コブラツイスト的倒錯
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(ゆるふわ設定なので、細かいことは気にせずふんわり読んでいただけると助かります)
(!)コブラツイストの惨劇
「友人同士でじゃれ合っているうちに、お互いの顔が近づき、興味本意でつい唇を重ねてしまう……思春期にはよくあることじゃないかな。ね、池屋」
森迫が、俺にというよりも自分に言い聞かせるように、ぼんやりと呟いたのを、
「ねーよ」
俺は憤然として否定する。
「なにやってんのー、おまえら。なにやってんのー」
俺の横では、志摩が涙を流しながらげらげらと笑っている。元はと言えばおまえのせいだぞ。思いながら、俺は手の甲でごしごしと唇を拭った。そんな俺を見た森迫の眉が少しだけ下がったような気がしたが、気がしただけだろう。
「いいじゃんかよ、池やん。何事も経験だぞ」
言いながら、志摩は俺の背中をバシバシと叩く。痛い。
「はじめてってわけじゃないだろうが。そんな敏感に反応すんなよ」
「まあ、そうだが……」
しかし、それとこれとは違うだろう。はじめてじゃないからと言って、簡単に割り切れるものでもない。実際、いま現在、俺はとても嫌な気分だ。
「ええっ、池屋はじめてじゃないのー?」
森迫は表情を歪ませて、俺を見た。
「はじめてじゃない。こんなもんがはじめてであっていいはずがない」
俺は感情を抑え込み、努めて冷静に返事をする。
「おおおおれ、はじめてだったんだけど!」
叫んだ森迫を、
「まじかよ! お気の毒さまー!」
と志摩はぎゃはぎゃはと笑った。楽しければいいのか、こいつは。
森迫を見ると、床に力なくへたりこんで、泣きそうな顔をしている。かわいそうな森迫。
俺の唇と、森迫の唇がくっついた。ひらたく言えば、そういうことだ。キスではない。純然たる事故だ。
昼休憩、俺は森迫にコブラツイストをかけていた。森迫が、「池屋、ちょっとおれにコブラツイストをかけてみてくれ」と言ったからだ。わけのわからんことを言うやつだ、と内心思いながら、俺は森迫にコブラツイストをかましてやった。
「池屋、やっぱおれもう無理! ギブギブギブギブ!」
「まだだ。てめーがかけてくれっつったんだろうが。まだいける。コブラツイストの向こう側を見せてやる」
「ちょっと見てみたいけど、無理! 腹ん中のラーメン出ちゃう!」
笑いながらそれを見ていた志摩が、なにを思ったか俺のシャツの襟首を掴んで、ぐいと後ろへ引っ張った。コケたらおもしろい、くらいの感覚だったのだろう。しかし、もともと不安定な体勢だったところへ想定外の重力が加わったものだから、こちらはたまらない。俺はあっさりと仰向けに倒れ、その上に重なるようにして森迫が倒れ込んできた。
そこで、惨劇は起こった。まるで漫画やドラマのように、俺たちの唇はきれいに重なってしまったのだ。高二の九月のことだった。
(!)スパイス的喜劇
友徳という俺の名前は、件の惨劇の瞬間から、「ホモのり」として二年生の間で親しまれるようになってしまった。思いっきりホモの烙印を押されてしまい、俺はうんざりしていた。
「おまえのせいだぞ、志摩」
学食で、明らかにレトルトだとわかる牛丼を食べながら志摩に抗議すると、
「ごめんよ。わるかったよ、ホモのりくん」
隣の志摩はにっこりと笑って俺の肩を、ぽんと叩く。
「おまえ、全然わるいと思ってないだろ」
俺は、ため息を吐いた。
「おい、ホモさこ。おまえもなんか言えよ」
向かいに座ってからあげラーメンをすすっている森迫に水を向けると、
「うん。おれ、別に嫌じゃないし」
と達観したように言われ、俺は再びため息を吐く。「ホモさこ」なんてあだ名を、甘んじて受け入れているこいつの気が知れない。
「いいじゃんか。退屈な高校生活のスパイス的な喜劇だろ」
志摩は、面倒くさそうにそう言った。
「喜劇じゃない。惨劇だ。この惨たらしい現実を見ろよ。俺はホモとして名が知られてしまった。もう彼女もつくれないかもしれない」
「そのくらいでちょうどいいハンデだろ。池やん、イヤミなくらいイケメンじゃんか」
志摩の言葉に、森迫が頷いている。
「それに、ガラにもなく真面目にフォローしちゃうとさあ、誰も本気でおまえらのことホモだなんて思っちゃいねーよ。おもしろがってるだけだって。オレを含めて、みーんな」
志摩は言って、カツ丼をもりもりと食べる。
「えっ、そうなの?」
森迫は驚いたように志摩を見た。
「そうだって。だから安心しろよ」
志摩の言葉に、森迫は、
「なあんだ」
と、つまらなそうに呟いて、ごちそうさまをした。
みんな、おもしろがっているだけ。そんなことは、俺だってちゃんとわかっている。それでも、「ホモのり」というあだ名は許容し難い。現にいまだって、女子たちがこちらを見て、くすくすと笑っているではないか。
「いっしょにお昼食べてるよ」
「えー、やだー。やっぱ仲いいね」
そんな会話が微かに聞こえてきて、俺は眉根を寄せる。
仲はいいさ。だって、友だちだもの。昼飯だっていっしょに食べるさ。
わからないのは、森迫だ。「ホモさこ」として名を馳せている森迫毅は、件の惨劇をからかわれる度に、ほんのりと頬を染めて、にまにまと笑みを浮かべるものだから始末がわるい。なんだ、その満更でもなさそうな表情は、とイライラしてしまう。あの惨劇の時の、泣きそうな表情のおまえはどこへいったんだ。なんで、ちょっとうれしげにしてるんだ。
みんながおもしろがっている理由の半分は、森迫のこの態度だと思う。森迫がこの態度を改めない限り、きっと俺たちに未来はない。
志摩が俺の襟首を引っ張らなければ。森迫が「おれにコブラツイストをかけてみてくれ」などと、わけのわからないことを言わなければ。こんな惨劇は起きなかったはずだ。
しかし、そうやって遡って原因を探っていくと、結局のところ、「生まれてすみません」という結論にたどり着いてしまったので、俺はもう志摩のことも森迫のことも責めるのをやめた。俺が生まれてきたのが全部わるいんです。すみません。もう、俺は「ホモのり」として「ホモさこ」と仲良くしようと思います。よくよく冷静に考えたら、彼女とか別にいまいらないし。強がってないし。いらないし。そんなことを考えながら、俺も牛丼をたいらげる。
次の時間は体育だ。面倒くさいな、と思いながら森迫のほうを見ると、気づいた森迫が、はにかんだような笑みを浮かべたものだから、俺はぎょっとした。そして、
「ちょ、見つめ合ってるし」
「まじで。ガチなんじゃん、あいつら」
聞こえてきた黄色い声に、またうんざりしてしまう。もう、俺たちのことは放っておいてはくれないか。
(!)パンチラな午後
午後の体育はグラウンドの隅っこで幅跳びの授業だった。女子は、体育館で創作ダンスの授業だそうだ。周りに女子の目がないことに、少しほっとする。男どもよりも、女子にからかわれるほうがよりキツいのは、なぜなんだろう。
記録を測ったり、砂を均したりの用事をあてがわれなかった者たちは、地べたに座り、フェンスに寄りかかってだらだらと自分の順番を待つというのが今期のトレンドだ。単に暑いからだけど。
「きた! まじか! オレ天才!」
志摩が自己新を出してはしゃいでいるのを、ぼんやりと眺めていると、森迫がこちらに歩いて来て、俺の隣に座った。
「志摩、自己新だってさ」
森迫は言う。
「見てた見てた」
俺は軽く応じる。
「おれ、高跳びなら得意なんだけど」
そう言う森迫に、ああ、とか、うん、などといいかげんに返事をしながら、俺は体操服の肩が気になっていた。森迫の肩が、俺の肩に密着しているのだ。なにも、こんなに近くに座らなくても、と思う。普通だろうか。いや、やっぱりちょっと近くないか。俺のパーソナルスペースは、そんなに狭くないんだぞ。自分でも考えすぎではないかと思いはするのだが、「ホモのり」になってしまった俺は、どうしても、「ホモさこ」のこういうところに敏感に反応してしまう。
「暑い。もうちょい離れろ」
「おれは暑くない」
「俺が暑いんだって、離れろよ」
ぐいぐいと森迫の身体を押すと、森迫はうれしそうに身体をこちらに預けてくる。カップルがじゃれてんじゃないんだから。そう思い、やりきれない気分になった。女子の目がなくて、本当によかったと思う。
「おーい」
志摩が手を振りながら、こちらに歩いて来た。
「オレのミラクル見たかよ」
「見てた見てた。すげーな、おまえは」
「だろ? あ、池やんパンツ見えてっぞ。もっと自分を大事にしろよ」
「見せてんだよ」
志摩の軽口に、こちらも軽口で応じていると、隣で森迫が、短パンをはいた俺の太もものあたりを覗き込むようにした。ぎょっとする。もしかしてこいつ、いま、わざわざ覗き込んで俺のパンチラを確認しやがったのか。
ペチンと森迫の頭を叩き、
「てめー、いまなに見たんだよ」
森迫は、どうして殴るの、という目をして、
「池屋のパンツ」
と堂々と答えた。
「ひー、超ホモさこー」
言いながら、志摩がゲラゲラ笑っている。
「ばかか、おまえは!」
「いいじゃんかあ。見せてんでしょー?」
「やめろよ。おまえ、そんなんだからホモさこなんて言われんだよ」
「別に嫌じゃないもん」
「おまえが嫌じゃなくても、俺は嫌なんだよ」
猛然と文句を叫んでいると、
「おいおい、痴話喧嘩はやめろよ」
志摩がにやにやと仲裁に入った。
「どこが痴話喧嘩だ」
俺は憤然として言い返す。
「おまえの目は節穴か」
そんな俺の言葉を無視し、志摩は軽く咳払いをすると、しなを作り、
「ちょと、つよぽん、いま私のパンツ見てたでしょー」
と甲高い声を発した。
「見てないって」
今度はキリッとした表情で低い声で言う。志摩の一人芝居は続く。
「『うそ、絶対見てたー。もう、つよぽんのエッチぃ』『へっへっへ、ばれたかばれたか』」
俺は、志摩の姿をぽかんと眺める。
「な。イチャついてるようにしか見えないだろ」
志摩は真顔で言う。いやいやいやいや。なに言ってんだ、こいつ。
「だいぶ脚色されていたようだが」
ため息を吐きながら、俺は静かに抗議の言葉を伝える。
「え、なに、つよぽんて。おれ? おれのこと? そんなん呼ばれたことないよ」
と的外れな反応を示しているのは、つよぽんこと森迫毅だ。俺は、再び深い深いため息を吐く。
「もういいよ。パンツくらい好きなだけ見ろよ」
投げやりに言った俺の言葉に、
「いやいや、そんな……」
などと口の中でもにょもにょ言い、森迫は顔を赤らめた。
「おまえ、なんで赤くなってんだよ!」
反応がガチっぽくて嫌だ。
「ひー、超ホモさこー」
志摩は涙を流して笑っている。
(!)塩からい高校生活
ホモ騒動にも慣れたころ。慣れたくもなかったが、すっかり慣れてしまったころ、
「い、池屋先輩!」
女子に声をかけられた。これから帰るつもりで、靴箱から靴を取り出そうとしているところだった。
先輩と呼ばれたので、一年生だとわかる。見ると、小柄な女の子がひとりで立っていた。反射的に、さっと周囲に目を向けても、この子の友人らしき女の子も見あたらない。こういう時の女子は、ふたり以上いる、もしくは、この場にひとりしかいなくても、周囲に数人、応援要員が控えていることが多い。それなので、本当にひとりでいるこの子に、それだけで、俺は少し好感を持ってしまった。
人目のない場所に移動し話を聞くと、案の定、告白だったものだから、俺のテンションは上がる。
「好きです」
と、その子は言った。
世間一般から見て、イケメンの部類に入るらしい俺は、他のやつよりもちょっぴりモテる。困るほどではないけれど、困らない程度にはモテる。しかし、ここ最近は、おもしろ半分にホモのレッテルを貼られてしまっていたものだから、こういう告白というものが心底ありがたかった。
「あの、わたし、入学した時から池屋先輩のこと、カッコイイなって思ってて」
そんなことを言われ、普通にうれしくなってしまう。お礼でも言おうかと口を開きかけた時、
「池屋先輩は女に興味ないって、ちゃんと知ってます。池屋先輩には森迫先輩がいるのに、迷惑だってわかってるんですけど、でも、どうしても気持ちだけは伝えたくて。あの、なんか、ごめんなさい!」
その子は、早口でそう言って、ぺこりと頭を下げると、脱兎のごとく走り去ってしまった。
俺は言葉を失い、その場に放心したように、しばらく突っ立っていた。
「池屋、なにしてるの?」
後ろから声をかけられ振り向くと、タイムリーに森迫がいた。俺の表情は自然とこわばってしまう。
「おまえのせいだ」
俺は言う。告白されたはずなのに、なんだかふられた気分だ。池屋先輩には森迫先輩がいるって、なんだ。いないよ。俺には森迫なんていないよ。
「え、なにが?」
わけがわからないという表情で、森迫は俺を見る。その顔にイラついた俺は、森迫の脛に蹴りを入れる。森迫は脛をおさえ、しゃがみ込んだ。
「なにすんだよー、池屋」
「わるい。思わず」
涙声で言う森迫のつむじを見下ろしながら、俺は謝る。
「いったい、どうしたの」
尋ねる森迫の手を引っ張って立たせ、俺は事の次第を話す。
「このままずっと彼女ができなかったらどうしよう」
そう締め括ると、
「でも、大丈夫だよ。池屋」
森迫は言った。
「池屋には、おれがいるもんね」
と、にまにま笑い、俺の手をぎゅっと握る。俺は、ぎょっとして森迫を見る。
やっぱり、いたのか。俺には森迫がいたのか。あの子の言ったことは正しかったのか。ホモだと思われているせいで彼女はできず、しかし、俺には森迫がいる。なんて塩からい高校生活だ。
「そんなことより、途中までいっしょに帰ろう」
森迫の言葉に俺は力なく頷き、握られたままの手を振りほどいた。森迫は相変わらず、にまにまと笑っている。
(!)純然たるコブラツイスト
「池屋、ちょっとおれにコブラツイストをかけてみてくれ」
昼休憩、学食から教室に戻った途端に森迫が妙に真剣な顔で言った。
「いいけど、なんなのおまえ。なんでそんなにコブラツイスト気に入ってんの」
言いながら、俺は森迫の身体に手を伸ばす。
「おい、志摩。絶対引っ張るなよ」
また前のような不幸な事故を起こしてはいけないと志摩に釘をさすと、
「オッケー、まかせとけ!」
志摩は笑ってひとさし指と親指で輪っかを作ってみせた。
「志摩、おまえ引っ張る気だろ。言っとくけどフリじゃないんだからな。まじで引っ張んなよ」
「わかってっから早くやってやれよ。ホモさこがお待ちかねだぞ」
志摩に言われ、森迫を見るとはにかんだような笑みを浮かべた森迫と目が合ってしまう。森迫、俺にはおまえがわからない。
「池屋、やっぱ無理! 無理無理無理無理! ギブギブギブギブ!」
望みどおりコブラツイストをかけてやると、森迫はすぐに音を上げた。
「おまえは、なんでそう堪え性がないのにコブラツイストをかけられたがるんだ」
そう言うと、森迫は一瞬なにか言いたそうな顔をしたのだが、すぐに顔を歪めてしまった。
「えー、なにあの密着度、すっごい絡まってない?」
「やっぱガチなんじゃん?」
などという女子の声が耳に入り、俺は思わず声を張り上げる。
「聞こえてんぞ、女子! どこに目ぇつけてんだ! どっからどう見てもコブラツイストだろうが! 純然たるプロレス技だろうが!」
「池やん、キャラ崩壊してんじゃん」
志摩がげらげらと笑っている。俺はため息を吐き、森迫の身体を解放する。森迫は、なにか思案するような表情でスタスタと教室の扉の方へと歩いて行く。
「おーい、どこ行くんだ?」
志摩が呼びかけたが、森迫は反応しなかった。
「池やん、やりすぎたんじゃねーの。コブラツイスト」
志摩が言う。
「あとでゴメンしとけよ」
「いやだ」
コブラツイストをかけてみてくれと言うからかけてやったのに、なぜ俺が謝らないといけないんだ。俺は憤然として森迫の背中を見送る。
(!)困惑する帰り道
結局、森迫は午後の授業をサボり、俺が帰り支度をしている時になって、やっと教室に現れた。
「池屋、途中までいっしょに帰ろう」
森迫は言う。特に怒っている様子がないものだから、俺は謝らないことにした。森迫の申し出に頷きながら、
「どこ行ってたんだよ、おまえ」
「保健室で瞑想してた」
「おまえ、最近変だぞ」
顔を覗き込むと、森迫は頬を赤らめて少し身を引いた。だから、なんだその反応は。おまえがそんな反応をするからホモホモ言われるんだぞ。まるで、俺に好意を持っている女子そのものじゃないか。そう考えて、俺ははたと動きを止める。まさか、と思う。いや、そんなわけはない。もやりと浮かんだ考えを即座に否定し、俺は教室を出る。
「あのさ」
帰り道、森迫が口を開いた。
「池屋、いままで何人くらいとキスしたことある?」
唐突な質問に、俺の眉間にしわが寄る。
「なんだ、いきなり」
「いいから。何人?」
「ふたりだな」
答えると、森迫は、
「ひとりはおれでしょ。もうひとりは?」
などと言うものだから、ぎょっとする。
「ああ? おまえじゃねーよ。おまえはカウントされねーよ」
「え、なんで!」
「あんな事故、カウントしないだろ」
「じゃあ、誰!?」
「中二んとき付き合ってた子と、あと中三の時の子」
森迫は顔を歪めて、中学でキスとか信じられない、不純異性交遊だ、こえー、イケメンこえー、などとぶつぶつ言っている。
「あ、でも、高校ではおれがはじめてだね」
「カウントされてねーって言ってんだろ。もう」
「でも、おれにとってはキスだったんだよ。おれは池屋が好きだから」
まじか。こいついまなんかサラッと言いやがった。俺は森迫の横顔を凝視する。まさかとは思っていたが、
「まじか」
俺は言う。
「まじだ」
森迫はうなずく。
「おまえ、言うなよそういうこと。そんなん知っちゃったらもうおまえのこと、雑に扱えなくなんじゃん」
「池屋、いままでおれのこと雑に扱ってたの?」
「扱ってないって言ったら嘘になるな」
「ひどいー」
森迫は情けない声を上げる。
「いつからだ?」
尋ねると、森迫は少し考えて答える。
「結構前からだと思うんだけど、自覚したのは、キスの前のコブラツイストのちょっと前」
てっきり、あの惨劇の時からだと思っていたら、
「そのちょっと前だと!?」
「うん」
森迫はうなずく。
「でも、自覚はしたものの、その時は本当にそうなのか自分でも疑わしかったから、確認の意味を込めて手っ取り早くコブラツイストをかけてもらったんだけど」
コブラツイストで一体なにが確認できるというのか。森迫の考えることはよくわからない。
「そしたら、池屋の腕や脚がおれに絡まってんのがうれしかったから、ああ、やっぱそうなんだって思って。で、思いがけずキスまでしちゃって。まあ、あん時はびっくりしちゃってよくわかんなかったけど」
森迫の気持ちを知ってしまったいま、あれはキスじゃない、事故だ、と訂正するのも躊躇われる。俺は、なに森迫に気を遣っちゃってんだ。
「でもそれでも勘違いかもしんないからさー、今日もコブラツイストかけてもらったんだけど、やっぱガチだわ、おれ」
「ガチとか言うなよ」
森迫ははにかんだように笑った。その表情は、確かに、俺のことを好きだと語っていた。
そうか。だからか。
池屋、ちょっとおれにコブラツイストをかけてみてくれ。
森迫は、ただ単に、俺とくっつきたかっただけなのだ。
「いやだよ。俺、おまえに気を遣いたくないよ」
思わず本音が漏れる。相手の自分への好意を知ってしまったら、傷付けることがこわくなってしまう。いやだよ。俺はいままでどおり、おまえのことを雑に扱いたいよ。
「なんで? いいよ、気を遣わなくて」
森迫はきょとんとした表情で言う。
「おまえは、告白される側の気持ちをなにもわかっちゃいない!」
吐き捨てるように言うと、
「無神経なイケメン発言やめてよ」
森迫はのんきそうにへらへらと笑う。
(!)コブラツイスト的倒錯
教室でクラスメイトと談笑している森迫の背中に、『120円』と書かれた紙が貼られている。 以前、俺の背中には『500円』と書かれた紙が貼られていたことがあった。誰かが、というかたぶん志摩がふざけて貼ったのだろう。
なんてことないかわいいイタズラなのだが、森迫は俺よりも380円も安いのか、そう思うと、なんだかいたたまれない気持ちになってしまい、森迫に気付かれないように『120円』をそっとはがしてゴミ箱のほうへ持って行く。
「池やん、さいきん森迫に対して過保護になったな」
志摩が近寄ってきて言う。
「そうだろうか」
驚いて聞き返すと、
「そうだよ」
志摩は言った。
「前は、もっと森迫のこと雑に扱ってただろ」
俺は絶句する。確かに、森迫のことを雑に扱えなくなっているのは事実だ。森迫がスベッているのを見ていられないのだ。だったら見なきゃいいのだが、無視するわけにもいかない。だって、森迫は俺のことが好きなんだぞ。そんなやつを雑には扱えない。それに、森迫は友だちだもの。森迫が俺のことを友だちだとは思っていなくても、俺にとっては大事な友だちだもの。ついつい構ってしまうのは仕方がないと思う。
「志摩、おまえもうちょい森迫にいい値段つけてやれよ。値上がり前の缶ジュースレベルじゃあんまりだ」
「じゃあ、250円」
「もうちょい。せめて300円台だ」
「360円!」
「もう一息!」
「420円だ! サービスだぞ!」
「よし、いいだろう」
志摩とそんなやりとりをしていると、
「なんの話?」
背後から森迫の声が聞こえ、俺の身体はおもしろいほど跳ねた。
まさか、おまえに値段をつけていたんだ、とも言えない。いままでなら平気で言えたはずの軽口が、なぜが言えない。
「池やん、ビビリすぎ」
志摩はげらげらと笑っている。
昼休憩、学食で森迫がお茶をこぼした。志摩は、
「あーあ。ちゃんと拭いとけよー」
と言っただけで、カレーを食べるのをやめようともしない。
俺は台拭きを借りてきて、森迫のこぼしたお茶を拭く。お茶を拭きながら思う。あれ? なんで俺が拭いてるんだろう。
いつもなら、自分に被害がない限り放っておくはずだ。志摩がしたのと同じように。
どうした、俺。どうした、俺。まじでどうした俺。
「見て見て。拭いてあげてるよ」
「やっぱ、なんだかんだ言って、ホモのりはホモさこにやさしいよねー」
女子の声が耳に入ってくる。
「池屋、おれやるよ。ありがとう」
森迫が言う。
「そうだよ、おまえがやれよ! なんで俺がやってんだよ!」
「なに怒ってんの?」
「怒ってねーよ!」
俺は森迫に台拭きを投げつけようとして思い直し、ちゃんと手渡してやる。
「池やん、情緒不安定だなー」
志摩はのんきに笑っている。俺は座って残りのラーメンを食べる。麺がすっかり伸びてしまっていた。
「池屋、ちょっとおれにコブラツイストをかけてみてくれないか」
学食から戻ると、森迫が言う。森迫の言うコブラツイストのその意味を、わかっていて俺は森迫の身体に手を伸ばす。
「だーっ! 池屋、おれもうダメ、ギブギブギブギブ!」
「もうちょい我慢強くなれよ、おまえは!」
やっぱ、なんだかんだ言って、ホモのりはホモさこにやさしいよねー。学食で聞いた女子の声がよみがえる。
もう、いいです。それでいいです。俺は俺のしたいように、森迫と仲良くしようと思います。
「まだだ。まだいける。コブラツイストの向こう側を見せてやる!」
了
ありがとうございました。