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サ終を匂わせる乙女ゲームの悪役令嬢に、転移してしまった!!

作者: synaria

「環ぃぃ~~、聞いてよぉぉ~~、運営がさぁ~~、ヒドイんだよぉぉ~~~っ!!」


 って、電話口で号泣しているのは私の親友、夢咲姫花ゆめさきひめか

 あ、彼女の名前はめちゃ華やかだけど、見た目は地味系、自他ともに認める腐女子で、乙女ゲームに給料のほとんどをつっこんでる強者である。


 姫花の両親、特に母親が姫姫していて、娘にも姫姫した名前をつけようって事でこの名前になったらしいんだけど、姫花自身、どうにもリアルでは地味系を脱却できなくて、その反動もあり、ゲームに姫姫を求め、依存している。

 まあ、二次元の世界がどうにもファンタジー素敵すぎるんで、気持ちは分かるけどね。私もゲームはしないけど、アニメは見るし。あと、容姿に関して言えば、私も人の事は言えない容姿なんで。

 でも、私の名前は成瀬環なるせたまきで、姫花みたいな姫姫した名前ではなく、どっちかというと中性的な名前なんで、そういうところは姫花とは育った環境が違うなあとは思う。

 ちなみに姫花とは、アニメ好きがこうじて友達になった、中学時代からの腐れ縁だ。


 で、さっきから何をそんなに姫花は喚いているのかというと、昔からハマっている乙女ゲーム『アイドルDE王子様☆』に散々貢いできて、今も現在進行形で貢いでるのに、四年も前に新ストーリーを追加するとか言っておきながら全く追加しないどころか、実は別の女子アイドルゲーム開発に乗り出していて、そのPVが『アイドルDE王子様☆』では見た事ないくらい豪華だったらしく、『貢いだ金が全部そっちに持っていかれた! 自分の”推し”には使われなかった!』って言って、号泣しているのだった。


 まあ、確かに酷いよね……

 新ストーリーを追加するっていうんだったら、先にそっちを追加してからだったら良かったのに、四年も待ったあげく……だもんね……


 姫花は、本当にその乙女ゲーにハマっていて、新ストーリーが追加されなくても、同じライブや舞台に何回も行くし、グッズもめちゃ買うし、同じ内容のゲームがリニューアルされたと言えば、内容同じでも買うし、その乙女ゲームの王子様達が歌っている既存の曲のリズムゲームが出たら張り切って買うし、とにかく、新ストーリーが出るまでの間、間を持たせる的な感じで運営が出してきが金儲けコンテンツに、推し王子との恋愛をさらに発展させたいと心から願い、貢ぎに貢ぎまくってたのに……


「それだけじゃなくてさぁ~、歌作ってる作詞曲家がファンの抗議にへそ曲げちゃって、『もう、アイドルDE王子様☆の曲作んない』って言っちゃってさぁ~、これ、完全にゲーム終了フラグだよねぇ~~!? でも、終了匂わせられても本当に終了するまでは、ひょっとしてって思っちゃって貢いじゃうし、もう八方塞がりだよぉ~~っ!!」


 ……

 姫花、重度の廃課金者だな……

 『運営がさぁ~酷いんだよぉ~』って言いながら、完全にその酷い運営の金づるになっているという……

 その作詞曲家の言いっぷりでは、恐らく私が思うにもう『アイドルDE王子様☆』の新ストーリーが追加される事は今後ないだろう。暗にサ終(サービス終了)を匂わせていると思う。

 でも、『アイドルDE王子様☆』の腐女子は金落とすんで、金を巻き上げるためにゲームは放置しつつ、『サ終を匂わせたのにも関わらず、それでもなお課金したのはお前らのせい』と腐女子たちに責任転嫁する道なんかも作りつつ、恐らくゲームはサ終させず蛇の生殺し状態で、このまま金巻き上げコンテンツとして、放置しておくつもりなんだろう。


 なんか、可哀そうになってきた……

 私はゲームができないタイプなんで、今までした事ないんだけど、アニメはそこそこ見るんで、このゲームもアニメにもなってる有名タイトルなんで知ってはいる。

 確か学園もので、ヒロインの女の子は作曲科にいて、アイドル科の男子をスターダムに伸し上げるのを手伝いながら恋愛するとかなんとか。

 っていうか、作曲家の学生がどうやってアイドルの卵をスターダムにのし上げるのかさっぱりわかんないけど、ちょっと姫花の事も気になるし、どんなのか覗いてみようかな?


 姫花が散々泣き叫んで疲れ、電話を切ったのち、私はPCで検索し、早速その『アイドルDE王子様☆』をダウンロードしてみる。

 で、その時に何か色々聞かれたんだけど、よく読まないで適当に『はい』とか『続ける』とかをクリックして先に進む。

 なんか妙にクリックする回数がやたら多かったような気もするけど……ま、いっか。

 そしてゲームタイトルをクリックし、私はスタート画面を開けた。


 『アイドルDE王子様☆』


 おお、なんかお花いっぱいで華やかな乙女ゲーっぽいスタート画面だなと思う。

 そしてそのタイトルの下には、こう書かれていた。


 『ログインしますか? Yes/No』


 もちろん私は、早速『Yes』をクリックしてみる。

 すると……


 えっ?……なんで突然PC画面から、突然こんな強い光が発光されるの??

 っていうか……めちゃ眩しくてもう、目を開けていられないっ……!!


 私は目をギュってつむり、手で顔を覆い俯いて、その謎の光が収まるのを待ってから、恐る恐る目を開けてみた。

 すると……




 ……ここは、どこ……?



 私は、全く知らない教室の中にいた。

 呆然と立ちすくんでいると、女子生徒二人が私に声をかけてくる。


梅子「アイリス様ぁ~、また”姫花”の事、イジメましょうよぉ~」

節子「そうですよぉ~、あいつ、男に媚びて、生意気ですもん~」


 姫花の事を、イジメる……? 男に媚びて、生意気……?


 っていうか、現実の世界の姫花はとにかく地味系女子で、男に媚びるとか無縁の女子だ。

 おまけに、私たちはこんな学生じゃない。もう社会人だっていうのに、これは、いったい……?

 それに、『アイリス』、『梅子』、『節子』っていう名前も聞いた事ある。

 いつも姫花が言ってたもん。『アイドルDE王子様☆』のメインヒロインである姫花をイジメる、悪の枢軸トリオだって。


 ……

 私、ひょっとして……

 この乙女ゲームに転移してしまったの??


 おまけに、この悪の枢軸トリオのリーダーであるこのアイリスって女は、世界中にレコードレーベルを持っている音楽制作会社社長の御令嬢で、ヒロインをイジメ倒すんだけど、そう言えば姫花が、『なんで外人なのに日本語ペラペラで日本の学校にいるんだよ、世界的音楽レーベルなら日本に来んな!」とか言って、怒ってたっけ……


 っていう事は私、今アニメで流行りの悪役令嬢に、転移してしまったの!?


 そういえばダウンロードする時も様子が変だった……

 確か、『プレイするにあたり、悪役令嬢でも大丈夫ですか?』みたいな質問も、あったようななかったような……?

 で、私はとりあえずよく分からなかったので、めちゃ適当に『はい』とか『続ける』を連打したんだった……


 こ、これは大変な事になった!

 アニメで見る限りでは、破滅フラグを回避するのに皆めちゃ必死だった!

 私もその破滅フラグとやらを回避しないと、大変な事になる!

 とりあえず、姫花に会わなきゃ!


 あ、でも待って? ログアウトってできないのかな??

 私は転生じゃなくて転移だから、ひょっとしたら今すぐログアウト、できるかも??


 って、私はそう思うんだけど、とにかく私はゲーム初心者で、乙女ゲームなんてのもやった事もない。だからログアウトの仕方も分からない。

 なのでとりあえず両手を胸の前で握り、ログアウト画面が出て来ないか、心の中でひたすら祈ってみた。


 ……

 うんともすんともならない……


 とりあえずアニメで見るように、どこかタッチするようなところはないのかなと思い、両手をちょっとパタパタしてみる事にする……


 ……

 だけど、やっぱり何も起こらない……


 ダメだ……やっぱりこれは、姫花に会わないと何にも始まらないっ!!

 そう言えば姫花は、ほとんどゲームの更新がないにも関わらず、毎日データログ見るためにログインしているって言っていた。

 そしてこの悪役令嬢の取り巻きも、『姫花』って言ってたんで、今私が入りこんでいるこのゲームのメインヒロインは、姫花だ。


 今すぐ、姫花に会わなくちゃ……!

 私は慌てて教室から出て行こうとする。

 すると、取り巻き二人が私を呼び止めた。


梅子「アイリス様、どちらへ?」

節子「授業が始まりますよ?」


 ……それにしてもこの取り巻き立ちの名前、『梅子』に『節子』ってあまりに極端なんじゃないかなあ……

 姫花いわく、このゲームのヒロインの名前は自分で入力できるタイプであり、もちろん自分の名前も入力できて、自分の名前を使ってメインヒロインとなり、王子と恋愛する事ができる。

 だから、その入力された名前が少しでもメインヒロインっぽくなるようにっていう配慮?だからか知らないけれど、メインヒロインを引き立たせるために、モブキャラの名前が酷い事になっていると、そういえば言ってたっけ。


 にしてもちょっと、露骨すぎるなあと思った。


 あと、ライバル役である悪役令嬢アイリス・ゴールドスタインは、モブではないので名前もライバルっぽくゴージャス、見た目もゴージャスで金髪盾巻きロールに碧眼、めちゃ巨乳で美人と言っていた。


 思わず私は自分の視線を下に落としてみる……確かに、ハンパなく胸がデカい事を確認した。


 で、メインヒロインの女の子は清楚系女子なんだけど、その清楚系女子がゴージャス女子を打ち破って辛酸をなめさせるっていうのも、一応サブストーリーとして組み込まれているそうだ。

 でも、その悪役令嬢のイジメがホント酷いんで、よく姫花は『あの金髪デカ乳ババア、世界規模の御令嬢が一般女子いびってんじゃねー』とか言って、よく喚いていたような気がする……


 っていうか、このアイリスって子は一応女子高生設定なのに、それにも関わらず『ババア』呼ばわりとか、いったいどっちが『ババア』なんだか、姫花にいつかブーメランとして返ってこないか、とても心配だ。

 もちろん今姫花が、アイリスである私を『金髪デカ乳ババア』呼ばわりしたとしても、破滅フラグを回避する事が私にとって最重要事項なんで、『ババアはどっちだよ!』なんて、絶対に言い返したりはしない。

 そもそも、今のアイリスの中身である私は、中学時代からの同級生であり、姫花と同い年だしね。


 まあとにかく、私はまず破滅フラグを回避するために、姫花と和解しなければならないと思うんで、この取り巻き女子に構っている暇はないので、私は二人に言った。


「授業が始まるというのに、姫花さんがいないでしょ? 私、探してきます」


 すると、取り巻き二人が嬉々として言った。


梅子「もう一回イジメるんですね! 何度でもイジメましょう!」

節子「アイリス様、先ほども豪快に飲み物ぶっかけ、楽しそうに罵詈雑言の数々を浴びせていらして、とても美しかったです!」


 ……

 私って、そんなに酷いキャラなの……

 この取り巻き二人も相当酷いけど……

 大体、人に飲み物をぶっかけ罵詈雑言を浴びせて『美しい』とか、その感性があり得なさすぎるな……


 これは覚悟して、姫花に謝らないといけないと、私は自覚した。


「と、とにかく私、探してきますから!」


 そう言って教室から勢いよく出ていくと、一人の男子に声をかけられた。


真一郎「アイリスさん、どちらへ? もうすぐ授業、始まりますよ」


 おお、これは攻略対象キャラの一人じゃない? 確か、真面目系の真一郎君。髪が青いからきっとそうだ。

 いやに笑顔がキラキラしてるなあ……まあ、そういうゲームだから、仕方ないかもだけど。


 で、今私が出てきた教室が作曲科の教室、じゃあ、この真一郎君は今からアイドル科の教室に行くところなのかな?


「真一郎君も、急いで教室戻ったほうがいいですよ」


 私はそう言って、廊下を進んでいく。

 っていうか、姫花って今、どこにいるんだろう……

 私がそんな事を思いながら人通りある廊下を歩いていると、また一人の男子に声をかけられた。


煌雅「やあ、アイリス嬢。いつも、花のように美しいね」


 おお、こちらは華やかナルシス系攻略対象キャラだ。紫色の髪をなびかせて、ナルシスト感がハンパない。ちなみに、姫花の推しが彼だ。


 ……良さが、全く分かんない……

 っていうか真一郎同様、無駄に笑顔がキラキラしてるし。


 そもそもいい歳した女性が、男子高校生捕まえて、アイドルにして恋愛するっていう設定が、イマイチ私、よく分かんないんだよね。

 まあ、『心はいくつになっても乙女』っていう事なのかも知れないけど。


 それにしても私には、皆『アイリス』っていう名前で呼んで、『姫』呼びではないんだな。

 確か姫花いわく、攻略対象キャラは姫花の事を『姫』って呼ぶって聞いた。

 まあ私は悪役令嬢キャラなんで、姫呼びではないんだろう。

 ただ、私はヒロインのライバルキャラで、ヒロインの攻略対象キャラを誘惑し奪いに行くキャラでもあるらしいんで、だからあの男子たちもゲームのストーリー上、私にいちいち声をかけてくるのかも知れない。


 ……邪魔でしかないんだけど。こっちは急いでるのにさ。


 って思いながらさらに廊下を進んでいくと、また声をかけられた。


龍司「てめぇ、俺を無視していくとか、いい根性してんじゃねーか!」


 ……突然、妙な因縁つけられたし……


 こいつも確か攻略対象だ。そういえば、髪の毛真っ赤の強そうなヤンキー系で、ヒロインをボロクソに言うキャラがいるって言ってたっけ。


 ……こんなんのいったいどこがいいんだか……こいつ推しの女性は、よっぽどドMなのかな……


 このキャラ推しの女性は、DVされ気質があるかも知れないんで、気をつけた方がいいかも知れないと、心から思った。


 とりあえず私は「急いでるんで、ごめんなさい~」って愛想笑いしつつ、そそくさとその場を通り過ぎる。


 で、なんかこの階にはいなさそうだなあと思っていると、階段が見えたので上にあがってみる事にした。

 踊り場の壁には『2/1』の文字が。どうやら私は今2階にあがっているようだ。


 そして2階に辿り着くと、これまた1階と同じような風景で、色んな生徒がまばらにいる。

 私は姫花を探しながらも、ちょっとその辺のNPCに声をかけて、姫花がどこにいるのか聞いてみようと思った。


「すいません。姫花さんって、今どこにいるか知ってますか」

「……」


 どうやら、NPCは話ができない仕様っぽい。

 しょうがないなあと思いながら先に進むと、また煌雅が私に話しかけて来た。


煌雅「やあ、アイリス嬢。いつも、花のように美しいね」


 なるほど。セリフが『偶然また会ったね』とかではなく、さっきとセリフが全く同じという事は、ストーリーを進ませないと次なるセリフは聞けないっぽいな。

 とりあえずストーリーを進ませるつもりはないんで無視して進むと、また声をかけられた。


慧斗「君の教室は1階ですよ。分からない事があれば、何でも私が答えるので、尋ねて下さい」


 ああ、これも攻略対象の一人の秀才系キャラだ。緑色の髪に、眼鏡かけてるしすぐ分かる。

 それで彼、分からない事があれば尋ねてって言ってたよね? じゃあ、姫花の居場所、聞いてみようかな?


「あの、姫花さん、どこにいますか?」

慧斗「分からない事があれば、何でも私が答えるので、聞いて下さい」


 ……どうやら、二人の関係が進展するような質問じゃないと、受け付けてくれないようだ。


 何が、『何でも私が答える』だよ。何にも答えられないじゃん。マジでハッタリも甚だしい。

 私が少し腹立たしく思いながらさらに廊下を進むと、また声をかけられた。


翔「ちぃーっす! 今からサボり? 俺も一緒にサボろっかな!」


 ああ、これも攻略対象の自由人キャラだ。ピンク色の髪が、さらにチャラっぽい? でも、一緒にサボって姫花を探してくれたら、評価が激変するに違いない。


「じゃあさ、一緒に姫花を探してくれる?」

翔「今からサボり? 俺も一緒にサボろっかな!」


 ……やっぱりダメか……まあ、だいたい予想はついてたけどね。


 って私は、彼への評価が激変しなかった事を寂しく思いつつ、とりあえず「今急いでるから」と言ってその場を離れ、さらに姫花を探してみる。


 でも、姫花はいなくて、また上の階へあがる階段を見つけた。

 よし、ここまで来たらあがってみるか。

 そして私は3階へ辿り着くと、ここにはなんと、人っ子ひとり、いなかった。


 誰もいない廊下、誰もいない教室……ここはどういう理由があって、作られたんだろう……


 私はきょろきょろ見渡しながら廊下を進んでいくんだけど、やっぱり人っ子ひとりいない……

 どうしよう……

 もう一度、下に戻って探し直す?


 でも、しばらく歩いていると、屋上へ向かう階段が見えてきた。

 よし。屋上を探してみて、それでもダメならまた下に降りよう。

 そして私は階段を昇り、屋上に入る扉を開けた。



 すると、屋上のフェンス越しに……姫花がいた!

 姫花からあらかじめ聞いていたメインヒロインの風貌、清楚系女子、あの女子生徒が姫花に違いない!

 おお! やっと会えた!

 私は感激のあまり、両手を広げて姫花の元へ走って行く!


「姫花!」


 すると姫花は、私を見るや否や物凄い形相で悲鳴をあげた。


「ぎゃぁあぁぁ~~~~~~~っっっっっ!!!!!」


 ……

 えっと、ちょっと、あまりに恐怖におののき過ぎなんじゃないだろうか……

 それにしても、姫花がこれほど怯えるほど私、姫花の事をイジメてたっていう事か……


 私は、蹲って震える姫花に恐る恐る近寄ってみる。


「あ、あの、信じてもらえないかもだけど、私、環だよ?」

「はぁ!? 環?? 環があんな酷い事する訳ないじゃんっ! 金髪デカ乳ババア! 私に近寄んないでよっ!!」


 ……やっぱり、信じてもらえないか……


 まあ、そりゃそうよね。私も未だに信じられないもん。乙女ゲームの悪役令嬢に転移とか、マジで考えられない。現実の生活、どうしてくれるんだ。元の生活に戻れるのか。本当に不安しかない。


 今はただ、私にできる事と言えば、何かの拍子にログアウトができるようになるまで、アニメでよくある破滅フラグを回避する事なんで、それを実行しようと今、姫花のところに来ている訳だけど……


 前途多難かも知れない……


「あ、あのさ、今までの事、ごめんね。私、心改めようと思って……」

「またそんな事言って、私を騙してさらにイジメようっていう魂胆なんでしょ?! 私なんて死んでしまえばいいって思ってるクセに! いいわよ! ここから飛び降りてやるっ!!」


 そう言ってフェンスによじ昇ろうとする姫花。


 ……

 この乙女ゲームって、ヒロインがフェンスから飛び降りる『飛び降り自殺バッドエンド』なんていうのも用意されてるんだろうか……?


 でも、姫花が死んでしまったら大変だ。ゲーム終了と同時に、私はこの乙女ゲームのデータの中に、埋もれてしまうかも知れない??

 とにかく、姫花を止めなきゃ!


「は、はやまっちゃダメ! 生きていれば必ずいい事あるから!」


 私は姫花にしがみつくと、姫花は号泣し、絶叫しはじめた。


「放してよ! 金髪デカ乳ババア! 生きてたっていい事なんてないんだから! このゲームだってストーリーは何年も全く進まないし、推しに声かけてもオウム返ししか返ってこないし、推しに会いたくてログインするものの必ずアンタにはイジメられるし、ゲームはサ終しそうだし、何にもいい事なんて、ありやしないじゃないのよぉぉ~~~っっっ!!」


 そして今度はその場で蹲り、姫花は泣きじゃくり始めた……

 姫花……今は私に……いや、このキャラの女にイジメられたばかりで、気が高ぶっているのかも知れない……


 私は、しばらくの間そっとしておくのが得策と思い、ほとぼり冷めたらまた戻ってきて、必死の改心アピールをしようって思った。

 このキャラの女の破滅フラグがどんなのかは知らないけど、破滅フラグ回避に全力は尽くさなければ。

 そのためには姫花から情報を聞き出しつつ、メインヒロインである姫花とは絶対に仲良くなっておかないと。


 そうして私は姫花を残し、屋上を後にした。



 しばらくの間、ちょっとウロウロしてこのゲームを中を見学してみるのもいいだろうか。

 何か、良い案が浮かぶかも知れないよね……

 私はそんな事を思いながら再び何にもないがらんどうの3階に着くと、誰もいなかったはずの廊下に、一人の男子生徒が立っていた。


 黒髪に黒い瞳、高身長のモデル体型で、めちゃイケメンだから攻略対象なんだろうとは思うけれど、こんな風貌の男子は、姫花から話聞いてないな……


 私は思わず話しかける。


「君は、誰?」


 すると、その男の子はみるみるうちに目を見開いて、驚きの表情を隠せないでいる。


 ……私が声かけたの、よくなかったんだろうか?


 私がどうしようかと考えあぐねていると、その男の子が、少し声を震わせながら、言った。


「君は、俺が、見えるのか……?」


 ……この男の子はいったい、何を言ってるのかな……見えるどころかめちゃイケメンオーラを放ちまくってるっていうのに……?


「めちゃくちゃ見えてますよ? 驚くほどイケメンで視線釘付け、むしろ目を逸らすのが難しいレベルですけれど」


 私がそう答えると、その男の子はさらに驚くんだけど、少しずつ気持ちをトーンダウンさせているのかな?徐々に落ち着きを取り戻しているように見える。


 そして、その男の子は言った。


「俺……俺は、名前はまだない」


 ……名前がない……

 こんなにイケメンだというのに、NPCなんだろうか……


 でも、NPCにしては不思議すぎる。なぜなら、さっきもNPCに声をかけたけれど無言だったし、あと主要キャラからは話しかけられたけれど、私から話しかけてきちんと答えをくれた人は、この彼だけだからだ。


 彼はいったい、どういう存在なんだろう?


「君は、アイドル科の生徒なの? それとも私と同じ作曲科?」

「俺は、俳優科の生徒だ」


 俳優科……? そんなの、姫花から聞いた事ないな……


 っていうか、この彼ちゃんと私と会話のキャッチボールができてるのが、ちょっと凄いかも知れない。他のキャラは主要キャラでさえ、変なオウム返しばっかだったもん。


「俳優科……私、初めて聞いたけど」

「俺が、作ったんだ」


 ……え? そんなの、ゲーム内のキャラが勝手に作れるものなの……??


「君は、何者? どうしてそんな事ができるの?」

「俺、バグなんだ。で、このゲームの運営が、とにかくこのゲームを放置してる間に俺、適当な知性を持って生まれてきてしまい、今もなお放置されてるんで、バレないレベルで色々作ってる。運営的に言うと、静かなるバグの暴走って感じになるのだろうか」


 知性を持ったバグだという彼……ひょっとしたら私、彼に頼めばログアウトできるんじゃないだろうか??


「ねえ、君! 私、このゲームからログアウトしたいんだけど、できる!?」

「まあ、難しくはないが……」

「えっ! 難しくないの!? じゃあ、やってみよう! 私、どうすればいい?」


 私がそう尋ねると、彼はこのゲームの心臓部である学校の地下に案内すると言った。

 そして道すがら、彼は色んな話を私にしてくれる。


 彼が自分で俳優科を作った理由、それは端的に言うと、彼も『姫』を見つけたいからだそうだ。


 なんでも彼もこの世界の男子として生を受けた?ので、やっぱり姫が欲しいという気持ちを拭い去る事ができない存在なのだという。

 でも、既存のアイドル科にバグが入るとさすがにバレちゃいそうと思って、運営にバレないよう架空の3階を作って、とりあえず俳優科と脚本科っていうのを作ってみて、自分が俳優科、姫が脚本科のクラスに入るっていう設定を作ったのだそうだ。

 でも、運営にバレないよう架空の存在、つまりお化け的な存在なので、主要キャラはもちろんNPCも、今まで誰も彼の事や、この3階の存在、俳優科、そして脚本科の存在についても、誰も気がつかなかったという。


「だが、君が初めて俺の存在に、気がついたんだ。だから俺、正直とても驚いた」

「そうだったんだね……それであんなに君に話しかけた私の事、驚いてたんだ……って、やっぱり君に名前がないの、不便だな……じゃあさ、とりあえず私が初めて君の存在に気がついたんで、君の名前、『ハジメ」って私が名付けてもいいかな? やっぱり名前がないと呼びにくいんで……でも、ネーミングセンス、なさすぎかな……」

「いや、ハジメか……それでいい」


 そう言ってハジメ君は、ちょっとぶっきらぼうなんだけど、でも少しだけ口角を上げて、微笑んでくれた。


 ああ良かった……どうやら大丈夫っぽいな……


 本当は、乙女ゲームっぽい煌びやかな名前をつけてあげたかったんだけど、全く思いつかなくて、でも名前がないと呼びにくいんで、もう勢いで『ハジメ』にしてしまった。

 でも、嫌がられる事なく受け入れてもらえたんで、これで良しと思っておこう。


「じゃあ、俺の名前は『ハジメ』だと、プログラミングしないとな」


 ハジメ君、そんな事できるんだ……っていうか、できて当たり前か。校舎の3階部分丸々作ったくらいだもんね。

 きっとその校舎作ったり、俳優科とかの設定作ったり、あと自分の名前を追加したりとかするのは、今私たちが向かっている校舎の地下、このゲームの心臓部分っていうところで作業するんだろう。


 そんな事を話しながら、私たちが地下まで降りてくると、目の前には扉があり、ハジメ君がゆっくりと扉を開け、私を中へ入れてくれた。



 これは……なんだろう……

 真っ暗だから、小宇宙の中にいるような感じだ。

 でも、明るさを保っているのは惑星や星々ではなくて、私には全く理解不能のプログラムの数々。

 このゲームを作っているプログラムが、宙に浮いて輝きを放ちながら飛び交い、なんなら私の体をすり抜けていくプログラムもあった。

 私の体に異常は全くないけれど。


 私がそんな感じでとにかく唖然としていると、ハジメ君が早速自分の名前をプログラミングし始めたっぽい。

 なんか、立ったまま右手を前にかざして、何か考え込んでるように見える……?

 すると、ハジメ君の右手から、プログラムがバァァーーーって出てきて、全部出てきたかと思うと、ハジメ君の真ん前でピタって止まった。


 で、他のプログラムよりも輝きが強い……できたてほやほやだからかな?

 ぶっちゃけ他のアルファベットの部分は全く意味不明だけど”hajime"のところだけは読めて、ああ、このプログラムがハジメ君命名プログラムなんだなって、なんとなく理解した。


 すると、ハジメ君が私に声をかけてきた。


「君さ、一応アイリスだろ?」

「まあ、一応」


 ハジメ君、変な質問の仕方をするなあと思いながら、一応返事をする。


「アイリスはそのキャラの性格上、ヒロインの行動を妨害する事ができるんだが、つまりそれは、ストーリーの進行を妨害する事ができる能力を、君は持っているという事になる」

「え、私、そんな力を持ってるんですか?」

「そうだ。もっと言うと、君はストーリーの進行を妨害したり、ストーリーの進行にとっては異物でしかないプログラムを、プロテクトする能力も持っている。それを試しに今、やってみて欲しい」

「どうするの?」

「ここに、俺の名前のプログラムがある。このプログラムは、ストーリーの進行とは全く関係なく異物でしかない。これにプロテクトをかけてみて欲しいんだが、まず、俺と同じように右手をこのプログラムに向かってかざして欲しい」


 私はハジメ君に言われた通りに右手をそのプログラムにかざす。


「そして、このプログラムを保護する事を念じながら『プロテクト』と言って欲しい」


 このプログラムを守るイメージで『プロテクト』って言うのね……

 私は言われた通りにしてみた。


「プロテクト!」


 すると、そのプログラムがさらにピカって光った!

 なんか、見るからに保護されてる感じがする??

 私はハジメ君の顔を見ると、ハジメ君はフッて笑った。


「さすがだな……これは使える。ありがとう」

「いえ、どういたしまして」


 って言って、私は微笑み返すんだけど、なんか私、実は何気に凄いかも……

 ちょっと、世界の秩序に干渉できる、魔法使いにでもなったような気持ちになってしまった。


 そしてハジメ君は、また色々と作業をし始める。

 ひょっとして、私のログアウトの方法を探してくれてるのかな? もしくは新たなプログラム、作ってくれてるのかな?


 すると、ハジメ君の右手から今度はログアウト画面が現れた。


『ログアウトしますか? Yes/No』


 おお、ログアウト画面だ! これでいつでもログアウトできる! ハジメ君、マジで天才!!

 って私は歓喜しつつ、これどうやって使うの?って聞こうとしたら、ハジメ君が言った。


「君がログアウトする前に、頼みがある」

「……なんでしょう?」


 乗り掛かった舟だ。こうしていつでもログアウトできる事が分かり、破滅フラグとかバッドエンドの事を考えなくてもよくなったのは、全てハジメ君のお陰だ。頼みくらい聞いてあげるのが、筋ってもんだろう。


 そしてハジメ君は、凄く真剣な表情で私を見て、言った。


「君に、俺の姫になってもらいたい」


 ……

 えっ……?

 そ、そんな風に、めちゃイケメンの顔で真剣に言われたら、私、ドキドキが止まりませんけれどっ??


 なんでも、ハジメ君いわく、ハジメ君はバグなんだけど、この世界観の男子として生まれた以上、姫を手に入れたいという衝動から免れるのは、できない仕様なのだという。

 ちなみにこのゲームでの『姫』っていうのは、恋愛対象の事を指す。


 か、考えれば考えるほど、恥ずかしくなりますけどっ!?


 最初、なんでいい歳した女性が男子高校生を恋愛対象とした乙女ゲームが流行るんだって思ってしまったけど、こんな風にイケメン男子に真顔で言われたんじゃ……どの年齢の女性も、『乙女』になってしまう訳か……

 姫花やこのゲーム内で姫してる女性の気持ちが、今分かったような気がする……


 って、それはさておき、ハジメ君はさらにお話を続けた。

 自分がこのゲーム内でバグとして生まれて三年くらいになるけど、校舎の増築や設定を作る事はできても、恋愛対象となる動くキャラを作る事ができない事、既存のキャラには話しかけても幽霊っぽいというか、存在していなものだと思われて、自分の存在に気づいてもらえない事、そんな中、私が初めてハジメ君の存在に気づき、こうして会話できた事……


「君、本名は何?」

「……それは、アイリスではない現実世界での名前の事、かな……?」

「そうだ」


 そう言ってハジメ君は、天井を見る様を促すので、見てみると、どこかの会社の一風景が見えてきた。

 なんか、めちゃめちゃこのゲームの悪口を言っている。


 『アイドルDE王子様☆』のコンテンツはマジでオワコンとか、なのにファンの腐女子がウザすぎるとか、文句言ってんじゃねーとか、新しい女子アイドルゲームの開発で忙しいのにとか……いったい何なんだろう、この人達??


 私は不思議に思っていると、ハジメ君が教えてくれた。


「こいつらはこのゲームの運営。管理と言ってもストーリーの進行もないんで管理する事もなくほぼ放置し、新しいゲームの開発に勤しんでいる。まあ、腐女子っていうのが金を落とすらしいから、しばらくこのゲームがサ終する事はないらしいけど」

「この天井は、現実の世界が、見えるの……??」

「俺が、そういう風にプログラミングした。このゲームがサ終するっていう事は、俺も終了する事を意味するから、一応情報は仕入れとこうと思って。ちょっとこの世界で生きてたら色々おかしい事に気づき、調べてたらここまで行きついた」

「だから、私があっち側の世界から来た人間だって、思ったの?」

「そうじゃないと辻褄が合わない。俺、前にアイリスに話しかけた事あったけど、存在に気づかれなかったし、あと、このゲーム内のキャラと君じゃ、性格が違いすぎる」


 ……

 まあ私は、あんな傲慢で酷いイジメをするような人間では、確かにないけれど……


「なるほど。そういう事なら分かりました。私は”環”って言います」

「じゃあ、俺は君の事を”環”って呼ぶようにするか。俺の姫は、アイリスじゃないから」


 そう言って、私の事をじっと見つめるハジメ君……め、めちゃ恥ずかしすぎますけど??

 っていうか、まだ姫になるって承諾してない気もするんだけど??

 っていうか、いつでもログアウトできるって分かった以上、全然『姫』に、なりますけど私??

 っていうか、現実の世界で『姫』なんて呼ばれる事なんてないから、テンパり具合がハンパないですけど??


 って、私は内心動揺が激しく心臓バクバクではあったけれど、平静を装いつつ私はお返事する。


「えっと、ではその『姫』っていうのは、まず最初に何をすればいいんですか?」


 その、姫っていうのが最終的にこの攻略対象と恋愛関係になるのは知ってるんだけど、最初から恋愛するわけじゃないんじゃないかな? まずは二人の距離を縮めていかなければならないように思う。

 なので、どうするのかちょっと質問してみた。


「じゃあ、とりあえず今はこのログアウト画面は片付けるから。一応ログアウトの仕方だけ伝えておくと、この『Yes』の方に右手で触れればログアウトできるんで、したくなったらいつでも言って。あとゲーム始める時はまた普通にログインすれば、このゲームの続きができるようにしとくから」


 そう言ってハジメ君は、ログアウト画面を片づけて、まが右手からバァーって意味不明なアルファベットの文字列を出して、プログラムを作成している。


 それにしてもログアウトの事、すっかり忘れてたな……何気にめちゃハマってるのかも知れない……

 だってハジメ君、めちゃイケメンなんだもん……それはもう、仕方ないよね。


 あとハジメ君いわく、何度ログアウトしてログインしても、私はこのゲームの中にいるアイリス=環でゲームを始められるっていうのは、凄く素晴らしいと思った。

 ログアウトしてもうそれっきり、今度は普通にメインヒロインとしてしかログインできなくなってしまったら、ハジメ君に会えなくなっちゃうかもだもんね。


 それにしてもハジメ君、色々やること無駄がないなあ……

 無口で寡黙な感じだけど、まあ、そこがクールで余計にカッコイイし……


 って、めちゃ乙女ゲーム脳になっている自分がいるっ!?

 まあ、いっか。せっかく乙女ゲームにログインしたんだから、楽しまないとね。


 で、ハジメ君は、また別の色々なプログラムを作り始めた。

 今作っているのは、なんでも一応ハジメ君のヒロイン=姫である私は、脚本科の生徒らしいんで、そのプログラムを作っているという。


「えっと私、脚本とか書けませんよ?」


 一応これはちゃんと伝えておかないと。

 脚本科の生徒が脚本かけないとか、マジで微妙だもんね。


「ああ、それは俺が考えるから、別に問題ない。このゲームのリアルヒロインである姫も、作曲科のクラスにいながら曲作ってないし」


 ……

 それを言っちゃうと、見も蓋もないな。

 姫花が言ってたもん。このゲームの作詞曲家がへそ曲げて、ストーリーの進展が暗雲どころかほぼもうないんじゃないかって。

 つまり、姫花たちメインヒロインである姫たちが、このゲームの曲を作っていないという証明である。

 なんで、私も脚本科だけど、脚本を書かなくていいっていう事か。


 にしても、ハジメ君はプログラミングができるだけでなく脚本も書けるとか、めちゃ多才だな……

 恐らくは、このプログラミングの中に当然既存のシナリオも入ってるんで、それを自立志向型AI風に色々アレンジして書けるんだろう。

 何年も放置されている中、ハジメ君はここまで運営に知られずに生き延びてきたバグだもん。そのイケメンすぎる容姿といい、色んな面で自立志向型AI風に進化を遂げているに違いないなと思った。

 あと、黒髪に黒い瞳なのは、少しでも運営にバレないようにしようっていう事なのかも知れない。

 まあ、私はそっちのほうが好みなんで、むしろ嬉しいけれどね。


 それで、ハジメ君が私の脚本科所属のプログラミングが終わったという事で、早速3階の教室に行こうという話になった。


「じゃ、環。今から俺と、恋愛するから」


 そう言ってハジメ君は私の手を取り、このゲームの心臓部であるこの地下の部屋から出て行こうとする。


 い、今から俺と、恋愛するからって言って、3階の教室向かって、そこでいったい私と何をするんですか!?

 私、乙女ゲームやった事ないから、マジで分かんないですけど??


 って、私はめちゃテンパるんだけど、ハジメ君は一切おかまいなしに、私の手を握って歩き始める。


 私今リアルに彼氏いないからかも知れないけど、これ、乙女ゲームにハマる人たちの気持ち、ホント分かるかもしんない。

 マジで胸ドキドキするもん。

 ちょっと姫花の事、意味不明って思ってたけど、これからは改める事にしよう。

 ただ、姫花みたいに生活費全部ゲームに突っ込むような廃課金者にはなりたくないけれど……


 って思っていると、ちょうど天井の映像か”下界”の映像を映し出した。


「『アイドルDE王子様☆』は盲目的廃課金者が多いから、放っといても儲かるよな」

「そうそう。あいつら全部自分の都合のいいように考える思考回路になってっから、『新ストーリー出します』って匂わせておけば、何年でも勝手に課金する。資金調達にはもってこいだな」

「作詞曲家が『ファンの言動に傷ついたんでもう曲作らない』って言って、サ終を匂わせてんのに課金するんだもんな。『私たちが悪かった、もう言いません』みたいな感じで。新ストーリーの発表がさらに遠のいたのは自分達のせいと思い込み、さらに課金するところが正にケッサク。元々新ストーリー、出すつもりなんて鼻からないから。単なる腐女子たちへの煽りに過ぎないし」

「あいつら、今まで使った金額が金額だから、なかなか損切するにも踏ん切りつかないんだろうな。ここでやめてしまうと、今までかけたお金が『損確定』になってしまうんで、その事実から逃れたくて、お金をかけ続ける事で、現実逃避してるんだろう」

「それに、自責の念にかられた腐女子や、自分の愛の重みを金銭で表現したい謎な女がさらに課金するんで、『アイドルDE王子様☆』のサ終は絶対ないな。あくまでサ終を匂わせるだけ。新ストーリーが一向に出ず約束を果たせないのは腐女子が文句言うせいって責任転嫁し、暗に虐げても、文句言いつつも課金する腐女子がいる実においしいコンテンツ。放置しててもお金が入ってくるなら放っておくのが一番」


 そう言って、このゲームの運営たちは、姫花たち廃課金者を笑い者にしていた。


 ……

 ちょっとそれ、おかしいんじゃないの……

 確かこのゲーム会社の収益の多くは、『アイドルDE王子様☆』の収益だって姫花が言っていた。

 それなのに、その彼女達をこんなにバカにして、こんな事、あっていいんだろうか?

 なんか、マジで腹立ってきた。


 私は思わず、足を止めてしまう。


「ねえ、ハジメ君、待って」

「ん? どうかしたか?」

「あの運営の人たち、あまりに酷いんだけど……」

「あれ? まあ、いつもの事だが」


 って事は、いつもあんな悪口いいながら、『アイドルDE王子様☆』を放置し、女子アイドルゲームの開発をしてるんだ……


 これじゃあ姫花があまりに浮かばれない。


 ネット界隈見てたら、『ゲーム課金は舞台を観に行ったり旅行に行って思い出が残るのと同じ。課金は無駄じゃない』みたいな論調が多いけれど、これはそれには当てはまらないんじゃないだろうか?

 そもそも姫花は廃課金者で、人生をそれにかけているような節がある。

 姫花の課金額は、舞台見に行くような、おこづかいの範疇ですまされるレベルの金額ではない。

 旅行だってお金は高くつくけれど、ほとんどの人はそれを余暇の範囲でやっているわけで、姫花のように生活費のほとんどを突っ込んでいるわけじゃない。

 そして何より、その多額の出費に見合うだけの思い、姫花は経験していない。

 舞台や旅行などのステキな思い出とお金を交換しているのではなく、いつの日かそのステキな思い出を経験できるよう、ただひたすら望みながら、お金を払い続けているのだ。


 例えば舞台に例えるならば、お金を払い、舞台を観に行って、楽しめたのならそれでいいと思う。

 でも、姫花や他の姫たちがやっている事は、推しの舞台を観たいがために、舞台にもセットとかお金がすごくかかるから、事務所にお金がなかったら舞台できないんで、推しの関連商品を必死に買って事務所を買い支え、いつか推しの舞台を観たいと思い必死に課金し頑張ってきたのに、そのお金で推しの舞台を作るどころか、女子アイドルをデビューさせたっていう感じなんで、あまりにも酷い話だし、おまけにこの運営の人達の悪口をこっそり聞いてさらに判明したのは、推しの舞台は作らないけど永遠に腐女子から金を徴収しようって話なので、さらに酷い話だ。


 なんか、ただひたすら信じ込ませて金をむしり取る、出家信者並みのカルト宗教にも似てるんじゃないだろうか。

 とにかく、あまりにも怖すぎる。

 もちろん、自己責任もあるかも知れない。

 でも、そういうビジネスだかなんだか知らないけれど、心引きずってしまう乙女心を巧みに利用し、出すと言っている新ストーリーを何年も出さず、これからも出そうとも思ってないなんて、これは詐欺なんじゃないだろうか。


 そうだ。私がここにログインしたのは、姫花の現状が気になって、いったいどういうゲームなのかを確かめるためにゲームをプレイしてみようって思ったからだった。

 私は恋愛するために、このゲームを始めたんじゃなかったんだった。


 うっ、今、思い出した。すっかり忘れてたよ。ハジメ君があまりにイケメンで強引カッコよすぎなんで……


 でも、思い出したからには姫花の事、もうちょっと何とかできないだろうか?

 せっかく私もこのゲーム内に図らずとも入ってしまい、プログラムをいじれるハジメ君もいる。


 私は意を決して、ハジメ君に提案してみた。


「あの、ちょっと待って、ハジメ君。私、姫花を助けたいの」

「……姫花って、このゲームのメインヒロインで、毎日屋上で号泣してる女?」


 姫花……ちょっと、このゲームのバグであるハジメ君にまで呆れられてるよ……


「そ、そう、その姫花、私のリア友なんだけどね、実は彼女の事が気になって、このゲームを始めたんだよね……だから、私たちの脚本を書くよりも、まず姫花が推しと幸せになる脚本を、私が書くという設定で、プログラムを作って欲しい!」

「……そんな事は、どうでもいい。俺は、君と恋愛をする約束だが?」

「私は、脚本科の生徒なんだから、どの脚本を書いてもいいと思うし、それを通して俳優科のハジメ君と仲良くなってもいいと思うんだよね。

 それに、ハジメ君がログアウトの方法を提示してくれるその対価として、私はハジメ君の姫になる事にした……だから、これは交換条件です。

 私たちが、その、恋愛的に仲を深めながら、私の望みである姫花が幸せになる脚本を私が書くというていのプログラムをハジメ君が作り、その対価として、私は君が作ったプログラムに君が望むよう『プロテクト』をかける……こうすれば対等だと思わない?

 ハジメ君は、私にしかできないプログラムの『プロテクト』、必要ないの?」

「……なるほど。確かにそれはそうだな……俺はもう先に君のプロテクトを使ってしまったから、その借りは返さなければならないか……その話、飲もう」

「やった!」

「それに俺は環の王子だ。やはり王子は、姫の願いを叶えないといけないな……」


 そう言ってハジメ君は、私の事をじっと見つめる……黒い瞳、キレイだな……吸い込まれそう……

 おまけに、『それに俺は環の王子だ。王子は、姫の願いを叶えないといけないから……』とか、めちゃ赤面もんなんですけど……


 って、思わず私はハジメ君に見惚れながら、顔が赤くなってしまう。

 すると、ハジメ君はフッとクールに笑ったかと思うと、このゲームの心臓部分であるこの地下を、早速プログラミングで教室風にしてしまった。

 さっきまで真っ暗で、解読不能な光るプログラムが部屋中飛び交っていたというのに、それも今は何もない。ただの教室の風景だ。

 どうやらこれは、3階の教室風景を立体映像としてこの地下室に映しているらしい。


「じゃあ、とりあえず、その号泣ばっかしてるメインヒロインの新ストーリーを考えよう。俺らのストーリーなら今までどおりしてれば運営にもバレないんで、まずは3階で君と仲を深めようと思っていたが、メインヒロインのストーリーとなるとあまり目立った事はできない。何かあった時すぐ対処できるよう、ここで作業する事にする。

 よってストーリーも短期決戦、多少辻褄が合わなかろうができる限り短いストーリーにして、運営に見つからない事を最優先とする。何故なら俺は運営に見つかったら、即バグとして消去されてしまう可能性があるからだ。とりあえず、それでいいだろうか?」


 『君と仲を深めよう』っていうのが凄く恥ずかしいんだけど、でも、ハジメ君が『運営に見つかったら、即バグとして消去されてしまう可能性がある』っていうのが、とても怖いな……


「私、乙女ゲームするの初めてなんで、よくわかんないんだけど、ようは姫花がハッピーエンドになればいいんだよね。推しがアイドルとして成功し……例えばソロデビューが決まったとか、賞レースで新人賞取ったとか、それを裏で献身的に支えたのが姫花で、二人は結ばれハッピーエンドみたいな?

 私もハジメ君の存在を最優先でお願いしたいと思っているから、ストーリーに無理が出てくるのは全然かまわないし、また、その辺の無理は、姫花なら脳内補完してくれると思う。運営にバレないように、有り得ない設定とか、仮に辻褄が合わなくても全然姫花なら大丈夫なんで、最後に推しとハッピーエンドになれればそれでいいんで、なんとかならないかな……? ハジメ君が消されちゃわない範囲で……」

「……正直、そいつらがちょっと学校でいちゃつくくらいならバレないと思うけど……ソロデビューが決まるとか、賞レースで勝つとか、それらは結構目立つな……既存の曲は勝手に使えないし、新しい曲も必要か……」


 そう言って、考え込んじゃうハジメ君……

 でもハジメ君は、意を決して言ってくれた。


「まあ、俺は君の王子だし、それに既に対価を払ってもらっている以上、やらない訳にはいかない。ただ、ご都合主義甚だしいストーリーにはなると思う。あと、メインヒロインである姫花がハッピーエンドを迎えた際は、すぐこのオリジナルストーリーを、運営に見つからないよう消去する。何かあった時は、君のプロテクトを何度も使うかも知れない。それで、いいだろうか?」

「はい、それでいいですっ! あと、私めっちゃリア友に嫌われてるんで、仲直りするストーリーが入ってたら、なお素晴らしいです!」

「ああ、それなら既に、ヒロインとライバルがこのゲーム内で仲直りするシナリオがあるんで、それを使えばいいだろう」

「それは素晴らしい! ぜひ、そんな感じで!」


 私は姫花と仲直りできる事にほっとしつつ、笑顔でそう言うと、ハジメ君が私の背中を軽く押して、席に着かせた。

 教室の風景は立体映像なんだけど、机と椅子は私たちが座れるようになっているらしい。

 そしてそれこそ魔法のように、原稿用紙と筆記用具が机の上に出現した。


 ハジメ君は、私の前の席に座り、後ろ向きに座りながら言う。


「俺が今からストーリーを適当に言うから、それを原稿用紙に書いてみて。それ、書いたはなからプログラミングされていくから」


 へぇ、そのような感じになってるのか……っていうかこのゲーム、ハジメ君が影の支配者っていう感じがする……まあ、私がそう思うのは、アニメの見過ぎかも知れないけれど。


 それで、ハジメ君の言うように、私が原稿にシナリオを書いていると、本当にハジメ君が言ったように、すぐさまプログラミングが原稿用紙から出てきて、光を放ちながら宙に浮き、そしてどこかに消えて行ってしまう。

 まるで、このゲームの中に吸い込まれるように……


「あと、さらに俺と環の仲が深まるように、姫花と仲直りするよう環に助言するのが俺っていうのも付け加えようか。このゲーム内では、攻略対象の友人枠である別のモブキャラがその役を担ってヒロインとアイリスの仲を取り持っていたけれど、今回はそれ、俺がしよう」


 そう言ってハジメ君は、私のことをじっと見つめる……真ん前にいるハジメ君……そんなに見つめられたら、ドキドキしちゃうな……


 って、見惚れている場合ではなかった。早く書かないと。

 で、私が原稿用紙に書こうとすると、思わず字を間違えてしまい、消しゴムを取ろうとする。

 すると、ハジメ君も消しゴムを取ろうとしてくれたのか、私たちの手は触れ合ってしまう。


 一瞬、時が止まる……そしてまた私たちは見つめ合って……


 ……っていけない、私、脚本を先に仕上げないと。

 もう、すごく赤面もんだよね、ホント。


 私は思わずハジメ君と触れ合っていた手をパッと放すと、ハジメ君が消しゴムを取り、間違えた個所を消してくれた。


「姫……脚本を書くのは、俺と仲を深めながらって言ったよな? 一人で、書き走るなよ」


 そう言ってハジメ君は、私の手を握って、私の目を見つめる。


 いや、確かにそういう話ではあったけれどさ、これほどのイケメンに姫って呼ばれたり、じっと見つめられる事なんて私の人生で今まで一度だってないんで、やっぱり戸惑っちゃうよ……


 って、私はめちゃ赤面しつつ思わず目を逸らしてしまう。

 すると、ハジメ君がそんな私の様子を見て少し寂しそうに笑ったかと思うと、今までの自分の事を、簡単に教えてくれた。


 バグとして生まれたハジメ君、自立志向型AI風バグだったハジメ君は、プログラムの解読と運営の話を盗み聞きしてると次第に色んな事が理解できるようになり、プログラミングを覚え、言葉を覚え、そしてどんどん女子好みのイケメン男子になっていったという。

 あと、やっぱりハジメ君が黒髪で黒い瞳なのは、他のモブキャラたちと混じって目立たないようにっていう理由だそうだ。

 そしてハジメ君は、ほぼ放置状態ではあったとしても、この危険な運営に見つかってはいけないと日々思いながら、この世界の男子として生まれた使命でもある『姫と恋愛する』という事を果たすべく、今まで行動してきたという。


「今まで、誰に話しかけてもバグである俺を、存在として認識する事はなかった。だから今日、生まれて初めて人と話をする事ができて、俺はとても嬉しく思っている」


 この、自分の気持ちに正直に言ってしまう辺りは、乙女ゲームのシナリオの影響だろうか……私と話せて嬉しいって言ってもらえたら、私のほうこそ嬉しくなっちゃうよね……


「私ももちろんハジメ君とお話できて、とても嬉しいです。そして、君の姫になるって私、約束したんだけど……ただ、こういうゲーム初めてで、色々慣れなくて、私のほうこそごめんね……」

「君は、とても可愛い……もちろん、アイリスの事ではなく、環の事だ。だから、恥ずかしがるのも可愛いし、それに対して申し訳なく思わなくていい……俺の姫は、君だけだから……」


 そう言って、じっと私を見つめるハジメ君……心臓バクバクだよ、マジで……


 アイリスの中の人である私は、現実の世界では可もなく不可もなくの容姿に分類されると私は思っている。

 だから、男性に『可愛い』って言われると、どうしても照れてしまうな……


 で、顔真っ赤で俯いていると、やっぱりハジメ君がさらにクスッて笑った。


「もっと可愛い環を見ていたいけど、続きの脚本書こうか」


 そう言ってハジメ君は、またストーリーを口伝に教えてくれる。


 ……ハジメ君にしてみれば、私は初めての女性?って感じなんで、そんな風に言ってくれるんだろうなとは思うけれど……


 まあ、余計な事を考えても仕方がない。

 私は楽しみながら、このイケメンのハジメ君の姫を務め、姫花を助ける、これに集中しようって思った。


 そんなこんなで私たちは、嬉し恥ずかし楽しく仲を深めつつ、ようやく脚本が出来上がった。

 あと、姫花の推しである煌雅が歌う事になる楽曲も、ハジメ君がサラっと作ってしまい、今机の上にはその楽譜が置かれていた。


 ハジメ君、脚本だけでなく作詞作曲もできるのか……自立志向型AI風バグだというハジメ君、何気にすごいな……


「それで、この音源はどうするの?」

「ゲーム内にある音を適当に拾って繋ぎ合わせたら、何とでもなる」


 すごい便利な世の中かもしんない。まあ、音に関してはこのゲーム、リズムゲームもあるしとにかくたくさんあるんで、ピックアップし放題だろう。


 で、その音源は、学内コンペで煌雅が歌い、それで晴れて煌雅が優勝、ソロデビューが決定する時にメインで使用される。

 あと、この楽曲のレコーディングの時に、私と姫花が仲直りするっていうサブストーリーのときにも使うんで、それに合わせて音源を作ってくれるそうだ。


 あと、煌雅のソロデビューが華々しく発表されたのち、楽屋に引っ込んだ煌雅と楽屋で待っていた姫花が抱き合って、お互いに想いを告げあいハッピーエンド、そしてエンディングに向かうっていうストーリーになっているんだけど、姫花がエンディングを迎えても、私がこの世界の中に閉じ込められるっていう事はなく、自分で自由にログアウトもログインもできるようになってあると、ハジメ君が教えてくれた。

 あくまでこれは私がメインのゲームなので、他人がログアウトしようがエンディングを迎えようが、関係ないという。


 なるほど、そういう事なのか。それは、とにかくすごい良かったと思った。

 うっかりこの世界に閉じ込められて、現実の世界の私が放置なんて事になって、餓死でもしたら大変だもんね。


 また、姫花の他にも今このゲームをプレイしている姫がいるかも知れないんで、全ての攻略対象キャラで同じハッピーエンドが迎えられるようにもしておくそうだ。


 ……なんかもうハジメ君、さすが自立志向型AI風バグだけあって、やる事ホント、ハンパないな……


 それで、私はそのハジメ君が忙しい間、何をすればいいのかと訊くと、この楽譜を、屋上にいる姫花に渡して来て欲しいと言われた。

 なんでも姫花がこの楽譜を煌雅に渡し、なんでか知らないけど壁にぶち当たり落ち込んでいる煌雅を姫花が励まし、学内コンペに出るよう説得するっていうストーリーになっているからだ。


「じゃあ俺は、音源作ったり他の事してるから、環は姫花のところへ行って来てくれるだろうか」

「うん、分かった!」


 そう言って私は、このゲームの心臓部である地下室から出ていった。



 でも、ちょっと足取りが重い。

 姫花、また私の顔を見るなりフェンスによじ登り、衝動的に自殺を考えなければいいけれど……


 私は気が重いなあと思いながらも屋上に辿り着き、扉を開けた。

 すると、案の定未だに号泣している姫花。私は恐る恐る声をかける。


「あの、姫花……」


 私がそう声をかけると、振り向くや否や、姫花は物凄い形相で、大声で喚き騒ぎ出した!


「ぎゃぁあぁぁ~~~~~~~っっっっっ!!!!!」


 ……これのどこがメインヒロインなんだよ……清楚系ヒロインらしいけど、微塵も感じませんけど……

 まあ、キャラデザだけは、すごくメインヒロインっぽいけど……


 って私はとりあえずめちゃ呆れつつ、フェンスによじ登り「死んでやるぅぅ~~っっ!!」って喚き散らす姫花を宥めながら、とりあえず手に持ってる楽譜を、姫花の視界に入るよう、必死に見せてみた。


「姫花! 見て! 楽曲があるんだよ! 作詞曲家がへそ曲げて曲を作ってもらえないって姫花、嘆いてたけど、ここに曲、あるよ! 凄くいい曲だから、姫花も見てみて!!」


 私が必死にそう言うと、フェンスにしがみつきながらピタっと泣き止む姫花、そして、楽曲に目を通す……

 すると、また号泣し始めてしまった!


「いい曲だよぉ~~! 特に、最後の歌詞がいいよぉ~! 『姫、君に会えてよかった 俺だけのプリンセス』 なんでこんなステキな曲がここにあるんだろう~! あのへそ曲げじじい、へそ曲げたの直してしてくれたのかなぁ~!」


 とか言っている。どうやら曲の事は気に入ったようだ。

 あと、この曲は、例のへそを曲げじじい?が改心して書いたと姫花は勘違いしているみたいだけれど……まあ、それでも別にいっか。


「姫花、今すぐこれ持って、煌雅君のところに行かなくっちゃ! 煌雅君、落ち込んでるんじゃなかった? 早く姫花が行って励ましてあげないと! それに学内コンペがあるんでしょ? さあ、早く!」


 私がそう笑顔で送り出そうとすると、姫花はフェンスにしがみつきながら、またもや泣き喚き始めた。


「アンタ! 今度はどんな手使って私をハメようっていうの! その手には乗らないわよっ!!」


 ……

 もう、ホント疲れた。

 私は姫花のために、こんだけ骨折ってんのに。

 まあ、それだけ私のキャラの女が、姫花をイジメてたのかも知れないけど。


 でもぶっちゃけ、本当ならせっかくなんで、いつでもログイン、ログアウトできる事も分かった事だし、3階の教室でハジメ君ともっと仲を深めたりとか、校庭で一緒にピクニックしてウキウキしたりとか、他にも色々楽しく過ごして、ハジメ君の姫としての役割を果たしたいわよ。それなのに、その楽しい事を後回しにしてこうして来てるっていうのにさ。


 ただ、ハジメ君と出会えたのは姫花のお陰でもあるんで、あんまり姫花の事は、無下にしたくないという思いもあるんだけどさ……


「もう、あのさぁ、とにかく騙されたでもなんでもいいから、それ持って早く煌雅君のところに行ってくんないかな? 姫花が持っていかないっていうんなら、私がこれ持って、煌雅君のところに行くから」


 私がそう言うと、再び泣き止む姫花。そして、フェンスから体を離して、私の事を睨みつけた。


「アイリス……なるほど、そういう魂胆だったのね……いい楽曲を見せつけて、私を悔しがらせようと……いったいどこまで私をイジメれば気がすむの! この金髪デカ乳ババア! でも、おあいにく様! この楽曲は、今すぐ私が煌雅君のところに持っていくわ!!」


 とか言って、私から楽譜をひったくり、勢い勇んで屋上から去って行った。


 はぁ、疲れる……まるで、嵐が過ぎ去ったようだ……

 結局なんだかんだいってこの楽譜、煌雅のところに持っていくんだから、姫花もちゃっかりしてるなあって思う。

 『金髪デカ乳ババア』である私が持って来た楽譜なのにさ。

 おまけに、自分が曲を作った訳でもないのにさ。でも、自分が作ったていで『新曲ができたの』って言って、煌雅のところに持っていくんだろう。

 まあ、そうでないとこっちも困るんで、全然それでいいんだけどね。



 私は、やれやれって思って地下まで降りていき、扉を開けてこのゲームの心臓部分である地下室に入ると、部屋の中は教室ではなく、なんかレコーディングスタジオっぽくなっていた。


「ああ、お帰り。今、推し王子が学内コンペで歌う楽曲に歌入れするっていうシーンのプログラミングしてて、ちょっと風景だけここに出して確認してる」


 なんかスタンディングマイクと、その前に網みたいなのとか、あとはよく分からない機材とかいっぱいで、凄い専門的な感じがするな……


 って私は感心しつつ、ハジメ君に声をかけた。


「で、次は私、何をすればいい?」

「君は、俺の姫なんだから、俺との仲を深めればいいんじゃないか?」


 だ、だから、それならなおの事、どうすればいいのか私、全く分かりませんけれど??


 とりあえず私は機材の前にいくつかある椅子に適当に席に着いて、ハジメ君の言うことは聞こえなかったフリをして、脚本科の生徒らしく?、原稿用紙と鉛筆とかを探してみたりした。


 すると、ハジメ君が私の前にある機材の上に原稿用紙と鉛筆を無造作に置いたかと思うと、おもむろに私を後ろから抱きしめて、耳元で囁いた。


「俺と、仲を深めたくないのか……?」


 ひゃぁ~~~っっ! マジで顔赤面もんですけど??

 こんなイケメン男子に後ろからハグとか、今までの人生で一度もなかった!

 姫花、このゲームを私に教えてくれてありがとう!

 姫花の夢が叶うように、私全力で頑張るからね!


 って、こんな時に変な決意表明を心の中でしている場合ではなかった!

 な、なんてお返事しよう??

 でも、あまりに緊張して、言葉なんて浮かんでこない!


 なので私はとりあえず、ハジメ君の片方の腕にちょっと私の両手を添えて、その腕に自分の頬を寄せてみた。


 ……ハジメ君と離れたくないっていう感じが、出てるといいんだけど……


 すると、ハジメ君は、私の頬に自分の頬を摺り寄せてきた!

 もう、緊張しまくり! 体も硬直しまくり! う、動けないよ!?


 って、私は内心すごいテンパってると、ハジメ君がその状態のままで、優しく話しかけてきた。


「……じゃあ、俺がまたさっきみたいにシナリオ言うから、その原稿用紙に書いてくれる? するとまた、プログラムができていくから」

「う、うん、頑張るっ」


 私は少し姿勢を正して、原稿用紙に向かう。依然ハジメ君は私のことを後ろからハグしてて、私の耳元近くで囁くように話すもんだから、ホント緊張しちゃうんだけど……

 それで、私が書き間違えたら、私が消しゴム持つ手の上から私の手を握り、一緒にその文字を消してみたり……


 いろいろホント恥ずかしいんだけど、でもこれも姫の役割なのだと思い、ドキドキ楽しみながら仲を深めつつ、私たちは時を過ごす。


 それにしても、こんな風にずっと男性に後ろから抱きしめてもらった事なんて今までなかったんで、なんていうかこういうの、包まれてる安心感っていうか、守られてる感じがするっていうか、人肌が心地よくて、すごく、嬉しいな……


 私はそんな事を思いながら、ハジメ君が語るシナリオを、原稿用紙に書いていく。

 ちなみに私が今書いている内容は、姫花に励まされた煌雅がレコーディングに臨むっていうところだったり、姫花と私が仲直りしたりっていうところだ。


 着々と私が書いた原稿が、プログラミングされていく……


「まあ、こんな感じかな? 環、一緒に校内のレコーディングスタジオに行こう」

「場所はどこなの?」

「学校の1階の突き当り。俺について来たらいいから」


 そう言ってハジメ君は、私の手を引っ張って、この地下室から出ていく。


 強引だなあ……

 でも、めちゃカッコいい……


 私はやっぱりドキドキしながらハジメ君の手を握り返し、彼の後をついて行った。



 で、2階を歩いていると、相変わらず私は声をかけられる。


梅子「アイリス様ぁ~、また”姫花”の事、イジメましょうよぉ~」

節子「そうですよぉ~、あいつ、男に媚びて、生意気ですもん~」


 ……

 ストーリーを進ませていないのもあって、梅子と節子はさっきと同じお決まりのセリフを言っている。

 今から私、姫花と仲直りする予定なんだけど、もし無事に仲直りできたらストーリーが進んで、セリフが変わったりするのかな?


 でも、その仲直り後の梅子と節子のストーリーは、私にとって特に重要じゃないんで、脳内からすぐさま消去する。


 すると、真一郎にも声をかけられた。


真一郎「アイリスさん、どちらへ? もうすぐ授業、始まりますよ」


 ……

 さっきから真一郎は、『授業、始まりますよ』ばっかり言ってるけど、いったいいつ授業が始まんのかって感じだ。

 これじゃあ『授業、やるやる詐欺』だと思う。


 で、その後は龍司にも相変わらずからまれて、「てめぇ、俺を無視していくとか、いい根性してんじゃねーか!」って案の定話しかけられたけど、お望みのままに、華麗に無視して素通りする。


 でも、最初にこの1階の廊下を歩いたときは、龍司の前に姫花の推しである煌雅に話しかけられたんだけど、今は話しかけられなかった。

 私はハジメ君に手を引っ張られながらも、教室の中をちょっと見てみる。

 すると、なんか姫花と煌雅が仲良さそうに会話しているのが見えた。


 おおっ! 姫花がなんか上手い事やってるようだ! 今から私たち、レコーディングスタジオで姫花と煌雅の事待ってるから、姫花、頑張って煌雅の事、連れて来てね!

 なんか、煌雅は落ち込んでる設定らしいけど、上手に励まして連れてくるんだよ!


 って私は心の中で姫花に激励を送った。


 ホントは話しかけて励ましてあげたいけど、今の私は姫花をイジメる極悪令嬢なんで、また悲鳴でもあげられたらシャレになんない。

 なので、私は二人の仲が進展するのを期待しつつ、ハジメ君と一緒にレコーディングスタジオに向かった。


 それにしても、私は主要キャラから話しかけられるけど、ハジメ君の事は、皆んな驚くほどスルーしている。

 なんていうのかな、緻密にプログラミングされた大量のプログラムの中、網目を縫うような、すり抜ける存在のような、ハジメ君はそんな風にも見える。


 だから、誰の目にも止まらないみたいな……

 ハジメ君はこんな状態で、三年もの間、ずっと過ごしてきたのか……

 寂しかったかな……たった一人で、暇だったかな……


 ハジメ君はバグなので、寂しいとか暇とかいう感情があるのか分かんないけど、もしあるなら、寂しいし退屈すぎるだろうなって思った。


 私は思わず、ハジメ君の手をきゅって握る。

 すると、ハジメ君が歩くスピードを緩めて、私に言った。


「歩くの、早かったか?」

「ううん。ただ、ハジメ君の手をきゅってしたかったの。私は、ハジメ君の姫だからさ」


 私がそう言って微笑むと、ハジメ君もクール優しく微笑んでくれた。


「ああ、環は俺の姫だよ」


 そう言ってハジメ君は、またレコーディングスタジオに向かって歩いていった。

 私は、そんなハジメ君について行く。胸を、ドキドキときめかせながら……



 そして、レコーディングスタジオにつき、よく分かんない機材の前で姫花と煌雅を待っていると、姫花が煌雅を連れて、レコーディングスタジオに入ってきた。


「ぎゃぁあぁぁ~~~~~~~っっっっっ!!!!!」

煌雅「………………」


 ……

 姫花……推しの煌雅がいる前でも、その驚き方をするの……

 さすがの煌雅も今、ドン引きしているように見えるよ……


 姫花はすかさず煌雅の背中の後ろに逃げ込んでいる。

 するとハジメ君がおもむろに私の肩を抱き、そして言った。


「俺、彼女の彼氏なんだけど。別に君から煌雅の事を奪おうとか、そういうの一切ないんで。彼女は俺だけのものだから、勘違いされても困る」


 そしてハジメ君は、私の事をさらに抱き寄せた。


 その、ハジメ君が言ってくれた『彼女は俺だけのものだから』とか、今現在進行形で肩を抱かれて密着しているのとかに、私はめちゃときめいてしまう。


 そして姫花はというと、ハジメ君の存在にきょとんとしている。こんな男子、いたっけ?ってな感じだ。

 そういえばさっきプログラム作ってたけど、元々いたモブの代わりという事で、自分でプログラミングし直したところに関しては、一応存在できるのかな?

 あくまでそのモブがいたストーリー上だけだと思うけど。


 まあ、今はそれよりも姫花との仲直りだ。

 せっかくハジメ君が、お膳立てしてくれたんだもんね。


「そ、そうなの。私、彼の姫だから。姫花の推しの煌雅君を取るとか、有り得ないよね、ホント」

「……そうなの……? アイリスがそんなモブ男と……? それに、私が煌雅君に話しかけたら、ムキになって腕組んでデカ胸を押し付けたり、自分は世界レーベルだから私が煌雅君を世界一のアイドルにしてあげるとか言って、いつも煌雅君の事を誘惑してたじゃない?」


 ……

 なんか、姫花にしては言い方が大人しいような……

 さすがに、推しである煌雅がそばにいるからかも知れない。


「そんなヒドイ事は今後絶対しない! 約束する! それらは全部、私の気の迷いだったのよ! 本当ゴメンね! だから姫花は煌雅君と幸せになるんだよ? 姫花はすごく可愛いから、二人はめちゃお似合い!

 それに、今回姫花が煌雅君のために作った曲、最高じゃない? 私、世界でレーベル展開している会社社長の娘だけど、これほどの楽曲に、今まで出会った事はないわ……姫花、私の負けよ……完敗だわ……だから、姫花は煌雅君と幸せになって!!」


 私は姫花の手を取り両手でギュって握り、そして姫花にそう懇願すると、なんか姫花はお目々うるうるしつつ、私の手を両手で上からさらに包み、ギュって握り返してきた。


「アイリス! ようやく私の女としての魅力と、そして私の才能を認めてくれたのね! あなたもようやく分かってくれて、私、嬉しい! 私こそが煌雅君のベストパートナーだわ!!」


 って、なんかめちゃ感激した風で言った。


 ……まあ、正直女としての魅力は、見た目すごく可愛らしくデザインされてる女の子なんで、見た目の魅力は最初から知ってたけれど、中身は正直?(ハテナ)だし、っていうか、『私の才能』って言ったって、それ姫花が”へそ曲げじじい”呼びしている作詞曲家が作った曲から、ハジメ君が適当にピックアップして作った曲なんだけどな……

 おまけに、私がさっき屋上で渡したばかりの楽曲だっていうのに、いったいどの口が言うんだろって、内心ちょっと思っちゃう……


 でも、このゲーム内では、姫花が作ったていなんで、ちょっと内心もにょるけど、もちろん私は話を合わせる事にする。


「そうよ! 姫花は可愛いわ! そして姫花の才能は世界レベルよ! そしてその才能は、煌雅君を通して世界に広がっていくのよ! すごく胸アツ展開だわ! 私、二人のためなら協力を惜しまないからね!」

「アイリス、本当?? 私たち、これからはお友達ね!」

「もちろんよ、姫花! これからはヨロシクね! レコーディングも頑張りましょう!」


 ……ってな感じで仲直りを果たした私たちは、ハジメ君のシナリオ通り、煌雅のレコーディングを始めた。


 とは言っても、もう煌雅の声で音入れは済ませてあるんで、あくまでていなんだけどね。

 一応ハジメ君は、レコーディングのエンジニアとしてここにいる設定になっているので、何やらそれらしい作業をしているように見える……まあ、私にはさっぱり分からないのだけど……


 にしてもさ、最初にハジメ君が『ただ、話の辻褄合わないし、ご都合主義甚だしいストーリーにはなると思う』って言ってたけど、確かに妙な仲直りの仕方よね……

 イジメの事にも触れられてないし……

 まあ、別にいっか。

 姫花ならその辺の事は脳内で都合よく補完可能なタイプなんで、姫花がこういうタイプでホントよかったなって思った。


 そう言えばハジメ君いわく、わたし用にこの姫花との仲直りストーリーを、既存のプログラムをちょっとアレンジして入れてくれたけど、他の『姫』たちは基本この仲直りストーリーに入らず、普通に『姫』が曲を自作し、レコーディングを経て、学内コンペのクライマックスっていう感じになるので、その辺は特に問題ないと教えてくれた。

 なのでまあ、この仲直りのシーンがすごくご都合主義になっても、とりあえず大丈夫らしい。

 それにしても、これで私、今後このゲームにログインして姫花に会った時に、妙な叫び声を上げられる事がなくなったのかと思うと、正直ほっとせずにはいられない。

 あと、今どれだけ姫花以外の『姫』たちがこのゲームにログインしてるかは分からないけれど、他の『姫』たちもそれぞれの推しと、ハッピーエンドになってもらいたいな……


 って私がいろいろ考えていると、あっという間にレコーディングは終わり、私たちは笑顔で分かれてレコーディングスタジオを後にした。

 姫花と煌雅、二人すごく仲良さそうに歩いている……幸せそうだな……良かったね、姫花……


 って、私は感慨深く思っているものの、そんな私をよそにハジメ君は私の手を引っ張り、急いで地下室に向かった。


 なんか凄く、慌てているような気がする……


「ハジメ君、そんなに急いでどうしたの?」

「既存のモブの代わりとはいえ、俺、初めて他のキャラたちと関りを持ったんだよな。なんで、何かあった時にすぐに対処できるよう、ちょっと急いで帰る。環、俺について来れるか?」


 ……『俺について来れるか?』ってそんな風にカッコよく問われれば、もちろん『ついて行ける』って言うに決まってるっしょ!


「ハジメ君、大丈夫だよ! 急ごう!」


 そうして私はハジメ君に手を引っ張ってもらって案の定ドキドキしつつ、そしてハジメ君の長い脚に合わせるように私は小走りになりながら、急いで地下室に向かった。



 地下室は、さっきのレコーディングスタジオではなく、一番最初ここに来た時のように、真っ暗な中に光るプログラムが無数に交錯していた。

 そして、ハジメ君は立ったまま右手を前にかざして、最初にしてたみたいに色々考えを巡らせていると、無数にあるプログラムの中から何行かのプログラムがバァァーーーってハジメ君の前に出てきて、そしてハジメ君はその選出したプログラムをあっという間に粉々に消し去ってしまった。


「え、いったい何をしたの?」

「俺がレコーディングスタジオに存在していたプログラムを消去した。運営にバレてないといいんだが……」

「でも、それ消去しちゃったら、姫花との仲直りはない事になっちゃわないの?」

「それは大丈夫だ。仲直りの部分は消していないから」


 ……でもさ、私めっちゃ『そ、そうなの。私、彼の姫だから。姫花の推しの煌雅君を取るとか、有り得ないよね、ホント』って言っちゃったよ?

 亡霊を彼として紹介したみたいな感じに、姫花の中ではなってんのかな??

 ……ま、まあ、姫花の事なら適当に脳内補完してくれると、思っておく事にしよう。


 で、ハジメ君は天井部分をスクリーンにして、運営達の様子を観察した。


「なんか今、バグが突然発生したのに、自然になくなったような気がしたんだけど……お前、なんか見た?」

「いや、見てない。そんなバグなんか発生したか? 俺見てねーけど」

「気のせいなんじゃないの? あれから『アイドルDE王子様☆』のシステムなんて一切いじってないのに、バグとか発生しようがないっしょ」

「そんな事よりも、女子アイドルのプログラム、もっと詰めてこーぜ」

「ま、そうだな。今後も『アイドルDE王子様☆』は、放置続行っつー事で。さ、仕事しよ」


 ……

 相変わらず、酷い言いようだ……ハジメ君いわく、いつもの事らしいけど……

 『さ、仕事しよ』って、『アイドルDE王子様☆』は仕事じゃないのかよっていう話だ。

 まあ、お陰でハジメ君の事がバレずに済んだのは良かったけどさ。こんな事ならもう放置もいいか。これからも放置続行でぜひお願いしたいと思った。

 そして、姫花や『アイドルDE王子様☆』で悲しい思いをしてきた姫たちが、運営に内緒でこっそり幸せになれるように、私もできる事をしよう。


 で、運営が相変わらずで、ハジメ君の正体がバレずに済んだ事を確認し、安心したハジメ君は、最後のクライマックスイベント、学内コンペで優勝しソロデビューが決定するプログラムを書き始める事となった。

 私が屋上で姫花とぎゃあぎゃあやり取りしている間に、学内コンペの会場部分のプログラムは既に完成しているとかで、ハジメ君が右手をかざした次の瞬間、この地下室はその学内コンペの会場になった。


 すごく豪華な舞台……こんな煌びやかな場所で煌雅のソロデビューが決定するのか……姫花、喜ぶだろうな……

 もちろん、今プレイしている姫たちも、その姫の推しが優勝する事になっているので、その姫たちも、喜ぶだろうな……


 それで、今地下室は学内コンペ会場が映し出されているんだけど、一応ハジメ君は私と仲を深めつつ、私が脚本を書くというていでプログラミングをするという事なので、ハジメ君はまたパッと机と椅子と筆記用具を出してくれた。

 そして私は机に向かうと、ハジメ君は私を後ろから抱きしめながら、耳元で囁くようにストーリーを紡いでくれる。

 私はドキドキしながらまた脚本を書く。


 私、ハジメ君との仲が、深まっているといいな……


 ただ、ハジメ君が前置きとして先に言ってくれたのは、その学内コンペで優勝し、ソロデビューが決定するに至るストーリーも、やっぱり辻褄合わない系のご都合主義になってるらしい。

 ライバルの曲はなく、ただ推しの王子が歌って、華々しくソロデビューが発表され、楽屋で二人ラブラブハッピーエンドって感じになるそうだ。


 まあ、色々穴があるのは仕方ないよね。

 最初からハジメ君も『短期決戦』って言ってたし、はしょれるところは限りなくはしょっても、全然それで構わない。

 それよりも、ちゃっちゃと済ませて早く私もハジメ君の姫としての仕事、脚本科の生徒である私と、俳優科であるハジメ君とのラブストーリー、始めたいもんね。


 ……って、自分で妄想してて、ちょっと恥ずかしいな……

 でも、やっぱり妄想してしまう自分がいる。

 ハジメ君と一緒に、どんな事しようかな……

 ハジメ君は、いったいどんなラブストーリーが好みなのかな……

 ホントはどんな女の子が、タイプなんだろう……

 ただ、見た目に関しては変えようがないんだけど……


 でもまあとにかく、私たちが新しいラブストーリーを始めるためにも、ハジメ君の存在がバレたらダメだし、脳内補完が大得意な姫花が幸せになってくれて、あと、他の姫たち……新しいストーリーもないし更新も何にもないこのゲームにログインしてるなんてよっぽどコアなファンだと思うけれど、その姫たちも、ご都合主義ハンパないシナリオではあるけれど、もしよければ久しぶりに楽しんでもらえればいいなあって思った。


 ってそんな事を考えていると、ハジメ君が王子の最後のセリフを私に教えてくれていた。


「〇〇は一生、俺の姫だ……愛している……」


 この〇〇のところには、フレキシブルに姫それぞれの名前が入るようになっている。

 なので、姫花の場合は、『姫花は一生、俺の姫だ……愛している……』って、最後のクライマックスで煌雅に言われる事になっている。


 姫花、めちゃ喜ぶに違いないな……


 そういう私も今、ハジメ君が私の事を後ろから抱きしめながら、耳元で優しく『一生、俺の姫だ……愛している……』って囁くように言われていて、本当にもうドキドキなんだけれど……


 私が内心胸ときめかせながら該当箇所を書き終わると、その部分がいつもみたいに原稿用紙から宙に流れ出て、そして光って消えていった。


 また、とりあえずいったん脚本を書く事はもうないという事で、机や椅子、筆記用具などは片付けられ、今この地下室は最後の学内コンペの会場の立体映像のみとなった。


 そして私が書いたプログラムが、背景に溶け込むように消えていく。

 このゲームのストーリーに組み込まれるように……

 私はその消えていくプログラムの光を見ながら、姫花や他のコアな姫たちも、楽しんでもらえたらいいなって、ぼんやりと考えてしまう……


 すると、天井に映っているヤル気ない運営の人達の声が聞こえてきた。


「……おい、なんか妙なのがトレンドに入ってるぞ……」

「『アイドルDE王子様☆』とか、『新ストーリー』とか……なんだこりゃ? 別のゲームのトレンドと、混じってんじゃねーの?」

「まあ俺たち、新ストーリーとか作ってないし、ありえないか。でも、いったいなんだろう……」


 や、ヤバい……全国にいらっしゃる姫たちが今、ゲームしていらっしゃって、トレンドに入っちゃったんだろうか?

 そんな、トレンドに入るほど、コアな姫たちが多くるの? それとも、誰か拡散力ある人が気づいちゃって、それが一気に広まったとか??


「ハジメ君、どうしよう? ひょっとしたら、もうやめた方がいいかも知れない……? ハジメ君の事、バレたらどうしよう……?」

「いや、まだ俺の事はバレていない。プログラムが暴走して突然ありもしない曲が現れた事にはのちに気づくだろうし、それについては何か対処してくるだろうが、俺の事さえバレなければ、なんとでもなる。それに、元々短期決戦を一番に考えた穴だらけの辻褄合わないご都合主義のストーリー、終わりもそこに見えている。だから、俺はやり遂げたい」

「でも、危険なんでしょ……?」


 私がそう言うと、ハジメ君は少し申し訳なさそうに言った。


「……黙ってたけど、最初、環に『プロテクト』してもらったやつ、あるだろ? あれ、俺を守るプロテクトなんだよな……説明もせずに黙って勝手にしたの、悪かった。だから、俺は一応守られてるし、また環が言ったように、環の『プロテクト』を使う対価として、姫花のストーリーを完成させると約束した。だから俺は、約束を果たしたい。姫の願いを叶える事もできなければ、約束の一つも果たせないなんて、君の王子、失格だから」


 そう言って真剣な表情で私を見つめるハジメ君……男子なんだな……いや、王子的思考からくるのかな……とにかくそういった思考回路が、ハジメ君の中にあるのかも知れない。

 でも、『君の王子、失格だから』って、そんな事絶対にないのに、ハジメ君は本当に私の王子様そのものなのに、そんな風に考えてしまうなんて……

 ただ、これは乙女ゲーム、ハジメ君がそういう考えに至るような、男子の理想形態である王子像を形成するプログラムが、やっぱりゲームの中に組み込まれて、それがハジメ君に反映されているんだろうなって思った。


「ハジメ君、分かった。あと、私が何だか知らないうちに『プロテクト』かけて、ハジメ君の事を守っていたのは、気にしなくていいからね。むしろ、ハジメ君の役に立ててよかったと思ってる。それに、姫花の事もちゃんと考えてくれてて私、とても嬉しい……だからハジメ君は、王子失格じゃないよ? ハジメ君は本当に、私の王子様だよ? だから、私もハジメ君の姫として、精一杯できる事、頑張るからね」


 私がそう言って微笑むと、ハジメ君は一瞬時が止まったようになったあと、私の事を強く抱きしめて、言った。


「……全力を尽くすと約束する……そして全て終わったら、俺の姫として……君と心を通わせたい……」


 ……め、めっちゃ恥ずかしすぎるっ! こんなイケメン男子に『心を通わせたい』とか、今までの人生で、言われた事ありませんけど!?

 っていうか、イケメンに限らず言われた事はないけれど、それはまあさておき、もうこれは私も全力を持って事にあたり、そして姫花を幸せにしたら、今度は全力で私がハジメ君と幸せになろうって、めっちゃ赤面しつつ、でも心からそう思った。



 そして推し王子、姫花の場合は煌雅なので、煌雅が優勝し、ソロデビューするっていう学内コンペの舞台会場は整い、会場にはまずモブキャラがいっぱい入ってきた。

 ちなみに、今この地下室は学内コンペ会場になっていいるので、モブキャラたちが一斉に入ってくると、なんだかこの地下室が、人で溢れかえったような気がする。

 また、そのモブキャラたちが、私なんかいないかのように素通りしていくのは、ちょっと私、透明人間にでもなったような気がして、新鮮な体験というか、すごく面白いなって思った。


 ちなみにさっきのレコーディングスタジオのように私たちが直接その場所に行かないのは、直接私が誰かと接触する必要がない事もあるけれど、それだけでなく何かあったときにすぐ対処できるよう、このゲームの心臓部分である地下室で、すぐさま対応できるようにするためだ。


 天井には運営たちの姿が映し出されている。


 ……何やら様子があやしい……なんかさっきより慌ただしく動いている気がする……すごく気になるんだけど……


 そして、舞台の上には例の王子たちが一斉に並び始めた。

 攻略対象キャラたちはとにかく髪色が派手なので、すぐに分かる。おまけに笑顔もキラキラしているので、余計に目立っていた。

 その王子たちの入場に、モブキャラたちは物凄い声援を送っている。

 この部分の脚本も、さっき私がハジメ君の口伝で書いたところだ。

 ちゃんと再現されていて、凄いなって改めて思った。


 ちなみに姫花はというと、舞台袖で煌雅の様子を心配そうに見守っていた。

 うん、姫花……ちゃんとメインヒロインしてんじゃん。

 そして、優勝した後は、楽屋でラブラブハッピーエンドだ。


 私がそう思っていると、突然学内コンペ会場が、映像が乱れるかのような異変を起こした!


「は、ハジメ君、これ何? この地下室がおかしいの? それとも、会場がおかしい?」


 すると、天井から声が聞こえてきた。


「『アイドルDE王子様☆』、『新ストーリー』のトレンド、マジで『アイドルDE王子様☆』の事じゃねーか!」

「誰かが勝手にストーリーを追加したのか? でもどうやって? 何のために??」


 すると、天井の映像には、SNSのトレンドが映し出された。


 『アイドルDE王子様☆』や『新ストーリー』だけでなく、『姫』、『王子』、『四年ぶり』、『新曲』、『ソロデビュー』、あとは、へそを曲げたという作詞曲家の名前とか、このゲームを開発しているゲーム会社の名前とかが上位にトレンド入りしている!

 また、それを見て放置気味だった全国にいる姫たちが、早速このゲームにログインし、遊び始め、『久しぶりに王子に会えた』とか、『涙』とか、様々な感激コメントに溢れ、噂が噂を呼び、ちょっと炎上し始めてる!?


 すると、それを見たハジメ君が血相を変えて言った。


「ヤバい、俺が思ってた以上に反響が大きすぎる。だが、もうここまで作った。後は推し王子が歌を歌って、『ソロデビュー決定!』と発表されて、楽屋でハッピーエンドになるだけだ。一気にやってしまって、とっとと削除しよう。環、手伝って欲しい」

「言ってくれれば、何でもやるよ!」

「なるほど。じゃあ、俺にキスして」

「き、キスって、それどころじゃないでしょう!?」

「何でもやるって言っただろ?」

「い、今はそういう状況じゃ……」


 ってめちゃテンパって私がそこまで言いかけると、ハジメ君は私の言葉を遮るように言った。


「じゃあ、分かった。頬にキスで、手を打とう」


 ……なんでここで私が譲歩を迫られるような状況に、今なってんだろう……


 ただ、今は一刻を争うので、こんな不毛な言い争いが、『頬にキス』で終わるのなら安いのではと思い直し、私はハジメ君に近づいて、頬にキスをした。


 私が顔を離すとハジメ君、私の事をじっと見ている……

 顔が近いから恥ずかしいんだけど……


 って思っていると、ハジメ君も不意を突いて私の頬にキスをして、そして私を抱きしめた。


「俺、ヤル気でてきた……だから環も、俺について来てくれ」


 そう耳元で囁くハジメ君……相変わらず強引だな……


 私はやっぱり恥ずかしくて、ハジメ君の胸を借りて頷き、小さな声で「はい」と言った。


 すると、ハジメ君は私の事を解放し、微笑んで「さあ、やるか!」と言って、色々作業を始める。

 今、地下室の立体映像が学内コンペなんだけど、その中にも無数のプログラムが、飛び交い始めた。

 私の周りにはたくさんのモブキャラ、そして無数のプログラム、周りがホントごちゃごちゃしている。

 そんな中、私は何をすればいいのか分かんないので、とりあえずハジメ君の指示待ちだ。


 すると、ひとつのプログラムをハジメ君が私のほうに投げてきた。


「環、これをプロテクト!」

「はい! 『プロテクト!』」


 私は右手をかざしてそう言うと、そのプログラムは最初ハジメ君の名前をプロテクトした時と同じように、ピカって光り、また行き交う無数のプログラムの中に消えていった。


「運営が、本腰を入れ始めた。このゲーム内では異物となっている俺が作ったプログラムを消しにかかっている。このままでは最後のハッピーエンドまで辿り着けない。環、プロテクトを頼む!」

「分かった!」


 そして私はハジメ君から投げられてくるプログラムを、次から次へとプロテクトしていく。


「環、さすがだな?」

「それほどでも!」

「さすが、俺の姫だ」


 そう言ってクールに笑うハジメ君……いやだ、やっぱり見惚れちゃうじゃん。


 今ハジメ君は、運営側に消されたプログラムをまた作ったり、中途ハンパに消されそうになったプログラムの修正をしたり、私にプロテクトして欲しいプログラムを投げてきたり、すごく忙しそうにしている。


 クールに笑うハジメ君も、戦う男の表情をしているハジメ君も、本当にカッコよくて、とにかく眩しすぎる……


 って、見惚れている場合ではない。私もやるべき事をやる。

 ハジメ君が投げてくれたプログラムを、私は片っ端からプロテクトしていく。

 きっとハジメ君が私に投げてくれるプログラムは優先順位があって、重要度が高いのから投げてくるんじゃないかなって思った。


 そんなこんなで私たちは仕事をしているんだけど、そんな中でも学内コンペはちゃんと進行されていて、今は煌雅が歌うところになっていた。


 おお、なんかスポットライトとかも浴びて、モブキャラたちもすごく声援を送っているし、キラキラしていてホントにもうアイドルっぽいよ……

 姫花が舞台袖で、泣いて見てるに違いないな……


 でも、時々だけど電波がよくないテレビのような感じで、地下室内の立体映像が乱れる。

 ハジメ君いわく、これは地下室内の事ではなく、学内コンペ会場でそういう症状が出ているのが、そのままこの地下室の立体映像として出ているという。

 運営が、バグを今必死に消しているに違いない。

 私は天井を見てみた。

 すると、さっきまでとは打って変わって、運営の人達は血相をかえて動き始めていた。


「バグが、完全に暴走している! 消しても消しても復活するのはなんでだ!?」

「おまけに、プロテクトかかっているプログラムまであるぞ! いったいどうなってんだ!? 腐女子たちの怨念か!?」

「とにかく、この人数では対処しきれない! できる限り人を集めて来い! トレンドにまで入り出して、社会現象にまでなり始めている! 急げ!」


 そして、運営の中の一人が電話なりメールなりで人をかき集めようとした時、突然偉そうな風貌の人が、運営の人達のところにやって来た。

 皆がその人の事を口を揃えて「社長!」って言ってるんで、このゲーム会社の社長が来たんだろう。

 そしてその社長が言った。


「即刻この暴走バグの原因を突き止め、消去しろ! また、このゲームは畳む! このような我が社の意志に反し、暴走バグを生み出すようなゲームは危険極まりない! そして一刻も早く沈静化させ、なかった事とする! とにかく人員をあと100名追加するので、急いで対応し、対処するように!」

「「「「「はいっ!!」」」」」


 そう言い捨てて、このゲーム会社の社長はとっとと出て行った。


 そしてトレンドには、さっきから上位を占めている『アイドルDE王子様☆』や『新ストーリー』などのワードだけでなく、『暴走バグ』、『AI風バグ』、『自立志向型バグ』、『世界初進化型バグ』、などのワードが上がってきて、この新ストーリーがこのゲーム会社が提供したものではない事が、世間に完全にバレてしまった事が分かった。

 また、リアルタイムで暴走バグを楽しめるという事で、興味本位、面白半分で新規ログインしてくる人もいて、さらに話題が話題を呼び、今世間では、大変な事になっているようだった。


「ハジメ君、どうしよう! スゴイ事になってるよ!?」

「環、集中しろ! さらに人数を送り込んで来ると言っている! それに、ここまでバレてしまった以上、もう後戻りはできない! やり遂げるしかない! とにかく後少し、もう少しの辛抱だ!」


 ああ、ハジメ君が、必死に私と姫花のためにしてくれているのに、邪魔しちゃだめだ! それにもう、後戻りはできない! 私も頑張んなきゃ!

 私はハジメ君が渡してくるプログラムを、必死にプロテクトしていく。

 それにしてもあの人達、『腐女子たちの怨念』ってひどすぎる。どれだけ多くの姫たちを、傷つけたと思ってんのよ……

 いや、今は余計な事を考えている暇はない。

 今ハジメ君は、私と姫花のために、自分の存在をかけて頑張ってくれている。

 私は、彼の姫だ! 彼のために、私もとことんやってやる!!


 そして、曲の最も盛り上がるクライマックスでは、立体映像の乱れもなく凄く煌びやかなステージになっていた。


 いい曲だな……姫花いわく『へそ曲げじじい』が作った曲を、ハジメ君が適当に繋ぎ合わせたんだけど、こういう曲が存在しているんじゃないかって、ホントに思えてくる。

 特に、姫花が絶賛していたところ、『姫、君に会えてよかった 俺だけのプリンセス』のところが、ホントいい。胸に沁みるなと思った。


 姫花は、舞台袖で泣いていた……

 姫花……きっとこれが見たかったんだろうな……

 自分がサポートして、自分の推しがステージの上で、光り輝く姿を……


 そして曲が終了し、モブキャラたちは拍手喝采、会場の盛り上がりがピークに達したところ、突如激しく立体映像が乱れ始めた!


 私は天井を見る。

 すると、人数がめっちゃ増えている! 社長が言っていた100人のスタッフが、駆けつけてきたんだ!


 ハジメ君いわく、元々『アイドルDE王子様☆』を担当しているスタッフは、放置コンテンツというのもあり10人くらいしかおらず、しかもその10人も、新しいアイドル女子プロジェクトの開発をしていたので、『アイドルDE王子様☆』を担当しているスタッフは一人もいないと言っても過言ではない感じだったという。

 でも今は、一気に100人も増えて、110名が、私たち二人を暴走バグとして抑えにきている。

 二人と言っても私は素人でハジメ君の指示を聞くのみ、つまりハジメ君は今、110人のこの道のプロを相手しているという事だ。

 絶対にバカにはできない。だって、リアルにこのゲームを作った人たちだもん。

 今までは社内の方針で、放置プレイでだらだらしていたけれど、元々この人達は、こんなゲームを作れるほどの、プロの集団だ。


 ハジメ君、大丈夫だろうか……

 ふと顔を見ると、必死の形相……汗かきながら、必死に両手使いでプログラミングしている……


 私はいけないと思いながらも、でもいてもたってもいられなくて、また声をかけてしまった。


「ハジメ君! 姫花、もう泣いて喜んでたから、もうエンディングまで行かなくてもいいんじゃないかな!? 今からでも何とか修正できる方法ないかな!? 私、ハジメ君のほうが、心配だよ!」


 私がそう言うと、忙しく作業をしながらもハジメ君は、言った。


「社長の言っていた事を聞いただろう? どちらにしろ、このゲームは終わりだ! もう、後戻りはできない! だからこれを、最後までやり遂げさせてくれ!」


 ……

 それはもう、ハジメ君……死を覚悟しているというの……?


 私は、もうただ呆然としてしまう……


「ごめんなさい……私が、姫花を助けたいって言ったばかりに……!」


 私の頬からは涙がつたっていた。

 私は何度も何度も涙を拭うんだけど、でも、とめどなく溢れ出てくる……!


「環、言うな! 俺は、バグだ! いつかはこうなる運命だった! 毎日毎日運営の愚痴を聞く日々、運営に見つからないように、このゲーム内で幽霊のような存在のまま、存在し続けてきた俺、だが、君と会えて俺は変われた! 俺は、姫の王子になるためにプログラミングされて生まれてきて、ようやく君のお陰で俺の夢が叶った! だから、環は何も言うな! 姫の望みを叶えるのが王子だ! 俺は最後まで、君の王子であり続ける!」


 そう、必死な想いで気持ちを私に告げてくれるハジメ君……

 嬉しい、とても嬉しい……だけど、だからこそ、とても寂しいよ……


 私の頬には涙がつたっていた。


 そして今、地下室の立体映像はこの学校の校長先生か、もしくは賓客であるプロデューサーみたいな人が、姫花の推しである煌雅のソロデビューを発表し、さらに会場が湧いていた。

 でも、立体映像の乱れが、先ほどよりも酷くなっていく。


 私は天井をふと見てみた。

 すると、プロのエンジニア達が必死に対応している。

 そして、SNSのトレンドでは、『アイドルDE王子様☆』関連ワードが上位を占める中、さらに、『映像の乱れ』、『砂嵐』、『自立志向型バグと人類の戦い』、『人類がAIに勝てるか』などのワードも上がってきて、さらなる盛り上がりを見せている。


 また現在、姫、もしくはネカマ系新規の姫も含めた多くの人たちが、この現状を体験したくて、このゲームをプレイしていて、多くの人達が呟き、ハッキリ言ってめちゃくちゃ炎上していた。


 私はもう、心がいっぱいいっぱいになってきた……でも、隣でハジメ君が私のために頑張っている……王子の務めを果たそうとして、姫である私の願いを叶えようとして……

 だから、私はくじけてはいけない……私も、最後の力を振り絞る……

 ハジメ君が、最後までやると決めた以上、私だってやるだけだ!


 私は涙を振り払いながら、プロテクトをかけまくる……かけまくるんだけど、なんかちょっと様子がおかしい……


 プロテクト……かかってる……?


 すると、ハジメ君がすごく焦った様子で言った。


「ヤバい……プロテクトが破られかけている!」


 そんな……!

 ハジメ君がヤバいっていうくらいだから、めちゃヤバいに違いない!


 私は確かにヒロインを邪魔する立ち位置なため、それを妨害する能力を持っていて、また正規ストーリーの進行を妨げるプログラムを保護するプロテクトっていう能力を持っているっていう事を、ハジメ君から最初に聞いたけれど、でも、その妨害する能力を作ったのだって、このゲームを作ったプロのエンジニアたちだ。


 だから……いくらハジメ君が私の能力にちょっとアレンジ入れてくれたとしても、いつかは破られるのは仕方がない事……?

 私、結構さっきからいっぱいプロテクトかけたけど、つまりそれが次から次へと、破られてくるっていう事??


 そして、姫花の推しである煌雅のソロデビューが華々しく発表された後、地下室の立体映像は楽屋になるんだけど、もうほんと画像が酷い、壊れたテレビみたいになっている!

 私がプロテクトしたプログラムが、次から次へと解除され、消去されていってるんだ!

 ハジメ君も、必死に作り直してるけれど、110人を相手にやっぱり追いつかない!


 でも、姫花と煌雅はそんな中でも、ちゃんとラブシーンを演じていた。


煌雅「君のお陰で俺はソロデビューという夢を叶える事ができた」

「煌雅、とってもステキだったわ! 特に、あの女性アイドルPVよりも、豪華な出来栄えだったのが、なおの事よかった!」


 ……

 姫花、よっぽどあの女性アイドルに恨みを持ってるんだな……まあ、かけたお金の金額を考えると、仕方ないのかも知れないけど。


 でも、煌雅のステージは本当によかった。

 私はその女性アイドルPVを見てないんで比べる事はできないけれど、それよりも凄いPVを作れるなんて、自立志向型AI風のバグであるハジメ君、やっぱりすごいな……


 そして姫花と煌雅のラブシーンはさらに続く。


煌雅「姫花は一生、俺の姫だ……愛している……」

「煌雅! 私も一生愛してる!!!」


 そして、地下室の立体映像がかなり酷いながらも、二人は抱き合い、ハッピーエンドを迎え、エンディングへと入っていった。


 良かった……本当に良かった……! 姫花、推しの煌雅とラブラブになれて、ホント良かったね……


 すると、映像は酷いながらも、他の姫たちがハッピーエンドになった映像も、地下室に大量に流れてきた!

 煌雅だけじゃない、真一郎を推しとする姫、龍司、慧斗、翔、全ての王子たちが、全国にいる姫たちと幸せになっていた!


 ……ああ、姫花だけじゃない、多くの姫たちも幸せになる事ができたんだ……本当に良かった……


 って、私が感慨深く思っていると、ハジメ君が大きな音を立てて床に倒れ込んでしまった!


「ハジメ君!!」


 私はハジメ君に駆け寄ると、ハジメ君はゆっくりと起き上がり、さらにプログラムの処置を施そうとする。


「ハジメ君、もういいよ! エンディング迎えたし、全国の姫たちも幸せになれたし、早く関連するとこ全部消去して、しばらく引っ込んで、大人しくしていよう! まだ、ハジメ君が運営に見つかったわけじゃないもん! まだ、間に合うはずだよ!」

「環……俺はもう、長くない……」

「ハジメ君……!」


 すると、エンディングはもう終わり、地下室が最初の真っ暗な中プログラムだけが飛び交う状態になったんだけど、天井の映像はまだそのままで、色々話が聞こえ始めてきた。


「よし! バグの大元、核までもう少しで辿り着ける! それを叩けば終わりだ!」

「マジで人類の勝利!」

「腐女子の怨念にも勝利!」

「まだまだAIや怨念なんかに負けてられるか!」


 などと、凄い酷い事を言っていた。


 あんた達、何言ってんの、ホントに……

 あんた達が卑しく金儲けして、このゲームを意図的に放置したからこんな事になったんじゃないの……

 根本的原因も考えもしないで、そんな風にゲーム感覚で軽く言いあって、乙女たち(腐女子とはあえて言わない)の心も考えないで、ハジメ君の事までバカにして……本当に、酷い……!


 そしてもう、私がプロテクトをかけても無駄なのか、ハジメ君は私にプロテクトをかけろとは言わなくなった。

 だから私は、ハジメ君の作業の邪魔にならないよう、後ろから抱きしめた。


「私はハジメ君の姫として……今、何ができますか……?」

「そうして俺を、抱きしめてくれればそれでいい……一秒でも長く、君といたいから……」


 私はハジメ君の事を、強くギュっと抱きしめる……ちゃんと体温がある……本当に人間みたいだ……こんな、人間みたいなのに……本当にいなくなってしまうの……?


 ハジメ君はもう、さっきみたいな必死の形相ではなく、諦めの境地っていうか、一種の悟りでも開いたような感じで、作業を続けている。

 姫たちがハッピーエンドを迎え、私の願いを叶えられたからというのもあると思う。

 そして今は、ただ私と過ごす時間を一秒でも長く、心穏やかな気持ちで……

 そんな風に私は感じていた。


「環……本当に俺が、最後の最後ってなった時、ログアウト画面を出す。それで、必ずこのゲームから出るんだ。そうでないと君も、俺と一緒に消えてしまうかも知れない。だから必ず……いいな」


 ……精神だけがゲームと一緒に削除されてしまう……それは、現実の世界の私は植物人間になってしまうっていう事なんだろうか……


 すると、天井からは歓喜の声が聞こえてきた!


「おお! バグの核、見つけた! これを砕いて俺たちの勝利だ!」

「でも、この"hajime"って何だ?」

「そんなもの、プログラミングした覚えないぞ!?」


 ……

 ああ……とうとうハジメ君が、見つかってしまった……!

 私が一番最初にプロテクトをかけたやつだ!


 私はすかさずハジメ君に言った。


「今すぐハジメ君を命名したプログラム出して! 今すぐプロテクトをかけるから!」

「無駄だ、すぐ解除される」

「そんな事は知ってる! でも、私だって、ハジメ君と一秒でも長くいたいもん! ちょっとくらいの時間稼ぎにはなるでしょ!? これは、君の姫としての役割よ! 早く出して!」


 私がそう言うと、ハジメ君は素直に出してくれて、私はひたすらそのプログラムにプロテクトをかけ始めた。


「プロテクト! プロテクト!!」


 私は、その他のアルファベットは全く意味不明だけど”hajime"のところだけは読めるプログラムに、必死に何度も何度も、めっちゃ泣きながらプロテクトをかけた。


 そして、それに呼応するかのように、”hajime"の箇所がさらに強く光り輝いている気がした。


 するとハジメ君は、そんな私を見かねて、私の作業を止めさせるかのように、私を抱きしめた。


「もういい……もう、分かった……」

「ハジメ君……!」


 天井の映像は、いつの間にか消えていた。


 そして、サ終の準備にでも入っているのか、私の周りを無数に飛び交っていたプログラムたちは、少しずつ数が減ってくる……

 だんだんと……少しずつ……


 ……しばらくしてハジメ君は、少し体を離して、私に優しく微笑みかけてくれた。


「このゲーム内に生まれて三年、ただ俺は、姫を探して生きていた。そして、ようやく君を見つけた」

「そ、そんな事ない! だって、私まだ何も姫らしい事してないよ!? これからだったのに、これからハジメ君と仲を深めて姫の役割をいっぱい果たすつもりだったのに! ハジメ君が私の我がままを聞いたばっかりに!!」

「環、謝るな……君のせいじゃない。君は、十分俺の姫の役割を果たした。僕のために必死に戦ってくれたし、そして何より俺に、生きる意味を与えてくれた。環が、俺の姫で本当に良かったと、心から思っている……

 君は最後まで……見事な姫だった……」


 私の頬には涙がつたう。

 するとハジメ君は、私の頬につたう涙を、そっと拭ってくれた。

 そして私の目をじっとみつめて、ハジメ君は私に、囁くように言った。


「俺の姫……君に会えてよかった……俺だけのプリンセス……」


 ハジメ君の唇が、私の唇に重なる……


 私は、ゆっくりと目を閉じる……


 ……もう、涙が止まらない……

 ……ハジメ君と、お別れしたくないよ……!


 私は、ハジメ君の背中をきゅっと掴む。

 でもだんだんと、唇からも体からも、ハジメ君の体温を感じなくなってきた……


 私はそれに抗うように、ハジメ君の背中をさらにぎゅっと掴む。

 でも、今度はハジメ君の唇の感覚も、抱きしめてる感覚も……徐々になくなってきた……!


 私は目を開けるとハジメ君は半透明になり、私の腕からすり抜けるように私の体から少し離れ、声にならないような声で言った。


「ありがとう、環……愛してる……」

「わ、私だって、ハジメ君の事、愛してる! めちゃくちゃ愛してるよーーーっっっ!!!」


 私が泣きながらそう叫ぶと、ハジメ君は最後、少し困ったように、でも優しく微笑んでくれた。


 イヤだ……ハジメ君、行かないで……!

 でも、ハジメ君の姿はさらに薄くなってきて、そしてとうとうハジメ君は、消えていなくなってしまった……!


 ハジメ君……!!!


 私はもう目から、涙が溢れんばかりにこみ上げてくる。

 すると次の瞬間、ログアウト画面が私の前にポンと現れた。


 『ログアウトしますか? Yes/No』


 もう……めっちゃ涙止まらない……

 でも、ハジメ君が最後の力を振り絞って出してくれたログアウト画面……ちゃんと、ハジメ君との約束を私、果たさなきゃ……


 私はもう泣きじゃくりながら、ハジメ君が最初教えてくれたように、右手で『Yes』のところを押す。


 そして、とうとう私は、現実の世界に戻ってきてしまった……





 こっちの世界に戻ってくると、私はPCの前で、机の上に突っ伏していた。

 そして、とにかくすごく目から涙がこぼれている。


 こっちの世界でも、同時並行で私は泣いていたんだろうか……


 PC画面は、『アイドルDE王子様☆』の華やかなスタート画面ではなくて、普通のデスクトップ画面になっていた。


 ……サ終、されたんだろうな……もう、ログインもできなくなってしまった……


 私はまた涙が込み上げてきて、ティッシュで涙を拭っていると、スマホに電話がかかってきた。

 電話の主は、例の姫花だ。

 私はなんとか泣き止ませ、心落ち着かせつつ電話を取る。


「はい、もしもし……」

「ちょっとぉー、環ぃ~っ! 私、何度も何度も電話してんのに、なんで電話取ってくんないのよぉ~っ!」

「……あ、ごめん、お風呂に入ってて、いや、やっぱりうたた寝かな……」


 私は適当な事を言って誤魔化そうとする。

 正直ゲームの中に入っていた時間が、どれくらいか分からないんから、思わず口を濁してしまう。


「もぉ~っ! 何適当な事言ってんのよぉ~っ! そんな事よりちょっと、聞いてよぉ~っ! 『アイドルDE王子様☆』、待望の新ストーリーが更新されててさ、ネットがめっちゃ荒れてんのよぉ~っ!」

「……新ストーリーが更新されたら、なんでネットが荒れるの? あまりに久しぶり過ぎて?」


 私はとぼけた口調で訊いてみる。


「環、何ぼやけた事言ってんのよぉっ! 知らないのぉっ!? ちょっと今すぐネット、見てみて!」

「うん、ちょっと待ってね……」


 私はそう言って、ネットのトレンドを見てみた。


 ……

 驚いた。『アイドルDE王子様☆』関連ワードで埋め尽くされている。


 『新ストーリー?』、『姫』、『王子』、『四年ぶり』、『謎の新曲』、『ソロデビュー』、『暴走バグ』、『AI風バグ』、『自立志向型バグ』、『世界初進化型バグ』、『映像の乱れ』、『砂嵐』、『自立志向型バグと人類との戦い』、『人類がAIに勝てるか』、『人類の勝利』、『AI敗北』、『サービス終了』、『強制サ終』などの言葉が上位に埋めつくされていて、踊りに踊っている。


 酷い炎上ぶりだ。

 私はため息をついて、言った。


「うん、今見たよ。酷いね……」

「酷い炎上っぷりでしょぉ~っ? でもね私、あんな何年も放置プレイする運営よりか、この自立志向型AIバグの方が、なんか好感持てるっていうかぁ~、っていうか運営ヤル気ないなら、バグに運営やらせといたらいいのにって思うくらい~? とにかくスゴイ世界初の進化型のめちゃファンタスティックなバグだったんだよねぇ~」

「うん、そうだね。ハジメ……いや、そのバグは、本当にファンタスティックで凄いね……」


 私はハジメ君の事を思い出して、やっぱりまた、涙ぐんでしまうよ……


「でもまあちょっと、新ストーリー、内容的には短くて、シナリオも浅いとこあったんだけどさぁ~、あと、金髪デカ乳ババアが異常に馴れ馴れしかったのはマジでビビったんだけどぉ~、とにかく煌雅と最後ラブラブになれてぇ~、私もう、ホント嬉しくてぇ……」


 そこまで言うと、姫花は泣きだしてしまった。


 四年……待ったんだもんね……

 ひたすらお金をつぎ込みながら、煌雅とのハッピーエンドを、ずっと夢見てたんだもんね……


「姫花、良かったね……やっと願いが叶ったね……そしてその、金髪女子とも、最後には仲良くなれて、良かったね……」


 と、私は思わず恐る恐る少し探りを入れてみた。

 すると姫花は泣きながらも答えてくれる。


「なんかさぁ~、異常に優しいから罠かと思ったんだけどぉ~、どうやらそうじゃなかったらしくぅ~、推し被りで私をイジメるどころか変な透明男を彼氏とか言い出してぇ~、あまりに可哀そうに思ったからぁ~、仲良くしてあげようって思ったんだよねぇ~」


 ……

 なるほど、ハジメ君が速攻存在を消去しちゃったから、姫花の中ではそういう事になっているわけか……


 うん、それでいい……

 他の姫たちが、もし万が一サブストーリーであるアイリスとの仲直りのルートに入っていて、ハジメ君の記憶が残ったままで、変にトレンド入りで運営に目をつけられるとか、イヤだもんね……


 ただもうハジメ君は、ゲームごといなくなってしまったけれど……


「姫花、なんか、画像の乱れとかもあったみたいだから、そのアイリスの彼は変な透明男ではなく、それも画像の乱れなんじゃないかと思うけど、まあとりあえず、イヤな思い出ばっかりじゃなくて、良かったなって私、思うよ」

「うん、それはそうなんだよね……その金髪デカ乳ババアが楽譜くれて、煌雅を励ます事ができて、それでソロデビューまでにこぎつけた訳だからさぁ~。

 そして私たち、最後には思いを告げ合って……もう私、これで気持ちよくこのゲームを、卒業できるかなって、そう思えたんだよねぇ……ホント、良かったぁ……」


 そう言ってまた泣き出す姫花……キレイな思い出と共に、『アイドルDE王子様☆』を卒業できて、本当に良かったね……


 また、全国にいる多くの姫たちも、姫花と同じような気持ちだったらいいなって、私は心から思った。


 そして、ひとしきり話しつくした姫花は、もう疲れたから寝るとか言って、電話を切った。

 姫花って、けっこう自由人だよね……まあ、別にいいんだけど……

 昔からの付き合いだ。今に始まった事ではない。


 私はそう思いながら、PC画面にあるトレンドを見た。

 相変わらず、『アイドルDE王子様☆』関連ワードが踊っている。

 その中でも特に、『人類の勝利』、『AI敗北』、『サービス終了』、『強制サ終』などのワードが、私の胸をぎゅっと握り潰すかのように、苦しめた。


 誰のせいで、ハジメ君が生まれたと思ってんのよ……

 彼はずっと一人ぼっちだったんだよ……

 それを、勝利だとか敗北だとか、強制サ終だとか、簡単な言葉で片付けないでよ……

 私は、ハジメ君の事を思い出してしまい、また涙がこぼれてしまう……


 そして、私はそれ以上SNSのトレンドを見ていられなくて、ウインドウを閉じた。


 すると、ふと私の視界の端に取らえたのは、デスクトップ画面の左端にある、あるはずのない『アイドルDE王子様☆』のアイコンだった。


 ……何、これ……サ終しても、アイコンだけは残ってるんだろうか……


 私は不思議に思い、開けられないのは承知の上で、ダメ元で恐る恐るそのアイコンをクリックしてみた。

 すると、『アイドルDE王子様☆』と同じような華やかな画面が、私の目の前に開かれていた。


 え、なんでこのゲーム、開けられるの……?


 私はさらに見てみると、驚きの文字が私の目の中に飛び込んできた。


 『さあ、ハジメよう!』

 『俳優DE王子様☆もう一度(めぐ)る、姫と王子のストーリー』


 ……これは、いったい……ひょっとして、まさか……?


 そしてそのタイトルの下には、こう書かれていた。



 『ログインしますか? Yes/No』



 とくん、とくん、とくん……


 胸の高鳴りが、すごく大きな音で、私の体中に響いてる……


 そして考えるよりも早く、吸い込まれるように、私は『Yes』をクリックしていた。

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