第六章 少女の王国 32
チャプター32 予想外の客(友ちゃんについてはこれから考えるよ)
「案外簡単な任務だったね」
髪をさらりとかき上げる愛をレンはぽーっと眺める。その視線の先にいるのは勿論良夫で、今更嫉妬の気持ちは湧かない。単に羨ましいと感じるだけだ。
「毎回喧嘩しているのを見ると中心に収まっているってよりは並んでるって方がしっくりくるな」
「あの二人と一緒にしないでくれ。……だんだん分かったきたよ。君はそうやってわたしを挑発することで、わたしの素直な気持ちを吐き出させようとしたりわたしと交渉事を進めようとしているようだが、わたしはどこまでいっても孤高なんだ。それを忘れないでくれ。今は仕方なく君の言うことに合わせてやってるだけさ。おままごとに付き合ってやっているんだ。せいぜい感謝してくれ」
「愛って気持ちが昂ぶると早口になるよな」
昼休みで場所は保健室。久しぶりの三人集合だった。ここ最近それぞれがそれぞれでごちゃごちゃ忙しくやっていた為、経過報告することもなかった。まあ、見ていればそれぞれが今どんな状況にあるかくらいは分かったのだが。
「心なしいろはが大人しくなっているような気がするな」
「夏希ちゃんも離れたからねえ。転校生特有のボーナスステージも終わったんだろう。物珍しさは薄れた」
「離れたってより無理やり引っ剥がされたって感じだ」
「そう……うん……」
「?」
「良はなんで牛頭馬頭とよく話してたんだ? 最近はまた見ないけどさ」
愛が聞きたくても聞けなさそうでいた為、レンは助け舟を出した。ふっ、と息をつく愛をレンは見逃さない。その表情に満足感が湧く。
「ああ、あれはな――」
話を聞き終え、レンと愛は同じタイミングで「ふうん」と言い、
「じゃあ目的達成ってわけか」
「図らずも、というのか。図ったからこそ、というのか」
と、それぞれが感想を漏らした。良夫は、
「ううん……。なんか知らんが二人が勝手に夏希と仲良くなってたんだよな。本当いつの間にかって感じで。これも歴史の修正力? なのかね? 結局どんな道辿ろうが人の辿る道なんて一緒だっていう何時だか愛が言ってたさ。アニメや漫画のワード的に、本来の意味とはズレているかもしれないが。ま、ともかく目的は達した。夏希は牛頭馬頭と親しくなった。俺がよく見ていた通りの光景だ」
あまり納得はいってないようだ。
「そういうレンくんも何やら大変そうだったね。わたしや良夫くんと同じように今は落ち着いているようだけれど」
「あー。うん。えっと。そう。落ち着いてる。真那ちゃんから告られて断ったらてすかちゃんとランちゃんに絡まれて。それで」
まごまごしながらも、多少脚色を加えて話す。どう伝わっているか分からない。告白をOKしたつもりなど最初からないし、これくらいならば許容範囲内だろう。
「クラスの動向を見守っててくれとは頼んだけどさ」
「自ら厄介事に巻き込まれるとはね」
「六角友かあ。真逆同じクラスになるなんてなあ」
「うん?」
良夫の漏らした言葉をレンは聞き返した。訝しげなその態度に良夫は間の抜けた顔をする。
「どうした?」
「どうしたって……。絵里ちゃんと入れ替わったのっててすらまの誰かじゃねえの?」
「は? てすらまってなんだ?」
まるで初めてその言葉を聞いたような聞き返し方である。
「なんだって……。てすかとランと真那だよ」
「ああ……。あーあー。いたな。てかあったな。そんなの。そうそう。てすらまって呼んでたわ。今思い出した」
「けっこう俺意地悪されたんだぜ」
「レンが? へえ。レンでも意地悪とかされるんだなあ。レンってそういうのとは無縁だろう?」
愛と顔を見合わせる。やっぱりこいつはとことん鈍い。こっちの言いたいこと訊きたいことが肝心なところで伝わらない。その上で、未来から来たという立場上、いちいち上からに聞こえてしまうのでその度イラッとする。
厄介事という愛の言葉に対する受けで『六角友』という名前が自然と出てきたのがこっちは気になっているのだ。早く答えろ。
「じゃなくってさ。友ちゃんがどうしたんだよ」
ストレートに聞くことにした。良夫は頭上を見上げてどう言おうか迷っているような素振りをみせた。
「あー。六角友はもう完全に別問題だ。元は――これは俺の辿った歴史ではって意味だが――違うクラスだったし、関わりはなかったんだが、それでもまあ聞こえてきてたよ。いろはとも絡んでない。そうだな。学校だし、色んな奴がいるってことだな」
何やらよく分からない受け答え。良夫はそのまま喋り続ける。
「すぐに仲悪くなるからなあ、あいつら」
「あいつらって?」レンが訊く。話がすり替わっていることに遅れて気付く。
「そのてすらま? さ」
「何故?」愛が訊き、話題を掘り下げた。レンとしてはもっと友ちゃんのことを聞きたかったのだが、空気を読むことにした。
「男の取り合いだったと思うぜ」
「それは……、俺も関わってたり?」
「レン? あーどうだろ。松司とかは関わりあったかもしらんが、俺、当時レンとそんな浮ついた恋愛話するような仲じゃなかったしな。レンも恋愛事とか俺に言わなかっただろ? 俺がこうなる前だったらさ。今はどうか知らんが。そういう話するなら松司とか陸とか……あとはそう、木村とか? それに相応しい奴に話すんじゃねえかなあ。ほら、いるだろ? 一緒にはいるしよく遊びもする。けれど、そういう深い話や恋のこととなると、別のモテる奴やヒエラルキーの上の奴に話す方が話が通じるっていうさ。爪弾きにされるんだよ」
どうだろう。レンはそもそもそういう話自体あまり好きではない。面倒だからだ。今も昔も良い思い出が全くない。
言っている良夫は昔の――ほんの半年前までの――良夫とよく似ていた。根拠の無さそうな無駄な自信は失せ、顔全体に卑屈さが滲んでいる。それも一瞬ですぐに戻ったが。
「ともかくさ。てすらまって呼び方も確かに当時あったんだが、俺が覚えてなかった理由として、あのグループそんな長続きしないんだよ。すぐに菊椿と内一人が仲良くなったり、一人はいろはにくっついていろはの腰巾着になったり、あとの一人は利江と美乃里のグループに入ったり」
「女の友情というのは脆弱だねえ」
「じゃああんまり心配しなくて良いんだな?」
「いい、いい。ほら、若松とか布畑とか。あのへんと今後揉めだすんだよ。今後じゃねえな。すぐだすぐ」
「ああ……」
レンは学級会議の際、真っ先に出て行った男子グループ数人を頭に思い浮かべた。
「レンって性格は真面目だろ? あーいう女子たちは、あーいうアウトロー増々な連中に夢中になるんだよ」
顔に卑屈さが戻っている。
――……こいつ、モテなかったんだろうな。
――てーか、単に良夫が鈍かっただけじゃねえのか。察し悪くてそういう女子のサイン全部見逃してるんだろ、どーせ。言わないけど。
心の中でそう思った後、横で楽しげに笑う愛を見、やっぱり少しだけ、ちょっとだけでも教えといてやるかとレンは口を開きかけ――、
「木下先生いる!?」
同時、保健室の扉が勢いよく開きレンは口噤んでしまった。




