第六章 少女の王国 34
チャプター34 真・予想外の客
新しいクラスになり皆が交流の輪を広げている中で陸は一人出遅れた。三年生後半から半端に孤高を気取っていたのが仇となった。一人になりたい時に一人になれることが好きだったのであって、べつに一人になりたくない時に一人になっても孤独なだけ。しかし、そんな簡単なことに気付いたのは自身が孤独になってから。今までは常に松司という絶対的な存在があり、それに合わせて動いていたからそういう時間が取れなかった。今は違う。
存在自体億劫だった松司が離れてくれた。
仲の良いグループはバラバラになることなく、同じクラスになった。
嫌な奴一人抜けた理想のクラス替え。
そう思っていたのも束の間だった。
良夫は気づけば牛頭寧々、馬頭向日葵みたいな奴らと仲良くしている。全然似合わねえ。レンはレンで何やら大変そうだ。良い気味だ。いいかっこしいが。
話す奴、遊ぶ奴。
いるにはいる。大所帯。休み時間。サッカーやら野球やら。人数合わせにはなる。目立ちはしない。面白くないわけじゃない。スポーツは好きだ。
しかし、ちょっとした隙間時間。空いた時間。教室で話している時、身の置き場がないことに気付く。良夫やレンは何やら入っていけない話をしている。そこに愛もいる。愛は嫌いじゃない。実は尊敬してたりする。格好いいとすら思う。だからこそ気後れしてしまう。仕方がないから誰か探す。大所帯。楽しそうにしている。とりあえずは後ろに付く。とりあえずは笑ってみる。上手い奴はこっちに話を振ってくれる。馬鹿話は嫌いじゃない。楽しいことは楽しい。
けれど、それも給食のあれがあってからはなくなった。
まだ二日しか経っていないが。
小学生にとっての二日は無限だ。
小学生にとっては無限なのだ。
大所帯に入っていった。迷惑そうな顔をされた。すぐに陸は離れた。気の利いた言葉一つ吐ければ良かったが陸は不器用だった。「ちっ」と舌打ちして離れた。何か言っているのが聞こえたが聞こえないふりした。
あれから話したのは良夫だけだ。
夏希。
夏希のことを嫌いになんてなるわけがない。
陸は夏希が好きだ。自覚している。自分としては珍しく。だからこそ、許せなかった。
今日も一人で帰る。
一人で帰るところを見られるのは恥ずかしい。そんな気持ちは意外なほどない。学校から離れると気が楽になるからだ。
家路を辿る。いつもの通学路。
ドブ。広場。川。のら猫。小石。蹴る。ぽちゃん。落ちる。カーブミラーに映る赤いランドセル。きらりと手に持っていた何かが光る。角を曲がるとそこは夏希の家。
「え?」
その存在がスッと夏希の家に消えて行った。
その意味を考え、しかしその意味が理解できず、けれど全身は総毛立っている。
一緒にいた様子はなかった。誰って家主が。あいつはまだ学校にいたはず。上履きを見たんだから間違いない。
考えている間に小走りになっていた。下川の表札。土ばかりの鉢植えに荒れた庭。
左右を見渡す。誰もいない。今の自分はどう映る。泥棒か変態か。鉢を上げた。鍵がない。
下川家が不用心にも鍵をいつもそこに置いていることは知っている。自分以外に近所の人間も知っているかもしれない。実際に夏希がやっているのを見たことあった。昔一緒にプールに遊びに行った時もそうだった。特に珍しくも思わなかった。陸の家など鍵を掛けない。田舎だからだ。ばあちゃん家だってそうだ。
そんなこと考えてる場合じゃない。
「なんでここに」
間違いなくこの家に消えて行った。
記憶を呼び覚まし、その存在のことを改めて一から考え、陸は跡を追うことにした。
言い訳はどうとでもなる。遊ぶ約束をしていたとおばさんに言えばいい。夏希……には良い機会だ。鉢会ったら謝れ。侵入しといて謝るも何も無いか。でも夏希なら笑って許してくれそうな気がする。無理か。好きだと言ってみようか。夏希ならば笑って受け入れてくれそうな気がする。
それが頭を過ぎったところでやっぱり全部なしにしようと決めた。許さなくていい。
だから、また一緒に遊ぼう。それだけ言おう。
扉をゆっくりと開けた。
玄関にはおばさんの物と見られる靴はなかった。もちろん夏希の物もない。あいつのはピンクと白のだ。代わりに見慣れない靴が一足あった。
「にゃあ」
奥で何かの鳴き声がした。
音を立てないよう、陸は慎重に歩を進める。
懐かしい。昔、来た時より少し汚れている。




