が声を掛けてきた。
「あの。部長もいかがですか?これから飲みに行くんですけど…。」
どうやら見ていたのがバレてしまったようだ。
自然と苦笑が浮かぶ。
「いや、誘いは嬉しいけど、私は遠慮しよう。上司と一緒では気を遣うだろう?」
気を遣わせまいと思っての咄嗟の発言だったのだが、存外すぐに流されること無く反論されてしまった。
「そんなことは…。」
「そうっすよ!俺も部長ならいいっすよ!」
「私も♪」
「…部長来ないんですか?」
寂しげな顔を向ける小柄な男性社員のそれにうっ…と身を引くと、腕になにやら柔らかな感触が当たってきた。
「ほら♪部長行きましょ♪」
先ほどまで冷めた目をしていた佳奈美がどこか熱っぽい目付きで、羽賀薫の目を見つめていた。
「む…。」
咎める視線を感じたので、すぐにそれを解くと逃げるようにその場を後にする。
「悪いけど、今日は姪っ子と約束があるんだった。また今度誘ってくれ。」
薫がエレベーターに駆け乗ると、すぐに扉が閉まった。
「あっ…。」
名残惜しそうな佳奈美の声に陽気な男性社員はおちゃらけたように言う。
「残念でした~。」
キッと睨んだ佳奈美のローキックが…いや、ヒールを上手く使った蹴りが男の向こう脛に突き刺さる。
「オッ……。」
「…行きましょ。」
声すら碌に出せないその呻きには誰も同情すること無く佳奈美に促されるまま、みんなしてエレベーターに向かって行った。
―
「ただいま。」
返ってくることのない声に虚しさを感じる暇もなく、靴を整え、ジャケットをハンガーに掛けるとパソコンを開く。
聞き慣れたパソコンが立ち上がる音を聞き、ちゃんとスイッチが反応したのを確認すると、手洗いうがいをして、楽な格好に着替えると、缶ビールのプルタブを開けた。
一口に軽く身を震わせると、とあるゲームを開く。
ログインを済ませて、待ち合わせ場所に向かうことにする。
そう。薫は別に約束があると嘘をついた訳ではないのだ。
本当に約束があった。
姪っ子にせがまれて、一緒にネットゲームとやらをすることになったのだ。
友達とでもやればいいのに、なぜか伯父である人物となんてとは思うのだが、存外に面白く張り合いがあるためか、ハマってしまい、そんなことを言葉に出すことは憚られた。
始める前に攻略サイトなんかを読んで予習をしてしまうくらいには、姪っ子にいいところを見せたいなんて思いもあった。
強い武器やキャラにして…なんて…。
…でも、それが間違いだったのだが…。
まあそれは仕方のないことだろうなどと考えているといつの間にか、待ち合わせの噴水の前に着いてしまっていた。
「ふう…どうやら間に合ったみたいですね…。」
走ってきたせいか、そのキャラクターはどこか息を荒くしているように薫には見えた。
少し休ませて周りを見渡すも、自分のことをジロジロと見る存在は確認できるもののそれ以外の視線を感じることもなく、クエスチョンマークを浮かべていると、メール機能があったことを思い出し、それを開くことにする。
「えっと…確か…。」
ハマっているとは言うものの、姪っ子と一緒にやることが前提になっているので、やはり機能の把握は初心者のそれだ。
ヘルプなんかを頼りながらなんとかそれを開くと、そこには…。
【薫ちゃん、ごめ〜ん(泣)
友達の相談に乗らなきゃで遅れちゃうかも〜
もし遅れちゃったら連絡するから一人で遊んでてちょ〜
ハミハミのお願い(キラーン)】
姪っ子の羽美のメールに軽く目元を揉むと、声を絞り出した。
「…えっと…とりあえずどこかで遊んでればいいってこと…かな?」
自分で約束を取り付けたのにと思わない訳でもなかったが、女子高生という自由で忙しい身分にいる彼女には致し方ないことだと思うことにする。
「いい機会かな?」
そう。薫は自分一人で冒険というやつをしたことはなかったのだ。
いつもいつも熟練者の羽美に連れられ、レベルの高い危険地帯ばかりに連れて行かれていた。
せっかくだから、色々な場所に行ってみることも面白いだろう。
そう考え、より難易度が低いところへと下るように進んでいると、いつの間にかウイスキーなんかまで開けて飲んでいた。
「…こきょは…ミーミルのいじゅみ?」
呂律が回らなくなってきた。
どうやら少し強い酒を飲んだからだろう。
そして、眠気がやってきた。
「…ううう…ごめん…羽美ちゃん…。」
なんとかコップが空になっているのを確認すると安心したのか、まぶたは完全に閉じられた。
画面から光が溢れ出すと、部屋を満たし…そして…。
「すぴ〜すぴ〜…。」
そして、泉の前には、赤いミニスカフリフリドレスを身に纏った可愛らしい魔法少女が眠っていた。